
ウィンスロー・ホーマー
Winslow Homer
- 生没年
- 1836–1910
- 国・地域
- アメリカ
- 時代・様式
- 19世紀アメリカ美術
南北戦争の挿絵から出発し、海と人間の緊張した関係を油彩と水彩で描いたアメリカの画家。
作風・特徴
大きな形と少ない色で画面を組み、波、岩、船、人物をぶつかり合う力として配置します。水彩では紙の白さを残し、透明な色の重なりで日差しと水の動きを直接捉えました。
生涯
ボストンに生まれ、石版印刷工房で修業した後、雑誌挿絵の仕事を始めました。南北戦争中は『ハーパーズ・ウィークリー』のために従軍し、戦場の日常を描きました。後にイングランドの漁村カラコッツやメイン州プラウツ・ネックで制作し、海に向き合う人と自然の力を主題にしました。
COLUMNS関連コラム
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作品を知る
ウィンスロー・ホーマー《メキシコ湾流》の解説——漂流者の表情はなぜ読めないのか
ウィンスロー・ホーマー《メキシコ湾流》の解説。メトロポリタン美術館の油彩と、シカゴ美術館の水彩を館の記録で読み比べ、漂流する男とサメ、左上の帆船、紙を切り詰めた一手、1906年までの加筆までを、図版6点で順にたどる。
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画家を知る
同じ姓が、二つの別々の行に出る——ウィンスロー・ホーマー
九点の出所の行に、同じ姓が二度現れる。一方は財団の名、他方は夫妻のコレクションの名である。姓は同じでも、下の名が違う。館はそれを一つにまとめない。決めつけずに読むための作法を、六通りの行から考えたい。
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画家を知る
額の寸法が、七点とも同じ——ウィンスロー・ホーマーの南の水彩
絵の寸法は一点ずつ違うのに、額の数字は七点で完全に一致する。九点は、北の海の画家が冬に南の島で描いた水彩である。嵐と椰子と壁、そして塗り残しの白を、記録の数字から辿りたい。技法の記述が一点だけ長い理由にも触れる。
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画家を知る
年が、二つ書かれた一点——ウィンスロー・ホーマー
年の欄に「1895年、1901年までに描き直し」とある。描いた年と、手を入れた時期の両方が書かれている。何を直したかは書かれない。来歴の年と受入年が一年ずれる一点もある。油彩五点と水彩四点を、年の欄から読み直す。
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画家を知る
麦畑に、軍服が脱ぎ捨ててある——ウィンズロー・ホーマー
ホーマーは戦場の挿絵画家として出発し、戦後は麦畑と子どもを描き、最後は水そのものを描いた。脱ぎ捨てられた軍服、描き替えられた鎌、狭い空。画面から人が減っていく過程を、公開作品六点で追いかける。省いたものが主題である。
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美術史・技法
スケッチブックの中身——ベンジャミン・ウエストとトマス・コールの素描
腕の角度を二通り試した線、途中でやめた肩、ほとんど白いままのページ。捨てられるはずだった紙が、なぜ美術館の収蔵品になっているのか。素描は何のために描かれ、どう残ったのか。そして「素描」という分類は、いったい何によって決まっているのか。



























