
ジョージ・カトリン
George Catlin
- 生没年
- 1796–1872
- 国・地域
- アメリカ
- 時代・様式
- 19世紀アメリカ美術
1830年代にアメリカ西部を旅し、先住民の肖像や生活場面を「インディアン・ギャラリー」としてまとめたアメリカの画家。
作風・特徴
限られた大きさの画面に人物の姿勢や服飾を明確に配置し、肖像、儀礼、狩猟、風景を広範囲に描きました。今日は、貴重な視覚資料であると同時に、19世紀の白人画家の視点を通した表象として読む必要があります。
生涯
弁護士と肖像細密画家を経て、1830年から西部への旅を重ねました。ミズーリ川上流をはじめ多くの地域で制作し、500点を超える最初の連作を米国と欧州で展示しました。スミソニアンには、その主要部がまとまって所蔵されています。
ARTWORKS作品
この画家の作品をすべて見る-
ジョゼフ・ストーリングスの肖像
-
パトナム・カトリン夫人
-
婦人の肖像
-
ヘンリー・フライシュマン大尉
-
ウィリアム・ウィルソン
-
紳士の肖像
-
メアリー・カトリンの肖像
-
ナイアガラの滝
-
ウェストポイント陸軍士官学校、南を望む
-
ウェストポイント陸軍士官学校、北を望む
-
ジョージ・カトリン夫人
-
ノアクチューシェコー(茂みを折る者)
-
ワコンチャーシュコー(雷に乗って来る者)
-
ノーヘイヒーコー(木を湿らせる者)
-
コーコーネチューア、勇士
-
フーワネコー(小さなヘラジカ)
-
ワーコンゼコー(蛇)
-
ノーノーペイイー(兵士)
-
スパネオニーコー(スペイン人)
-
ノーコー(木)、前の部族の首長
-
ショーニーの女性の肖像
-
カトリン夫人
-
アーティーワートオミー、女性
-
ニ・コ・マン、答え、第二の首長
COLUMNS関連コラム
-
名画の楽しみ方
題が、行いと場所でできている——ジョージ・カトリンの場面画九点
踊りの名と民族の名。球技の名と町の名。肖像の題が人の名から始まったのに対し、場面の題は行いから始まる。球が上がる、球が落ちる。二重の横線で分けられた、対になった絵の題も合わせて読みたい。行いを名にするという書き方である。
-
名画の楽しみ方
題が、音と訳と立場でできている——ジョージ・カトリンの肖像九点
音を写した名、その訳、そして立場や属する集団。三つが読点で区切られて題になる。書き留めたのは外から来た人であり、綴りはその人の耳と文字による。いまの表記との違いも含めて、題の作られ方を読みたい。名を書き留めた側の立場も見たい。
-
名画の楽しみ方
一枚の台紙に、番号が七つ——ジョージ・カトリンの厚紙絵九点
厚紙の左下、台紙に貼った札、裏の鉛筆書き、橙色の蝋筆、桃色の絵具、そして粘着テープ。同じ一枚の上に、七つの時期の番号が重なっている。誰も消さなかったおかげで、この絵の通ってきた道が読める。番号の層を古い順にほどきたい。
-
画家を知る
三百二十七点が、一つの番号で入る——ジョージ・カトリン
九点とも、1965年の十六番目の群に属する。その群には三百二十七点が含まれる。同じ規格のカンヴァスが繰り返され、額の寸法まで揃う。台紙の札と作者自身の番号も残る。反復の記録を読みたい。年の欄に、疑問符と斜線が入る点もある。
-
画家を知る
九点とも、寸法が一ミリも違わない——ジョージ・カトリン
縦73.7センチ、横60.9センチ。九点の寸法の欄には、誤差なく同じ数字が並ぶ。既製の布を同じ寸法で切り、同じ木枠に張ったからである。題は三つの部分に分かれ、訳された名の綴りが揺れる。規格の側から九点を読みたい。
-
画家を知る
同じ大きさの紙に、二つの大陸が並ぶ——ジョージ・カトリン
九点の厚紙は、縦も横も数センチしか違わない。番号を振られ、束として作られた一群である。北米の平原と南米の森が、同じ寸法の紙に同じ手つきで並ぶ。楕円と長方形の使い分けから、この一覧の作り方を読みたい。番号の紙片も、台紙の色も手がかりになる。
-
美術史・技法
題に、日付まで書いてある——ジョージ・カトリンのラ・サール連作
氷の上を渡ったのは1681年12月8日である、と題に書いてある。年でも月でもなく、日である。連作の九枚には、そうした日付や地名が並ぶ。誰の記録にもとづくのか、館は書かない。描かれた土地には人が暮らしていた。題の細かさと、そこから漏れるものを見たい。
-
画家を知る
題に、距離が書いてある——ジョージ・カトリン
セントルイスより百十マイル、八百七十マイル、千九百マイル。題が地図の役目をする。地名の少ない土地では、河口からの距離が位置を示した。同じ大きさの布を続けて使った六枚と、三十年後に描かれた二枚を並べる。
-
美術史・技法
「記録」という言葉を、疑ってみる——ジョージ・カトリンの肖像
カトリンの絵は「消えゆく人々の記録」として売られ、有料で公開された。捕虜として描かれた肖像、そろえられた寸法、番号を振られた後年の連作、目撃できない主題の絵。記録という主張がどう作られたのかを、所蔵館の記録と突き合わせて検証する。






























