描かないことが、霧になる——ショート・卞文瑜・石濤ほか九点
霧は輪郭を消すものだから、線と色を減らして描く。九点で数えると、霧が描かれているのは八点で、四点は塗り残しだった。中国の四点が墨の濃淡で距離を作る。錬金術師の版画が一点混じる。霧の濃さは、余白の広さで決まっていた。

港が、白く消えかけている
一枚のアクアチントに、朝の靄がある。
版の面は23.8×34.9センチ。
紙は36.5×51.2センチある。
横長の画面である。
画面のほとんどが、白に近い灰色である。
線はごくわずかしか引かれていない。
画面の中ほどに、水平の線が一本走る。
その線の上に、細い縦の点がいくつか並ぶ。
帆柱らしい。
左のほうには、低い建物の輪郭がある。
右には、細長い突堤らしい線が伸びる。
その先端に、小さな塊がある。
手前の水面には、うっすらと横の筋がある。
上のほうは、まったく白い。
空と水の境目は、どこにもない。
館の記述によれば、この画家は面で調子を作る技法を復活させた。
そして、人のほとんどいない広い風景を好んだという。
館は、わずかな手段で大気の効果を出したと書いている。
たしかに、線の数は数えられるほどしかない。

霧は、見えなくするものである。
そこにあるはずのものを、消してしまう。
だから霧の絵は、描かないことで描く。
輪郭を薄くし、色を抜き、線を減らす。
九点を並べて、その減らし方を数えたい。
霧の絵は、東アジアに多い
集めかたは、館の記録の題によっている。
霧、靄、霞にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、霧が描かれているのは八点だった。
外れは一点だけである。
そして、八点のうち四点が中国の絵だった。
これは、これまでの回で最も高い比率である。
理由は、東アジアの絵に霧の主題が多いからだろう。
墨で描く絵では、霧は塗り残しで作れる。
紙の地を残せば、そこが霧になる。
油彩では、そうはいかない。
白や灰色を塗り重ねる必要がある。
技法の違いが、主題の選ばれ方に出ている。
塗り残しの霧、四点
中国の四点を見たい。
一点目は、巻子である。
26×108センチ。
高さ二十六センチに対し、長さが一メートル以上ある。
横に細長い。
画面の右に、細い木が数本立つ。
葉はなく、枝が細かく分かれる。
その左に、低い丘が続く。
丘の稜線は、薄い墨で引かれる。
さらに左には、山が積み上がる。
山の中腹に、白い帯が横たわる。
墨を置いていない部分である。
その帯があるので、山が遠く見える。
館の記録の題によれば、秋の霧のなかの渓流と山である。
制作年は1634年と記されている。

二点目は、掛幅である。
画面は39×52センチ。
軸端まで含めると167×76センチになる。
画面そのものは横長だが、表装で縦長になる。
画面の下のほうに、木立と岸がある。
木は数本で、枝が横へ張る。
その上に、白い部分が大きく広がる。
墨がほとんど置かれていない。
さらに上に、低い山の稜線が薄く見える。
上部には、長い書き込みがある。
行数は二十行を超える。
館の記録は、その全文を写している。
そして、これが友人への贈り物だったことも記されている。
つまり、絵と詩と献辞が一枚に収まっている。

三点目は、大きな掛幅である。
画面は181.2×93センチ。
軸端まで含めると256.5×121.9センチになる。
二メートル半を超える。
画面の下のほうに、大きな木と、小さな庵がある。
庵は柱と屋根だけで、壁がない。
中に、人が一人座っている。
その左に、谷が開ける。
谷は白く、何も描かれていない。
奥には、切り立った山が立ち上がる。
山の下半分は、白い帯で消えている。
つまり、山が谷から生えているように見える。
これは、霧を挟んだ結果である。
館の記録によれば、書き込みに年月が記されている。
そして、印が二つと、後の所蔵者の印が四つある。

四点目は、画帖の一葉である。
全体で24.2×26.3センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
ほぼ正方形である。
画面の中央に、木立がある。
木は十数本で、葉が細かい点で描かれる。
その根もとに、家が数軒ある。
屋根だけが見える。
木立の左右は、白い。
水面か、霧か、区別がつかない。
右のほうに、一本の細い木が立つ。
奥には、低い岸が薄く見える。
館の記述によれば、これは水の多い風景を描く新しい様式の早い例だという。
そして、この画家が宮廷の画家だったことも書かれている。
館は、都が移された時代を生きたとも記している。
館の記録には、後の所蔵者の印が二つ記されている。
制作年は1117年と記録されている。
九点のなかで、いちばん古い。

塗って作る霧、三点
ヨーロッパとアメリカの三点を見たい。
一点目は、油彩である。
91.4×114.2センチ。
九点のなかで、いちばん大きい絵である。
画面は暗い。
上のほうに、明るい塊がある。
雲の切れ目から、光が漏れている。
その光の下に、丘の稜線がある。
丘は暗い緑と茶で、細部がない。
右のほうに、細い木が二本立つ。
木の輪郭も、にじんでいる。
下のほうは、ほとんど黒に近い。
つまり、霧は暗い色で塗られている。
白い霧ではなく、暗い霧である。
館の記録に、記述の欄はない。
題は《立ちこめる霧》という。

二点目は、水彩である。
紙は36.2×49.5センチ。
画面の中央に、暗い青の舟がある。
舟のそばに、人が六、七人いる。
一人は舟の上に立つ。
数人は水のなかを歩いている。
馬らしい影も見える。
その周りは、灰色と青の薄い面である。
左には、崖の輪郭が薄く見える。
右のほうは、白くぼやけている。
館の記述によれば、右の白い部分は濃くなる霧を示す。
そして、左の紙を残した部分は波しぶきに見えるという。
館はさらに、この場面が海藻を集める人々かもしれないと書く。
その地方では、海藻を肥料に使ったという。
館は、当時の新聞記事にも触れている。
一日十八時間働いた、という記述である。

三点目も、水彩である。
紙は66.7×46.7センチ。
縦長の画面である。
画面には、木造の家が数軒並ぶ。
壁は淡い桃色と灰色である。
屋根は青と灰で、傾いている。
家のあいだに、細い道が奥へ延びる。
道の上に、人が一人立っている。
背を向けていて、顔は見えない。
家の上に、緑の木が二本ある。
葉は丸く、明るい緑である。
奥のほうに、白い塔が立つ。
塔の輪郭は薄く、消えかかっている。
そこだけが、霧に隠れている。
つまり、この画面では霧が奥にだけある。
手前は、はっきり描かれている。
館の記録の題によれば、朝の霧である。

錬金術師の名に、霧が入っていた
語の外れは、一点だけである。
十六世紀の銅版画で、館の記録に寸法の欄はない。
画面には、雑然とした仕事場が描かれる。
中央に、大きな炉と壺がある。
その前に、男が座っている。
ふいごを吹き、火を起こしている。
左には、別の男が本を開いている。
右には、女性が空の袋を逆さにしている。
床には、器と道具が散らばる。
子どもが三人、戸棚の中で遊んでいる。
奥の戸口の向こうに、別の場面が見える。
人々が、建物へ入っていく。
館の記録の題は、錬金術師である。
その語の後半に、霧と同じ綴りが入っている。
つまり、綴りの偶然で集まった一点である。
画面に、霧は一片もない。
館の記録によれば、この版画は下絵を描いた画家と、彫った人が別である。
さらに、版元の名も記録されている。
三人の名が、一枚の版画に関わっている。

霧のなかの色は、何色か
霧は、色を奪う。
遠くのものほど、色が薄くなる。
九点で、その扱いを見たい。
墨だけで描かれたものが、四点。
淡い色が添えられたものが、二点。
灰色と青が主のものが、二点。
暗い緑と茶が主のものが、一点である。
つまり、鮮やかな色を使った霧の絵は一点もない。
これは当然かもしれない。
霧は光を散らすので、色が飽和しない。
その見え方を、絵はそのまま写している。
とくに墨の四点では、色そのものがほとんどない。
薄い赤が、木の葉にわずかに置かれる程度である。
そして、その少ない色が目立つ。
灰色ばかりの画面に赤があると、そこへ目が行く。
前に雪を扱った回でも、同じ効果を見た。
白い面の上の黒い猪。
色を減らすと、残った色が強くなる。
霧の絵は、その原理をいちばん強く使っている。
館の記録の技法欄にも、その事情が出ている。
墨、淡彩、水彩、アクアチント。
いずれも、薄く重ねる技法である。
厚く塗る技法は、九点に一つもなかった。
数え直す
九点を並べ直したい。
霧が描かれているのは、八点。
そのうち、塗り残しで作られているのが四点。
塗って作られているのが四点である。
霧が画面の半分以上を占めるのは、三点。
奥にだけ霧があるのは、三点だった。
人が描かれているのは、五点。
そのうち、霧のなかにいる人は三点である。
掛幅の表装が、画面より大きい
東アジアの三点は、寸法が二通り書かれていた。
画面と、軸端を含めた全体である。
その差を見ておきたい。
一点目は、画面39×52センチ、全体167×76センチ。
画面の面積は、全体の六分の一ほどしかない。
二点目は、画面181.2×93センチ、全体256.5×121.9センチ。
こちらは、画面が全体の三分の二を占める。
三点目は巻子で、全体の寸法が記録にない。
つまり、掛幅でも比率は一定ではない。
小さな画面には、大きな表装が付くことがある。
理由の一つは、書き込みである。
一点目には、二十行を超える書き込みがあった。
その分、上部の余白が広い。
もう一つは、掛ける場所の高さだろう。
床の間の高さに合わせて、表装の長さが決まる。
画面が小さくても、掛けるには長さが要る。
つまり全体の寸法は、部屋の寸法に近い。
前に屏風や巻子でも、同じことを書いた。
作品の寸法は、作品だけで決まっていない。
置かれる場所が、形を決めている。
館の記録が二通りの寸法を書くのは、そのためだろう。
霧は、朝に多い
九点の題を並べて、時刻を見たい。
朝と書かれているのが、二点。
秋と書かれているのが、二点。
春と書かれているのが、一点である。
残る四点には、時刻も季節も書かれていない。
朝の霧が二点あるのは、偶然ではないだろう。
霧は、夜のあいだに冷えた空気が朝に生じる。
日が高くなれば、消える。
つまり、朝にしか見られない現象である。
その一時性が、絵の主題として好まれたのだろう。
秋の霧が二点あるのも、同じ事情による。
季節の変わり目に、霧は出やすい。
そして東アジアの絵では、秋の霧は詩の題材でもあった。
前に八景を扱った回で、霞や靄の題を見た。
八つの景のうち、いくつかは霧に関わる。
つまり霧は、季節と時刻を同時に示す。
一枚の絵で、いつの、どの時間かが伝わる。
そういう主題は、そう多くない。
雪は季節を示すが、時刻は示さない。
雲は天気を示すが、季節は示さない。
霧は、その両方を示せる。
霧は、遠近を切り替える
数えた結果から、一つのことが言えそうである。
霧は、画面の奥行きを段に分ける道具である。
八点とも、霧が入ることで手前と奥が分かれていた。
とくに東アジアの四点では、その働きがはっきりしている。
白い帯を横に入れると、その上下が別の距離になる。
下は近く、上は遠い。
線も、色も使わずに距離を作れる。
前に雲を扱った回でも、同じ話をした。
雲と霧は、絵のなかでは同じ働きをする。
違うのは、位置である。
雲は空にあり、霧は地面の近くにある。
だから雲は上、霧は中ほどに置かれる。
ヨーロッパの三点では、霧はもっと均一である。
画面全体を覆うか、奥だけを覆う。
段に分けるというより、輪郭を溶かしている。
同じ霧でも、使い方が違う。
描かないことが、描くことになる
もう一つ、書いておきたいことがある。
霧の絵は、線と色を減らして作られる。
アクアチントの一点では、線がほとんどない。
巻子の一点では、山の中腹が白いまま残る。
画帖の一葉では、木立の左右が白い。
いずれも、描いていない部分が主役である。
これは、絵にとって難しい選択だろう。
描かなければ、何もないのと区別がつかない。
区別を作るのは、周りの部分である。
白い部分の周りに、はっきりした形を置く。
その形との差で、白い部分が霧になる。
アクアチントの一点でも、帆柱の点があるから白さが霧になる。
点がなければ、ただの白い紙である。
つまり霧は、他のものによって示される。
前に音を扱ったときと、同じ構造である。
見えないもの、聞こえないものは、周りから示すしかない。
記録は、霧の濃さを書かない
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点の記録に、霧の濃さを書く欄はない。
書かれるのは、材と寸法と番号と出所である。
例外は、記述の欄だった。
水彩の一点で、館は右側の白い部分を濃くなる霧と書いている。
そして、左の白い部分は波しぶきに見えると書く。
同じ白でも、意味が違うと注記している。
これは、丁寧な書き方である。
画像を見ただけでは、その区別はつきにくい。
記録が読み方を補っている。
そして東アジアの四点では、霧について何も書かれていない。
書かれているのは、書き込みの全文と、印の数である。
霧は、題のなかにあるだけである。
つまり、霧をどう描いたかは記録の関心の外にある。
関心があるのは、誰がいつ描き、誰が持っていたかである。
その差は、館ごとの方針の差でもあるだろう。
東アジアの絵を扱う部門では、書き込みの翻刻が重視される。
文字が読めれば、年も、贈った相手も、所蔵の経緯も分かる。
だから記述より、銘記の欄が長くなる。
一点では、二十行を超える詩が全文写されていた。
もう一点では、印が六つ記録されていた。
そのうち二つが画家の印、四つが後の所蔵者の印である。
印の数を数えれば、何人の手を経たかが推せる。
これは、画面を見ても分からない情報である。
記録にしかない。
そして今回、その種の記録がいちばん厚いのは東アジアの四点だった。
ヨーロッパとアメリカの四点では、署名の位置だけが書かれている。
同じ霧の絵でも、記録の重心が違う。
この差は、当社が記事を書くときにも効いてくる。
書き込みの多い作品では、記録から書けることが多い。
年、贈った相手、詩の内容、所蔵の履歴。
署名だけの作品では、画像から書くしかない。
見えている形と色と、寸法の数字。
今回の九点でも、その差がそのまま記事の分量に出た。
中国の四点については、記録から引ける話が多かった。
アメリカの三点については、画面の描写が中心になった。
どちらがよいという話ではない。
書ける材料が違う、というだけである。
材料の差を、そのまま記事の形にしている。
そして今回、霧そのものについて分かったことを最後に並べたい。
八点で霧が描かれ、うち四点は塗り残しで作られていた。
三点は朝か秋の霧で、時刻と季節が題に入っていた。
霧は、画面の奥行きを段に分ける。
そして色を奪い、輪郭を溶かす。
その結果、残った形が強く見える。
描かないことで描く、というのが霧の絵の要点である。
九点のうち一点だけ、霧のない画面が混じっていた。
錬金術師の仕事場である。
そこには、逆に物が多すぎるほど描かれていた。
減らす絵と、増やす絵。
たまたま、両端が並んだ回になった。
減らす絵は、見る側に想像させる。
白い部分に何があるかは、見る人が決める。
増やす絵は、見る側に数えさせる。
炉、壺、本、袋、器、道具、子ども。
数えられるものが、画面いっぱいに置かれている。
どちらの絵も、見る人の目を働かせる点では同じである。
働かせ方が、逆になっているだけである。
そして、館の記録の書き方も逆になっていた。
霧の絵では、記録は短い。
書くことが少ないからである。
錬金術師の版画では、記録に三人の名が並ぶ。
下絵を描いた人、彫った人、版元。
作るのに三人かかっている。
画面の物が多い作品は、関わった人も多い。
その対応は、たまたまかもしれない。
だが、九点を並べるとそう見えた。
描くものが少なければ、一人で足りる。
多ければ、分業になる。
霧の絵が一人で作られたことも、その裏返しである。


