モネ《睡蓮》の解説——なぜ水面だけを描き、どこで見られるのか
モネ《睡蓮》を解説します。水面だけを描いたシカゴ美術館蔵の1906年の1点を軸に、日本の橋があった初期から横4メートルを超える晩年まで、当サイトが公開しているCC0の図版五点と館の記録で変化をたどり、実物の所在も示します。

《睡蓮》とはどんな絵か
クロード・モネの《睡蓮》は、池の水面だけを画面いっぱいに描いた油彩である。館の記録では1906年の作で、縦89.9センチ、横94.1センチ。シカゴ美術館が所蔵している。
画面はほぼ正方形をしている。空も岸も対岸の木も描かれず、見えるのは水と、浮かぶ睡蓮の株と、水面に映った影だけである。

左下と右上に、睡蓮の株がかたまりになって浮かぶ。その二つが、中央に細い水の道をあけている。
水の道には木の影が縦に落ち、上のほうには雲の白が映る。影の部分は青と緑が濃く、雲の部分だけが明るい。
館の記録では、この絵は1903年から1908年にかけて描かれた一群のうちの1点である。水の庭を描いた仕事の、ちょうど中ほどにあたる。
同じ記録によれば、モネ自身はこの主題を「執念」と呼んでいた。館の技術調査でも、描いている途中で何度も大きく手を入れた跡が確かめられている。
睡蓮の花は、近くで見ると花の形をしていない。白と桃色の絵具を短く置いた点が、離れたときに花として見える。《睡蓮》の作品ページでは、その置き方を拡大して確かめられる。
なぜ水面だけを描いたのか
見ていた対象が、池そのものではなく水面に起きる変化だったからである。館の記録は、陸と空と水という絵の決まった区分から離れ、水の面だけに絞った点をこの絵の要点としている。
水面は二つのものを同時に見せる。浮かんでいる睡蓮と、映り込んでいる空や木である。前者は水の上にあり、後者は水の向こうにある。
その二つが一枚の面に重なるため、奥行きの手がかりが消える。上下も遠近も決めにくい画面が生まれる。
筆の向きも、その決めにくさを助けている。睡蓮の株は横に寝かせた短い筆で置かれ、映り込みは縦に長く引かれている。
横の筆は水の上にある葉を、縦の筆は水に映った木を示す。同じ一枚の面で、二つの方向がすれ違っている。
モネは1890年にジヴェルニーの土地を買い、その3年後に水の庭を作った。館の記録では、水の庭を主題にした絵はおよそ250点にのぼる。
同じ場所を何度も描く手つきは、麦の山や大聖堂の連作と地続きである。連作の考え方はモネはなぜ、同じ麦の山を二十五回描いたのかに書いた。
橋のある池から、水面だけの画面へ
水面だけの画面に至るまでには段階がある。はじめのころ、モネは池を岸の上から眺め、日本風の木の橋を画面の中心に置いていた。

橋は画面の上半分を弓なりに横切る。水面は下半分に収まり、睡蓮は帯のように並ぶ。岸の草と橋とが、画面の枠の役をしている。

館の記録では、モネはこの主題を1899年から1900年にかけて18点描いた。共通するのは、睡蓮と、水面に映る岸の草木とが混ざり合う点である。
そこから数年で、橋も岸も画面から消える。残ったのが1906年の《睡蓮》で、視線は真上に近い角度から水面へ落ちる。
晩年になると画面が大きくなる。館の記録では、モネは大きなアトリエを建て、のちに国家へ贈ることになる大画面の連作に取りかかった。

館の記録は、この絵の制作年を1917年から1919年とする。大画面と並行して描かれた小ぶりのカンヴァス19点のうちの1点である。
同じ記録によれば、モネは庭で構想し、アトリエで描き直していたらしい。庭で制作する写真が残っているという。

横が4メートルを超える。館の記録は、水平線も岸も省くことで果てのない広がりを感じさせる画面だと説明している。
ここまで並べると、変化の向きがはっきりする。橋という支えを外し、視線を下げ、画面を広げていった道筋である。
館の記録によれば、晩年の制作は順調だったわけではない。体調をくずし、二番目の妻を亡くして、数年ほとんど描けない時期があったという。その後に、この大きさの絵が続けて描かれている。
《睡蓮》はどこで見られるのか
ここに挙げた5点は、シカゴ美術館、ナショナル・ギャラリー(ワシントン)、クリーブランド美術館にある。館の記録では、いずれも常設の展示に出ている。
ただし展示は入れ替わる。行く前に各館の案内で確かめてほしい。当サイトは美術館の関係者ではなく、展示や貸し出しの予定は把握していない。
大画面の連作そのものは、パリのオランジュリー美術館にある。シカゴ美術館の記録も、その壁画のために1914年から1926年にかけて描かれた連作に触れている。
日本の美術館にも《睡蓮》を所蔵するところがある。ただし所蔵と展示は別なので、当サイトでは個別の館の予定を書かない。
探すときに迷いやすいのは、同じ題の絵が何点もあることである。《睡蓮》も《睡蓮の池》も、一つの絵の題ではなく、多くの絵が分け合っている題にすぎない。
そのため、館名と制作年と収蔵番号の三つが揃って、はじめて1点に決まる。この記事の図版のキャプションに番号を入れてあるのは、そのためである。
画像で見るだけなら、いまこの場でできる。ここに並べた5点は、いずれも館が CC0 として公開している画像にもとづく。クロード・モネの頁からは、同じ池を描いた別の絵にも進める。
印象派という枠組みのほうから入りたい場合は、印象派とは何かを先に読むと位置がつかみやすい。


