出所の行が、四語しかない——エリソンのアメリカ美術陶器、2018年
作られてから百年ほどしかたっていない。持ち主も一人か二人。だから行が短い。艶のない緑、崩された口、素地のままの橙、還元でしか出ない赤。記録は三語で片づけるが、見えているものははるかに多い。作者の欄が会社名になる作品と、個人名になる作品の差も読みたい。

出所の行が、四語しかない
前の回で読んだ銀器には、器そのものに文字が彫られていた。
誰が、どこへ贈ったか。
館の帳簿の外側に、もう一つの記録があった。
今回の九点には、それがない。
器の表面には、何も書かれていない。
出所の行も、きわめて短い。
ロバート・A・エリソン・ジュニアによる寄贈、二〇一八年。
それだけである。
当サイトで公開している同じ寄贈の作品は五十一点ある。
うち五十点が二〇一八年、一点が二〇一七年の寄贈である。
種別を数えると、花生が四十八点、鉢が二点、水注が一点。
材料は、炻器が二十九点、陶器が二十一点、磁器が一点。
つまり、この寄贈もまた、一つの分野に集中している。
十九世紀末から二十世紀初めの、アメリカの美術陶器である。

背の高い花生である。
高さ四十一センチ。
胴は肩で最も張り、下へすぼまる。
口は狭く、縁が短く立つ。
全体が青い。
下のほうは、灰色がかった淡い青。
肩から上には、文様の帯が回る。
大きな葉が並び、そのあいだに白い花が開く。
葉の輪郭は線で彫られ、そこに濃い青が溜まっている。
文様の下の縁は、弧を連ねた形で終わる。
彫った線に釉薬が溜まって濃くなる。
この効果を使って、輪郭を出している。
作者の欄が、工房の名である
この一点の作者の欄には、人名がない。
工房の名が入っている。
そして、館の記録は、その役割を製作者と書く。
作った個人ではなく、作った組織を記録している。
九点のうち、五点がこの形式である。
工房や会社の名だけが記録されている。
残る四点には、個人の名が入っている。
同じ寄贈のなかで、扱いが分かれる。
これは、記録の不統一ではない。
制作の体制が違うからである。
工場に近い形で作られたものは、会社の名で登録される。
一人の手で作られたものは、その人の名で登録される。
第十五回で扱った「一点に何人が関わったか」の問題である。
美術陶器という言い方
この分野の名前について、説明しておきたい。
十九世紀の後半、欧米の陶磁器生産は工場化が進んだ。
型で成形し、転写で絵を貼り、大量に焼く。
同じ皿が何万枚も作られる。
その流れに対して、手の跡を残した器を作ろうとする動きが起きた。
一点ずつ形が違う。
釉薬の出方も違う。
そういう器を、日用の食器と区別して呼ぶ言い方が生まれた。
美術陶器と訳される語がそれである。
もっとも、その線引きは曖昧である。
九点のうち、明らかに量産されているものがある。
同じ意匠の花生が、大きさを変えて複数作られている。
一方で、一人の手で崩された鉢もある。
同じ分野のなかに、工場に近いものと、個人の仕事が混在する。
館の記録は、その区別をしない。
作者の欄が会社名か個人名かで、結果として分かれるだけである。
花生ばかりである理由
五十一点のうち、四十八点が花生である。
九割を超える。
なぜ花生なのか。
理由はいくつか考えられる。
まず、この分野の窯が、実際に花生を多く作った。
食器は工場の仕事である。
小規模な窯が競うのは、装飾のための器だった。
次に、花生は形の実験がしやすい。
用途の制約が緩い。
水が入って、倒れなければよい。
高さも、太さも、口の広さも自由である。
だから、釉薬と形を見せる器として選ばれた。
そして、集める側から見ても都合がよい。
同じ用途の器を並べると、違いが際立つ。
第十一回で書いた急須の話と、同じ構造である。
用途をそろえると、形と装飾の差が見えてくる。
女子大学の工房
この工房について、記録から分かることを書く。
館の記録は、活動の時期を一八九四年から一九四〇年としている。
四十六年である。
この工房は、アメリカ南部の女子大学に付属して作られた。
学生に手仕事の技術を教え、職業として成り立たせることを目的にしていた。
絵付けは学生や卒業生が担当し、成形は専門の職人が行った。
つまり、一つの器に複数の手が入る。
館の記録が個人名を書かないのは、それが理由の一つだろう。
ただし、実際には多くの器に絵付けをした人の印が入っている。
記録がそれを拾っているかどうかは、公開されている欄からは分からない。
同じ緑が、三点続く

緑一色の花生である。
艶がない。
表面が、乾いた葉のような質感になっている。
胴は丸く張り、肩から首へ細くなる。
口は外へ大きく開く。
肩の左右に、小さな突起が付く。
取っ手の名残のような形である。
胴の正面に、人の姿が浮き彫りにされている。
裸で、片脚を前に出して立つ。
輪郭はごく浅い。
釉薬に埋もれて、輪郭が柔らかい。
近くで見ないと、そこに人がいると分からない。

九点のなかで、いちばん背が高い。
四十四・八センチ。
細長い胴が、まっすぐ立ち上がる。
肩でわずかに絞られ、口が小さく開く。
胴の全面に、細長い葉が縦に並ぶ。
葉は下から立ち上がり、先が尖る。
葉と葉のあいだに、細い茎のような隆起。
釉薬は緑で、艶がない。
葉の谷の部分に、釉が厚く溜まって濃くなる。
先端の部分は薄くなり、明るい。
口の縁は、葉の先が集まって波打つ形になる。

前の一点と、同じ意匠である。
しかし、高さが十五センチ低い。
二十九・五センチ。
縦に並ぶ葉の数も少ない。
胴の張りが、前の一点より強い。
口は、まっすぐ立ち上がる。
同じ工房の、同じ型の系統である。
大きさを変えて、複数の寸法で作られていた。
つまり、これは量産品である。
一点ものではない。
同じ意匠の器が、いまも他館にある。
艶のない釉薬
三点に共通するのは、艶のない緑の釉薬である。
これは、この工房の代名詞になっている。
十九世紀の終わりまで、陶磁器の釉薬は光るものだった。
透明で、艶があり、下の絵を見せる。
その常識に対して、艶を消した釉薬が作られた。
表面が光を吸うので、形そのものが見える。
そして、彫った線に釉が溜まり、濃淡が生まれる。
絵を描かずに、模様を作ることができる。
出所の行を読むうえで、この点は重要である。
なぜなら、装飾の方法が変わると、記録の書き方も変わるからである。
絵付けをした人の名は、記録に残りやすい。
釉薬の調合をした人の名は、残りにくい。

白い磁器である。
九点のなかで、唯一の磁器。
下半分が丸く膨らみ、そこから上が細くなる。
首は円筒形で、上端に細かい網目の彫りが回る。
肩の左右に、渦を巻いた取っ手が付く。
胴の上半分に、人の姿が浮き彫りにされている。
複数の人物が、絡み合うように並ぶ。
裸で、動きが大きい。
浮き彫りは白く、影だけで形が見える。
高さ十九・四センチ。
九点のなかでは小さいほうである。
磁器は、陶器より高温で焼く。
素地が締まり、薄く作れる。
そのぶん、変形しやすい。
浮き彫りを付けたまま焼き上げるのは、技術が要る。
絵を描いた器

平たい花生である。
奥行が七・九センチしかない。
正面から見ると円形に近く、横から見ると板のようである。
上部に、四角い口が付く。
肩の左右に、小さな輪状の取っ手。
下に、四つの短い脚。
正面の円い面に、風景が描かれている。
右手に山、左手に岩と樹木。
中央に水が広がり、そこに船が一艘。
煙を上げているので、蒸気船だろう。
空は淡い水色で、雲が浮かぶ。
輪郭のない、絵画に近い描き方である。
脚と取っ手は、青や緑の光沢のある釉薬。
胴の縁は白い。
一つの器のなかで、三種類の仕上げが同居している。
器が、額縁になる
この一点は、他の八点と性格が違う。
平たい面に絵を描いている。
つまり、器の形が絵を載せるための台になっている。
十九世紀の後半、こうした器が多く作られた。
絵を描く人と、器を作る人が別である。
そして、絵のほうが主役になる。
館の記録は、作者の欄に会社の名を書く。
絵を描いた人の名は、記録されていない。
前の回で見た銀器の彫りと、同じ状況である。
装飾を施した手は、記録に残らない。
崩された器

形が、崩れている。
もとは丸い鉢だったはずである。
轆轤で挽いた跡が、内側に残る。
しかし、その口が大きく折り曲げられている。
一方が内側へ倒れ、もう一方が外へ反る。
面が波打ち、深い襞ができている。
底の高台は、まっすぐ残っている。
つまり、挽いたあとで、意図的に押し潰している。
釉薬は淡い褐色で、艶がある。
襞の谷に、影が濃く溜まる。
高さ十二・九センチ。
これは失敗した器ではない。
崩すことを目的として作られている。
一人でやるということ
この一点の作者の欄には、個人の名が入っている。
館の記録は、生没年と、生まれた土地と、亡くなった土地を書いている。
同じ町である。
つまり、この人は生涯を一つの町で過ごした。
そして、土を掘り、成形し、釉を掛け、焼くところまで一人で行った。
工房でも、会社でもない。
九点のなかで、これがいちばん個人的な仕事である。
その結果として、形が誰にも似ていない。
量産の器と、一人の器。
同じ寄贈のなかに、両方が入っている。
集めた人が、その幅を意識していたことは間違いないだろう。

釉薬が掛かっていない。
素地の色がそのまま出ている。
橙色がかった、明るい土の色である。
胴は肩で張り、下へすぼまる。
口の縁が、外へ広く反り返る。
底には、丸い台が付く。
胴の全面に、人の姿が浮き彫りにされている。
複数の人物が、腕を上げて連なる。
衣が長く、風になびいている。
輪郭は柔らかく、指で押したような跡が残る。
型で作ったのではなく、手で盛り上げたものだろう。
作者の欄には、個人の名が入っている。
生没年は一八五一年から一九一八年。
女性の名である。
赤い釉薬

深い赤の器である。
胴は丸く張り、首が細くすぼまる。
口は短く立つ。
全体が、血のような濃い赤に覆われる。
その赤は、一様ではない。
肩のあたりは明るく、下へいくほど暗い。
表面に、細かい斑が散る。
灰色がかった部分もある。
この釉薬は、銅を含む。
窯の中の空気を調節して、銅を還元させると赤くなる。
わずかな条件の差で、黒くも緑にもなる。
安定して赤を出すのは、非常に難しい。
この作者は、その再現に長い年月を費やしたことで知られる。
炻器という素地も、この釉に合わせて選ばれている。
三つの素地
技法の欄に出てくる語を、整理しておきたい。
陶器、炻器、磁器。
三つとも、土を焼いたものである。
違うのは、焼く温度と、素地の締まり方である。
陶器は、比較的低い温度で焼く。
素地は水を吸う。
だから、釉薬を掛けて使う。
炻器は、より高い温度で焼く。
素地が締まり、水を吸わなくなる。
色は灰色や褐色になることが多い。
磁器は、さらに高い温度で焼く。
白く、薄く、光を透す。
九点では、陶器が五点、炻器が三点、磁器が一点である。
同じ寄贈のなかに、三種類がそろっている。
そして、素地の選択は釉薬と結びついている。
赤い釉薬は、高い温度と還元の炎を必要とする。
だから、炻器の素地が選ばれる。
艶のない緑の釉薬は、陶器の素地で使われる。
浮き彫りを細かく出したい器は、磁器になる。
技法の欄の一語は、そういう連鎖の結果である。
短い行の意味
九点の出所の行は、いずれも同じ短い一行である。
寄贈者の名と、年。
それだけである。
前の回で読んだ銀器と比べると、情報量が少ない。
しかし、これは記録が粗いということではない。
書くべきことが少ないのである。
作られてから百年ほどしかたっていない。
そのあいだ、持ち主はおそらく一人か二人。
教会も、家紋も、遺言も関わらない。
作られ、売られ、収集家が買い、館に来た。
経路が単純だから、行が短い。
第二回で読んだ「購入、一八七一年」も短い行だった。
しかし、あちらは書けなかったから短い。
こちらは、書くことが少ないから短い。
同じ短さでも、理由が反対である。
窯の名が、記録に残る
九点の作者の欄を、もう一度並べたい。
工房が一つ。
同じ陶房が三つ。
会社が二つ。
個人が三人。
そして、会社や工房の記録には、活動期間が併記されている。
一八九四年から一九四〇年。
一八九九年から一九一一年ごろ。
一八八九年から一八九六年。
一八八〇年から一八八五年。
いずれも短い。
長くて四十六年、短いものは五年しか続いていない。
小さな窯が、次々に生まれては消えた時代である。
だから、器の年代がかなり正確に絞れる。
窯が動いていた期間の外では作れないからである。
記録の年の欄が「一八九八年から一九〇九年ごろ」となっているのは、その範囲である。
窯の寿命が、そのまま年代の幅になっている。
第九回で見たメダリオンとは、正反対である。
あちらは、原型が残るかぎり何度でも作られた。
窯は、閉じれば終わる。
個人の名が残る条件
九点のうち、個人名が記録されているのは三点である。
一人は、生涯を一つの町で過ごした作り手。
一人は、女性の名。
一人は、釉薬の研究で知られる作り手。
この三人に共通するのは、自分で最後まで作ったことである。
成形も、装飾も、焼成も。
工程を分けなければ、名前は一人分で足りる。
逆に、工程を分けた器は、会社の名になる。
記録に個人名が残るかどうかは、才能の差ではない。
作り方の差である。
第十五回で扱った論点が、ここでも同じ形で現れている。
そして、この差は評価にも影響する。
個人名のある器は、作家の作品として扱われる。
会社名の器は、製品として扱われる。
同じ棚に並んでいても、見られ方が違ってしまう。
新しいものを集める
この寄贈のもう一つの特徴は、対象が新しいことである。
十九世紀の終わりから二十世紀の初め。
館が受け入れたのは二〇一七年と二〇一八年。
作られてから百年余りである。
美術館は、古いものを集める場所だと思われがちである。
しかし、実際には、同時代に近いものも集める。
そして、その分野を最初に体系立てるのは、たいてい個人の収集家である。
美術陶器という分野は、長いあいだ美術史の周辺に置かれていた。
工芸であり、量産品であり、家庭の道具だったからである。
その評価が変わるより先に、集めていた人がいる。
出所の行の名前は、その人の名である。
高さを、並べてみる
九点の高さを並べたい。
四十一センチ。
三十・三センチ。
四十四・八センチ。
二十九・五センチ。
十九・四センチ。
二十二・五センチ。
十二・九センチ。
三十・三センチ。
二十八・九センチ。
三十センチ前後に集まっている。
いちばん高いものが四十四・八センチ、低いものが十二・九センチ。
三倍以上の開きはあるが、極端ではない。
これは、花生という用途による制約である。
高すぎれば倒れる。
低すぎれば花が入らない。
そして、家の中に置ける寸法でなければならない。
第十回で読んだ細密肖像も、寸法がそろっていた。
用途が形を決める。
この関係は、分野を問わず現れる。
二〇一七年と、二〇一八年
出所の行の年に、小さな違いがある。
一点だけが二〇一七年で、残り五十点が二〇一八年である。
番号も、二〇一七・三五七と、二〇一八・二九四に分かれる。
つまり、二度に分けて受け入れられている。
こういう分割は、珍しくない。
先に一部を渡し、翌年に残りを渡す。
税の扱いや、手続きの都合によることが多い。
館の側にも、受け入れの作業量という事情がある。
五十点を一度に登録するのは、簡単ではない。
一点ずつ寸法を測り、写真を撮り、番号を書き入れる。
年をまたぐのは、その作業の区切りでもある。
出所の行の年は、渡された年ではなく、登録された年に近い。
そこも、読むときには意識しておきたい。
記録の重心が、移る
前の回と今回で、記録の重心の位置が違っていた。
古い銀器では、器に彫られた文字が来歴を語っていた。
新しい陶器では、器は何も語らない。
代わりに、窯の名と、作った年と、材料の名が記録の中心になる。
そして、その情報は帳簿にしかない。
器から読み取れるのは、形と色と質感だけである。
もっとも、それだけでも十分に多い。
艶のない緑。
崩された口。
素地のままの橙。
還元でしか出ない赤。
いずれも、記録の欄には短くしか書かれない。
陶器、炻器、磁器。
三語で片づけられている。
見えているものと、書かれていることの差が、ここではとりわけ大きい。
次の回では、また別の材料に絞った寄贈を読みたい。
型で押されたガラスを集めた人の話である。


