三枚続の、左の一枚——写楽、歌麿、清長ほか九点
技法の欄が、残り二枚の不在を書いている。書かなければ、一枚の役者絵として通ってしまう。画面の端で衣が切れ、桜の枝が断たれている。欠けていることを記録に残すという作法を読みたい。確からしさに応じて、おそらく、あるいは、という語が使い分けられている。その作法も読みたい。

「三枚続の左の一枚」という記録
前の回は、三枚そろった版画を見た。
今回は、そろわなかったほうを見たい。
メトロポリタン美術館の技法の欄には、こういう書き方がある。
「三枚続の木版画のうち、左の一枚」。
「三枚続の木版画のうち、中央の一枚」。
「三枚続の木版画のうち、右の一枚」。
三枚あったうちの、一枚だけがここにある。
そして館は、残り二枚が無いことを、技法の欄に書いている。
書かなければ、ただの一枚の版画に見える。
書いてあるから、欠けていることが分かる。

黄色い地に、一人の役者が立っている。
女形の姿である。
黒地に桜の模様の打掛をまとい、その下に赤い衣。
顔はやや右を向き、口を結んでいる。
右手を胸のあたりに上げている。
上部に、細い縦書きの文字が二行。
そして、画面の右側で衣が切れている。
つまり、この右に別の一枚があったはずである。
その一枚は、ここにはない。
判型が、細い
この一点の寸法は、縦三二・四センチ、横一五・二センチ。
前の回に見た三枚続は、一枚あたり横二五センチ前後だった。
こちらは、その半分ほどである。
細判と呼ばれる判型である。
役者絵に多く使われた。
細判の三枚続は、三人の役者を一人ずつ描く形が普通である。
だから、一枚だけでも一人の役者の絵として成り立つ。
そのぶん、ばらけやすい。

同じ画家の、中央の一枚である。
白い衣の役者が、正面を向いて立っている。
裾が長く、床に広がっている。
背後に、暖簾のような横長の布が垂れている。
そこに、模様が並んでいる。
左に、細い文字が縦に二行。
この一枚も、右と左に続きがあったはずである。
年の欄には、小さな不備がある。
「一七九四年から七五年」と書かれている。
一七九五年の誤りだろう。
数字が一つ落ちている。
館の記録には、こうした揺れが残っている。

技法の欄に「おそらく」という語が入っている。
三枚続の一枚かどうか、確定していない。
一枚だけの版画として作られた可能性も残る。
こういう場合、館は断定しない。
「おそらく」と書いて、判断の余地を残す。
画面には、身をかがめた役者がいる。
赤い着物に、緑と白の模様。
右手に、縞の布のようなものを持っている。
上に、梅の枝が伸びている。
右上に、文字が二行。
大判の一枚
細判だけでなく、大判の一枚も残っている。

室内の場面である。
左に、屏風が立っている。
その手前に、大勢の人物が座っている。
上に、着物の女性が二人。
その下に、腰を落とした人と、子ども。
右端に、身を乗り出した人物が半分だけ見える。
半分だけというのが、重要である。
その人物の続きは、隣の一枚にあった。
画面の右端で、絵が切れている。
前の回に見た清長の屋形船と同じで、一つの場面が三枚にまたがっている。
だから、一枚だけでは場面が閉じない。

二階建ての建物が、画面の奥に描かれている。
上の階に、人物が数人見える。
下に、庭と、そこに立つ人々。
赤い着物の女性が二人、身をかがめている。
右に、白い衣の人物。
左端で、庭と建物が切れている。
つまり、左にもう一枚あった。
そして、右にも一枚あったはずである。
寸法の欄に、変わった数字がある。
縦の値が、三六・四センチ。
もとの単位では、十四と三分の一という書き方になっている。
普通、この単位は二分の一や四分の一で表す。
三分の一は珍しい。
記入の癖だろう。

桜の下の場面である。
上に、桜の枝が広がり、花が咲いている。
その下に、四人の人物がいる。
左に、縞の着物の女性。
中央に、腰かけた白い衣の人物と、小さな子ども。
右に、赤と黒の着物の女性。
奥に、水と、小さな橋が見える。
左端と右端で、桜の枝が切れている。
三枚続の中央だから、両側に続きがある。
右の一枚と、二枚

室内の場面である。
上に、赤い提灯が三つ吊るされている。
その下に、四人の人物。
左に、立って何かを持つ女性。
中央に、座って盆を持つ女性。
手前に、しゃがんだ人物。
右下に、盆や器が置かれている。
そして、左端で人物が切れている。
寸法は、縦二五・七センチ、横一八・九センチ。
大判より小さく、細判より広い。
中判と呼ばれる判型に近い。
作者の欄には、名前と「日本」とだけある。
生没年も、活動時期も書かれていない。
分からないのだろう。