名画の楽しみ方

美術館はなぜ画像を手放したのか——モネと北斎の公開画像

作品の著作権が切れていても、その写真の権利は美術館が持つと考えられてきた。方針が変わったのは2010年代である。手放した理由、同じ図を並べて比べられるようになったこと、そして画像の質や権利の限界を、実際の公開記録で確かめる。

積みわら
クロード・モネ《積みわら》シカゴ美術館蔵

この画像は、許可を取らずに使える

一枚の油彩から始めたい。

積みわら
クロード・モネ《積みわら》1890〜1891年。油彩・画布。縦65.8センチ、横92.3センチ。シカゴ美術館蔵。左下に署名と年記がある。クロード・モネ《積みわら》シカゴ美術館蔵

雪の畑に、麦の積みわらが一つ置かれている。

形は円錐に近い。表面は赤褐色で、上から白い雪が薄くかかる。

奥に裸の木立が横に並び、その上に青灰色の丘が重なる。

空は薄い桃色と灰色。太陽は見えない。

地面は白と青と桃色の細かい筆触で埋められている。雪の照り返しである。

さて、この画像である。

当サイトはこの図版を、所蔵館に個別の許可を求めずに掲載している。

無断で使っているのではない。所蔵館が「権利を主張しない」と表明しているからである。

この一文が、当サイトの成立条件である。

だから今回は、絵の見方ではなく、絵の画像の話をしたい。

二つの権利が重なっていた

順を追って整理したい。

絵そのものの著作権は、すでに切れている。作者は1926年に没している。

保護期間が過ぎた作品は、誰でも自由に使える。これは以前からそうだった。

問題は、絵ではなく絵の写真だった。

作品を撮影するには、照明を組み、色を合わせ、機材を運ぶ。手間と費用がかかる。

だから多くの美術館は、その写真に権利があると考えてきた。

出版社が図版を使うには申請書を出し、使用料を払い、期間と部数を報告する。

20世紀の後半まで、これが標準の手続きだった。

つまり作品は自由でも、像は自由ではなかった。

この仕組みには、それなりの理由があった。

撮影と管理には金がかかる。使用料はその原資になる。

同時に、図版の使われ方を管理できるという利点もあった。

粗い印刷や不適切な文脈での使用を、許諾の段階で止められる。

一方で、副作用も大きかった。

小さな出版社や個人は、手続きと費用の壁の前で諦めることになる。

結果として、名画の図版は大きな出版物にしか載らなかった。

学校の教材や地域の展示でも、同じ壁があった。

「使いたいが手続きが重い」という理由で、図版のない解説が作られてきた。

冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》1830〜1832年ごろ。木版摺、紙に墨と色。縦25.7センチ、横37.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1929年にハヴマイヤー夫人の遺贈で同館に入った一枚。葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》メトロポリタン美術館蔵

もう一点、分かりやすい例を挙げたい。

世界でもっとも複製された図像の一つである。

巨大な波が左から覆いかぶさり、白い泡が指のように分かれている。

波の谷に舟が三艘。漕ぎ手が身を伏せている。

中央の奥に、雪をかぶった富士が小さく置かれている。

この図の読み方は別のコラムで詳しく扱った。

ここで注目したいのは、受け入れの記録である。

1929年、ある収集家の夫人の遺贈で美術館に入っている。

同じ一家は、19世紀末に新作のガラス器も美術館に寄贈している。

前のコラムで扱ったガラス工房の品である。

個人の収集が館に移り、館の決定で世界に開かれる。図像が動く経路は長い。

2010年代に、方針が変わった

この状況が、この十数年で大きく動いた。

主要な美術館が次々に、所蔵作品の画像を「権利主張なし」で公開しはじめた。

使われる表示は CC0 である。著作権を放棄する意思を示す表示で、商用利用も許される。

流れを年で追うと、おおよそ次のようになる。

2013年、オランダの国立美術館が高解像度画像の自由な利用を打ち出した。

2017年、メトロポリタン美術館がパブリックドメイン作品の画像を CC0 で公開した。

2020年、スミソニアン協会が大規模な公開に踏み切った。

シカゴ美術館やクリーヴランド美術館も、同じ時期に公開へ動いている。

十年ほどのあいだに、方針が入れ替わったことになる。

念のために書いておくと、CC0 は「著作権が無い」ことの証明ではない。

権利があるかもしれない場合も含めて、主張しないという宣言である。

だから利用する側は、宣言の出所と日付を記録しておく必要がある。

当サイトはこの CC0 の画像だけを扱っている。

規模を確かめておきたい。以下は本稿の執筆時に、各館の公開データで数えた値である。

シカゴ美術館の API が「パブリックドメイン」と示す作品は 62,046点。

メトロポリタン美術館の API が扱う作品は 502,256点。

スミソニアン協会が CC0 として公開する画像の記録は 5,237,882件。

いずれも一館の判断で世に出された数字である。

なお、この数え方には注意が要る。

「作品」と「画像」は一対一ではない。一点に十枚の写真があることもある。

逆に、記録はあるが画像が無い作品も多い。

数字を比べるときは、何を数えたのかを確かめる必要がある。

当サイトで扱えるのは、CC0 の画像が実際にある作品だけである。

記録だけがある作品は、題名と寸法しか示せない。だから取り込みの対象にしていない。

見せられない作品を並べても、鑑賞にはつながらないからである。

本稿の問いは単純である。

美術館はなぜ、収入源にもなり得る画像を手放したのか。

そして、手放した結果、何が起きたのか。

先に立場を書いておく。当サイトは、この決定の受益者である。

だから利点を並べるだけでは公平でない。限界と責任にも触れる。

手放した理由——三つ

公表されている説明を整理すると、理由は三つに分かれる。

一つめは、費用である。

申請を受け付け、内容を審査し、請求書を出し、入金を確認する。

この事務には人手がかかる。使用料の収入が、その人件費を上回らない場合がある。

複数の館が、この点を公開の理由として挙げている。

二つめは、使命である。

公立や公益の美術館は、作品を広く知らせることを目的に掲げている。

画像が使われるほど、その目的には近づく。

閉じておくことは、収蔵品を活用していないという批判を受けやすい。

三つめは、法の理解である。

保護期間の切れた平面作品を、忠実に複製した写真に新しい権利が生じるのか。

生じないという考え方が、この二十年で広まった。

権利があるという前提が弱くなれば、主張を続ける利点も薄れる。

以上のうち、三つめは国によって扱いが違う。断定は避けたい。