スケッチブックの中身——ベンジャミン・ウエストとトマス・コールの素描
腕の角度を二通り試した線、途中でやめた肩、ほとんど白いままのページ。捨てられるはずだった紙が、なぜ美術館の収蔵品になっているのか。素描は何のために描かれ、どう残ったのか。そして「素描」という分類は、いったい何によって決まっているのか。

腕の角度だけを、探している紙
一枚の紙から始めたい。

裸の男が、柱に背をあずけて立っている。両腕は頭の上へ持ち上げられ、手首のあたりで縛られているように見える。
顔はうつむき、髪が垂れている。腰には布が一枚。足は素足で、体重は左脚に乗っている。
線を見てほしい。
輪郭は一本ではない。腕の外側には、二本、三本と線が重ねられている。肩の位置も、二通り試されている。
つまりこの紙の上で、画家は角度を決めかねている。
背景の柱は、斜めの線を並べただけである。影も、素早い筆の斜線で済ませてある。
顔の表情はほとんど描かれていない。この紙が探しているのは、表情ではなく姿勢だからだ。
右下に署名がある。「B. West 1788 Windsor」。
作者はベンジャミン・ウェスト。アメリカ生まれで、ロンドンへ渡り、王立美術院の院長まで務めた歴史画家である。「ウィンザー」は、この構想が結びついていた仕事場所を指している。
これは、完成した作品ではない
ここで確認しておきたい。この紙は、誰かに売るために描かれたものではない。
大きな油彩、あるいは礼拝堂の装飾を作るための、途中の紙である。
決めたかったのはおそらく、腕をどこまで上げるか、体をどちらへねじるか、布をどこに掛けるか。
決まってしまえば、この紙の役目は終わる。本来なら、工房の隅で反故になっていてもおかしくない。
にもかかわらず、この紙はいま美術館の収蔵品になっている。
同じことは、当サイトで公開している素描・ドローイング1,433点のほとんどについて言える。
道具が、なぜ残ったのか
素描が捨てられずに残った理由は、いくつかある。
第一に、工房の資産だったこと。
親方の描いた人体や手や布のひだの図は、弟子が繰り返し写す手本になった。同じ型を使い回せば、注文をこなす速度が上がる。
つまり素描の束は、店の技術そのものだった。廃棄する理由がない。
第二に、版画の原稿になったこと。
版画の下絵は、版木や銅版に写した時点で役目を終える。日本の浮世絵では、下絵は版木に貼り付けられて彫られるため、原則として残らない。この事情は別のコラムで扱っている。
一方ヨーロッパでは、版に写す前の素描が残った例が多い。工程が違えば、残るものも変わる。
第三に、収集の対象になったこと。
十六世紀のイタリアでは、素描を「絵画の思考そのもの」として尊ぶ考え方が生まれた。画家の伝記を書いたヴァザーリは、名画家たちの素描を集めて台紙に貼り、装飾を施した帳面を作っている。
完成作は注文主のものになる。素描だけが、画家の手元と、その周辺に残る。
そして十七世紀以降、素描の収集は貴族と好事家の趣味として定着した。美術館が生まれたとき、そのコレクションがそのまま入ってきた。
教育の道具でもあった
もうひとつ、素描には制度上の役割があった。美術学校の中心が、素描だったのである。
十七世紀から十九世紀のアカデミーでは、学ぶ順序がほぼ決まっていた。
まず、他人の素描を写す。次に、古代彫刻の石膏像を描く。それが通ってはじめて、生きた人体を描くことを許される。
色を扱うのは、そのあとである。デッサンができない者は、絵具に触れさせてもらえない。
この順序は、絵画とは何かという考え方を反映している。形の把握が先で、色は装飾だ、という価値観である。
その序列は十九世紀に崩れていくが、教育の骨格としては長く残った。
なお、この課程には露骨な制限があった。裸体を描く教室に、女性は長く入れなかったのである。この問題は別のコラムでまとめて扱っている。
何で描くかで、線は変わる
素描の材料も見ておきたい。当サイトの記録には、材料が細かく書かれている。
黒チョークは天然の頁岩を棒に切ったもので、柔らかく、擦れば広がる。冒頭のウェストの紙では、これで下描きが置かれている。
赤チョーク——サンギーヌとも呼ばれる——は酸化鉄を含む土で、肌の色に近い。人物の習作でよく使われた。
コンテ・クレヨンは十八世紀末に考案された人工の画材で、顔料と粘土を練って焼き固めてある。硬さを揃えられるのが利点だった。
インクは、筆で置けば面になり、ペンで引けば線になる。同じインクでも、水で薄めれば階調がつくれる。
パステルは顔料を最小限の糊で固めた棒である。粉がそのまま紙に乗るので、発色は油彩より鮮やかになる。かわりに、触れれば落ちる。
グラファイト——鉛筆の芯——が広く使われるようになるのは、十八世紀の終わりからである。それ以前の「鉛筆の素描」は、多くが金属の細い棒で描かれていた。
材料が変われば、線の性質が変わる。硬い画材は細く正確な線を、柔らかい画材は太く曖昧な線を残す。
だから素描を見るときは、まず記録の材料欄を読むとよい。その一行が、画面の見え方をかなり説明してくれる。
この記事の問い
素描は、何のために描かれたのか。
そして、道具だったはずのものが、なぜ作品として残っているのか。
もうひとつ。そもそも「素描」とは、何を指す言葉なのか。
この三つを、実物を見ながら追いかけたい。
素描を見るのは、難しい
先に断っておくと、素描は取っつきにくい。
完成した油彩なら、見れば何が描いてあるか分かる。素描はそうとは限らない。
線が数本しかない。途中でやめている。何を描いているのか判別できないこともある。
美術館でも、素描の部屋は素通りされやすい。暗く、地味で、小さいからである。
しかしいちど見方を覚えると、これほど面白いものはない。完成作では見えない、画家の判断の過程がそこにあるからだ。
この記事では、その見方を具体的に示したい。難しい話ではなく、どこを見ればよいかという話である。
ほとんどのページは、白いまま
まず、幻想を壊しておきたい。
画家のスケッチブックというと、隙間なく描き込まれた紙束を想像しがちである。実際は、そうでもない。

この一枚を見てほしい。
紙のほぼ全面が白い。右上に、小さな鉛筆の跡がある。木立か、岩か、判別しがたい何かである。
これが収蔵品として登録され、番号を与えられ、写真に撮られ、記録が残されている。
作者は彫刻家のジョン・クインシー・アダムズ・ウォード。1860年ごろのスケッチブックの一枚だ。
描きかけて、やめたのだろう。あるいは、その一点だけを確かめたかったのかもしれない。
いずれにせよ、これがスケッチブックの実像に近い。使われないページ、途中でやめたページ、意味の分からない走り書き。
そういうものまで含めて、束ごと美術館に入る。だから収蔵品の点数は膨らむ。
手のひらに収まる、構図の実験
同じスケッチブックには、もっと小さな仕事も入っている。

縦7センチ、横11センチ。名刺ほどの面積である。
そこに、人物が横一列に並べられている。誰が中央に立ち、誰が坐り、どこに空きを作るか。
彫刻家が浮彫の構図を考えるとき、まずこの大きさで試す。大きく描く必要がないからだ。
構図とは、要素の配置と間隔の問題である。それなら小さいほうが早く、何度でもやり直せる。
小さな下絵で骨格を決め、あとで拡大する。この手順は、時代も地域も越えてほとんど共通している。
同じことを、十九世紀のアメリカの風景画家もやっていた。

トマス・コールのこの下絵と完成作の関係は、別のコラムで詳しく扱っている。
十三分の一ほどの紙で決めた配分が、そのまま二メートルの画面になる。
小さい紙を、大きな画面へ移す
では、小さな下絵をどうやって拡大するのか。
古くから使われてきたのが、方眼を使う方法である。
下絵の上に細かい格子を引く。同じ数の格子を、比率を保ったまま大きな画面にも引く。あとは、格子ひとつ分ずつ写していく。
この格子の跡は、完成作の下から見つかることがある。赤外線で調べると、絵具の下に薄い線が並んでいるのが分かる場合がある。
もうひとつが、実物大の下絵を作る方法である。壁画や大画面では、原寸の紙に輪郭を描き、その線に沿って針で穴を開ける。
紙を壁に当て、穴の上から炭の粉を叩くと、点線が壁に移る。これをたどって描き起こす。
いずれの方法でも、共通する考え方がある。構図を決める作業と、描く作業を分けることだ。
現場で悩まないために、事前に紙の上で悩んでおく。この分業が、大画面の制作を成立させていた。
紙の色が、仕事をする
素描でいちばん見落とされやすいのが、紙そのものである。

ウィンズロー・ホーマーのこの小品は、白い紙に描かれていない。
紙はあらかじめ茶色に染められている。そこに、暗い部分を鉛筆で、明るい部分を白い絵具で置く。
つまり中間の明るさは、紙の色がそのまま担当している。
三段階のうち一段階を紙に任せるので、描く手間は半分以下になる。しかも階調が自然につながる。
羊の体は、白いひと刷けである。脚は鉛筆の短い線。それだけで、草を食む群れになっている。
この方法は、ヨーロッパで数百年使われてきた常套手段だった。

トマス・サリーのこの一枚も同じ考え方である。地色のある紙に、黒で暗部を、白で明部を置く。
顔だけがしっかり描かれ、上着の肩から下は線が数本引かれただけで止まっている。
肖像画家にとって必要なのは、まず顔の造作である。服は、あとでいくらでも描ける。
だから素描は、途中でやめる。やめた位置に、その画家が何を重要だと考えていたかが出る。

ウィリアム・トロスト・リチャーズのこの小さな風景も、青い紙に描かれている。
空の白い雲は、絵具で置いた白である。湖面の水色は、紙の色を透かして使っている。
手のひらに乗る大きさに、湖と山と手前の松が収まっている。
素描が、そのまま完成品になるとき
ここまでは「途中の紙」の話だった。しかし素描には、まったく別の使われ方もある。

これは下絵ではない。注文されて描かれ、額に入れられ、居間に掛けられた肖像画である。
材料はパステル。粉状の顔料を棒に固めたもので、紙にこすりつけて色を置く。
見てほしいのは、肌の質感である。頬から顎にかけての柔らかい調子は、油彩ではなかなか出ない。
胸元の白いレースと、青緑の絹の光沢。そこに桃色の薔薇が一輪。
作者はジョン・シングルトン・コプリー。独立前のボストンで、肖像画家として抜群の商売をしていた人である。
彼はパステルの材料を手に入れるため、1762年にスイスの画家へ最良のパステルを注文する手紙を書いた、と伝えられている。
なぜパステルだったのか。理由は現実的である。油彩より速く、安く仕上がるからだ。
乾燥を待つ必要がなく、塗り重ねの層も少なくて済む。顧客にとっては、油彩の肖像画より手が届きやすい。
つまりこの時代、パステルは油彩の下位互換ではなく、価格帯の違う商品だった。

同じ作者による夫の肖像が、対で残っている。夫婦一対で注文するのが、この時代の習慣だった。
二枚を並べて掛けることを前提に、顔の向きが内側へ寄せられている。
「素描」とは、何の名前なのか
最後に、分類の話をしたい。
当サイトの作品ページには「素描・ドローイング」という分類がある。これは所蔵館の記録に従っている。
では、その線引きはどこにあるのか。

この作品を見てほしい。ピュヴィス・ド・シャヴァンヌによる、横2メートル半の大画面である。
人々が果実を摘み、絞り、樽に詰めている。色は油彩で置かれ、完成した壁画のように見える。
それでも所蔵館の記録では、分類は「素描」、名称は「ドローイング」となっている。
理由は材料である。紙に描かれているからだ。
つまり「素描」という分類は、線で描いたか、途中の紙かどうか、大きさがどうか、では決まっていない。
支持体が紙かどうか——それだけで決まっている。
これは博物館の管理上の都合である。紙の作品は光に弱く、保存と展示の条件が油彩とまったく違う。だから別の部門で管理する。
素材で分ける実務上の必要が、そのまま「素描」という言葉の意味になっている。
紙の弱さは、想像より深刻である。
十九世紀以降の紙は、製造過程で酸を含むものが多い。時間とともに酸が繊維を切り、紙は茶色く変色して脆くなる。
光にも弱い。とくに紫外線は、紙そのものと、上に置かれた顔料の両方を傷める。
だから美術館は、素描の展示期間を短く区切る。数か月出したら、数年しまう。照度も油彩より低く設定される。
素描の部屋が、絵画の部屋より暗いのはそのためである。意地悪をしているわけではない。
この制約は、私たちがいま画面越しに素描を見られることの意味も変える。実際の展示室では、めったに見られないものが多いからだ。
保存の都合で公開が難しい作品ほど、複製画像の価値は大きくなる。この事情については別のコラムでも扱っている。
作品の分類が、しばしば内容ではなく管理の都合で決まることについては、別のコラムでも触れている。
見立て——素描は、決める前の記録である
ここからは書き手の見方である。
これだけ多様な紙を並べてみると、共通するものは一つしかない。速さである。
紙は安い。準備が要らない。失敗しても捨てられる。だから、決める前の状態をそのまま残せる。
油彩は違う。地塗りをして、層を重ね、乾燥を待つ。その過程で、迷いは塗り込められて消える。
完成した油彩を見ても、画家がどこで迷ったかは分からない。分かるのは、決まったあとの結果だけだ。
素描には、決まる前が残っている。腕の角度を二通り試した線、途中でやめた肩、白いままのページ。
だから素描は、完成作より雄弁なことがある。何を決めかねていたかが見えるからだ。
もっとも、これは後世の見方でもある。当人たちは、後で人に見られるとは思っていなかった。
見られる前提のない記録が、二百年後に見られている。そこには少しの居心地の悪さもある。ただ、その居心地の悪さこそが、素描を見る面白さの一部だとも思う。
もうひとつ、素描には「速度が見える」という特徴がある。
油彩は、何日もかけて層を重ねる。だから一枚の中に、何時間分の手が入っているのか分からない。
素描は違う。線の勢い、かすれ方、途切れ方から、その線が引かれた速さがそのまま読み取れる。
冒頭のウェストの紙では、腕の輪郭が一気に引かれ、影の斜線は素早く重ねられている。数十分の仕事だろう。
コプリーのパステルは逆に、粉を何度も擦り込んで肌の調子を作っている。こちらは何時間もかかる。
同じ「紙の作品」でも、流れた時間の長さがまるで違う。
その差が画面に残っているというだけで、素描を見る意味は十分にあると思う。
暮らしへ——手を動かすと、見え方が変わる
最後に、家でできることを二つ。
ひとつ目。紙と鉛筆を用意して、手近なものを三分だけ描いてみてほしい。コップでも、鍵でも、自分の左手でもいい。
うまく描く必要はない。目的は、描けないところを知ることである。
たいてい、途中で手が止まる。取っ手がどこから生えているのか、影がどちらに落ちるのか、急に分からなくなる。
その「分からなくなった場所」こそ、画家が何本も線を重ねている場所である。
ふたつ目。素描を飾ってみること。
素描は色数が少なく、余白が多い。だから壁を圧迫しない。小さな額に入れて、目の高さより少し下に掛けると落ち着く。
ただし紙の作品は光と湿気に弱い。直射日光の当たる壁は避けたほうがよい。
飾る場所と光の条件については、こちらのコラムで扱っている。紙ものは、置き場所の影響がとりわけ大きい。








