美術史・技法

色を、塗らずに入れる——ルイス・C・ティファニーのガラス

ティファニーのガラスは、模様を塗っていない。色は素材の内側にあり、熔けたガラスを動かした痕跡が葉や羽根の形になる。値札が残る底、工数を書き込んだ図案、白黒写真しか残らない八点。自然を写すという言葉の中身を十点から考える。

花瓶
ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

色を、塗らずに入れる

一点のガラスから始めたい。

花瓶
ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》1893〜1894年。ファヴリル・ガラス。高さ42.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

高さは42.5センチ。床置きの花器としては、やや小ぶりである。

形は不定形だ。下半分が太く膨らみ、途中でくびれ、上で細い首になる。

輪郭は左右対称ではない。手で押されたような揺れがある。

表面には、縦に伸びる葉のような模様が並んでいる。

模様の色は金褐色、暗緑、青。境目で色が引き伸ばされ、先端がとがっている。

そして全体が虹色に光っている。角度を変えれば、緑が紫に転じる類の光沢である。

まず、この一点の来歴を書いておく。

制作は1893年から94年。ニューヨークの工房の製品である。

1893年はシカゴで万国博覧会が開かれた年でもある。

この工房は同じ年、博覧会に礼拝堂の内装を出して注目された。

つまりこの花瓶は、工房が世に打って出た時期の品ということになる。

重要なのはここだ。この模様は塗られていない

絵付けではない。溶けたガラスの中に、別の色のガラスが入っている。

作った人は、画家から始めている

作者について、簡単に押さえておきたい。

ルイス・カムフォート・ティファニーは1848年、ニューヨークに生まれた。

父は宝飾商である。家業は継がず、まず画家として出発した。

風景と風俗を描き、展覧会にも出している。

その後、室内装飾とステンドグラスへ移り、自前の工房を構えた。

絵から入って、材料の側へ進んだ人である。

ファヴリルという商品名も、手仕事を意味する古い語にもとづくと説明される。

機械製品ではない、という主張が名前に入っている。

陶磁器の絵付けとは、話が違う

普通の装飾は、素地の上に絵具を置いて焼き付ける。

模様は表面にある。爪で引っかけば、いつかは取れる。

この工房のガラスは、そうではない。

色は素材の内側にあり、形を作る作業と模様を作る作業が同時に進む。

熔けたガラスの塊に別の色のガラスを巻き付け、櫛のような道具で引く。

引いた跡が、葉脈や羽根の形になる。

つまり模様は、材料を動かした痕跡である。

だから同じ模様は二度作れない。似せることはできても、同じにはならない。

熔けたガラスは、水飴に近い。冷えるにつれて硬くなり、動かせる時間が限られる。

作業は数十秒から数分の勝負である。

途中で炉に戻して温め直すが、戻すたびに前の形が少し崩れる。

この時間の制約が、模様の性格を決めている。

紙の上のように、線を引き直すことができない。

引き延ばした跡がそのまま残る。だから流れが自然に見える。

花瓶
ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》1893年。ファヴリル・ガラス。高さ23.2センチ、径17.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

こちらは色をほとんど使っていない一点である。

淡い乳白色の器で、口縁は波打ち、胴には大きなくぼみが三つある。

くぼみは吹いたあとに外から押して付けたものだ。

表面には薄い虹色。光の当たる場所だけ、緑や桃色が浮かぶ。

模様は無い。形の歪みと表面の光沢だけで成立している。

くぼみの意味を考えてみたい。

普通の器づくりでは、歪みは欠陥である。左右をそろえ、口を水平にする。

ここではその逆をしている。わざと押し、わざと傾け、対称を崩している。

理由の一つは、光の反射だろう。平らな面は光を一枚の板として返す。

くぼみがあると、反射が割れて動く。器の表面に、水面のような揺れが出る。

もう一つは、手仕事の痕跡を見せることである。

同じ時期のヨーロッパでも、工場製品の均質さに反対する動きが起きていた。

歪みは、機械ではないことの印になる。

光沢は、時間とともに変わる

材料の話をもう少し続けたい。

このガラスの虹色は、表面のごく薄い層で起きている。

層の厚さは光の波長ほどしかない。だから見る角度で色が変わる。

同じ理由で、扱いにも弱さがある。

強くこすれば層は傷つく。洗剤や酸にも弱い。

所蔵館がこの種の器を素手で持たないのは、指の脂も影響するからである。

作られてから130年ほど経った現在、当時の輝きがそのまま残っているとは限らない。

私たちが画像で見ている色は、経年を含んだ色である。

「自然を写す」の二通り

ここで問いを立てたい。

ガラスで自然を写すとは、どういうことか。

答えは二通りある。

一つは、形を写すこと。花の形、瓢箪の形、蕾の形に器を作る。

もう一つは、振る舞いを写すこと

光の反射、色のにじみ、水面の濁り、腐食した金属の斑。

材料が自然と同じように振る舞えば、形が花でなくても自然に見える。

花瓶
ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》1900年ごろ。自由吹きのファヴリル・ガラス。高さ55.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルイス・カムフォート・ティファニー《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

高さ56センチの大型品である。

細長い胴に、丸い葉のような形が浮かんでいる。

葉は乳白と桃色で、輪郭がぼやけている。地色は黄金色。

葉と葉のあいだに、細い赤褐色の線が垂れている。茎のように見える。

水面に浮かぶ葉を、下から見上げた眺めに近い。

制作は1900年ごろ。所蔵館の記録は技法を「自由吹き」と書いている。

型を使わず、吹き竿と道具だけで形を作ったという意味である。

56センチの高さを型なしで立ち上げるのは、腕の仕事である。

しかし、これは睡蓮の絵ではない。

葉に見えるものは、ガラスの中に入れた別のガラスの塊である。