画家を知る

エドガー・ドガの代表作と特徴——なぜ人物は画面の端で切れているのか

エドガー・ドガの代表作と特徴を、公開中の6点から読む。踊り子も騎手も画面の端で枠に切られ、中央の床は空いたままである。1860年ごろの歴史画から1900年代のパステルまでを年の順に並べ、館の記録とCC0の画像で確かめる。

エトワール
エドガー・ドガ《エトワール》シカゴ美術館蔵

ドガの代表作

エドガー・ドガは、19世紀のパリで踊り子と競馬と浴室を描き続けた画家である。当サイトでは、油彩・パステル・版画を合わせて103点を公開している。

その中から、制作年の順に6点を並べる。何が変わり、何が変わらなかったかが見える並べ方にした。

まず、踊り子より前の仕事から始める。

少年たちに挑むスパルタの少女たち
エドガー・ドガ《少年たちに挑むスパルタの少女たち》1860年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。97.4×140センチ。番号は1961.334。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《少年たちに挑むスパルタの少女たち》シカゴ美術館蔵

古代のスパルタを題にした、横長の大きな画面である。左に少女たちが四人、右に少年たちが集まる。

色はほとんど乗っていない。下描きの線が透けて見え、絵具は薄く擦り付けられているだけである。

奥には石の台と、それを囲む大人たちの小さな群れが置かれる。歴史画の型に従った構図といえる。

ただし、少女たちの腕と脚の向きはそろっていない。差し出す腕、踏み出す足、振り返る首がばらばらに動く。古代の題を借りながら、見ているのは体の動きである。

10年ほどのちには、題材がまるごと入れ替わる。

ダンス教室
エドガー・ドガ《ダンス教室》1873年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。47.63×62.23センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エドガー・ドガ《ダンス教室》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

稽古場の板張りの床が、画面の手前を大きく占める。踊り子は奥と右に寄り、中央の床は空いたままである。

手前の台の上には、脱いだ靴と赤い布が置かれている。準備と休憩が、踊りそのものより広い面積を取っている。

なぜ人物は画面の端で切れているのか

ドガの画面では、人物がしばしば枠に断ち切られる。《ダンス教室》では、左端の踊り子が階段ごと切れている。

次の一点は、それがもっと極端になる。

黄色い踊り子たち(舞台袖にて)
エドガー・ドガ《黄色い踊り子たち(舞台袖にて)》1874年から76年。館の記録では、カンヴァスに油彩。73.5×59.5センチ。番号は1963.923。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《黄色い踊り子たち(舞台袖にて)》シカゴ美術館蔵

黄色い衣装の三人が、右下の隅に固まっている。画面の下辺は、手前の踊り子の胴で断たれる。

左上には書き割りの木立がある。その下の隙間から、舞台に立つ踊り子の脚だけが六本のぞく。

つまり主役は舞台の上ではなく、袖にいる。見せ場は切り取られ、待っている側だけが大きく描かれている。

こうした切り方は、見物人が実際に目にする視野に近い。柱や人の肩に遮られ、舞台の全体は普通は見えない。

切れ目には、もうひとつ働きがある。枠の外に画面が続いていると感じさせることである。三人の踊り子の右にも左にも、描かれていない舞台裏が想像される。

中央を空け、端に人を寄せ、その端で切る。この三つは《ダンス教室》にも《黄色い踊り子たち》にもそろっている。

館の記録が伝えるのは、画材と寸法と年代までである。切り取りの意図を当サイトの見解として断定はしない。画面から言えるのは、切れ目が毎回わざと作られている、ということである。

動きをどう画面に止めるかという問題については、ドガの動きの描き方の記事で別に扱った。

油彩からパステルへ

ドガの代表作として知られる図には、油彩ではないものが多い。

エトワール
エドガー・ドガ《エトワール》1879年から81年。館の記録では、クリーム色の織り紙にパステル。73.3×57.4センチ。番号は1980.414。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《エトワール》シカゴ美術館蔵

主役の踊り子は片足で立ち、顔を上へそらしている。右腕は下げられ、手首の飾りだけが光る。

背景は斜めに走る舞台の床である。奥では別の踊り子たちが半ば溶け、衣装の輪郭も定まらない。

パステルは、粉を紙に擦り付ける画材である。絵具のように混ぜず、色を上へ上へと重ねていく。

そのため、下の色が隙間から見える。衣装の白の下に橙や青が覗き、布が薄く見える。油彩で同じ軽さを出すのは難しい。

館の記録によれば、支持体はクリーム色の織り紙で、縁を台紙に留めてある。紙そのものの色も、画面の地として働いている。

同じころ、ドガは競馬場にも通っている。

騎手たち
エドガー・ドガ《騎手たち》1885年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。73.03×90.81センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エドガー・ドガ《騎手たち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

六頭の馬が横に並び、どれも走っていない。出走を待つ間の、止まった時間が選ばれている。

騎手の帽子と上着だけが、赤・青・黄と原色で塗り分けられる。緑の草地の中で、その小さな色面が目印になる。

右端では馬と人が枠に切られる。踊り子の絵と同じ切り方が、屋外の画面でも使われている。

晩年に何が残ったか

最後の一点は、20世紀に入ってからの作である。

化粧する女
エドガー・ドガ《化粧する女》1900年から05年。館の記録では、トレーシングペーパーにパステル。75×72.5センチ。番号は1937.1033。シカゴ美術館蔵。エドガー・ドガ《化粧する女》シカゴ美術館蔵

正方形に近い画面で、女が身をかがめて髪を拭いている。顔は隠れ、背中と腕だけが見える。

色は橙と黄に振り切れている。壁も布も人の肌も、同じ強さの色で塗られている。

輪郭の線はもう細くない。太い筆跡がそのまま残り、形は近くで見るとほどけている。

一方で、姿勢の取り方は初期から変わらない。人が何かの途中にいる一瞬だけを選ぶ点は、スパルタの画面から地続きである。

印象派という枠との距離については、印象派とは何かの記事で整理した。

ドガの作品はどこで見られるか

ここに並べた6点は、シカゴ美術館とナショナル・ギャラリー(ワシントン)が所蔵している。どちらも所蔵品の画像をCC0で公開しており、当サイトはその画像を使っている。

パステルの粉の乗り方は、縮小した画像では分からない。《エトワール》の作品ページで拡大して確かめられる。

競馬の画面を見るなら《騎手たち》の作品ページがある。

残る97点も含めてエドガー・ドガの作品ページにまとめてある。

ARTISTS関連する画家

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧