同じ題が、二度使われる——エドガー・ドガ《扇を持つ踊り子》
一字も違わない題の作品が二点あり、年は十年以上離れている。技法の欄には紙の変色や漉かし入れの文字まで書かれる。九点の支持体は五通り。記録が反復を数えないことを読みたい。扇の形をした二点も含まれる。三枚の紙を継いだ一点もある。

同じ題の絵が、二点ある
一人の画家の作品を九点、記録の欄で並べてみる。
そのうち二点は、題が同じである。
扇を持つ踊り子。
一字も違わない。
しかし、年の欄は十年以上離れている。
技法の欄も違う。
一方は、灰緑色の簀の目紙にパステル。
他方は、淡黄色の網目のトレーシングペーパーにパステルと木炭。
紙が違い、画材も一つ増えている。
寸法も違う。
同じ題でありながら、別の作品である。
題が同じになるのは、なぜか
館の記録では、題が重複することがある。
とくに、主題が定型化している場合に起きる。
踊り子。帽子屋。稽古場。
その画家は、同じ主題を何度も描いた。
だから、後から題を付けると重なる。
題は、作者が付けたとは限らない。
売られたとき、展示されたとき、記録されたとき。
そのつど、内容を説明する語が題になる。
同じ内容なら、同じ題になる。
前の回の記事で、道具の品名が重複する例を何度も見た。
絵画でも、主題が繰り返されれば同じことが起きる。

縦長の紙に、踊り子が一人立つ。
紙の地は、灰緑がかった褐色である。
体は正面を向き、顔は左を向く。
頭に、橙色の飾りを付ける。
右手を上げ、扇を顔の前にかざす。
扇は開かれ、骨の線が放射状に走る。
上半身は、白い線だけで描かれる。
胴衣の輪郭が、細く引かれる。
腰から、白い衣が横に広がる。
衣は、白い線を重ねて表される。
脚は細く、爪先立ちで立つ。
地の色が、そのまま影として働く。
描き残しが、そのまま残る
いま見た一点は、線だけで描かれている。
面を塗りつぶした部分が、ほとんどない。
紙の地が、大部分を占める。
つまり、途中で止めたようにも見える。
しかし、館はこれを一つの作品として収蔵している。
完成か未完成かを、記録は書かない。
技法の欄には、紙とパステルとある。
それだけである。
前の回の記事で、未完の絵を他人が仕上げた例を見た。
あちらは、年の欄と作者の欄に痕跡があった。
こちらは、何も書かれていない。
書かれていないことを、こちらで判断しない。

縦長の紙に、踊り子が一人立つ。
こちらは、面が色で埋め尽くされる。
背景の上半分は、濃い緑と青である。
太い線を何度も重ねて塗られる。
踊り子は、淡黄色の衣を着る。
衣には、赤い点が散る。
腰の衣は横に広がり、縁が波打つ。
左手に、小さな扇を持つ。
扇は開かれ、赤と青が入る。
右腕は、後ろへ伸びる。
顔はうつむき、輪郭が黒い線で囲まれる。
床は緑がかった灰色である。
技法の欄の長さが、点によって違う
九点の技法の欄を、字数で比べてみる。
いちばん短いのは、板に油彩。
たった二語である。
いちばん長いのは、三十字を超える。
紙の色、紙の種類、変色したこと、漉かし入れの文字、そして貼られた台紙。
そこまで書かれている。
同じ画家の、同じ館の記録である。
なぜ、これほど違うのか。
素描や版画の部門では、紙の記述が細かい。
絵画の部門では、簡潔になる。
同じ館の中でも、部門ごとに方針が違う。
前の回の記事で、部門による差を何度も見てきた。

横長の画面である。
中央に、女性が横たわるように身をかがめる。
顔はこちらを向き、頬が丸い。
黄褐色の衣を着る。
その上に、大きな帽子が重なる。
帽子は暗い色で、羽根と飾りが付く。
右奥に、別の女性の顔が見える。
こちらも、帽子の陰から覗く。
背景の上部は、水色に塗られる。
下部は、赤褐色の台である。
台の上に、小さな器が二つ置かれる。
線は太く、色が幾層にも重なる。
紙の変色が、記録される
いま見た一点の技法の欄には、変色したことが書かれている。
もとは暖かい灰色の紙だった。
いまは淡黄色になっている。
つまり、いま見ている色は、描かれたときの色ではない。
パステルの色は変わりにくい。
しかし、紙は光と空気で変わる。
地の色が変われば、絵全体の印象が変わる。
館は、その事実を技法の欄に書く。
書かなければ、いまの色が本来の色だと思われる。
前の回の記事で、記録が処置や状態を書く例を何度も見た。
ここでは、避けられない変化が書かれている。
漉かし入れの文字が、書かれる
同じ欄に、もう一つの情報がある。
紙に、漉かし入れの文字があるという。
紙を漉くときに、型で入れる印である。
光に透かすと見える。
その文字は、紙を作った工房の名だろう。
つまり、紙の出どころが分かる。
紙の出どころが分かれば、時期の手がかりにもなる。
館は、その文字を写している。
前の回の記事で、銘記の欄が文字を写す例を何度も見た。
これは、作品に書かれた文字ではない。
材料に入っていた文字である。
それでも、記録の対象になる。

縦長の画面である。
左に、踊り子が一人立つ。
右手を横木に置き、体を支える。
白い衣が、腰から広がる。
髪に、赤い飾りを付ける。
右手前に、男が座る。
黒い衣で、こちらへ体を向ける。
顎に楽器を挟み、弓を持つ。
楽器は赤褐色で、光を受ける。
背景は淡い黄褐色で、平らである。
床は褐色の板張りに見える。
右上に、署名らしい文字がある。
紙の色が、九点で四通り
九点の技法の欄から、紙の色だけを抜き出してみる。
灰緑色。淡黄色。暖かい灰色。桃色。
四通りある。
そして、いずれも白ではない。
色の付いた紙に描くことには、理由がある。
地の色が、中間の調子として働くからだ。
明るいところに白を置き、暗いところに黒を置く。
そのあいだは、紙の色がそのまま使える。
塗る手間が減り、速く描ける。
館の記録は、その事情を書かない。
しかし、四つの色を並べれば、方針は見えてくる。
そして、白い紙を使った件が一つもない。
支持体が、五通りある
九点の支持体を並べてみる。
簀の目紙、網目紙、トレーシングペーパー。
絹、カンヴァス、そして板。
六通りある。
同じ画家が、これだけ違う支持体を使い分けた。
そして、それぞれに合う画材を選んでいる。
紙にはパステルと木炭。
絹には水彩。
カンヴァスには油彩、あるいは混合技法。
板には油彩。
技法の欄は、材料の名を並べるだけだ。
しかし、支持体と画材の対応は、九点を並べれば見える。
対応を書く欄は、どこにもない。
三枚の紙を、継いでいる
いま見た一点の技法の欄には、こう書かれている。
三枚の網目紙を継いだもの。
つまり、一枚では足りず、足している。
描きながら画面を広げたのだろう。
前の回の記事で、板に継ぎ足しのある絵を見た。
紙でも、同じことが起きる。
継ぎ目は、写真では見えにくい。
しかし、記録には書かれている。
書かれていなければ、一枚の紙だと思う。
寸法の欄には、全体の大きさしかない。
三枚それぞれの大きさは、書かれていない。
扇の形をした二点
九点のうち二点は、形が扇である。
上辺が弧を描き、下辺も弧を描く。
左右は下へすぼまる。
技法の欄には、絹に水彩と金属質の絵具とある。
つまり、扇に貼るために描かれた。
骨に貼れば、あおぐ道具になる。
前の回の記事で、扇面を画帖に貼る例を見た。
あちらは、使ったあとに平らに伸ばしたものだった。
こちらは、貼られないまま残っている。
館の記録は、そこまで書かない。
品名の欄に、扇の面と書かれるだけである。

扇の形をした画面である。
上辺が大きな弧を描く。
下辺は、小さな弧で切り取られる。
地は暗い褐色で、金属質の光がある。
上部の左寄りに、暗い塊がある。
樹木か、書割だろう。
中央に、小さな人影が数人並ぶ。
いずれも白い衣で、腕を上げる。
その下に、明るい水色の面が広がる。
面は半円形で、下辺に沿う。
右上に、白い形が斜めに入る。
細部はほとんど描かれていない。

こちらも、扇の形の画面である。
白黒の写真で写される。
地は暗く、ほとんど黒に近い。
上辺の弧に沿って、細い線が放射状に走る。
扇の骨の位置を示したものだろう。
中央よりやや右に、人影が集まる。
いずれも白く、小さい。
左上にも、白い形がある。
下辺の弧の内側は、白く抜かれる。
台紙の白と、画面の黒が強く分かれる。
前の一点より、縦がやや短い。
同じ年、同じ形、違う大きさ
いま見た二点は、どちらも1879年である。
同じ形で、同じ技法。
しかし、寸法が違う。
縦19.1センチと15.6センチ。
横も、57.8センチと54センチ。
三センチから四センチの差がある。
扇に貼るなら、骨の寸法に合わせるはずだ。
合わせていないということは、別の扇のためだろう。
あるいは、貼ることを前提にしていないのかもしれない。
館の記録は、そこまで書かない。
数字が二組、並んでいるだけである。
前の回の記事で、対の品の寸法差について何度も書いた。
混合技法とだけ書かれる一点
九点のうち一点の技法の欄は、こうなっている。
カンヴァスに混合技法。
何と何を混ぜたのかは、書かれていない。
分析していないのだろう。
この画家は、油絵具をテレピンで薄めたり、パステルを重ねたりした。
その組み合わせは、点ごとに違う。
調べなければ、特定できない。
だから、混合技法という語で済ませる。
前の回の記事で、金属とだけ書かれた記念章を見た。
同じ姿勢である。
分からないことを、分からないまま書く。

正方形に近い画面である。
右上に、踊り子が二人いる。
一人は横木に手を掛け、脚を高く上げる。
もう一人は、後ろで体をひねる。
どちらも白い衣を着る。
衣の裾が、薄く透ける。
背景の壁は、淡い黄で塗られる。
壁の下に、横木が水平に走る。
床は灰緑色で、広く空いている。
左下に、緑色の水差しが一つ置かれる。
画面の三分の二が、床と壁である。

縦長の紙に、女性が座る。
紙の地は、明るい桃色である。
体は左を向き、顔はこちらを見る。
髪は黒く、後ろでまとめられる。
頭に、細い黒い飾りを付ける。
衣は青灰色で、袖が肘まで。
腰から下の衣が、大きく広がる。
裾に、細かい襞が幾重にも寄る。
左腕を、高く水平に伸ばす。
手の先は、輪郭だけで終わる。
背景に、四角い線が引かれる。
家具の輪郭だろう。
右上に、署名と年が書かれる。
下描きの材料まで、書かれる
いま見た一点の技法の欄には、下描きのことが書かれている。
黒鉛による下描きの上に、油絵具とパステル。
つまり、三段階の材料が示されている。
順序まで分かる。
なぜ、そこまで書けるのか。
線が見えるからだろう。
薄く溶いた絵具の下に、鉛筆の線が透ける。
館は、見えるものを書いている。
見えなければ、書けない。
前の回の記事で、記録が見えるものだけを書く話を何度も書いた。
技法の欄の長さは、観察の量に比例する。

横長の小さな板である。
九点でいちばん小さい。
室内が、奥まで見通される。
左に、机と椅子がある。
机の前に、人が座る。
その右に、大きな姿見が立つ。
鏡の中に、踊り子の姿が映る。
中央から右へ、踊り子が数人並ぶ。
いずれも白い衣で、小さく描かれる。
右奥に、扉が開く。
床は褐色で、光が斜めに差す。
右下に、署名らしい赤い文字がある。
白黒の画像が、一点だけある
九点のうち一点だけ、公開画像が白黒である。
扇の面の一方だ。
もう一方は、彩色の画像を持つ。
同じ年、同じ技法、同じ形の二点で、画像の質が違う。
技法の欄には、金属質の絵具とある。
白黒では、その金色が分からない。
彩色の一点では、暗い地に金の光が見える。
白黒の一点では、ただ暗いだけだ。
同じ材料を使っていても、伝わり方がまるで違う。
前の回の記事で、白黒の画像について何度も書いてきた。
記録の欄が材料を書き、画像がそれを見せる。
片方が欠ければ、もう片方だけでは足りない。
署名の位置が、点によって違う
九点の写真を見ると、署名らしい文字が数点にある。
右上に書かれたものが二点。
右下に書かれたものが一点。
そして、見当たらない点が数点ある。
館の記録には、銘記の欄がない件が多い。
つまり、署名の内容が写されていない。
写真で見えるものが、記録には書かれていない。
前の回の記事で、銘記の欄が位置とともに文字を写す例を見た。
同じ館の中でも、部門によって扱いが違う。
素描の部門では書かれ、絵画の部門では省かれる。
その差は、記録を作った時期の差でもあるだろう。
出所の行が、七点で同じ
九点の出所の行を並べてみる。
七点が、ある収集家の遺贈である。
番号も、いずれも同じ二つの数字で始まる。
残る二点は、別の経路だ。
一点は基金と寄贈による購入、一点は寄贈。
つまり、九点の大半が一つの遺贈から来ている。
その遺贈には、この画家の作品が多数含まれていた。
一人の収集家が、一人の画家を集中して集めた。
だから、館の収蔵品にも偏りが生まれる。
前の回の記事で、群の性格について何度も書いてきた。
館が持っているものは、集めた人の好みを映している。
同じ主題を、何度も描くこと
九点の主題を並べてみる。
踊り子が六点、帽子屋が一点。
長椅子の女が一点、そして扇の面が二点。
扇の面も、踊り子を描いている。
つまり、九点のうち八点が舞台と稽古場に関わる。
同じ場所を、二十年以上描き続けたことになる。
前の回の記事で、同じ主題の反復について何度も書いてきた。
版画では、同じ版から何枚も摺る。
工芸では、同じ型から何個も抜く。
絵画では、同じ主題を何度も描く。
反復の形が、分野によって違う。
年の欄の、幅が揃わない
九点の年の欄を並べてみる。
一年で書かれるものが四点。
ごろ、が付くものが三点。
そして、幅を持つものが二点。
1890年から1895年ごろ、という書き方だ。
五年の幅である。
なぜ、幅が出るのか。
署名に年が入っていないからだろう。
九点のうち、年まで書かれた署名があるのは一点だけだ。
その一点の年の欄は、一年で書かれている。
署名の有無が、年の欄の精度を決めている。
前の回の記事で、同じことを何度も書いてきた。
分野が変わっても、この関係は変わらない。
記録は、反復を数えない
館の記録に、同じ主題が何点あるかを書く欄はない。
一点ずつ、独立して記録される。
だから、題が重複しても注記は付かない。
前の回の記事で、同じ題の作品を何度か見てきた。
そのつど、館は何も書かなかった。
反復に気づくのは、並べたときだけである。
そして、並べるには番号か作者名で検索するしかない。
館の記録は、検索されることを前提に作られている。
一点ずつを正確に書き、束ねるのは読む側に任せる。
その設計が、この九点にもよく表れている。
最後に、九点の大きさをまとめておく。
いちばん小さいのが縦19.7センチの板。
いちばん大きいのが縦75.6センチのカンヴァス。
横でいえば、27センチから81.3センチまで。
扇の二点だけが、極端に横長である。
縦の三倍を超える横幅を持つ。
形が用途で決まっているからだ。
ほかの七点は、縦横の比が一対一に近い。
用途のない絵は、比が自由になる。
自由だからこそ、似た比に落ち着く。
寸法の欄の数字が、そのことを示している。
九点を閉じて、題の重複にもう一度戻る。
同じ題が二度出ることは、記録では避けたい事態である。
探すときに、区別がつかなくなるからだ。
それでも、館は題を変えていない。
変えれば、過去の資料と食い違う。
かわりに、番号で区別する。
番号は必ず一つしかない。
題は重複しうるが、番号は重複しない。
だから、番号が最終的な身元になる。
前の回の記事で、番号の役割を何度も見てきた。
名を持たない物にとっても、名の重なる物にとっても、番号が支えになる。
番号があるから、同じ題の二点を並べて比べられた。
比べたから、十年の隔たりと技法の差が見えた。
題だけを頼りにしていたら、同じ絵だと思っただろう。








