画家を知る

一つの川を、九枚でたどる——トマス・アディソン・リチャーズ

一八五二年、一人の画家が一つの川に沿って歩き、九枚の素描を残した。案内書のための写生であり、画面には必ず地名が書かれている。遠くの山を一本の線で示す省略まで含めて見る。旅の順に並べると、一日の移動の距離まで見えてくる。

カタウィッサ、サスケハナ川を見下ろして
《カタウィッサ、サスケハナ川を見下ろして》メトロポリタン美術館蔵

川を見下ろす

一枚の素描から始めたい。

カタウィッサ、サスケハナ川を見下ろして
トマス・アディソン・リチャーズ《カタウィッサ、サスケハナ川を見下ろして》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。モリス・K・ジェサップ基金、1974年購入。《カタウィッサ、サスケハナ川を見下ろして》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

縦14センチ、横21.6センチ。

手のひらに載る大きさである。

画面の上部に、遠くの山並みが薄く引かれる。

その手前に、川が横に流れる。

川の向こう岸には、家々が並ぶ。

屋根と壁が、細い線で示される。

右手前には、木が数本立つ。

葉は、短い線の集まりで描かれる。

手前の地面には、石と草がある。

上部には、鉛筆で文字が書かれている。

一八五二年の九枚

九点は、いずれも一八五二年の作である。

そして、寸法もほぼ同じである。

縦14センチ、横21.3センチから21.9センチ。

つまり、一冊の写生帖から出ている。

受け入れの記録も同じである。

一九七四年、同じ基金による購入。

一冊の帖が、まとまって館に入り、一枚ずつ登録された。

九点は、その一部にあたる。

一つの川を、たどる

九点の題を並べてみたい。

カタウィッサ、ナンティコーク、シックシニー。

ワプワロペン川、ワイオミング谷。

いずれも、同じ川の流域の地名である。

つまり、一本の川に沿って移動している。

上流から下流へ、あるいはその逆へ。

九点は、その道中の記録である。

一日か、数日の旅だろう。

描いた人について

トマス・アディソン・リチャーズは、一八二〇年に生まれた。

一九〇〇年に没している。

英国の生まれで、幼いころに米国へ渡ったとされる。

風景画を描き、そして文章も書いた。

各地の風景を紹介する案内書を出したことでも知られる。

つまり、絵と文章の両方で土地を伝える仕事をしていた。

九点の写生も、その仕事の一部かもしれない。

案内書の挿絵の下ごしらえだった可能性がある。

案内書のための写生

十九世紀半ばの米国では、旅行案内書が広く読まれた。

鉄道と汽船が伸び、旅が身近になった時期である。

案内書には、挿絵が付く。

その挿絵は、画家の写生をもとに版画にされる。

つまり、写生は出版のための素材でもあった。

そう考えると、九点の性格が見えてくる。

地名を記し、地形を正確に取る。

その姿勢が、九点に一貫している。

地名を、必ず書く

九点のいずれにも、文字の書き込みがある。

上部か下部に、細い鉛筆で記される。

地名、方角、そして日付らしきもの。

つまり、記録として整えられている。

後で使うとき、どこの景色かが分からなければ困る。

とくに、似た川の風景が続く旅では、混乱しやすい。

だから、必ず書く。

館の題も、この書き込みに従っている。

遠くの山を、一本の線で

一枚目の山並みに注目したい。

線が一本、横に引かれているだけである。

濃さは、ほとんどない。

そして、その下には何も描かれていない。

つまり、遠景は極端に省略されている。

一方、右手前の木は細かい。

葉の一つずつが、短い線で示される。

近くは細かく、遠くは省く。

素描の基本が、はっきり出ている。

案内書と、版画

案内書の挿絵は、木口木版で作られることが多かった。

硬い木の断面を彫り、活字と一緒に印刷する。

つまり、文章と同じ頁に図が置ける。

そのためには、線で描かれた原図が要る。

濃淡は、線の密度で表す。

九点の素描の描き方は、この要求に合っている。

輪郭がはっきりし、面が線で埋められている。

版画に写しやすい素描である。

川面を、白いまま残す

二枚目を見たい。

ナンティコーク、ペンシルヴェニア
トマス・アディソン・リチャーズ《ナンティコーク、ペンシルヴェニア》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ナンティコーク、ペンシルヴェニア》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、川が広がる。

その水面は、ほとんど白いままである。

わずかに横の線が入るだけである。

左右には、丘が迫る。

丘の斜面には、木立が茂る。

葉は、細かい点と短い線で描かれる。

丘の稜線は、緩やかに下る。

川の中央には、小さな舟が一艘。

その舟が、川幅の大きさを示す。

舟が、大きさを示す

川の中の小さな舟に注目したい。

長さは、一センチもない。

しかし、この舟があることで川幅が分かる。

舟の大きさは、誰でも知っている。

だから、比較の基準になる。

風景の素描では、こうした目印がよく置かれる。

人でも、家でも、舟でもよい。

九点のいくつかにも、同じ工夫がある。

木立の描き方

丘の斜面の木立を見たい。

一本ずつは描かれていない。

短い線と点を、密に並べる。

その密度で、茂りを示す。

そして、輪郭を丸く取る。

つまり、木立を塊として捉えている。

近くの木は一本ずつ、遠くの木は塊として。

その使い分けが、九点に共通する。

薄い線の一枚

三枚目は、線が極端に薄い。

ナンティコークのサスケハナ川(川沿いの散歩道)
トマス・アディソン・リチャーズ《ナンティコークのサスケハナ川(川沿いの散歩道)》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ナンティコークのサスケハナ川(川沿いの散歩道)》メトロポリタン美術館蔵

右半分に、木が数本立つ。

幹は細く、上へ伸びる。

葉は、輪郭だけが取られる。

左半分には、水平の線が二本ほど。

川と、対岸だろう。

それ以外は、白いままである。

上部に、文字が書かれる。

つまり、ほとんど何も描かれていない。

描き終えなかった頁

この一枚は、途中で止まっている。

理由は、いくつか考えられる。

光が変わった、時間が来た、あるいは対象に飽きた。

写生帖には、こうした頁が必ず混ざる。

そして、それも記録である。

どこまで描いて止めたかが、そのまま残る。

完成した絵では、この痕跡は消される。

素描の面白さは、こうした未完了にある。

牛のいる岸辺

四枚目は、線が濃い。

ナンティコーク下流のサスケハナ川、ペンシルヴェニア
トマス・アディソン・リチャーズ《ナンティコーク下流のサスケハナ川、ペンシルヴェニア》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ナンティコーク下流のサスケハナ川、ペンシルヴェニア》メトロポリタン美術館蔵

左に、大きな木が数本立つ。

幹は太く、枝が上へ広がる。

葉は、細かい線で密に描かれる。

その根元の岸辺に、牛が数頭いる。

伏せているもの、立っているもの。

いずれも、輪郭だけで示される。

右には、川と対岸の木立が続く。

奥には、低い丘が薄く引かれる。

九点の中で、最も描き込みが多い。

家畜を、置く

岸辺の牛に注目したい。

大きさは、二センチほどである。

顔も、模様も描かれていない。

しかし、牛だと分かる。

体の輪郭と、脚の位置だけで示されている。

風景に家畜を置くのは、古い型である。

土地が人の暮らしの中にあることを示す。

そして、川辺の大きさの目安にもなる。

丸い画面

五枚目は、形が違う。

ワイオミング谷、プリマスの対岸から
トマス・アディソン・リチャーズ《ワイオミング谷、プリマスの対岸から》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ワイオミング谷、プリマスの対岸から》メトロポリタン美術館蔵

画面が、円形に切り取られている。

紙は四角いが、描かれた範囲が円い。

その中に、広い谷が描かれる。

中央から左へ、木立が茂る。

右には、細い木が二本立つ。

背後には、低い山並みが続く。

手前には、草地と低木がある。

円の外側は、白いままである。

円い構図を、選ぶ

なぜ、円形に描くのか。

一つは、挿絵の形式に合わせるためだろう。

書籍の挿絵には、円形や楕円形の枠がよく使われた。

そして、四隅を省けるので、描く面積が減る。

もう一つは、視野の再現である。

人の視野は、四角ではない。

円のほうが、実際の見え方に近いとも言える。

九点のうち、円形はこの一枚だけである。

谷を、俯瞰する

この一枚は、高い場所から見下ろしている。

対岸の高台からの眺めだろう。

だから、谷の全体が入る。

そして、遠くの山まで見通せる。

案内書の挿絵には、こうした俯瞰がよく使われる。

土地の全体像が、一目で分かるからである。

つまり、地誌的な目的に合っている。

九点の多くが、やや高い視点から描かれている。

滝と、岩

六枚目は、対象が近い。

ワプワロペン川、ペンシルヴェニア
トマス・アディソン・リチャーズ《ワプワロペン川、ペンシルヴェニア》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ワプワロペン川、ペンシルヴェニア》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、岩の段差がある。

そこから、水が落ちている。

水は、縦の線で示される。

岩は、斜めの線を重ねて描かれる。

線の密度が高く、暗く見える。

右には、細い木が立つ。

その奥に、建物の一部が見える。

四角い輪郭と、屋根の線である。

工場か、水車小屋だろう。

帖の寸法

写生帖の一頁は、縦14センチ、横21.6センチである。

つまり、横に長い。

風景を描くには、都合のよい比率である。

そして、閉じれば上着の内側にも入る。

旅先で持ち歩くには、この寸法が合う。

前回扱った別の写生帖も、近い比率だった。

十九世紀の風景の写生帖には、この形が多い。

用途が同じなら、道具も似てくる。

一日に、何枚描くか

九点は、同じ年の作である。

そして、地名は隣り合う土地に集まる。

つまり、数日の旅で描かれたとみられる。

一日に二、三枚としても、四日ほどである。

一枚にかける時間は、長くて一時間だろう。

薄い一枚なら、数分かもしれない。

写生帖の頁は、そういう速さで埋まっていく。

そして、一冊が数十枚になる。

産業の建物

右奥の建物に注目したい。

自然の風景の中に、人工の構造がある。

十九世紀半ばの米国では、こうした光景が増えていた。

水力を使う工場が、川沿いに建てられる。

風景画は、その変化も記録する。

牧歌的な景色だけを描くわけではない。

九点のうち、産業に関わる主題は三点ある。

つまり、三分の一である。

岩の面を、線で分ける

六枚目の岩の描き方を、もう少し見たい。

短い斜めの線を、何本も並べる。

そして、面が変わるところで、線の向きを変える。

つまり、線の向きが面の向きを示している。

この方法なら、明暗を作らずに立体が示せる。

版画の技法にも通じる考え方である。

九点の岩は、いずれもこの方法で描かれている。

鉛筆一本で、岩の面を分ける。

水を、縦の線で

滝の水は、縦の線で示される。

線は細く、まっすぐで、途切れない。

そして、下部で少し広がる。

つまり、落ちる水の形を線の向きで表している。

一方、静かな川面は横の線である。

同じ水でも、動きによって線の向きが変わる。

線の向きだけで、水の状態を示す。

素描の経済的な方法である。

川の堰

七枚目は、二つの図が並ぶ。

シックシニー、ペンシルヴェニア。サスケハナ川の堰
トマス・アディソン・リチャーズ《シックシニー、ペンシルヴェニア。サスケハナ川の堰》1852年。紙に鉛筆。縦14センチ、横21.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。《シックシニー、ペンシルヴェニア。サスケハナ川の堰》メトロポリタン美術館蔵

紙の左端に、縦の線が並ぶ。

木の柱と、板だろう。

そして、右側に別の図がある。

水面に、細長い構造が横たわる。

木を組んだ堰である。

その上に、小屋のような建物が載る。

そして、人が数人立つ。

下部に、文字が書かれる。

つまり、一枚に二つの記録が入っている。

一枚に、複数の図

紙に複数の図を描くのは、素描の常道である。

紙は貴重であり、余白は無駄になる。

そして、関連する対象を並べられる。

この一枚では、堰の全体と、その一部。

つまり、遠景と近景を並べている。

後で使うときに、両方の情報がある。

前回の記事でも、同じ扱いに触れた。

素描は、情報を集める道具である。

炭鉱の入口

八枚目は、紙の色が変わる。

ワイオミング谷の炭鉱の入口、ペンシルヴェニア
トマス・アディソン・リチャーズ《ワイオミング谷の炭鉱の入口、ペンシルヴェニア》1852年。鉛筆と白チョーク、茶色の紙。縦14センチ、横21.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ワイオミング谷の炭鉱の入口、ペンシルヴェニア》メトロポリタン美術館蔵

紙が茶色である。

そこに、鉛筆と白チョークで描かれる。

画面の中央下に、暗い開口がある。

そこから、線路が手前へ伸びる。

枕木と、二本のレールが見える。

開口の上には、岩の斜面が広がる。

岩は、斜めの線を重ねて描かれる。

上部には、木立が茂る。

つまり、炭鉱の入口である。

茶色の紙を使う理由

九点のうち、二点だけが茶色の紙である。

いずれも、炭鉱の主題である。

理由は、明暗の幅だろう。

炭鉱は、暗い場所である。

白い紙では、暗さを表すのに鉛筆を塗り重ねる必要がある。

茶色の紙なら、紙の色がそのまま中間の暗さになる。

そして、白チョークで明るい部分を置ける。

つまり、暗い主題に合わせて紙を変えている。

材料を、主題で選ぶ

これは、周到な準備である。

写生帖に、色の違う紙が綴じられていたのだろう。

あるいは、別の帖を持ち歩いていた。

いずれにせよ、暗い場所を描く用意があった。

つまり、炭鉱を描くことを事前に予定していた。

偶然、通りかかって描いたのではない。

九点の旅には、目的があったことになる。

案内書の取材だとすれば、筋が通る。

線路という主題

炭鉱の入口から伸びる線路に注目したい。

枕木が、等間隔に並ぶ。

そして、二本のレールが手前へ収束する。

つまり、遠近法が使われている。

線路は、遠近を示すのに都合のよい対象である。

平行な二本の線が、一点へ向かう。

十九世紀の風景画に、線路がよく描かれるのは、その効きもある。

そして、産業の象徴でもある。

坑内の場面

九枚目は、暗い。

ワイオミング谷、ペンシルヴェニア。炭鉱の内部
トマス・アディソン・リチャーズ《ワイオミング谷、ペンシルヴェニア。炭鉱の内部》1852年。鉛筆と白チョーク、薄い茶色の紙。縦14センチ、横21.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。《ワイオミング谷、ペンシルヴェニア。炭鉱の内部》メトロポリタン美術館蔵

画面のほとんどが、暗い。

鉛筆が密に塗り重ねられている。

その中央に、明るい部分がある。

坑道の奥だろう。

そこに、人影が二つ見える。

いずれも、白チョークで示される。

そして、小さな明かりが点として描かれる。

手前には、坑道の壁と天井がある。

九点の中で、最も暗い一枚である。

暗さを、どう描くか

暗い場所を素描で描くのは、難しい。

鉛筆で塗り潰せば、平らな灰色になる。

そこで、白チョークを使う。

暗い地の上に、明るい点を置く。

すると、明かりに見える。

そして、その周りの人影が浮かぶ。

つまり、暗さは面で、明かりは点で示す。

この一枚は、その方法の見本である。

坑内を、描いた記録

十九世紀半ばに、炭鉱の内部を描いた素描は多くない。

そもそも、坑内は暗く、危険である。

写生の道具を持ち込むのも容易ではない。

にもかかわらず、この画家は描いている。

つまり、実際に坑内へ入ったことになる。

案内書の取材としては、踏み込んだ行動である。

その結果、当時の坑内の様子が記録された。

美術としてだけでなく、産業の記録としても意味がある。

働く人を、描く

坑内の人影に注目したい。

顔も、服も描かれていない。

輪郭と、明かりだけである。

しかし、そこに人がいることは分かる。

十九世紀半ばの炭鉱では、過酷な労働が行われていた。

長時間、暗く狭い場所での作業である。

子どもが働くことも珍しくなかった。

絵は、その現実を細かくは描かない。

しかし、いたことは記録している。

風景画と、産業

九点を通して見ると、風景と産業が混ざっている。

牧歌的な川辺と、堰と、炭鉱。

つまり、同じ旅の中に両方がある。

十九世紀半ばの米国では、これが実際の風景だった。

自然の景観と、産業の開発が隣り合う。

風景画は、しばしば産業を省く。

美しい景色だけを選んで描く。

この画家は、両方を写生帖に残した。

案内書という文脈

案内書の挿絵なら、産業も紹介の対象になる。

読者は、その土地の名所と産業の両方を知りたい。

だから、炭鉱も描く。

つまり、絵の目的が主題の幅を決めている。

鑑賞のための風景画なら、炭鉱は選ばれにくい。

記録と紹介のための絵なら、選ばれる。

九点の主題の幅は、その事情を映している。

九点の年代

九点は、すべて一八五二年である。

つまり、一つの旅の記録である。

画家は三十二歳ごろにあたる。

そして、九点は一冊の帖から出ている。

一冊の中に、川、谷、堰、炭鉱が並ぶ。

旅の順序も、番号から推測できるかもしれない。

もっとも、館の登録番号が制作順とは限らない。

そこは、断定しない。

一九七四年の購入

九点は、一九七四年に館へ入っている。

基金による購入である。

つまり、市場に出た写生帖を館が買った。

一九七〇年代は、米国の素描への関心が高まった時期である。

完成作だけでなく、制作の過程を集める。

そして、一枚ずつ登録して公開する。

九点がまとまって残っているのは、この購入の結果である。

散逸していれば、旅の記録としては読めなかった。

帖を、解体するか

写生帖を館が受け入れるとき、判断が要る。

綴じたまま保管するか、解体して一枚ずつにするか。

綴じたままなら、順序が保たれる。

しかし、一頁ずつ見せることが難しい。

解体すれば、展示も撮影もしやすい。

その代わり、順序が失われる。

九点は、一枚ずつ登録されている。

つまり、解体されたか、もとから一枚ずつだったのだろう。

白チョークという画材

茶色の紙の二点で使われた白チョークについて、書いておきたい。

白い顔料を固めた画材である。

紙の上に置くと、紙より明るくなる。

つまり、白い紙では出せない明るさが作れる。

暗い紙に描くときには、欠かせない。

そして、鉛筆と併用できる。

暗い部分は鉛筆、明るい部分は白チョーク。

紙の色が、その中間になる。

三段階の調子が、少ない手数で作れる。

九点を、順に見る

見方を提案して、終わりたい。

九点を、線の密度で並べてみてほしい。

最も薄いのは、川沿いの散歩道の一枚である。

最も濃いのは、坑内の一枚である。

その間に、七枚が並ぶ。

密度の差は、主題の明るさに対応している。

明るい川辺は薄く、暗い坑内は濃い。

つまり、鉛筆の量が、その場の光量を示している。

一冊の写生帖の中に、明るさの幅がある。

その幅を、順に見送ってほしい。

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