美術史・技法

印象派とは何か——特徴・代表画家・作品の見方をやさしく解説

印象派とは何かを、特徴・代表画家・見方の順にやさしく解説します。モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、カイユボットの実作六点を、当サイトが公開しているCC0の図版と所蔵館の記録から読みます。影の色をどう見るか、という一点からの入り方も示します。

日傘の女——モネ夫人と息子
クロード・モネ《日傘の女——モネ夫人と息子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

印象派とは

印象派とは、19世紀後半のフランスで生まれた絵画の動きである。モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、カイユボットらが、公式の展覧会とは別に自分たちの展覧会を開いた。神話や歴史ではなく、目の前の風景と日常を、外光の下で見えたとおりに描こうとした点が共通している。

呼び名は最初からあったものではない。1874年の第1回展にモネが出した《印象・日の出》の題が、そのまま一派の名として広まった。

日傘の女——モネ夫人と息子
クロード・モネ《日傘の女——モネ夫人と息子》1875年。館の記録では、カンヴァスに油彩。100×81センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クロード・モネ《日傘の女——モネ夫人と息子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

印象派の絵は何が新しいのか

三つに絞ると分かりやすい。外で描くこと、混ぜない色を使うこと、一瞬を選ぶことである。

一つ目。屋外で、その場の光の下で描く。上の《日傘の女》では、女の足もとの草が日傘の影で灰紫に沈んでいる。影を黒や茶で塗らず、周りの色を映した色で描く。これが屋外で描いた画面の特徴になる。

二つ目。絵の具をパレットで混ぜきらず、隣り合わせに置く。近くで見ると緑と黄と青の短い筆が並んでいるだけだが、離れると草地に見える。混ぜた緑より明るく見えるのは、目の側で色が合わさるからである。

三つ目。物語の頂点ではなく、通りすがりの一瞬を選ぶ。《日傘の女》では、風で服と日傘があおられ、顔は逆光で影に沈む。人物の顔立ちは描き込まれていない。誰であるかより、いま光と風がどうであるかが主題になっている。

補足として、印象派は「下描きをしない絵」ではない。画面を早く仕上げる工夫は多いが、構図は選ばれている。《日傘の女》は見上げる位置から描かれ、空が画面の三分の二を占める。この配分は偶然では決まらない。左下に麦藁帽の少年を小さく置くことで、丘の傾きと距離が伝わるようにもなっている。

光を追う——モネの連作

同じ場所を、時刻や季節を変えて何度も描く。この方法をいちばん徹底したのがモネである。積みわらの連作では、同じ藁の山を、雪の日、曇りの日、日没と描き分けた。

シカゴ美術館の《積みわら(雪の効果、曇りの日)》は、館の記録では1890年から91年の作。藁は茶ではなく、青と灰と薄桃で塗られている。曇天の雪の上では、物の色より光の色のほうが強く出る、という観察がそのまま画面になっている。

主題は藁ではなく、藁に当たる光である。連作の考え方は同じ主題を描き続けたモネの記事でも扱っている。

積みわら(雪の効果、曇りの日)
クロード・モネ《積みわら(雪の効果、曇りの日)》1890–91年。館の記録では、カンヴァスに油彩。66×93センチ。番号は1933.1155。シカゴ美術館蔵。クロード・モネ《積みわら(雪の効果、曇りの日)》シカゴ美術館蔵

代表的な画家と、その持ち場

印象派は同じ絵を描く集団ではなかった。得意な持ち場が違う。

クロード・モネ(1840–1926)は光と大気を追い、連作を深めた。モネの作家ページから作品を辿れる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841–1919)は人が集まる場面を得意にした。《フルネーズ亭の昼食》は、館の記録では1875年の作。セーヌ沿いの店で舟遊びの客が卓を囲む場面で、白い卓布と木漏れ日が画面を明るくしている。

エドガー・ドガ(1834–1917)は屋内と人工の光を選んだ。《ダンスのレッスン》は横に長い画面で、床が広く空く。踊り子は舞台ではなく、稽古場で靴紐を直したり座り込んだりしている。決定的な瞬間を外すのがドガのやり方である。

ベルト・モリゾ(1841–1895)は第1回展から参加した中心人物のひとり。《ロリアンの港》は1869年の作で、画面の大半を淡い青灰の水面が占める。

ギュスターヴ・カイユボット(1848–1894)は都市を描いた。《パリの通り、雨》は212.2×276.2センチの大作で、濡れた石畳と傘の群れを、遠近法の骨組みの上に置いている。

フルネーズ亭の昼食(舟遊びの人々の昼食)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《フルネーズ亭の昼食(舟遊びの人々の昼食)》1875年。館の記録では、カンヴァスに油彩。55×65.9センチ。番号は1922.437。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《フルネーズ亭の昼食(舟遊びの人々の昼食)》シカゴ美術館蔵
ダンスのレッスン
エドガー・ドガ《ダンスのレッスン》1879年頃。館の記録では、カンヴァスに油彩。38×88センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エドガー・ドガ《ダンスのレッスン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵
ロリアンの港
ベルト・モリゾ《ロリアンの港》1869年。館の記録では、カンヴァスに油彩。43.5×73センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルト・モリゾ《ロリアンの港》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵
パリの通り、雨
ギュスターヴ・カイユボット《パリの通り、雨》1877年。館の記録では、カンヴァスに油彩。212.2×276.2センチ。番号は1964.336。シカゴ美術館蔵。ギュスターヴ・カイユボット《パリの通り、雨》シカゴ美術館蔵

印象派の絵をどう見るか

手順はひとつでよい。まず影の色を見ることである。

影が黒や焦茶で塗られていれば、それは印象派より前の描き方に近い。影が青や紫や緑で描かれていれば、画家は屋外の光を観察している。この一点を確かめるだけで、絵の立ち位置がだいたい分かる。

次に、画面から一歩下がって、また近づく。近くでは筆の跡がばらばらに見え、離れると形になる。この落差そのものが印象派の面白さである。当サイトの作品ページは拡大できるので、画面上でも同じことが試せる。

三つ目に、描かれた天気と時刻を推し量ってみる。影の濃さ、空の明るさ、色の温かさが手がかりになる。《パリの通り、雨》では影がほとんど出ない。曇っているからで、そのぶん濡れた石畳の照り返しが主役になる。《積みわら》も同じで、雪と曇天という条件が決まると、藁の色まで決まってしまう。何を描いたかより、どういう光の下で描いたかを問うと、連作の意味が見えてくる。

印象派が何から離れたのかを知りたい場合は、印象派の前の世代を扱った記事を読むと流れがつながる。ミレーやコローの世代がすでに戸外へ出ていたこと、そのうえで印象派が何を変えたのかが分かる。

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