肖像画から、望遠鏡のレンズへ——アルヴァン・クラーク
眼鏡の細い枠を描いた肖像がある。同じ人物が、のちに望遠鏡のレンズを磨く仕事へ移った。六点の絵を見ながら、細部を追う手つきが二つの仕事をどうつないだのかを考える。転じた理由は記録に明示されていない。分かることだけを書く。

眼鏡をかけた男
一枚の細密画から始めたい。

男の胸像である。
縦7.6センチの画面に収まる。
顔は正面をやや外し、こちらを見る。
髪は黒く、耳の上で膨らむ。
そして、眼鏡をかけている。
細い金属の枠が、鼻の上に載る。
首元には、白い襟が立つ。
その下に、縞の入った襟巻きがある。
上着は黒く、襟が高い。
背景は暗く、平らである。
眼鏡を、描く
眼鏡をかけた肖像は、珍しい。
前回の記事でも、その点に触れた。
眼鏡は顔の造作を隠す。
そして、老いの徴とも見なされた。
だから、肖像では外して描くのがふつうだった。
にもかかわらず、この一枚は眼鏡を描いている。
つまり、依頼主が眼鏡を望んだのだろう。
読み書きや観察を仕事とする人だったのかもしれない。
細い枠を、描く
眼鏡の枠に注目したい。
金属の細い線が、目の周りを囲む。
そして、耳へ向かって蔓が伸びる。
いずれも、髪の毛ほどの細さである。
象牙の上に、水彩でこの線を引く。
にじめば、太くなる。
つまり、水の量まで管理する必要がある。
細密画の技術の中でも、難しい部類に入る。
描いた人について
アルヴァン・クラークは、一八〇四年に生まれた。
一八八七年に没している。
八十三年の生涯である。
米国の生まれで、若いころに彫版の仕事に就いたとされる。
そして、肖像画家として働いた。
今回の六点は、その時期の作である。
しかし、この人物が後世に名を残したのは、絵ではない。
別の仕事によってである。
望遠鏡のレンズを、磨く
クラークは、のちに光学の分野で知られるようになる。
望遠鏡の対物レンズを作る仕事である。
息子とともに工房を営み、大型の望遠鏡用のレンズを製作した。
十九世紀後半、その工房のレンズは各地の天文台に納められた。
つまり、肖像画家が、天体観測の道具を作る人になった。
これは、当サイトが確認できる館の記録には書かれていない。
広く知られている経歴として、書いておく。
二つの仕事を、つなぐもの
絵とレンズは、無関係に見える。
しかし、共通するものがある。
まず、細かい手仕事である。
象牙に髪の毛ほどの線を引く。
硝子を微細に削り、面を作る。
いずれも、精度を要求される。
そして、光を扱う点も同じである。
絵では光の見え方を、レンズでは光の進み方を扱う。
転じた理由
なぜ、絵をやめたのか。
一つの推測として、写真の普及がある。
一八四〇年代に、写真が広まった。
そして、細密画の需要は急速に減る。
六点の年代は、一八三五年から四五年である。
つまり、写真が現れる直前から、普及の初期にあたる。
その時期に、この画家は別の道へ進んだ。
技術の交代が、一人の職業を変えた例と読める。
青い衣の女性
二点目は、色がある。

金色の額に、四角い画面が収まる。
女性の胸像である。
髪は黒く、両側で細かく巻かれる。
顔は正面を向き、口元がゆるむ。
衣は淡い青で、胸元が大きく開く。
袖は非常に大きく膨らむ。
その表面には、白い葉のような模様が並ぶ。
背後には、赤い布が掛かる。
背景は暗い褐色である。
大きな袖
この一枚の袖に注目したい。
肩から肘にかけて、極端に膨らむ。
一八三〇年代に流行した形である。
そして、画面の中で大きな面積を占める。
つまり、顔より袖のほうが目立つ。
細密画では、この配分が問題になる。
小さな画面で袖が大きいと、顔が小さくなる。
そのぶん、顔の描写に負担がかかる。
模様を、描く
袖の白い模様を見たい。
葉のような形が、規則正しく並ぶ。
そして、袖の膨らみに沿って歪む。
つまり、平らに並べていない。
布の曲面に従って、模様が変形する。
これを描くには、下の形を理解している必要がある。
模様だけを見て描くと、貼り付いて見える。
小さな画面でも、この処理は省かれない。
額の金
二点目の額に注目したい。
金色の細い枠が、画面を囲む。
そして、その内側に、もう一段の枠がある。
つまり、二重の縁取りである。
細密画の額は、金や金鍍金で作られることが多い。
理由は、色の相性だろう。
金は、肌の色と合う。
そして、暗い背景を締める。
額まで含めて、一つの品として作られている。
赤い布を、背後に置く
二点目の背後には、赤い布が掛かる。
これは、肖像画の常套の道具である。
暗い背景に、赤の面を一つ入れる。
すると、画面が締まる。
そして、青い衣との対比になる。
小さな画面でも、色の設計は大きな絵と同じである。
対比する二色を決め、そこへ肌の色を置く。
三色で、画面が組み立てられている。
妻の肖像
三点目は、小さい。

楕円形の画面である。
六点の中で、最も小さい。
縦5.7センチ。
女性の胸像である。
髪は黒く、両側で巻かれる。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
肩は露わで、白い衣が胸を覆う。
背景は暗く、上部がわずかに明るい。
館の題は、この人物を画家の妻としている。
家族を、描く
自分の妻を描く。
これは、細密画家にとって自然な選択である。
模特が身近にいる。
そして、練習にもなる。
さらに、家に残す記録にもなる。
前回の記事でも、同じ例に触れた。
六点のうち、家族の肖像はこの一点である。
そして、館へ入ったのは一九五〇年である。
家から離れて、収集家の手を経ている。
白い衣の女性
四点目も、色のない画像である。

女性の胸像である。
髪は黒く、中央で分けられる。
そして、耳を覆うように下ろされる。
顔は正面を向き、目はこちらを見る。
肩は露わで、白い布が胸元を覆う。
背景は明るく、細かい点で埋められる。
上部と左右が、わずかに暗い。
つまり、顔の周りが最も明るい。
六点の中で、最も背景が明るい。
明るい背景
背景を明るくすると、何が起きるか。
顔の輪郭が、背景に溶けやすくなる。
とくに、髪の暗さとの差は出るが、肌との差は小さい。
だから、輪郭を柔らかく処理できる。
一方、暗い背景なら輪郭が切り出される。
つまり、印象が変わる。
明るい背景は、柔らかく、軽い。
暗い背景は、堅く、重い。
六点には、その両方がある。
髪型が示す年代
四点目の髪型に注目したい。
中央で分け、耳を覆うように下ろす。
一八三〇年代後半から四〇年代の形である。
二点目の女性は、両側で細かく巻いている。
こちらは、一八三〇年代前半である。
つまり、髪型で数年の差が読める。
館の年代も、それに対応している。
服飾は、細密画の年代推定の主要な手がかりである。
点で埋める背景
四点目の背景を拡大して見てほしい。
細かい点が、密に並んでいる。
線ではなく、点である。
象牙は水を弾くので、平らに塗りにくい。
だから、点を打って面を作る。
そして、点の密度で明暗を変える。
顔の周りは疎に、外側は密に。
その差が、柔らかい暈しになる。
当サイトでは、繰り返しこの技法に触れてきた。
象牙の白を、使う
肌の明るい部分に注目したい。
絵具がほとんど置かれていない。
つまり、象牙の白がそのまま出ている。
象牙は、わずかに透ける。
だから、下から光が回ったように見える。
白い絵具を置くより、明るく、柔らかい。
細密画で象牙が使われた最大の理由が、ここにある。
材料そのものが、肌の下地になる。
額と、台紙
五点目は、収まった状態で写っている。

外枠の中に、台紙がある。
その中央に、四角い画面が嵌まる。
つまり、二重の構造である。
中には、年配の男の胸像がある。
髪は白く、額が広い。
顔は正面をやや外し、口を結ぶ。
首元には、白い襟と黒い襟巻きがある。
上着は黒で、襟が高い。
背景は明るい灰である。
年配の顔を、描く
この一枚の人物は、年配である。
額が後退し、頬に皺がある。
そして、髪が白い。
細密画では、老いの描写が難しい。
皺を細かく描くと、顔が汚れて見える。
省きすぎると、若く見える。
この一枚は、皺を数本だけ入れている。
額の横皺と、口の脇の線である。
その最小限で、年齢が示されている。
台紙の窓
五点目の台紙に注目したい。
厚紙に四角い窓が開けられ、そこから絵が見える。
つまり、絵の縁が台紙で隠されている。
見える範囲と、実際の画面の大きさは違う。
館の寸法欄に「見える範囲で」と書かれることがあるのは、そのためである。
つまり、寸法にも二種類ある。
作品そのものの寸法と、見える寸法。
その差を、記録は書き分けている。
六点のうち、五点が細密画
六点の技法を整理したい。
水彩・象牙が五点。
油彩・画布が一点。
つまり、細密画が中心である。
そして、寸法は縦5.7センチから8.7センチ。
一方、油彩は縦76.2センチである。
十倍近い差がある。
同じ画家が、この幅で描いている。
象牙という材料
前回の記事でも書いたとおり、象牙は象の牙から作られる。
十八世紀から十九世紀にかけて、大量に取引された。
その供給は、植民地での資源の収奪と結びついている。
現在、国際取引は厳しく制限されている。
つまり、いま同じ材料では作れない。
美術館にある細密画は、その時代の産物である。
材料の来歴も、作品の一部として知っておきたい。
大きな油彩
六点目は、まったく違う。

女性が、椅子に腰かけている。
黒い衣を着て、袖が細い。
首元には、白いレースの襟がある。
胸に、丸い飾りが留められる。
頭には、白いレースの帽子をかぶる。
帽子の縁が、顔の周りを囲む。
顔は右を向き、目もそちらを見る。
右腕を、赤い椅子の背に載せる。
背景は暗い褐色で、平らである。
規格の寸法
この一枚の寸法に注目したい。
縦76.2センチ、横63.5センチ。
つまり、三十インチ掛ける二十五インチである。
当サイトでは、この規格を繰り返し扱ってきた。
英国と米国の肖像画の標準寸法である。
胸から上を描くのに、ちょうどよい。
そして、値段も決めやすい。
細密画家が油彩を描くときも、この規格に従う。
細密画と、油彩の違い
五点の細密画と、一点の油彩を比べたい。
細密画は、点と細い線で作られる。
油彩は、筆の面で作られる。
そして、細密画は象牙の白が透ける。
油彩は、絵具の層が光を返す。
つまり、光の出方が違う。
同じ画家が、両方を扱う。
道具が変われば、方法も変わる。
顔の描き方は、変わるか
六点の顔を見比べてみたい。
いずれも、輪郭がはっきりしている。
そして、頬に赤みが入る。
目は大きく、瞳が中央に置かれる。
つまり、方法が変わっても、顔の型は共通する。
これは、画家の癖である。
材料が変わっても、手の動きは変わらない。
帰属の手がかりにも、こうした一貫性が使われる。
レースを、描く
六点目の帽子と襟に注目したい。
白いレースが、細かく描かれる。
網目の一つずつに、影が入る。
そして、下の肌や髪が透ける。
つまり、透明感まで描かれている。
レースは、肖像画の見せ場である。
顔は似せるほかないが、レースは技術で差がつく。
細密画で鍛えた細かい描写が、ここに生きている。
赤い椅子
背後の赤い椅子にも触れておきたい。
画面の中で、唯一の強い色である。
黒い衣、褐色の背景、白いレース。
その中に、赤が一点入る。
そして、その赤が女性の顔の隣にある。
つまり、視線を顔へ導く。
肖像画では、こうした色の配置がよく使われる。
赤い布、赤い椅子、赤い幕。
いずれも、同じ働きをする。
手を、描かない
六点のうち、手が見えるのは一点だけである。
大きな油彩で、椅子の背に腕を載せている。
細密画の五点は、いずれも胸から上である。
つまり、手が入らない。
これは、画面の大きさによる。
七センチの画面に手まで入れると、顔が小さくなる。
だから、胸から上で切る。
寸法が、描く範囲を決めている。
六点の年代
年代を並べたい。
一八三五年ごろ、一八三五〜四〇年。
一八三九年ごろ、一八四〇年ごろが二点。
そして、一八四五年。
つまり、十年ほどに集中している。
画家の三十代前半から四十代前半にあたる。
その後、絵の記録が乏しくなる。
光学の仕事へ移っていった時期と重なる。
職業を、変えるということ
四十代で職業を変える。
これは、当時としても大きな決断だろう。
肖像画家としての評判もあった。
にもかかわらず、別の道へ進む。
背景には、写真の普及があったと考えられる。
そして、光学への関心があったのだろう。
もっとも、館の記録には、その経緯は書かれていない。
だから、断定はしない。
分かるのは、絵の記録が一八四〇年代で薄くなることである。
写真という技術
一八三〇年代の終わりに、写真が実用化された。
そして、一八四〇年代には各地に写真館ができる。
肖像を残す手段が、絵から写真へ移る。
とくに、細密画は直接の競合だった。
小さく、持ち歩ける肖像。
写真は、それを安く、速く作れる。
当サイトでは、繰り返しこの交代に触れてきた。
六点は、その交代の直前と最中に描かれている。
写真と、細密画の器
初期の写真は、細密画と同じ器に収められた。
革張りの箱、天鵞絨の内張り、金色の枠。
つまり、扱い方が受け継がれた。
前回の記事でも、同じ点に触れた。
中身が絵から写真に変わっても、開いて見る形式は残る。
技術が交代しても、習慣はすぐには変わらない。
そして、器が新しい技術を受け入れる。
六点の細密画も、その直前の姿である。
技術の交代を、生きる
技術が変われば、職業が消える。
そのとき、人はどうするか。
別の分野へ移る、あるいは新しい技術を学ぶ。
写真館を開いた元細密画家も、少なくない。
クラークの場合は、光学へ進んだ。
つまり、写真とも近い分野である。
レンズは、写真機にも望遠鏡にも使われる。
光を扱う技術という点で、つながっている。
手仕事の精度
レンズ作りの技術について、少し書きたい。
大きな硝子を、正確な曲面に削る。
そして、磨いて透明にする。
わずかな歪みも、像を乱す。
つまり、極端な精度が要る。
その精度は、細密画の精度と通じる。
象牙に髪の毛ほどの線を引く手が、硝子を磨く。
同じ手の訓練が、別の分野で生きる。
六点の受け入れ年
来歴を並べたい。
一九二六年、一九三七年、一九三八年。
一九五〇年、二〇〇六年。
そして、館の記録に年のないものが一点。
つまり、八十年にわたって集まっている。
購入と遺贈が混ざる。
細密画は、家に伝わり、やがて館へ渡る。
そして、収集家の手を経ることも多い。
六点の来歴は、その典型である。
色のない画像で見る
六点のうち、四点は色のない画像で公開されている。
いずれも古い記録写真とみられる。
細密画では、色が重要な要素である。
肌の透明感、衣の色、背景の調子。
それが分からないのは、惜しい。
一方で、白黒だと形がよく見える。
髪の分け方、襟の形、顔の輪郭。
色に邪魔されずに、造形だけを追える。
二つの名で、残る
最後に、この画家の名について書きたい。
美術の世界では、細密画家として知られる。
一方、天文の世界では、レンズ製作者として知られる。
つまり、二つの分野に名が残っている。
そして、その二つは別々に語られることが多い。
美術史の本に、望遠鏡の話は出ない。
天文史の本に、細密画の話は出ない。
しかし、同じ一人の手である。
大きな絵と、小さな絵
同じ画家が、七センチの絵と七十六センチの絵を描く。
その差は、十倍以上である。
そして、要求される技術も違う。
細密画は、拡大鏡を使って点を打つ。
油彩は、腕を動かして面を塗る。
つまり、身体の使い方が変わる。
にもかかわらず、同じ人が両方をこなす。
十九世紀の職業画家には、この幅が求められた。
一つの技法だけでは、仕事が続かない。
六点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
六点の目を、順に見比べてほしい。
いずれも、瞳がはっきり描かれている。
そして、瞳の中に光の点が一つ入る。
その点があることで、目が濡れて見える。
点がなければ、目は乾いた円になる。
一ミリに満たない白い点が、生気を作る。
小さな細密画でも、大きな油彩でも同じである。
光の点を、一つずつ探してほしい。
光を扱う仕事は、そこから始まっている。
一ミリの点から、望遠鏡のレンズまで。
同じ手が、その両方を作っている。
そう思って見ると、六点の見え方が変わる。


