東洲斎写楽の代表作
ARTIST

東洲斎写楽

Tōshūsai Sharaku

生没年
?–?
国・地域
日本
時代・様式
浮世絵

1794年から翌年にかけて突如現れ、歌舞伎役者の個性と役柄の緊張を大胆な大首絵にした浮世絵師。

雲母摺りの暗い背景に役者の上半身を大きく置き、目、口、指先の誇張で演技の一瞬を捉えます。美化よりも、俳優固有の顔立ちと役が生む心理的な圧力を優先しました。

生涯

活動が確認できるのは1794年5月から1795年初めごろまでで、版元・蔦屋重三郎から役者絵を発表しました。短期間に約140点を残したとされますが、出自やその後は判明していません。能役者の斎藤十郎兵衛とする説もありますが、正体はなお研究の対象です。

COLUMNS関連コラム

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    写楽《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》の解説——手はなぜ大きく開いているのか

    写楽《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》を解説します。メトロポリタン美術館にある1794年の大首絵で、顔より大きく開いた両手と、白い雲母を刷った背景が見どころです。どこで見られるか、画面に何が描かれているかを、館の記録から確かめます。

  • 名画の楽しみ方

    三枚続の、左の一枚——写楽、歌麿、清長ほか九点

    技法の欄が、残り二枚の不在を書いている。書かなければ、一枚の役者絵として通ってしまう。画面の端で衣が切れ、桜の枝が断たれている。欠けていることを記録に残すという作法を読みたい。確からしさに応じて、おそらく、あるいは、という語が使い分けられている。その作法も読みたい。

  • 作品を知る

    技法の欄に、鉱物の名がある——東洲斎写楽の雲母摺

    九点の技法欄には雲母の語が入る。粉を地に置いて光らせる高価な処理である。ただし光は写真に写らず、画像では灰色の面にしか見えない。記録の一語が示す、見えない仕上げを追いたい。同じ技法が二通りに書かれる点にも触れる。

  • 画家を知る

    収蔵番号の欄に、寸法が入る——東洲斎写楽

    ある一点の収蔵番号の欄に、台紙の寸法が続けて書かれている。番号ではなく寸法が、欄をまたいで入り込んだ形である。単位の抜けた寸法、画面と断る寸法、読点のあとの空白の欠け。九枚の役者絵を、記録の揺れという一点から並べて読みたい。

  • 画家を知る

    十か月で消えた絵師——東洲斎写楽

    記録に残る作画期間は、およそ十か月。雲母を撒いた背景に、大きすぎる手を描いた絵師がいた。似せながら崩す九点をたどり、版元の企画としての役者絵と、百年後に刷られた同じ図を見る。顔を似せながら、釣り合いを崩す。それでも誰か分かる綱渡りが、そこにあった。

  • 美術史・技法

    舞台の顔は、誰のものか——写楽と勝川派の役者絵

    隈取をした顔は素顔ではない。女形の顔は本人の性でもない。それでも顔だけは似ていなければならなかった。芝居小屋で売られた宣伝物としての役者絵は、型と個人をどう同居させたのか。十か月だけ現れて消えた絵師、写楽の位置もあわせて考える。