エドガー・ドガの代表作と特徴——なぜ人物は画面の端で切れているのか
エドガー・ドガの代表作と特徴を、公開中の6点から読む。踊り子も騎手も画面の端で枠に切られ、中央の床は空いたままである。1860年ごろの歴史画から1900年代のパステルまでを年の順に並べ、館の記録とCC0の画像で確かめる。

ドガの代表作
エドガー・ドガは、19世紀のパリで踊り子と競馬と浴室を描き続けた画家である。当サイトでは、油彩・パステル・版画を合わせて103点を公開している。
その中から、制作年の順に6点を並べる。何が変わり、何が変わらなかったかが見える並べ方にした。
まず、踊り子より前の仕事から始める。

古代のスパルタを題にした、横長の大きな画面である。左に少女たちが四人、右に少年たちが集まる。
色はほとんど乗っていない。下描きの線が透けて見え、絵具は薄く擦り付けられているだけである。
奥には石の台と、それを囲む大人たちの小さな群れが置かれる。歴史画の型に従った構図といえる。
ただし、少女たちの腕と脚の向きはそろっていない。差し出す腕、踏み出す足、振り返る首がばらばらに動く。古代の題を借りながら、見ているのは体の動きである。
10年ほどのちには、題材がまるごと入れ替わる。

稽古場の板張りの床が、画面の手前を大きく占める。踊り子は奥と右に寄り、中央の床は空いたままである。
手前の台の上には、脱いだ靴と赤い布が置かれている。準備と休憩が、踊りそのものより広い面積を取っている。
なぜ人物は画面の端で切れているのか
ドガの画面では、人物がしばしば枠に断ち切られる。《ダンス教室》では、左端の踊り子が階段ごと切れている。
次の一点は、それがもっと極端になる。

黄色い衣装の三人が、右下の隅に固まっている。画面の下辺は、手前の踊り子の胴で断たれる。
左上には書き割りの木立がある。その下の隙間から、舞台に立つ踊り子の脚だけが六本のぞく。
つまり主役は舞台の上ではなく、袖にいる。見せ場は切り取られ、待っている側だけが大きく描かれている。
こうした切り方は、見物人が実際に目にする視野に近い。柱や人の肩に遮られ、舞台の全体は普通は見えない。
切れ目には、もうひとつ働きがある。枠の外に画面が続いていると感じさせることである。三人の踊り子の右にも左にも、描かれていない舞台裏が想像される。
中央を空け、端に人を寄せ、その端で切る。この三つは《ダンス教室》にも《黄色い踊り子たち》にもそろっている。
館の記録が伝えるのは、画材と寸法と年代までである。切り取りの意図を当サイトの見解として断定はしない。画面から言えるのは、切れ目が毎回わざと作られている、ということである。
動きをどう画面に止めるかという問題については、ドガの動きの描き方の記事で別に扱った。
油彩からパステルへ
ドガの代表作として知られる図には、油彩ではないものが多い。

主役の踊り子は片足で立ち、顔を上へそらしている。右腕は下げられ、手首の飾りだけが光る。
背景は斜めに走る舞台の床である。奥では別の踊り子たちが半ば溶け、衣装の輪郭も定まらない。
パステルは、粉を紙に擦り付ける画材である。絵具のように混ぜず、色を上へ上へと重ねていく。
そのため、下の色が隙間から見える。衣装の白の下に橙や青が覗き、布が薄く見える。油彩で同じ軽さを出すのは難しい。
館の記録によれば、支持体はクリーム色の織り紙で、縁を台紙に留めてある。紙そのものの色も、画面の地として働いている。
同じころ、ドガは競馬場にも通っている。

六頭の馬が横に並び、どれも走っていない。出走を待つ間の、止まった時間が選ばれている。
騎手の帽子と上着だけが、赤・青・黄と原色で塗り分けられる。緑の草地の中で、その小さな色面が目印になる。
右端では馬と人が枠に切られる。踊り子の絵と同じ切り方が、屋外の画面でも使われている。
晩年に何が残ったか
最後の一点は、20世紀に入ってからの作である。

正方形に近い画面で、女が身をかがめて髪を拭いている。顔は隠れ、背中と腕だけが見える。
色は橙と黄に振り切れている。壁も布も人の肌も、同じ強さの色で塗られている。
輪郭の線はもう細くない。太い筆跡がそのまま残り、形は近くで見るとほどけている。
一方で、姿勢の取り方は初期から変わらない。人が何かの途中にいる一瞬だけを選ぶ点は、スパルタの画面から地続きである。
印象派という枠との距離については、印象派とは何かの記事で整理した。
ドガの作品はどこで見られるか
ここに並べた6点は、シカゴ美術館とナショナル・ギャラリー(ワシントン)が所蔵している。どちらも所蔵品の画像をCC0で公開しており、当サイトはその画像を使っている。
パステルの粉の乗り方は、縮小した画像では分からない。《エトワール》の作品ページで拡大して確かめられる。
競馬の画面を見るなら《騎手たち》の作品ページがある。
残る97点も含めてエドガー・ドガの作品ページにまとめてある。


