
東洲斎写楽
Tōshūsai Sharaku
- 生没年
- ?–?
- 国・地域
- 日本
- 時代・様式
- 浮世絵
1794年から翌年にかけて突如現れ、歌舞伎役者の個性と役柄の緊張を大胆な大首絵にした浮世絵師。
作風・特徴
雲母摺りの暗い背景に役者の上半身を大きく置き、目、口、指先の誇張で演技の一瞬を捉えます。美化よりも、俳優固有の顔立ちと役が生む心理的な圧力を優先しました。
生涯
活動が確認できるのは1794年5月から1795年初めごろまでで、版元・蔦屋重三郎から役者絵を発表しました。短期間に約140点を残したとされますが、出自やその後は判明していません。能役者の斎藤十郎兵衛とする説もありますが、正体はなお研究の対象です。
ARTWORKS作品
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二代目坂東三津五郎の石井源蔵
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「花菖蒲文禄曽我」の宿木と侍女若草に扮する二代目瀬川富三郎と中村万世
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「花菖蒲文禄曽我」の石部金吉に扮する初代嵐龍蔵
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「恋女房染分手綱」の重の井に扮する四代目岩井半四郎
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「花菖蒲文禄曽我」の藤川水右衛門に扮する三代目坂田半五郎
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中山富三郎の宮城野
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二代目中山富三郎
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「敵討乗合話」の志賀大七に扮する三代目市川高麗蔵
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「恋女房染分手綱」の竹村定之進に扮する四代目市川海老蔵
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三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛
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「恋女房染分手綱」の鷺坂左内に扮する三代目坂東彦三郎
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二代目瀬川富三郎の宿木
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篠塚浦右衛門の口上
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二代目沢村淀五郎の川連法眼と坂東善次の鬼佐渡坊
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市川蝦蔵(五代目市川団十郎)の竹村定之進
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初代尾上松助の松下造酒之進
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八代目森田勘弥の駕籠かき
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中島和田右衛門の棒手ふり長左衛門と中村此蔵の船宿かな川屋の権
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傾城葛城と沢村宗十郎
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三代目市川八百蔵と初代中山富三郎の獅子舞の禿
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二代目中村仲蔵の惟高親王
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恋女房染分手綱 四代目市川海老蔵の竹村定之進
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花菖蒲文禄曽我 初代大谷徳次の奴袖助
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四代目松本幸四郎の山谷の魚屋五郎兵衛
COLUMNS関連コラム
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作品を知る
写楽《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》の解説——手はなぜ大きく開いているのか
写楽《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》を解説します。メトロポリタン美術館にある1794年の大首絵で、顔より大きく開いた両手と、白い雲母を刷った背景が見どころです。どこで見られるか、画面に何が描かれているかを、館の記録から確かめます。
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名画の楽しみ方
三枚続の、左の一枚——写楽、歌麿、清長ほか九点
技法の欄が、残り二枚の不在を書いている。書かなければ、一枚の役者絵として通ってしまう。画面の端で衣が切れ、桜の枝が断たれている。欠けていることを記録に残すという作法を読みたい。確からしさに応じて、おそらく、あるいは、という語が使い分けられている。その作法も読みたい。
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作品を知る
技法の欄に、鉱物の名がある——東洲斎写楽の雲母摺
九点の技法欄には雲母の語が入る。粉を地に置いて光らせる高価な処理である。ただし光は写真に写らず、画像では灰色の面にしか見えない。記録の一語が示す、見えない仕上げを追いたい。同じ技法が二通りに書かれる点にも触れる。
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画家を知る
収蔵番号の欄に、寸法が入る——東洲斎写楽
ある一点の収蔵番号の欄に、台紙の寸法が続けて書かれている。番号ではなく寸法が、欄をまたいで入り込んだ形である。単位の抜けた寸法、画面と断る寸法、読点のあとの空白の欠け。九枚の役者絵を、記録の揺れという一点から並べて読みたい。
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画家を知る
十か月で消えた絵師——東洲斎写楽
記録に残る作画期間は、およそ十か月。雲母を撒いた背景に、大きすぎる手を描いた絵師がいた。似せながら崩す九点をたどり、版元の企画としての役者絵と、百年後に刷られた同じ図を見る。顔を似せながら、釣り合いを崩す。それでも誰か分かる綱渡りが、そこにあった。
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美術史・技法
舞台の顔は、誰のものか——写楽と勝川派の役者絵
隈取をした顔は素顔ではない。女形の顔は本人の性でもない。それでも顔だけは似ていなければならなかった。芝居小屋で売られた宣伝物としての役者絵は、型と個人をどう同居させたのか。十か月だけ現れて消えた絵師、写楽の位置もあわせて考える。






















