絵を描く部屋を、描く——マシュー・プラット
画架、絵の具を載せる板、石膏の像、卓に広げた紙。そして教える人と学ぶ人。一七六五年の一枚は、絵がどう作られるかを主題にしている。規格の肖像四枚と並べると、注文の仕事と自分のための絵の差がはっきりする。

絵を描く部屋を、描く
一枚の絵から始めたい。

横長の画面である。
室内に、六人の人物がいる。
左端の一人は、緑の上着で立つ。
その隣に、二人が座って手元を見る。
奥に、二人が卓に向かう。
そして、右端に一人が画架に向かう。
窓から、光が入る。
何をしている絵か
この絵は、絵を描く部屋を描いている。
つまり、画室である。
そして、そこで学ぶ人々がいる。
手元の紙に何かを描き、卓に向かい、画架に向かう。
題も、学校を意味する語を含む。
六人の配置
六人の位置を整理したい。
左に立つ人が一人。
その前に座る人が二人。
奥の卓に二人。
そして、右に一人。
つまり、左から右へ、密度が下がる。
視線は、左の集まりから右の一人へ移る。
右端の人物
右端の人物を見たい。
画架の前に座る。
そして、左手に木の板を持つ。
その板には、絵の具が並ぶ。
つまり、絵の具を載せる板である。
右手には、細い筆を持つ。
画架という道具
画架を見たい。
三本の脚で、板を支える。
そして、傾斜が付く。
つまり、描くための台である。
現在の画架と、構造はほとんど変わらない。
絵の具の板
手に持つ板を、もう少し見たい。
親指を通す穴がある。
そして、縁に絵の具が並ぶ。
明るい色から暗い色へ、順に置く。
道具の使い方まで描かれている。
左端の人物
左端の人物は、立っている。
そして、緑の上着を着る。
右手を伸ばし、座る人の手元を指す。
つまり、教えている姿勢である。
教える人と、学ぶ人
構図を整理したい。
立って指す人が一人。
そして、座って手を動かす人が四人。
さらに、画架に向かう人が一人。
つまり、教える側と学ぶ側が描き分けられている。
座る二人
中央の二人を見たい。
いずれも、手元に紙を持つ。
そして、身をかがめる。
顔は、真剣である。
つまり、描いている最中である。
卓の上
中央の卓を見たい。
紙が広げられる。
そして、その上に道具らしきものがある。
つまり、作業の場である。
食卓ではない。
奥の白い像
奥の棚に、白いものが見える。
人の頭の形をしている。
つまり、石膏の像だろう。
素描の手本として使われる。
画室の備品である。
服装の記録
六人の服装も見たい。
上着、膝丈のズボン、白い靴下。
そして、留め金の付いた靴。
つまり、十八世紀の男性の装いである。
画室でも、正装している。
手本という仕組み
当時の絵の修業は、模写から始まる。
まず、版画や素描を写す。
次に、石膏の像を描く。
そして、実際の人物を描く。
つまり、段階がある。
この絵には、その段階が同時に描かれている。
一七六五年という年
制作年は、一七六五年である。
作者は一七三四年生まれと記録される。
つまり、三十一歳ごろの仕事である。
そして、一八〇五年に没している。
題の意味
題は、学校を意味する語を含む。
そして、地域の名が付く。
つまり、ある土地から来た者たちの集まり、という意味だろう。
館の記録は、それ以上を示さない。
だから、当サイトも踏み込まない。
横長という判型
寸法を見たい。
縦91.4センチ、横127.6センチ。
つまり、横が縦の一・四倍ある。
人物を横に並べるには、この形が要る。
肖像の規格とは、まったく違う。
肖像ではない絵
七枚のうち、これだけが群像である。
そして、誰かを記念する絵ではない。
つまり、注文に応じた肖像とは性格が違う。
自分の関心で描いた一枚だろう。
椅子の背
右端の椅子を見たい。
背もたれに、彫りがある。
そして、脚が細い。
つまり、当時の上等な家具である。
家具の意匠も、絵の中に残る。
窓の光
画面の左に、窓がある。
そして、そこから光が入る。
人物の左側が明るく、右側が暗い。
つまり、光源が画面の中にある。
明暗の理屈が、はっきりしている。
床と、影
床を見たい。
板が敷かれ、奥へ向かって狭くなる。
そして、人物の足元に影がある。
つまり、空間が作られている。
平らな背景ではない。

一八九七年の寄贈
この一枚の来歴に触れたい。
館の記録では、一八九七年の寄贈である。
つまり、七枚の中で最も早く館へ入った。
そして、寄贈者の名も記録されている。
老人と、子ども
二点目は、二人の肖像である。
右に、白い髪の老人が座る。
暗い色の上着に、赤い胴衣。
左に、少年が立つ。
緑の上着に、白い前掛けのような布。
老人の右手が、少年の肩に置かれる。
赤い胴衣
老人の衣を見たい。
外側は暗い色である。
そして、内側に赤い胴衣がある。
その赤が、画面の中心に置かれる。
暗い服の中で、一点だけ強い色になる。
二世代を、一枚に
祖父と孫を、一枚に描く。
つまり、家系を示す絵である。
そして、二人が触れている。
肩に置かれた手が、関係を語る。
少年の姿勢
少年の立ち方を見たい。
左手を腰に当てる。
そして、体をわずかにひねる。
つまり、姿勢に動きがある。
座った老人と、立った少年。
上下の対比が、画面を作る。
卓の上の紙
老人の手元を見たい。
卓に、巻いた紙がある。
そして、その上に手を置く。
つまり、書き物をする人である。
書類が、職や関心を示す。
緑の卓布
卓には、緑の布が掛かる。
そして、その上に赤い衣が重なる。
緑と赤が、隣り合う。
補い合う色の配置である。
白い布
少年の腰に、白い布がある。
前掛けだろうか、あるいは衣の一部か。
館の記録に、説明はない。
だから、形の説明にとどめる。
背景の暗さ
背景を見たい。
ほとんど黒に近い。
そして、右上に椅子の背が見える。
つまり、室内である。
暗い背景が、二人の衣の色を引き立てる。
大きな画面
寸法は、縦127センチ、横101.6センチ。
つまり、五十インチ掛ける四十インチである。
二人を入れるには、幅が要る。
一人の肖像より、一段大きい規格である。
一九六九年の購入
この一枚は、一九六九年に基金で購入された。
つまり、寄贈ではない。
館が資金を投じて買っている。
そして、その基金の名が記録される。
二人の視線
顔の向きを見たい。
老人は、正面を向く。
そして、少年は、やや左を向く。
つまり、視線が分かれる。
見る人は、まず老人と目が合う。
色のない一枚
三点目の画像には、注意が要る。

画像は、灰色の階調だけでできている。
そして、周囲に灰色の余白がある。
つまり、写真を撮った台紙が写っている。
古い記録写真とみられる。
何が分かるか
色が分からなくても、分かることはある。
顔の向き、被り物の形、衣の襞。
そして、明暗の配置。
つまり、構図は読める。
白黒でしか、見られない
この一枚の色は、分からない。
衣が何色か、背景が何色か。
いずれも、記録されていない。
だから、当サイトも色を語らない。
灰色の余白
画像の周囲を見たい。
均一な灰色である。
つまり、撮影の台紙か、背景の紙だろう。
作品の一部ではない。
記録写真には、こうした余白がよく写る。
楕円の枠
画像を見ると、絵が楕円に見える。
つまり、楕円の額に嵌めて撮影されている。
あるいは、楕円に描かれているのかもしれない。
館の寸法の記録は、四角い数字である。
だから、額の形だろう。
薄い布をかぶる
女性は、頭から薄い布をかぶる。
そして、肩まで垂れる。
胸元には、細かい縁飾りがある。
白黒でも、質感の差は分かる。
寸法の記録
寸法は、縦75.6センチ、横63.5センチ。
つまり、規格に近い。
四点目、五点目とほぼ同じである。
肖像の標準の寸法である。
明暗だけで、読む
色のない画像には、利点もある。
明暗だけが残るからである。
つまり、構図と陰影がよく見える。
色に気を取られない。
撮り直されない理由
なぜ、古い写真のままなのか。
展示に出る機会が少ないからだろう。
収蔵庫にある作品は、撮影の順番が後になる。
当サイトでも、繰り返しこの点に触れてきた。
遺贈の年と、受け入れの年
館の記録に、細かい点がある。
遺贈は一九五六年、受け入れは一九五七年である。
つまり、一年の差がある。
遺言の手続きに時間がかかるためだろう。

青い上着の男
四点目は、男性の肖像である。
青い上着に、金色の釦が並ぶ。
そして、白い鬘をかぶる。
袖口に、白い縁飾り。
背景の左に、赤い幕。
右に、窓と風景が見える。
右手を、椅子の背に掛ける。
二年後の一枚
制作年は、一七六九年ごろとされる。
一点目の一七六五年から、四年後である。
そして、対の五点目も同じ年である。
北米に戻った後の仕事だろう。
もっとも、館の記録は経緯を示さない。
釦の並び
上着の釦を見たい。
丸く、金色である。
そして、前と袖に並ぶ。
暗い青の上で、黄色い点が連なる。
その並びが、画面に律動を作る。
椅子に掛ける手
右手を見たい。
椅子の背に、無造作に掛かる。
そして、指が曲がる。
つまり、くつろいだ姿勢である。
改まって座るだけではない。
赤い幕
背景の左に、赤い布が垂れる。
つまり、幕である。
肖像の背景に幕を置くのは、当時の型である。
そして、赤は暗い画面を引き締める。
窓の外
背景の右に、明るい部分がある。
そして、木と空が見える。
つまり、窓か、あるいは開いた壁である。
暗い室内に、外の光が入る。
「額の内側」という寸法
館の記録に、珍しい表記がある。
寸法が、額の内側で示されている。
つまり、見える範囲の寸法である。
画布そのものの寸法ではない。
記録の正直さ
この表記は、正直である。
測れないものを、測ったふりをしない。
額の内側で測ったなら、そう書く。
館の記録には、こうした慎重さがある。
見える範囲と、実際の大きさ
額に嵌めると、縁が隠れる。
だから、見える範囲は画布より小さい。
その差は、数センチになることがある。
館は、測れる数字を記している。
つまり、額から外していないということである。

対になる、もう一枚
五点目は、四点目と対をなす。
女性が、やや左を向く。
白い衣に、桃色と青緑の布が掛かる。
胸元に、花の束。
髪には、小さな花が挿される。
背景は暗く、右上に赤い房飾りがある。
寸法が、同じ
四点目と五点目の寸法は同じである。
いずれも、額の内側で76.2センチ掛ける63.5センチ。
つまり、対として作られている。
そして、向きも内側を向く。
髪の飾り
髪を見たい。
高く結い上げられる。
そして、小さな白い花が挿される。
つまり、装いが整えられている。
二色の布
肩に掛かる布を見たい。
桃色と、青緑である。
つまり、二色が組み合わされる。
白い衣の上で、その二色が目立つ。
右上の房飾り
背景の右上を見たい。
赤い房のようなものが下がる。
幕の飾りだろう。
四点目の赤い幕と、対応している。
対の二枚で、背景の要素を揃えている。
花という持ち物
胸元の花を見たい。
薄紅の花である。
そして、葉が添えられる。
花を持たせるのは、当時の肖像の型である。
若さや、季節を示す。
同じ年に、館へ入る
四点目と五点目は、いずれも二〇〇八年の購入である。
つまり、二枚まとめて館へ入った。
対の肖像が、離れずに伝わったということである。
二つの基金
もっとも、購入の基金は別である。
一方が一つの基金、他方が別の基金。
つまり、二枚を別々の資金で買っている。
館の会計の都合だろう。
記録は、その細部まで残す。
英国の貴族
六点目は、英国で描かれたとみられる。

男性が、横を向いて座る。
暗い青緑の上着。
白い鬘をかぶる。
首元と袖口に、白い縁飾り。
右腕を、赤い椅子の背に掛ける。
背景の上部に、赤い幕。
青緑の上着
上着の色を見たい。
暗い青緑である。
そして、背景も暗い。
つまり、輪郭が背景に溶ける。
明るいのは、顔と白い縁飾りだけである。
横顔に近い角度
顔の向きを見たい。
ほぼ真横である。
つまり、他の肖像とは角度が違う。
正面を向かないことで、静かな印象になる。
赤い幕、再び
背景の幕に注目したい。
四点目と同じく、赤い布が垂れる。
つまり、同じ型が繰り返されている。
画家が持つ引き出しの一つである。
白い縁飾り
袖口の縁飾りを見たい。
幾重にも重なる。
そして、手首を覆う。
暗い上着の中で、そこだけが白い。
視線が、手へ導かれる。
手の描き方
右手を見たい。
椅子の背に掛かり、指が垂れる。
そして、細く長い。
手は、肖像で技量の出る部分である。
題に、称号が入る
題には、長い名と称号が入る。
つまり、身分の高い人物である。
そして、記録が残っている。
北米の画家が、英国で注文を受けたということでもある。
注文と、修業
海を渡る目的は、二つある。
一つは、学ぶこと。
もう一つは、注文を得ることである。
英国には、絵を買う人が多かった。
北米より、市場が大きい。
海を渡って、学ぶ
当時、北米の画家は英国へ渡って学んだ。
そして、そこで注文を受けることもあった。
一点目の画室の絵も、その土地で描かれたとされる。
つまり、この画家も海を渡っている。
一七七四年ごろ
制作年は、一七七四年ごろとされる。
一点目の一七六五年から、九年後である。
その間に、北米での仕事も残っている。
つまり、行き来があったのだろう。
もっとも、館の記録は経緯を記していない。

宗教画の一枚
七点目は、肖像ではない。
画面の中央に、女性が座る。
そして、膝の上に裸の子ども。
左には、老人と若者。
右には、女性と子どもが跪く。
上部に、赤い幕。
奥に、風景が見える。
縦長の画面
寸法を見たい。
縦77.7センチ、横59.8センチ。
つまり、縦長である。
祭壇画は、縦長が多い。
もとの絵の形に、合わせているのだろう。
群像という構成
人物の数を数えたい。
六人ほどが、密に配置される。
そして、いずれも身をかがめる。
つまり、中心へ向かう構図である。
中央の母子
中央の女性と子どもを見たい。
女性は青い布をかぶる。
そして、子どもは裸である。
つまり、聖母子の型である。
欧州の絵で、繰り返し描かれてきた組み合わせである。
左の老人
左端の老人は、上半身が裸である。
そして、書物らしきものを持つ。
足元に、獅子のような姿が見える。
題にある聖人を示す組み合わせだろう。
黄色い衣
右端の人物は、黄色い衣をまとう。
そして、その黄色が画面で最も明るい。
暗い左側と、明るい右側。
その差が、画面を傾ける。
上部の幕
画面の上に、赤い幕がある。
そして、左右に垂れる。
つまり、場面を囲む枠である。
四点目、六点目の幕と、同じ道具立てである。
よく知られた構成
この絵の構成には、見覚えがある。
同じ配置の祭壇画が、欧州によく知られている。
つまり、既存の絵にもとづく可能性がある。
模写かどうか
もっとも、館の記録は模写とは書かない。
作者名と題、年代、技法だけである。
だから、当サイトも断定しない。
構成が似ていることだけを記す。
学ぶための模写
当時、画家は名高い絵を写して学んだ。
そして、写した絵が作品として残ることがある。
制作年は、一七六四年から六六年。
つまり、修業の時期にあたる。
一点目と、同じ時期
七点目の年代を見たい。
一七六四年から六六年である。
そして、一点目は一七六五年である。
つまり、同じ時期の仕事にあたる。
画室を描いた絵と、模写らしき絵。
学ぶ時期の二枚が、並んでいる。
二つの土地
七枚の制作地を考えたい。
一点目と七点目は、英国で描かれたとみられる。
そして、二点目から五点目は北米だろう。
六点目は、英国の人物である。
つまり、二つの土地にまたがる仕事である。
七枚の内訳
七枚をまとめたい。
肖像が五枚。
群像の風俗画が一枚。
そして、宗教画が一枚。
つまり、肖像が中心である。
寸法の分布
寸法も見ておきたい。
76センチ掛ける63センチ台が、三枚。
そして、大きな二枚と、縦長の一枚。
つまり、規格の絵が中心である。
大きな絵の値段
大きな絵は、高い。
材料も、手間も増えるからである。
二点目の127センチは、その一段上にあたる。
二人を描くのだから、当然でもある。
規格が、仕事を支える
肖像の規格については、繰り返し触れてきた。
寸法が決まれば、値段も決まる。
そして、注文が受けやすくなる。
生活を支えるのは、この規格の仕事である。
規格の外にあるもの
一方、一点目と七点目は規格の外にある。
横長の群像と、宗教画。
いずれも、注文ではないだろう。
つまり、自分のために描いた絵である。
二種類の絵
画家の残すものには、二種類ある。
注文に応じた絵と、自分のための絵。
前者は生活を支え、後者は関心を示す。
七枚には、その両方が含まれる。
画室の絵が、残る意味
最後に、一点目へ戻りたい。
絵を描く場所を描いた絵である。
画架、絵の具の板、石膏の像、卓の紙。
そして、教える人と学ぶ人。
つまり、絵がどう作られるかの記録である。
制作の現場を、見る
美術館に並ぶのは、完成した絵である。
しかし、その前には長い工程がある。
材料を揃え、手本を写し、人に習う。
一点目は、その工程そのものを主題にした。
だから、二百六十年後の私たちにも、作り方が見える。
絵は、絵の作り方を記録することもできる。


