形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺
ヒュドリア、クラテル、キュリクス。呪文のようなカタカナの名前は、実はそのまま使い方の名前である。水汲み、宴会、化粧道具。シカゴ美術館の九つの壺の形と把手を読むだけで、二千五百年前の暮らしの一日が家の中まで見えてくる。

三つの把手が、ついている
一つの壺から始めたい。水を運ぶための壺である。

高さ50.1センチ。両腕で抱えるほどの大きさである。
赤みを帯びた土の色と、艶やかな黒。ギリシャの壺と聞いて思い浮かぶ、あの配色である。
二千五百年ほど前のアテナイで焼かれた。所蔵館の記録によれば、紀元前515〜前500年ごろの作という。
割れずに残った二千五百年より、水を運んだ歳月のほうがずっと短いはずである。
それでもこの壺の形は、水を運ぶ日々のためにある。
まず、把手を数えてほしい。三つある。
肩の左右に、横向きの把手が二つ。首から肩へかけて、縦の把手が一つ。
この三つには、それぞれ役目がある。
横の二つは、持ち上げるためのものである。水を満たした壺は重い。両手で左右をつかんで運ぶ。
縦の一つは、注ぐためのものである。壺を傾けるとき、ここを握る。
空の壺を提げて歩くときも、この縦の把手を使ったと考えられる。
つまりこの壺は、使い方がそのまま形になっている。
胴は肩のあたりで大きくふくらみ、下へすぼまる。口は広めに開き、縁が厚く巻かれている。
水を受けるにも、あけるにも、都合のよい口である。
把手が三つも付く壺は、実はそれほど多くない。三つ目の把手は、それだけで用途を語る手がかりになる。
水を汲むという、仕事の形
ヒュドリアという名は、水を意味する古代ギリシャ語に由来する。
名前からして「水の壺」なのである。
水道のない時代、水汲みは毎日の仕事だった。泉まで歩き、壺を満たし、抱えて帰る。
三つの把手は、その往復のために設計されている。
水汲みは、おもに女性の仕事だったと伝えられる。
泉のまわりは、人が行き交い、言葉を交わす場でもあっただろう。
泉で水を汲む女性たちの場面は、当時の壺絵の主題にもなったと伝えられる。
水を汲む道具の上に、水を汲む場面が描かれる。道具と絵が、入れ子になっている。
満たしたヒュドリアを頭の上に載せて運ぶ姿も、壺絵には描かれたと伝えられる。
そう考えると、口縁の厚い巻きは頭上で支える手のためでもあっただろう。
大きさも仕事に合っている。小さければ何度も往復することになる。大きすぎれば持ち上がらない。
高さ50センチという寸法は、暮らしが決めた寸法だろう。
黒い人物が、光っている
胴に目を移す。黒い人物たちの場面が描かれている。
人物は影絵のような、黒いシルエットである。これが黒像式と呼ばれる技法である。
アテナイの陶工は、鉄分の多いアッティカ産の粘土を使った。その粘土を細かく精製し、絵具のように塗り分ける。
窯の中で空気を送り、また絶つ。この焼成の操作で、器の地は赤く、塗った部分は黒く焼き上がる。
顔や衣の細部は、あとから先の鋭い道具で掻き落とす。黒い面に、細い線が刻まれていく。
紀元前6世紀のアテナイで、この技法は頂点を迎えたと伝えられる。
黒く見える部分は、実は釉薬ではない。同じ粘土から作った、ごく細かい泥である。
赤と黒は別の材料ではなく、同じ土の別の焼き上がりなのである。
窯の火を操って土の色を割る。その技術の上に、壺絵の全部が載っている。
所蔵館の記録によれば、この壺はレアグロス・グループと呼ばれる画家たちの一人に帰属されている。
個人名ではなく、作風を同じくする一群としての帰属である。
壺を形作る陶工と、絵を描く画家は、別の職人であることも多かったと伝えられる。
さらに記録は、壺に銘があることを明記している。「ピュティスは美しい」と読めるという。
特定の人物を美しいとたたえる銘は、この時代の壺にしばしば見られると伝えられる。
だれかの名を器に書きつけ、それを囲んで水を使い、酒を飲む。
銘は、器を囲む人々に読まれることを前提にしている。
壺は器であると同時に、言葉と絵を載せる画布でもあった。
キャンバスに描かれた絵画が生まれるはるか前、絵は壺の曲面の上にあった。
古代ギリシャの絵画は、板や壁のものはほとんど残らなかったと伝えられる。
壺絵が大量に残ったのは、焼き物が割れても朽ちないからである。
ふくらみの位置が、名前を変える
もう一点、黒像式の壺を見る。

ヒュドリアとほぼ同じころの壺である。だが、姿が違う。
胴のふくらみが、低い位置にある。裾のほうが重く、どっしりと立つ。
この形はペリケと呼ばれる。ものを蓄えるための壺と考えられている。
低い重心は、置いておくための重心である。倒れにくく、床に据えて安定する。
運ぶ壺と蓄える壺では、ふくらみの位置が変わるのである。
高さは34.9センチ。ヒュドリアよりひとまわり小さい。
部屋の隅や棚に置いて、油や食品などを納めたのだろうと考えられている。
胴には人物と犬の場面が描かれている。犬を連れた図柄は、暮らしの一場面をそのまま思わせる。
技法の記録には、黒像式に彩色を加えたとある。
黒いシルエットの上に別の色を重ねる仕上げは、この技法でしばしば行われたと伝えられる。
工房では、こうした形が繰り返し作られた。
ヒュドリアもペリケも、一点ものではなく、型の決まった量産の道具である。
形が決まっているから、名前で呼べる。名前で呼べるから、注文も流通も成り立つ。
ここまでで、すでに法則が見えてくる。
壺の名前は、形の名前である。そして形は、用途が決めている。