画家を知る

表紙の内側も、一点になる——J・Q・A・ウォード

写生帖の表紙の内側が、一つの作品として登録されている。紙ではなく、面が単位になっている。彫刻家の帖には、立体のための下絵が並ぶ。一冊を分けて記録するとき、何が起きるのかを見たい。九点とも、鉛筆で描かれている。

表紙の内側
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《表紙の内側》メトロポリタン美術館蔵

表紙の内側も、一点になる

写生帖を登録するとき、館は頁ごとに番号を振る。

その単位は、絵の描かれた紙とは限らない。

表紙の内側も、一点として登録される。

紙では、ない

紙で数えれば、両面で一枚になる。

つまり、数が変わる。

面という単位

館は、面ごとに一点と数える。

つまり、絵の有無を問わない。

何が、描かれているか

そこには、絵がほとんどない。

つまり、白い面である。

写生帖という形

紙を綴じて、持ち歩く帖である。

つまり、外でも使える。

鉛筆という画材

九点とも、紙に鉛筆である。

つまり、素材の欄が揃う。

九点という範囲

この記事で扱うのは九点である。

いずれも一冊の写生帖から来ている。

そして、いずれも同じ館にある。

平面から、立体へ

紙の上で形を決め、それを彫る。

つまり、順序がある。

立体のための下絵

平面に描き、立体を作る。

つまり、途中の段階になる。

彫刻家の帖

この人は、彫刻を作る人である。

つまり、下絵は立体のためになる。

四つの群

表紙、推測、対、そして壺。

つまり、四つに分かれる。

順に、見る

まず、表紙の内側。

そして、推測の括弧が付く三点へ移る。

一点目

表紙の内側である。

表紙の内側
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《表紙の内側》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦21.4センチ、横28.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《表紙の内側》メトロポリタン美術館蔵

横長の面である。

ほとんど、白いままである。

左上に、手書きの文字がある。

三行ほどに分かれる。

紙に、染みが広がる。

右端に、綴じの跡が見える。

表紙の、どちら側か

前の表紙の、内側である。

つまり、細かく示される。

前と、内側

表紙の、内側の面である。

つまり、位置が二重に示される。

題が、位置を示す

描かれたものではなく、場所が題になる。

つまり、部品の名である。

名を、書く

持ち主の名を、内側に書く。

つまり、失くさないためらしい。

文字だけの面

絵はなく、文字がある。

つまり、覚え書きらしい。

位置

文字は、左上に寄る。

つまり、隅に書かれる。

三行ほど

文字は、三行に分かれる。

つまり、短い。

何が、書かれているか

名と、住所らしい形が見える。

もっとも、判読できない。

記録にも、ない

館の記録に、文字の内容はない。

つまり、確かめる手立てがない。

枝番という数

番号の末尾に、通し番号が付く。

つまり、頁を示す。

収蔵番号

この一点の番号には、枝番がない。

抜けている数

当サイトにあるのは、一部である。

つまり、頁が抜ける。

一から十七まで

枝番は、一から十七まである。

つまり、帖は十七頁を超える。

他の八点では

いずれも、枝番が付く。

つまり、この一点だけ違う。

それでも、一点

番号がなくても、一点として登録される。

つまり、扱いは同じである。

表紙は、頁ではない

表紙は、番号を振る対象から外れる。

つまり、別扱いになる。

帖そのもの

枝番がないのは、帖全体を指すからだろう。

もっとも、記録に説明はない。

九点で、最も大きい

縦21.4センチ、横28.1センチ。

つまり、表紙だから大きい。

揃わない言い方

同じ帖の記録で、三通りになる。

つまり、統一されていない。

推測の三点へ

ここから、括弧に推測が入る。

つまり、三点続く。

二点目

括弧に、疑問符が入る。

立つ男の像
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《立つ男の像》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の題には、括弧で、イエス・キリストか、と添えられる。館の記録では、縦20.5センチ、横27.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《立つ男の像》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

中央に、立つ人物がいる。

長い衣を、足元まで垂らす。

線は、きわめて薄い。

周りは、白いままである。

性別は、書かれる

男の像、と書かれる。

つまり、そこは断定される。

見えるまま

立つ姿と、性別。

つまり、それだけである。

題の前半

見えるものが、書かれる。

つまり、立つ男の像である。

括弧の中

名と疑問符が、括弧に入る。

つまり、まとめて外に置かれる。

名と、記号

名のあとに、疑問符が置かれる。

つまり、二つ並ぶ。

題の後半

括弧に、名と疑問符が入る。

つまり、誰かの推測になる。

混ぜない

見えるものと、推し量ったもの。

つまり、区別が付く。

分けて、書く

記述と推測を、分けている。

つまり、混ぜない。

二段になる

まず記述し、そのうえで推す。

つまり、順序がある。

書かれないこと

根拠は、公開の記録にない。

つまり、追えない。

手掛かり

長い衣と、立ち姿。

もっとも、それだけでは決まらない。

誰と、推すか

宗教画の人物の名である。

つまり、主題が推し量られている。

根拠は、書かれない

なぜそう推すかは、記録にない。

つまり、追えない。

二つ目の推測

もう一点、括弧に推測が入る。

つまり、続く。

三点目

もう一つの推測である。

アテナ、古典の二人の像
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《アテナ、古典の二人の像》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の題には、括弧で、ヴィーナスか、と添えられる。館の記録では、縦20.5センチ、横27.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《アテナ、古典の二人の像》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

左に、兜をかぶる女性像がある。

その足元に、丸い盾がある。

右に、二人の像が寄り添う。

いずれも、長い衣を着る。

記号で、繋ぐ

二つが、記号で繋がれる。

つまり、並列になる。

二つの部分

一つ目の像の名と、残りの二人。

つまり、二つに分かれる。

題の区切り

前半と後半が、記号で区切られる。

読みは、変わらない

空白がなくても、意味は通じる。

つまり、書式の差である。

一字の差

空白があるかないか。

つまり、それだけの違いである。

空白が、ない

その記号のあとに、空白がない。

つまり、詰まって見える。

他の記録では

区切りのあとには、空白を置く。

つまり、揃っていない。

直さない

当サイトでは、記録をそのまま写す。

つまり、直さない。

おそらく、という語

見込みが高いことを示す。

つまり、疑問符より強い。

語で、示す

記号ではなく、語で留保する。

つまり、形が違う。

括弧の言い方

こちらは、おそらく、という語である。

つまり、疑問符ではない。

二つの言い方

疑問符と、おそらく。

つまり、揃っていない。

次のページで

もう一つの推測と、表裏の対を見たい。

四点目から

括弧の三つ目の形を見たい。

つまり、また違う言い方になる。

三つ目の推測

もう一点、括弧が付く。

つまり、これで三点になる。

四点目

三つ目の推測である。

馬を連れた二人の男の像
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《馬を連れた二人の男の像》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の題には、括弧で、パルテノンの帯状装飾によるか、と添えられる。館の記録では、縦20.5センチ、横27.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《馬を連れた二人の男の像》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

中央に、馬が身をひねる。

その手前に、人が立つ。

左に、もう一人が身をかがめる。

線は、薄く、速い。

古代の彫刻

帯状の浮き彫りである。

もっとも、記録に説明はない。

馬という主題

馬が、身をひねる。

つまり、動きがある。

何を、写したか

古代の彫刻を写した下絵らしい。

つまり、手本がある。

括弧の中

出どころへの推測である。

つまり、何を写したかを推す。

手本という考え

彫刻家は、古い作を写して学ぶ。

つまり、下絵に手本が入る。

出どころを、推す

誰か、ではなく、何によるか。

つまり、対象が違う。

三つ目の言い方

によるか、という言い方である。

つまり、また違う形になる。

三つの形

疑問符、語、そして句。

つまり、統一されていない。

形が、違う

記号、語、そして句。

つまり、いずれも別の形である。

三通りの留保

疑問符、おそらく、そして、によるか。

つまり、三通りある。

名と、由来

誰かを推すか、何によるかを推すか。

つまり、別の問いである。

二つの種類

人物の名と、出どころ。

つまり、二種類になる。

何を、疑うか

一点目は人物の名。

二点目も名。

そして、こちらは出どころである。

対象が、違う

同じ括弧でも、疑う相手が違う。

つまり、働きが分かれる。

五点目から

表と裏の対になる。

つまり、二点で一枚である。

対の、一点目

ここから、表と裏の対になる。

つまり、二組ある。

五点目

表と裏の、表である。

勝利の像の習作
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《勝利の像の習作》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦14.3センチ、横17.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《勝利の像の習作》メトロポリタン美術館蔵

横長の小さな紙である。

中央に、女性の像が立つ。

右手を、高く上げる。

左手に、長い棒を持つ。

足元に、四角い台がある。

記念碑の形

台の上に、像が立つ。

つまり、屋外に置く形である。

段が、重なる

台は、二段か三段に見える。

つまり、高い。

台の形

四角い段が、積み重なる。

つまり、記念碑らしい。

台の上に、立つ

像は、台座に載る。

つまり、彫刻の下絵である。

上げた手

右手が、高く上がる。

つまり、勝利の身振りらしい。

手に、持つもの

一方の手に、長い棒がある。

つまり、槍か旗らしい。

勝利という主題

勝利を表す像である。

つまり、記念のためらしい。

めくった側

同じ紙の、反対側である。

つまり、対になる。

裏へ

同じ紙の、反対側を見たい。

つまり、続く。

六点目

同じ紙の、裏である。

勝利の像の習作
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《勝利の像の習作》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦14.3センチ、横17.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《勝利の像の習作》メトロポリタン美術館蔵

横長の小さな紙である。

同じ像が、立つ。

もっとも、左右が入れ替わる。

上げた手は、左になる。

棒は、右手に移る。

同じ館の中で

いずれも同じ館にある。

つまり、並びうる。

一覧では、並ぶ

同じ作者、同じ題である。

つまり、並んで表示されうる。

二組目

五点目と六点目に続く、二組目である。

つまり、同じことが起きる。

題が、同じ

五点目と、まったく同じ題である。

つまり、区別が付かない。

末尾の語

一方に表、他方に裏とある。

つまり、面が示される。

番号で、分ける

番号の末尾に、表と裏がある。

つまり、そこで区別する。

台の位置

台も、左右が入れ替わる。

つまり、全体が反転する。

鏡のように

同じ形が、反転して見える。

つまり、写しに近い。

左右が、逆

同じ像が、反転している。

帖の紙

写生帖の紙は、薄い。

つまり、条件が揃う。

透ける条件

紙が薄く、線が濃ければ透ける。

つまり、両方が要る。

薄い紙

写生帖の紙は、薄いことが多い。

つまり、透けやすい。

透けているのか

薄い紙なら、裏から線が透ける。

つまり、そう見えることがある。

三つの読み方

透けた線、裏の絵、そしてなぞり。

つまり、決められない。

なぞったのか

裏からなぞった可能性もある。

つまり、三つ目の読み方になる。

別に描いたのか

裏にも描いた可能性もある。

つまり、二つの読み方がある。

断定しない

館の記録に、その説明はない。

つまり、こちらでは決めない。

小さい紙

縦14.3センチ、横17.5センチ。

つまり、九点で二番目に小さい。

数字も、同じ

縦も横も、完全に一致する。

つまり、同じ紙である。

一枚の紙

同じ紙の、二つの面である。

つまり、寸法は一致する。

寸法が、同じ

いずれも、縦14.3センチ、横17.5センチ。

つまり、同じ紙である。

次のページで

もう一つの対を見たい。

二組目の対

もう一組、表と裏がある。

つまり、四点になる。

七点目

二つ目の対の、表である。

台座のための、座る男たちの習作
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《台座のための、座る男たちの習作》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦27.6センチ、横14.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《台座のための、座る男たちの習作》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

左に、上体をそらす男がいる。

右に、もう一人が同じ姿勢をとる。

いずれも、布を腰に巻く。

腕を、頭の上に曲げる。

何のための下絵か

台座の装飾のためである。

つまり、建物の一部になる。

題に、用途

台座のための、と書かれる。

つまり、何に使うかが示される。

座る姿

二人とも、床に座る。

つまり、低い位置になる。

彫刻の部品

台座に、人の像を彫る。

つまり、装飾になる。

縦のほうが、長い

数字では、縦が横の二倍近い。

つまり、縦長になる。

寸法の順

縦27.6センチ、横14.3センチとある。

二人が、並ぶ

左右に、人が並んで描かれる。

つまり、横に広い。

画像は、横長

もっとも、画像は横に長く見える。

断りは、ない

館の記録に、向きの説明はない。

つまり、読む側が気づくほかない。

数字と、見え方

数字では縦が長く、画像では横が長い。

つまり、合わない。

直さない

当サイトでは、記録をそのまま写す。

つまり、直さない。

向きの記録か

縦横の順が、入れ替わっているのかもしれない。

もっとも、こちらでは確かめられない。

めくった側

同じ紙の、反対側である。

つまり、対になる。

八点目

同じ紙の、裏である。

台座のための、座る男たちの習作
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《台座のための、座る男たちの習作》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦27.6センチ、横14.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《台座のための、座る男たちの習作》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

同じ二人が、描かれる。

もっとも、左右が入れ替わる。

そらす向きが、逆になる。

紙の縁が、折れている。

題が、同じ

七点目と、まったく同じ題である。

つまり、二組目になる。

左右が、逆

こちらも、反転している。

つまり、五点目と六点目と同じである。

四点の内訳

五点目、六点目、七点目、八点目。

つまり、四点になる。

二組とも

表と裏で、像が反転する。

つまり、同じことが二度起きる。

濃い鉛筆

線が濃ければ、裏まで届く。

つまり、透けやすい。

透けた線らしい

薄い紙に、濃い鉛筆で描いている。

つまり、裏から見える。

数え方の問題

紙で数えれば、二枚である。

つまり、単位で変わる。

館は、両面を登録する

透けて見えるだけでも、面として数える。

つまり、単位は面である。

最後の一点

九点目を見たい。

つまり、彫刻ではない。

九点目

最後の一点である。

壺の習作
ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《壺の習作》1860年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦13.8センチ、横8.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。グローヴ氏の寄贈、1985年。ジョン・クインシー・アダムス・ウォード《壺の習作》メトロポリタン美術館蔵

縦長の小さな紙である。

上に、小さな壺が描かれる。

両側に、取っ手が付く。

その右に、文字が三行ある。

下は、白いままである。

縦長である

九点のうち、縦長はこの一点だけである。

つまり、判型でも例外になる。

九点で、最も小さい

縦13.8センチ、横8.9センチ。

つまり、手のひらに載る。

器という主題

取っ手の付いた壺である。

つまり、工芸に近い。

彫刻ではない

壺は、器である。

つまり、他の八点と主題が違う。

三行

文字は、絵の右に三行並ぶ。

つまり、説明らしい。

文字が、添う

絵の脇に、覚え書きがある。

つまり、説明らしい。

読めるか

線が細く、判読できない。

つまり、内容は分からない。

五通り

寸法は、五通りに分かれる。

つまり、揃っていない。

九点の寸法

21.4、20.5、14.3、27.6、13.8センチ。

つまり、ばらばらである。

頁の大きさ

同じ帖なら、頁は同じはずである。

つまり、そう思える。

同じ帖なのに

一冊の帖から来ているはずである。

つまり、揃うと思える。

縁の形

小さい紙の縁は、不揃いである。

つまり、切った跡らしい。

切り取られたか

紙が切られていれば、寸法は変わる。

もっとも、記録に説明はない。

画像でも、分かる

小さい紙の縁は、まっすぐでない。

つまり、切り離した跡らしい。

数えると

一点、三点、四点、そして一点。

つまり、四つに分かれる。

九点の題

場所を示すものが一点。

推測の括弧が付くものが三点。

そして、用途を示すものが四点。

残る一点

壺の習作である。

つまり、用途が書かれない。

推測の三点

疑問符、おそらく、そして、によるか。

つまり、三通りの言い方になる。

揃っていない

同じ館の、同じ帖の記録である。

もっとも、書き方は一つではない。

同じ題、二度

対の二点は、同じ題を持つ。

つまり、区別できない。

対が、二組

表と裏で、四点になる。

つまり、紙としては二枚である。

数え方

面で数えれば九点、紙で数えれば七枚。

つまり、単位で変わる。

絵のない面

白い面でも、番号が付く。

つまり、単位が優先される。

表紙も、一点

さらに、表紙の内側も一点である。

つまり、絵のない面も数える。

単位という考え方

館は、面ごとに登録する。

つまり、絵の有無を問わない。

九点の年

九点とも、1860年ごろである。

つまり、揃っている。

来歴も、同じ

九点とも、同じ人からの寄贈である。

そして、同じ年に受け入れられている。

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読み方の提案

収蔵番号の枝番を、見てほしい。

そこに、帖の中の位置が書かれている。

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