線で見た木と、色で見た木——デビッド・ジョンソン
九点のうち五点が、木を主題にしている。油彩では光と色で、素描では線の密度で描かれる。同じ寸法の紙を縦横に使い分けた二枚もある。遺贈から受け入れまで二十五年かかった一枚の記録にも触れておきたい。同じ対象が、二通りに残っているということである。

水辺の大きな木
一枚の油彩から始めたい。

画面の中央に、大きな木がある。
葉が、丸い塊になって広がる。
そして、その根元に草地。
右に、水面が見える。
小舟が一艘、浮かぶ。
左下に、小さな人影。
空は、灰色と白の雲。
木が、主役である
構図を見たい。
木が、画面の三分の二を占める。
そして、その他は水と空である。
つまり、一本の木を描いた絵である。
木の種類
葉の形を見たい。
丸みを帯び、密に付く。
そして、枝が横へ広がる。
つまり、広葉樹である。
もっとも、館の記録に種名はない。
葉の塊
葉を見たい。
一枚ずつは描かれない。
そして、丸い塊が重なる。
その塊ごとに、明るい面と暗い面がある。
つまり、光の当たり方で形を作る。
幹の描き方
幹を見たい。
葉のあいだから、白っぽく見える。
そして、上へ行くほど細くなる。
つまり、樹形が分かる。
草地の色
木の根元を見たい。
黄土色と、暗い緑が混ざる。
そして、細い筆の跡が縦に走る。
つまり、草の一本ずつを示している。
水面の光
右の水面を見たい。
空の色を映して、明るい。
そして、小舟の影が落ちる。
つまり、静かな水である。
小さな人影
左下を見たい。
人が一人、座っている。
そして、きわめて小さい。
つまり、木の大きさを示す基準である。
手前の暗さ
画面の下部を見たい。
暗く、細部が沈む。
そして、奥へ行くほど明るい。
つまり、明暗が奥行きを作る。
空の雲
空を見たい。
灰色と白が混ざる。
そして、厚みがある。
つまり、曇りの日である。
受け入れの年のずれ
来歴を見たい。
遺贈は一九一四年、受け入れは一九一五年。
つまり、一年の差がある。
遺言の手続きに時間がかかるためだろう。
小さめの画面
寸法を見たい。
縦49.5センチ、横61センチ。
つまり、九点の中では中ほどである。
大作ではない。
一八八六年という年
制作年は、一八八六年である。
作者は一八二七年生まれと記録される。
つまり、五十九歳ごろの仕事である。
そして、一九〇八年に没している。

色のない素描
二点目は、素描である。
そして、画像は灰色の階調だけである。
つまり、古い記録写真とみられる。
一九九七年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、一九九七年に基金で購入された。
つまり、九点の中で最も新しく館へ入った。
紙の色が、分からない
技法欄には、タン色の紙とある。
つまり、黄褐色の紙である。
しかし、画像では白く見える。
だから、紙の色は分からない。
三つの材料
技法欄をまとめたい。
黒鉛、白チョーク、そして色付きの紙。
つまり、三つの要素で明暗を作る。
一つでも欠ければ、効果が変わる。
白チョークの補筆
技法欄には、もう一つ記載がある。
白いチョークによる補筆である。
つまり、明るい部分を白で描き足している。
色のある紙に、白を足す
色の付いた紙は、中間の明るさになる。
そして、黒鉛で暗い部分を作る。
さらに、白チョークで明るい部分を作る。
つまり、明暗の幅が広がる。
それでも、分かること
構図と、線の密度は読める。
そして、明暗の配置も分かる。
つまり、失われるものと残るものがある。
白黒の画像では、分からない
もっとも、この工夫は画像では読み取りにくい。
紙の色が失われているからである。
つまり、記録写真の限界である。
右の木
右の木を見たい。
葉が、丸い塊になる。
そして、その塊が重なる。
一点目の木と、描き方が近い。
描かれているもの
画面を見たい。
中央に、木の塊がある。
そして、左右に低い草地。
奥に、水面と対岸。
一点目と、同じ場所だろう。
一九八〇年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、一九八〇年に基金で購入された。
つまり、素描は後から集められている。
下部の書き込み
画面の下を見たい。
文字と、数字が書かれている。
地名と年、そして番号だろう。
つまり、その場で記録している。

広い谷の眺め
三点目は、開けた眺めである。
手前に、道と草地。
そして、中央に緑の谷。
奥に、山が連なる。
空には、白い雲。
右手前に、大きな木が一本。
小さな人物が、道にいる。
手前の岩
画面の右下を見たい。
岩が、いくつか転がる。
そして、明るい面と暗い面がある。
つまり、形が追われている。
黄土色の画面
色を見たい。
黄土色と、緑と、灰青。
つまり、暖かい色が支配する。
一点目の灰色とは、印象が違う。
遠くの山
奥を見たい。
山の輪郭が、淡い青灰色である。
そして、空との境が曖昧である。
つまり、空気の層が描かれている。
木の位置
右手前の木を見たい。
画面の縁に近い。
そして、上端で切れる。
つまり、枠の役目をしている。
道という線
手前の道を見たい。
右下から、奥へ伸びる。
そして、視線を奥へ導く。
一本の線が、構図を作る。
一八五六年という年
制作年は、一八五六年である。
九点の中で、最も早い。
作者は、二十九歳ごろになる。
一九一七年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、一九一七年に基金で購入された。
つまり、寄贈ではない。
館が資金を投じて買っている。
三十年の差
一点目と三点目を比べたい。
一八八六年と、一八五六年である。
つまり、三十年の差がある。
同じ画家の、若い時期と後年である。
何が変わったか
三点目は、遠くまで見える。
そして、一点目は木が近い。
つまり、視点の距離が違う。
若いころは広く、後年は近く。
牛のいる道
四点目は、大きな画面である。

横長の画面である。
左に、木立が密に生える。
そして、右へ道が伸びる。
道の上に、牛が数頭いる。
奥に、平地と空。
空には、白い雲が浮かぶ。
大きな画面
寸法を見たい。
縦58.4センチ、横94センチ。
つまり、九点の中で最も大きい。
横に長い眺めを収めている。
明暗の分割
画面を見たい。
左が暗く、右が明るい。
つまり、左右で対照をなす。
視線は、暗い側から明るい側へ流れる。
空の明るさ
右上を見たい。
白い雲が、大きく広がる。
そして、青が見える。
つまり、晴れた空である。
暗い木立と、対比される。
木立の暗さ
左の木立を見たい。
葉が密で、暗い。
そして、幹が細く立つ。
つまり、林の中である。
道の描き方
道を見たい。
轍の跡が、二本の線になる。
そして、奥へ細くなる。
つまり、遠近が示されている。
牛という要素
道の牛を見たい。
数頭が、まばらに立つ。
そして、白と茶の毛である。
つまり、放牧の場面である。
遺贈の年と、受け入れの年
来歴を見たい。
遺贈は一九〇〇年、受け入れは一九二五年。
つまり、二十五年の差がある。
なぜ、二十五年か
理由は、記録にない。
遺言の条件があったのかもしれない。
あるいは、他の人が生涯使う権利を持っていたのかもしれない。
美術館の収蔵には、こうした間があることがある。
一人の収集家
遺贈者の名を見たい。
十九世紀末の実業家である。
そして、その収集が館へ渡った。
当サイトでは、繰り返しこの流れに触れてきた。
記録に、残る間
重要なのは、両方の年が記録されていることである。
つまり、隠していない。
見る側は、その二十五年を知ることができる。

縦長の素描
五点目は、縦長である。
画面に、太い幹が四本ほど立つ。
そして、その上に葉が広がる。
下部に、下草がある。
背景は、白く抜ける。
白く抜ける背景
背景を見たい。
紙の白が、そのまま残る。
つまり、空を描いていない。
素描では、よく用いられる方法である。
インクの淡彩
技法欄を見たい。
黒インクの淡彩とある。
つまり、薄めたインクを筆で置く。
線ではなく、面で描く方法である。
線と、面
画面を見たい。
幹の輪郭は、鉛筆の線である。
そして、葉と影は、インクの面である。
つまり、二つの方法が併用されている。
幹の並び
四本の幹を見たい。
太さも、間隔も違う。
そして、傾きもそれぞれ違う。
つまり、実際の木を写している。
木を、下から見る
構図を見たい。
幹が、画面の下から上へ伸びる。
そして、上端で切れる。
つまり、木の全体は入っていない。
下草の描写
下部を見たい。
短い線が、密に並ぶ。
そして、その上に岩が見える。
つまり、地面まで描き込まれている。
一部を、切り取る
全体を入れないのは、選択である。
幹と葉の重なりだけを見せる。
つまり、木の構造を研究している。
下部の書き込み
画面の下を見たい。
文字と、数字がある。
年と、番号だろう。
つまり、記録として管理されている。

寸法が、入れ替わる
五点目と六点目の寸法を比べたい。
五点目が46.8センチ掛ける32.7センチ。
六点目が32.7センチ掛ける46.8センチ。
つまり、同じ寸法の紙を、向きを変えて使っている。
一八八六年の三枚
年代を見たい。
一点目、五点目、六点目が一八八六年である。
つまり、同じ年の三枚がある。
油彩一枚と、素描二枚。
同じ時期の、二つの仕事が並ぶ。
同じ紙、違う向き
同じ大きさの紙が二枚ある。
そして、一枚は縦、一枚は横に使う。
つまり、主題に応じて向きを変えている。
一つの寄付で、二枚
同じ寄付で二枚を買うことがある。
つまり、まとめて市場に出たのだろう。
そして、館がまとめて購入した。
同じ画家の素描が、離れずに残った。
二枚の来歴
来歴を見たい。
いずれも、一九六八年の購入である。
そして、同じ寄付による。
つまり、二枚がまとめて館へ入った。
描かれているもの
画面を見たい。
右に、大きな木の塊がある。
そして、左へ低い斜面が続く。
奥に、平地と木立。
下部に、小さな動物の姿。
犬という要素
題によれば、犬である。
そして、画面の下部に小さく描かれる。
つまり、風景の中の点である。
白く残る部分
画面の上部を見たい。
線がほとんどない。
つまり、空である。
紙の白を、そのまま使っている。
線の量
五点目と六点目を比べたい。
五点目は、インクの面が多い。
そして、六点目は線だけである。
つまり、密度が違う。
灰色の紙
七点目も、素描である。

技法欄には、灰色の紙とある。
そして、白チョークによる補筆。
つまり、二点目と同じ工夫である。
紙の色が、分からない
もっとも、画像では紙の色が分からない。
灰色の階調だけで公開されているからである。
つまり、工夫の効果は読み取りにくい。
描かれているもの
画面を見たい。
中央に、木立が密に茂る。
そして、下部に草と岩。
左に、細い幹が斜めに伸びる。
背景は、白く抜ける。
上部の抜け
画面の上を見たい。
線が薄く、白く抜ける。
そして、下へ行くほど密になる。
つまり、下が重い構図である。
密な線
線を見たい。
葉が、小さな点と短い線で描かれる。
そして、その数が膨大である。
つまり、時間のかかる仕事である。
小さな紙
寸法を見たい。
縦16.8センチ、横26.4センチ。
つまり、九点の中で最も小さい。
その小さな紙に、この密度である。
岩を、描く
下部を見たい。
岩が、いくつも重なる。
そして、面の境が線で示される。
つまり、岩の形が追われている。

静物の一枚
八点目は、風景ではない。
白い布の上に、果実が置かれる。
黄緑の洋梨が二つ、赤い洋梨が一つ。
そして、黄緑の林檎が一つ。
背景は、暗い茶。
画面の上部が、弧を描く。
小さな画面
寸法を見たい。
縦21.6センチ、横34.3センチ。
つまり、小さい。
果実を四つ並べるだけの画面である。
上部が、弧になっている
館の記録に、注目したい。
上部が弧を描く、とある。
つまり、画面の形が四角ではない。
なぜ、弧なのか
弧のある画面は、額の形に合わせたものだろう。
あるいは、板そのものが切られている。
館の記録は、そこまで示さない。
だから、当サイトも断定しない。
白い布
下に敷かれた布を見たい。
白く、襞が寄る。
そして、影が灰色である。
暗い背景の中で、そこだけが明るい。
果実の描き方
果実を見たい。
表面に、光の点がある。
そして、斑や傷も描かれる。
つまり、完全な状態ではない。
見えたとおりに写している。
影の向き
影を見たい。
いずれも、左へ落ちる。
つまり、光は右から来ている。
画面全体で、向きが揃っている。
背景の暗さ
背景を見たい。
暗い茶で、平らである。
そして、上部がわずかに明るい。
つまり、果実を浮かせるための地である。
板という支持体
技法欄を見たい。
油彩、板とある。
つまり、画布ではない。
九点のうち、板はこれだけである。
一八五七年という年
制作年は、一八五七年である。
三点目の一八五六年と、近い。
つまり、若い時期の仕事である。
風景画家の静物
九点のうち、静物はこれだけである。
つまり、例外にあたる。
もっとも、細部を追う手つきは同じである。

肖像の一枚
九点目は、人物である。
男性の胸から上が描かれる。
暗い上着に、白い襟。
そして、黒い蝶結び。
髪は、乱れて立つ。
口髭がある。
背景は、暗い茶。
誰を描いたか
題は、人名である。
そして、館の記録はそれ以上を示さない。
つまり、職業や関係は分からない。
だから、当サイトも書かない。
風景画家の肖像
九点のうち、肖像はこれだけである。
つまり、これも例外にあたる。
白い襟
首元を見たい。
白い襟が、立ち上がる。
そして、黒い蝶結びが乗る。
つまり、十九世紀後半の装いである。
顔の描き方
顔を見たい。
眉が寄り、口元が引き締まる。
そして、目が強い。
つまり、緊張した表情である。
左の書き込み
画面の左を見たい。
小さな文字と、数字がある。
署名と年だろう。
つまり、作者自身が書き込んでいる。
九点の内訳
九点をまとめたい。
油彩が五枚、素描が四枚。
そして、風景が七枚、静物が一枚、肖像が一枚。
つまり、風景が中心である。
素描の寸法
素描の寸法を並べたい。
16.8センチ、27.9センチ、32.7センチ、46.8センチ。
つまり、幅がある。
小さな紙と、大きな紙が混ざる。
素描の四枚
素描を見たい。
いずれも、色のない画像で公開されている。
そして、三枚が同じ年に集中する。
つまり、一八八六年の仕事が多い。
白黒の画像が多い理由
素描は、光に弱い。
そして、展示の機会が少ない。
だから、撮り直しの順番が後になる。
当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。
紙の色という情報
技法欄には、紙の色が記される。
タン色、灰色、オフホワイト。
つまり、三種類の紙が使われている。
記録が、補う
画像で色が分からなくても、記録には残る。
つまり、文字が画像を補っている。
見るときは、両方を合わせたい。
一つの主題を、追う
九点のうち、木を主題にしたものが多い。
一点目、二点目、五点目、六点目、七点目。
つまり、半分以上が木である。
木を、繰り返し描く
同じ主題を、何度も描く。
そして、油彩でも素描でも描く。
つまり、関心が一つに集中している。
九点の年代
年代を並べたい。
一八五六年、五七年、七一年、七四年。
一八八四年が二枚、八六年が三枚。
つまり、三十年に分布する。
見る順序
最後に、見方を提案したい。
まず、素描を見てほしい。
そこには、木の構造が線で示されている。
次に、油彩を見てほしい。
同じ木が、光と色で描かれている。
線から、色へ
素描は、形を決める段階である。
そして、油彩は、それを色で仕上げる段階である。
九点は、その両方を含んでいる。
線で見た木と、色で見た木。
同じ対象が、二通りに残っている。


