画家を知る

紙の色が、変わってしまった——エドガー・ドガのパステル

技法の欄に、緑の紙、いまは褐色に暗くなっている、と書かれる。もとの色と、いまの色が両方記録されている。下地の色が変われば、置いた色との関係も変わる。見えなくなったものを記録から読みたい。紗に貼るという処置にも触れておきたい。

画家の従妹、おそらくウィリアム・ベル夫人
エドガー・ドガ《画家の従妹、おそらくウィリアム・ベル夫人》メトロポリタン美術館蔵

技法の欄に、時間が入る

九点の技法の欄を読むと、ふつうの素材の一覧ではないことに気づく。

緑の紙、いまは褐色に暗くなっている。鮮やかな桃色の紙、いまは淡い桃色に褪せている。

薄い緑の紙、いまは温かみのある灰色に変色している。

つまり、いまの色と、もとの色が両方書かれている。欄の中に時間が入っている。

紙の色は変わる。変わったことを、館は記録している。

九点の紙の色

先に、九点の紙の色を並べておきたい。

緑が三点、桃色が一点、灰色が一点、黄色が一点、青が一点、生成りが一点である。

残る一点も緑で、こちらは変色の記述がない。

白い紙は一点もない。すべて色の付いた紙である。

パステルを白い紙に置くと、明るい部分の白が効かなくなる。色紙を選ぶのには理由がある。

なぜ色が変わるか

紙は、光と空気で変質する。

木材から作られた紙は、とくに変わりやすい。数十年で黄ばみ、褐色になる。

染めた紙なら、染料が褪せる。青や緑は褪せやすい。

額に入れて壁に掛ければ、光は当たり続ける。裏板に接した部分だけ色が残ることもある。

九点のうち四点は、この変化が記録に明記されている。

明記の仕方も一定である。もとの色を先に書き、いまの色を後に書く。

読む側は、二つの色を頭のなかで比べることになる。

記録は、いま見えているものを説明するだけではない。見えなくなったものも書く。

変色は、記録されないことも多い

紙の色の変化は、多くの記録では書かれない。

紙、とだけ書いて終わることが多い。色にも触れない。

九点の記録が細かいのは、調査が進んでいるからである。

同じ館でも、作品によって記述の詳しさは違う。調べた人がいたかどうかで決まる。

九点は、その意味で恵まれた記録を持っている。

見えないものを、書く

もとの色は、いま見ても分からない。

分かるのは、調べた人がいるからである。額の下に隠れた縁を見れば、褪せていない色が残る。

あるいは、繊維を顕微鏡で調べれば、染料の痕跡が分かる。

館の技法の欄は、そうした調査の結果を短く書いている。

短いが、書かれていることは重い。いま見えている色は、作者が見ていた色ではない。

パステルは、粉を紙にこすりつける技法である。定着させる薬剤を使うこともある。

粉が薄いところでは、紙の色がそのまま見える。厚いところでは隠れる。

だから、下地の色は画面のあちこちに顔を出す。無視できない要素である。

九点の多くは、塗り残しが広い。紙の色が効く画面である。

画家の従妹、おそらくウィリアム・ベル夫人
エドガー・ドガ《画家の従妹、おそらくウィリアム・ベル夫人》1873年。緑の紙にパステル、紙はいまは褐色に暗くなっている。館の記録では、縦47.3センチ、横38.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、ハヴマイヤー夫人遺贈、1929年。エドガー・ドガ《画家の従妹、おそらくウィリアム・ベル夫人》メトロポリタン美術館蔵

女性の頭部と肩を描いた一枚である。

顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。眉が細い。

髪は暗い茶で、頭の上でまとめられる。輪郭が白いパステルで縁取られる。

首から胸にかけて、白い襟が描かれる。細かい襞が入る。

背景は褐色一色である。塗られていない部分が広い。

画面の右上に、別の顔が薄く描かれる。同じ人物の習作だと思われる。

その顔の下に、さらに小さな形がある。手か、耳かは判別できない。

館の記録によれば、この紙はもともと緑だった。いまは褐色に見える。

緑の上に描いていたとすれば、肌の色の見え方は違っていたはずである。

いま見ると、顔の肌は褐色の地から浮き上がる。暖かい調子でまとまる。

緑の地だったなら、肌はもっと冷たく、対比が強かったと考えられる。

これは推測である。もとの緑がどの程度の濃さだったかは分からない。

額の中で起きること

紙の変色は、展示のしかたとも関わる。

額に入れて壁に掛ければ、光は毎日当たる。窓の近くならなおさらである。

十九世紀の家では、絵は明るい壁に掛けられた。保存の意識は今ほど強くない。

館に入ってからは、照度が管理される。だが、それまでの数十年は分からない。

九点の変色の多くは、館に入る前に進んだと考えられる。

下地の色は、絵の色

パステルは、紙の上に粉を置く技法である。

粉は完全に紙を覆わない。隙間から紙の色が見える。

だから、下地の色が画面全体の調子を決める。

緑の紙に肌色を置けば、肌はやや冷たく見える。褐色の紙なら、暖かく見える。

紙の色が変われば、絵の印象も変わる。作者が意図した関係が崩れる。

二人の踊り子
エドガー・ドガ《二人の踊り子》1873年。鮮やかな桃色の塗工紙に濃褐色の淡彩と白の不透明絵具、紙はいまは淡い桃色に褪せている。館の記録では、縦61.3センチ、横39.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、ハヴマイヤー夫人遺贈、1929年。エドガー・ドガ《二人の踊り子》メトロポリタン美術館蔵

縦長の紙に、二人の踊り子が並ぶ。

左の一人は、上体をひねって背中を見せる。腕を胸の前に上げる。

右の一人は、正面に近い向きで立つ。手を腰のあたりに置く。

衣は短い筒状の裾で、脚が長く伸びる。

描写は、濃い褐色の淡彩で行われる。線ではなく、面で置かれる。

明るい部分には、白い絵具が置かれる。肩と腕の上面である。

紙の地は、画面の半分以上を占める。塗り残しがそのまま背景になる。

その地の色が、いまは淡い桃色である。もとは鮮やかだったと記録は書く。

鮮やかな桃色の上に褐色を置けば、いまよりずっと強い対比になる。