横が、縦のほぼ三倍になる——冊の一葉に貼られた扇面
折扇の七点は、縦横の比が二.九倍から三.一倍に収まる。二百五十年のあいだ、形が動かない。円い二点は、寸法の書き方が縦横と直径に分かれる。形が記録を決めることを読みたい。年の欄が、か、で結ばれる一点もある。

横が、縦のほぼ三倍になる
扇の形をした絵を、九点並べてみる。
寸法の欄を読むと、どれも横に長い。
縦は15.9センチから18.4センチ。
横は47.3センチから55.6センチ。
九点のうち七点が、この範囲に収まる。
比を取ると、二.九倍から三.一倍のあいだになる。
七点とも、である。
作者も年も違う。
いちばん古い一点と新しい一点は、二百五十年以上離れている。
それでも、縦と横の比だけが揃う。
館の記録は、比を書かない。
書かれるのは、縦と横の数字だけである。
割り算をすると、揃っていることが分かる。

上が広く、下がすぼまる形である。
上下の縁は、いずれも弧を描く。
上の弧が長く、下の弧が短い。
地は金色で、光を含んで見える。
葉を落とした木が、横一列に並ぶ。
幹は細く、上へ枝を広げる。
枝先は、細かい線で描き分けられる。
左下に、低い草むらが墨で塗られる。
右に、款記が三行入る。
その下に、朱の印が一つ。
左下にも、四角い朱の印がある。
木の間には、何も描かれない。
金の地が、そのまま空になっている。
折り目が、画面に残る
いま見た一点をよく見ると、細い線が走る。
上の縁から下へ、放射状に伸びる線である。
等しい間隔で、扇の要へ向かう。
折り目の跡だろう。
つまり、これは実際に折られた扇である。
紙を折り、骨に貼り、開いて使う。
使えば、折り目に沿って傷む。
その跡が、いまも見える。
九点のうち、折り目がはっきり見えるのは四点。
いずれも、金の地の一点である。
金は、折るとひび割れやすい。
だから、跡が残りやすいのだろう。
館の記録は、折り目を書かない。
扇を、冊の一葉に仕立て直す
九点の技法の欄には、長い一句が入る。
扇面を、冊の一葉に仕立てたもの。
つまり、いまの姿は扇ではない。
骨を外し、紙だけを台紙に貼る。
その台紙を綴じて、一冊にする。
前の回の記事で、掛軸や屏風の仕立て直しを見てきた。
ここでも、同じことが起きている。
物としての用途は、途中で変わった。
風を送る道具から、見るための頁へ。
技法の欄の一句が、その履歴を残している。
そして、寸法の欄は、いまの姿を測る。

弧を描く画面である。
地は金色で、上のほうがやや明るい。
左上に、遠い山が墨の濃淡で置かれる。
山の裾は、霞にとけて消える。
中央から右へ、低い岸が横たわる。
岸に、細い木が数本立つ。
葉は点で表され、赤い点が混じる。
右下に、小さな舟が浮かぶ。
舟の上に、人影らしい墨の点が見える。
左上の隅に、題字が二行入る。
その下に、朱の印が一つ。
画面の下半分は、ほとんど空白である。
金の地が、五点にある
九点の技法の欄を並べてみる。
金地の紙が四点。
金の粉を散らした紙が一点。
ふつうの紙が一点。
礬水を引いた紙が一点。
絹が二点。
つまり、九点のうち五点に金が使われている。
扇は、手に持って人前で開く物である。
光を受けたときの見えを、作り手は考えただろう。
館の記録は、その理由を書かない。
書かれるのは、地の材の名だけである。
理由は、こちらで補うしかない。

九点でいちばん小さい画面である。
縦が十六センチに満たない。
地は金色で、放射状の折り目が細く走る。
中央に、低い山が一つ盛り上がる。
山肌は、短い横の線で埋められる。
その手前に、細い木が数本立つ。
木の枝は、下へ垂れる。
左に、水面が横に広がる。
水面には、線がほとんど引かれない。
右上に、款記が一行入る。
その下に、朱の印が一つ。
墨だけで描かれ、彩色はない。
弧の下が、切り取られている
扇の形を、あらためて見てみる。
上の縁は、大きな弧である。
下の縁は、小さな弧である。
二つの弧は、同じ中心を持つ。
その中心は、画面の外の下にある。
要の位置だ。
左右の縁は、中心から出る直線になる。
つまり、扇面は輪の一部を切り取った形である。
輪の内側を、要のぶんだけ抜いてある。
だから、下がすぼまる。
この形が、縦と横の比を決めている。
比が揃うのは、作り方が同じだからだ。
前の回の記事で、判型が比を決める例を見てきた。

弧を描く画面である。
地は金色で、折り目が細く走る。
左上に、雨に煙る山が並ぶ。
山は淡い墨で、輪郭がぼやける。
中央に、水面が横たわる。
水面に、小さな舟が二艘浮かぶ。
右に、樹叢が濃く茂る。
葉に、赤と緑の点が混じる。
その根もとに、低い岸が続く。
右上に、款記が二行入る。
その下に、朱の印が一つ。
左の空は、金のまま残される。
年の欄に、二つの年が、か、で結ばれる
いま見た一点の年の欄は、こう書かれている。
1604年か1664年。
二つの年が、選択の語で結ばれる。
前の回の記事で、二つの年が、と、で結ばれる例を見た。
そちらは、描いた年と手を入れた年だった。
こちらは違う。
どちらか一方である。
画面に書かれた年が、干支によるのだろう。
干支は六十年で一巡する。
同じ組み合わせが、六十年後にまた来る。
だから、二つの候補が残る。
差はちょうど六十年である。
館は、どちらかに決めていない。
決められないことを、そのまま書いている。

弧を描く画面である。
地は金ではなく、淡い紙の色である。
左上に、長い題記が六行ほど入る。
その下に、朱の印が二つ。
中央から右へ、岩壁が高く立つ。
岩は、輪郭を線で囲み、内を淡く塗る。
壁の上に、木が茂る。
葉に、朱と緑が置かれる。
右端に、丸い樹冠が重なる。
下に、水辺と低い岸が続く。
岸に、小さな建物が見える。
墨の線が、他の八点より細かい。
年の欄に、記年、という語が付く
九点の年の欄を並べてみる。
三点に、記年、という語が付いている。
1603年。1859年。1862年。
これは、画面に年が書かれているという意味である。
款記を読めば、年が分かる。
だから、館は一年に決められる。
書かれていない六点は、そうはいかない。
17世紀半ば。19世紀後半。
13世紀初め。17世紀後半から18世紀初め。
幅のある書き方になる。
年の欄の粒度は、画面に何が書かれているかで決まる。
前の回の記事で、年の欄の書き方の差を何度も見てきた。
その差は、多くの場合、資料の差である。

円い画面である。
九点で唯一、絹の地が茶色く沈む。
上半分は、ほとんど余白である。
そこに、遠い山の稜線が薄く引かれる。
下半分に、木立が濃く茂る。
木の下に、小さな家が数軒見える。
左に、崖が斜めに落ちる。
崖の下を、川が流れる。
上部に、大きな朱の印が二つ捺される。
いずれも、収蔵を示す印だろう。
台紙は、薄緑の唐草文の裂である。
画面の縁は、円のまま残されている。
作者の欄と、館の中国語の題が食い違う
いま見た一点の作者の欄には、十三世紀の画家の名がある。
ところが、館が併記する中国語の題は違う。
そこには、作者不詳、と書かれている。
そのあとに、その画家に倣う、と続く。
つまり、館自身が二通りの書き方を持っている。
作者の欄では名を立て、題の中では留保する。
どちらも、同じ記録の中にある。
前の回の記事で、倣う、という語について書いた。
その語が、ここでは題の側に置かれている。
欄の名が違えば、書ける内容も変わる。
作者の欄は、一つの名を求める。
題の欄は、説明を入れられる。
だから、留保は題の側へ移る。
円い二点は、寸法の書き方が違う
九点のうち二点は、円い形である。
いわゆる団扇の面だ。
寸法の欄を見ると、書き方が分かれる。
一点は、縦25.6センチ、横26.4センチ。
もう一点は、直径26センチ。
同じ円なのに、一方は縦横、他方は直径で書かれる。
縦横で書けば、わずかな歪みも数字に出る。
25.6と26.4では、八ミリの差がある。
つまり、正円ではない。
直径で書けば、その差は消える。
どちらが正しいということはない。
測り方が違うだけである。
しかし、読む側には差が見える。
同じ館の、同じ部門の記録である。
円い二点だけが、絹である
九点の地の材を、形と並べてみる。
弧の七点は、いずれも紙である。
金地、金の粉、ふつうの紙、礬水引きの紙。
種類は違うが、すべて紙だ。
円の二点は、いずれも絹である。
形と材が、きれいに対応している。
折る扇は、紙でなければならない。
絹は、折れば繊維が切れる。
円い扇は、折らずに枠へ張る。
張るなら、絹のほうが具合がよい。
道具としての作りが、材を決めている。
館の記録は、その対応を書かない。
九点を並べれば、対応は自分で見える。

円い画面である。
絹の地は白く、汚れが少ない。
右上に、四行の款記が入る。
その左下に、朱の印が一つ。
中央右に、人物が一人座る。
白い衣を着て、片膝を立てる。
顔は左を向き、髭をたくわえる。
手に、丸い団扇を持つ。
背後に、藁を葺いた棚が立つ。
手前に、板の橋が斜めに渡る。
左に、蓮の葉が大きく広がる。
葉は青緑で、花が白く開く。
橋の下の水面に、葉の影が映る。
右下に、朱の印がもう一つある。
扇の中に、扇が描かれる
いま見た一点には、団扇を持つ人が描かれている。
丸い面に、丸い柄付きの扇。
つまり、扇の絵の中に扇がある。
描かれた扇の面には、何も描かれていない。
無地のまま、薄く塗られる。
これが実際の使われ方だろう。
暑い日に、手に持って風を送る。
いま見ている一点も、もとは同じ道具だった。
いまは、台紙に貼られて動かない。
道具が、絵として残る。
そして、絵の中では道具のままである。
館の記録は、描かれた物を書かない。
写真に、定規と灰色の目盛が写る
いま見た一点の画像には、絵の外まで写っている。
下に、黒から白へ変わる階段状の帯がある。
その下に、目盛の付いた定規が並ぶ。
撮影のときに置いた基準である。
色と大きさを、あとから確かめるために置く。
つまり、これは記録用の写真である。
展示のための写真ではない。
九点のうち、基準が写るのはこの一点だけだ。
同じ館の同じ部門でも、撮り方が揃っていない。
撮影の時期が違うのだろう。
館の記録は、撮影の年を書かない。
写り込んだ道具が、それを示している。

弧を描く画面である。
地は淡く、金の粉が細かく光る。
左半分に、題記が縦に何行も並ぶ。
字は太く、勢いがある。
その右下に、朱の印が二つ。
中央に、紅い花が大きく開く。
花弁は幾重にも重なる。
芯に、黄色い点が集まる。
右へ、緑の葉が長く伸びる。
葉は五枚、垂れながら重なる。
葉脈が、濃い線で引かれる。
右下に、四角い朱の印がもう一つ。
題記の冒頭に、元号らしい二字が読める。
画面の中に、文字が入る
九点とも、画面の中に文字がある。
款記と、朱の印である。
位置を見ると、上の縁に寄せられている。
弧の上側は、空が広く取られる。
そこに、字を並べる余地がある。
絵と字が、同じ面を分け合う。
前の回の記事で、書く人と描く人を見た。
そちらは、二人が別だった。
こちらは、同じ手が絵と字を書いている。
作者の欄には、一人の名しか入らない。
字も絵も、その一人の仕事だからだ。
館の記録には、銘記の欄がない。
だから、書かれた文字の中身は写されていない。
読むには、画像を拡大するしかない。

弧を描く画面である。
地は白く、金を使わない。
中央やや左に、桑の葉が茂る。
葉は青緑で、縁が波打つ。
葉の上に、白い虫が三匹いる。
体が節に分かれ、頭がわずかに持ち上がる。
蚕だろう。
その左に、白い蛾が二匹飛ぶ。
羽は淡く、輪郭だけが引かれる。
右に、款記が二行入る。
その下に、朱の印が一つ。
左下の隅にも、小さな朱の印がある。
余白が、九点でいちばん広い。
折扇の縦が、二.五センチしか違わない
弧の七点の縦を、細かく見てみる。
15.9センチが二点。
16.2、16.8、17.8、18.4センチが一点ずつ。
18.4センチが二点である。
いちばん小さい数と大きい数の差は、二.五センチ。
二百五十年のあいだ、この幅に収まっている。
手に持つ物だから、大きさが決まる。
大きすぎれば重く、小さすぎれば風が来ない。
用途が、寸法を縛っている。
前の回の記事で、判型が揃う例を何度も見てきた。
版画では、紙の規格が揃える。
扇では、手の大きさが揃える。
印の数が、点によって違う
九点の朱の印を数えてみる。
一つだけの点が三点。
二つの点が四点。
そして、二つを超える点が二点ある。
多いほうには、大きな印が上部に捺される。
絵の中ではなく、余白の側にある。
描いた人の印ではないだろう。
持っていた人か、収めた館の印である。
印が多いほど、手を経た数が多い。
館の記録は、印の数を書かない。
前の回の記事で、記録の外にある痕跡について書いた。
印も、その一つである。
数えられるのは、画像の側だけだ。
款記が、右と左に分かれる
九点の文字の位置を、左右で分けてみる。
右の上に寄せる点が五点。
左の上に寄せる点が三点。
残る一点には、款記がない。
印だけが、上部に捺される。
右に書けば、絵は左から右へ広がる。
左に書けば、絵は右へ寄る。
つまり、字の位置が絵の配置を決めている。
九点とも、字と絵が重ならない。
先に字の場所を決めたのだろう。
あるいは、絵を描いてから空きに書いたか。
順序は、画像からは分からない。
館の記録も、そこは書かない。
彩色のない二点は、どちらも金地である
九点の技法の欄から、彩色の有無を見てみる。
墨だけの点が二点。
墨と彩色の点が七点。
墨だけの二点は、いずれも金地の紙である。
金の地に、墨の線だけで描く。
色を足さなくても、地の色が効く。
金と墨の二色で、画面が成り立つ。
残る七点のうち、金地は二点。
そちらには、赤や緑の点が加わる。
同じ金地でも、扱いが分かれている。
館の記録は、その差を書き分けない。
技法の欄の語順が、わずかに違うだけである。
墨、とだけ書くか、墨と彩色、と書くか。
出所が、三つの時期に分かれる
九点の出所の行を見てみる。
1913年の基金による購入が五点。
1982年の寄贈を原資とした購入が一点。
1986年の寄贈が三点。
三つの時期に分かれている。
番号も、それに対応する。
13.100 の枝が五点。
1982.7 の枝が一点。
1986.267 の枝が三点。
前者の枝番は、57番から93番まで散らばる。
つまり、その群には少なくとも九十三点ある。
後者は、27番、41番、56番。
こちらも、五十六点以上の群である。
一度にまとまって入る。
そのたびに、同じ形の絵が増えていく。
形が、記録を決める
九点をもう一度、並べてみる。
七点が弧の形、二点が円の形。
弧の七点は、比がほとんど揃う。
円の二点は、寸法の書き方が分かれる。
技法の欄には、仕立て直しの一句が入る。
年の欄は、記年の有無で粒度が変わる。
作者の欄には、一人の名だけが入る。
そして、どの欄にも、扇であったことは書かれない。
物の名の欄と、技法の欄に残るだけである。
形は、記録のいちばん外側にある。
寸法の数字を通してしか、現れない。
その数字を割ると、三倍という比が出てくる。
比は、扇の骨の開き方から来ている。
骨の角度が、画面の形を決めた。
画面の形が、寸法の欄を決めた。
寸法の欄を読む人が、そこまで戻れるかどうか。
戻れば、道具だったころの姿が見えてくる。
館の記録は、その道を閉ざしてはいない。
ただ、案内も書いていない。
数字を並べて、割ってみるだけである。
割ってみたところで、絵がよく見えるわけではない。
しかし、九点が同じ形であることは分かる。
同じ形の物が、二百五十年にわたってつくられ続けた。
その事実は、寸法の欄にしか残っていない。
欄は、そういうものを抱えている。
抱えたまま、何も説明しない。
説明しないから、こちらが数えることになる。
数えれば、形の話に戻ってくる。
扇は、開いて使う道具だった。
その形が、いまも数字の中に残っている。


