遠近の作り方は、五通りあった——政信・ブロンデル・リッピほか九点
線を一点に集めるのは、遠近を作る方法の一つにすぎない。九点で数えると、その方法は四点で、残る五点は別の手を使っていた。段を重ねる、見下ろしと正面を混ぜる、見上げる、道を引く。線が集まる点が画面の外にある例も二点ある。

芝居小屋の奥が、一点へ集まっている
一枚の版画に、劇場の内部がある。
紙は40.2×63.7センチ。
横に長い画面である。
画面の左右に、二階の桟敷が並ぶ。
桟敷は奥へ向かって、階段状に小さくなる。
その手すりの線が、すべて奥の一点へ向かう。
天井の梁も、同じ点へ集まる。
床の板の線も、奥で一つに収束する。
つまり、画面の線が一点で交わる。
その点は、画面の中央やや上にある。
奥には、舞台がある。
舞台の上に、役者が立つ。
大きく足を開き、腕を広げている。
桟敷には、客がびっしり座っている。
数えられないほど多い。
食べ物を売る人も見える。
画面の手前には、舞台から客席へ伸びる細い通路がある。
館の記述によれば、それは役者が歩く道である。
館の記述はさらに、遠近法の手引きが1734年に刷られたと書く。
そして、この画家が最初にその方法を使った版画家らしいとも書く。
つまり、これは新しい技法を試した一枚である。

遠近法は、規則である。
平らな面の上に、奥行きがあるように見せる。
そのための線の引き方が決まっている。
奥へ向かう線を、一点に集める。
その点を、消失点という。
九点を並べて、その規則の使われ方を数えたい。
浮絵という呼び名
集めかたは、館の記録の題によっている。
遠近、透視、浮絵にあたる語が入るものを拾った。
英語の題では、透視図を意味する語である。
九点のうち、題にその語が入るのは四点だった。
残る五点は、館の記述に出てくる。
そして、日本の版画が二点ある。
いずれも、浮絵と呼ばれる形式である。
一点は、いま見た劇場の内部。
もう一点は、芝居の一場面を描いた版画である。
画面は30.3×42.7センチ。
余白を含めると33.5×46センチになる。
画面の中央から右へ、屋敷の内部が広がる。
畳と、障子と、柱が奥へ続く。
その線が、右奥の一点へ向かう。
左には、庭と塀がある。
塀の上には、黒い雲が描かれる。
人物は十数人いる。
黒い衣の人が多く、刀を持っている。
館の記録の題によれば、これは有名な芝居の十段目である。
そして組物の名に、浮絵の語が入っている。
つまり、遠近法で描いた芝居絵の連作である。
館の記録には、版元と改印も記されている。

建物を、切って見せる
三点目は、素描である。
紙は42.9×69.5センチ。
台紙まで含めると53.9×89.6センチになる。
横に長い画面である。
画面には、建物の断面がある。
つまり、建物を垂直に切った図である。
切り口から、内部の各室が見える。
下には、中庭がある。
中庭には、人が大勢いる。
その上の階にも、部屋と人がいる。
さらに上には、天井の骨組みが見える。
館の記述によれば、天井には空に見せた覆いが張られた。
そして、この場面はある祝いの舞踏会である。
館の記録の題は、非常に長い。
装飾と照明を示す、と書かれ、日付まで入る。
八月三十日から三十一日の夜、とある。
つまり、二日にまたがる一晩の催しである。
館の記録の題に、透視の語も入っている。
断面でありながら、奥行きが遠近法で描かれている。

遠近法が、記述に出てくる五点
題に語がない五点を見たい。
いずれも、館の記述に遠近法の語がある。
一点目は、板絵の一対である。
額なしで各81.3×29.8センチ。
縦に細長い二枚である。
左の板には、年配の人物が座っている。
灰色の衣で、手に書物と杖を持つ。
右の板には、甲冑の人物が立つ。
剣を持ち、盾を左手に構える。
盾には、赤い十字がある。
二人とも、頭に金色の輪がある。
背景は、赤い壁と、市松の床である。
床の線が、奥へ向かって集まる。
館の記述によれば、この二枚はもとは三連の祭壇画だった。
中央の絵は、失われている。
そして館は、この画家が線遠近法を用いたと書く。
背景の建築に、その方法が現れているという。

二点目は、大きな板絵である。
額なしで105×191.8センチ。
横に長い。
画面には、二人の人物がいる。
一人は横たわり、上半身が裸である。
もう一人は、その体を支えている。
背後は、白い雲と青い空だけである。
建物も、地面もない。
つまり、背景がほとんど消されている。
そして、二人は下から見上げた角度で描かれている。
足の裏が、こちらを向いている。
館の記述によれば、この板はもともと大きな祭壇画の上に掛かっていた。
だから、見る人の頭上にある。
そのことが、この珍しい角度と横長の形を説明する、と館は書く。
つまり、遠近法は掛ける高さに合わせて調整されている。

三点目は、インドの細密画である。
紙は67.5×49センチ。
縦長の画面である。
画面には、宮殿の中庭が描かれる。
中庭は上から見下ろした形である。
だが、周りの建物は正面から描かれている。
つまり、一つの画面に二つの見方が同居している。
中庭には、人が数十人いる。
赤い敷物の上に、王が座る。
金色の輪が、頭の後ろにある。
上のほうには、踊り手がいる。
青い衣で、羽根の冠をかぶる。
右上には、天蓋があり、渦巻く雲が描かれる。
館の記述によれば、それは嵐を表すという。
そして、この絵は八点の組の一つである。
館の記述は、場面の内容を詳しく書いている。
祭の名、踊りの主題、王の座る位置、手前の従者まで。

四点目は、油彩である。
額なしで90.1×168.6センチ。
横に長い。
画面はほとんど暗い。
下半分は、黒に近い緑の地面である。
中央に、一本の道が奥へ延びる。
道は手前で広く、奥で細くなる。
その先に、暗い木立の塊がある。
木立の上に、赤い帯が横に伸びる。
日が沈んだ後の空である。
その上は、濃い青と灰色である。
小さな光が一つ、右上にある。
星だろう。
館の記述によれば、筆の渦と、望遠鏡のような遠近が中央へ収束するという。
そして、寂しさと孤独の感じが、その一つの星で和らぐと書かれている。
つまり、遠近法が感情の表現に使われている。

五点目は、扇である。
画面は19×55センチ。
骨まで含めると33×55センチになる。
扇形に開いた紙に、絵が描かれている。
右のほうに、大きな柳がある。
幹はねじれ、枝が垂れる。
その下に、男が一人立つ。
手綱を引いている。
左に、黒い馬がいる。
馬は前脚を上げ、体をひねる。
館の記述によれば、この扇は二人の画家の合作である。
一人が人物と背景を描き、もう一人が馬を描いた。
そして、その二人目はヨーロッパから来た画家である。
つまり、東と西の描き方が一枚の扇に同居している。
館の記述は、それぞれの筆致の違いにも触れている。
そして、上げた蹄の下に蹄鉄が見えるとも書く。

写真の遠近
最後の一点は、写真である。
画面は39.6×52.4センチ。
台紙まで含めると53.2×68.1センチになる。
画面の手前に、なだらかな岩の斜面がある。
岩は白っぽく、なめらかである。
その上に、細い針葉樹が数本立つ。
木は黒く、まっすぐ伸びる。
斜面の向こうは、深い谷である。
谷の底は見えない。
対岸には、丸い形の岩山が並ぶ。
山は白く、輪郭がやわらかい。
さらに奥に、別の山が霞んで重なる。
空は白く飛んでいる。
写真には、遠近法の規則はいらない。
レンズが、自動的にその通りに写す。
だが、写る範囲は選ばれている。
手前の岩、中景の谷、遠景の山。
三つの段が、はっきり分かれている。
その段の作り方は、絵と同じである。

数え直す
九点を並べ直したい。
線が一点に集まる画面は、四点。
上から見下ろす部分と正面から見る部分が同居するのが、一点。
見上げる角度で描かれたのが、一点。
奥へ向かう道で距離を作るのが、一点。
段を重ねて距離を作るのが、二点である。
つまり、遠近の作り方は一通りではない。
二人で描いた扇
九点のうち一点は、合作である。
中国の宮廷画家と、ヨーロッパから来た画家が一枚の扇に描いている。
館の記述によれば、人物と背景を一方が、馬をもう一方が描いた。
そして、それぞれが自分の流儀を保っている。
柳の幹はねじれ、線で描かれる。
衣も、線でまとめられる。
馬は、陰影で立体が作られている。
つまり、同じ扇の上で二つの方法が並んでいる。
館の記録には、二人の署名と印が記されている。
そして、勅命によって共に描いた、という文が写されている。
つまり、命じられた合作である。
この一点は、遠近法の移動を示す好例でもある。
方法は、人と一緒に動く。
画家が移れば、その方法も移る。
そして移った先で、もとの方法と並ぶ。
置き換わるのではなく、並ぶ。
扇の上の馬と柳が、その状態を示している。
前に山や庭を扱った回でも、倣うという言葉を見た。
他人の方法を取り入れることは、東アジアの絵の伝統でもある。
その伝統のなかに、遠近法も入ってきた。
一点に集めない方法
遠近を作る方法は、線を一点に集めるだけではない。
九点のうち五点は、別の方法を使っていた。
一つは、段を重ねる方法である。
手前、中景、遠景を、はっきり分けて置く。
写真の一点と、油彩の一点が、その形をとる。
段のあいだに、はっきりした境目がある。
もう一つは、上から見下ろす部分を作る方法である。
インドの細密画がそれである。
中庭は真上から、建物は正面から描かれる。
一つの画面に、二つの見方が同居する。
これは、規則違反ではない。
別の規則である。
そして三つ目は、道を奥へ引く方法である。
夕暮れの油彩では、一本の道が中央へ細くなっていく。
線は一点へ向かうが、建築の線はない。
地面と空の境目だけが、距離を作る。
つまり、遠近を作るには何本かの筋道がある。
九点は、その筋道を並べて見せている。
そして、どれが正しいという話ではない。
正しさを言うなら、写真がいちばん正しい。
だが、写真がいちばん奥行きを感じさせるとは限らない。
消失点は、どこにあるか
線が一点に集まる四点で、その点の位置を見たい。
画面の中央やや上が、二点。
画面の右寄りが、一点。
画面の外にあるらしいのが、一点である。
中央に置くと、画面は左右対称に近くなる。
劇場の内部が、その例だった。
桟敷が左右に対称に並ぶ。
右に寄せると、画面に動きが出る。
芝居絵の一点が、そうなっている。
屋敷が右奥へ伸び、左に庭がある。
つまり、消失点の位置が構図を決めている。
そして、その点は見る人の目の高さでもある。
画面のどこに点を置くかで、見る位置が決まる。
高く置けば見下ろし、低く置けば見上げる形になる。
四点のうち三点で、点は画面の中ほどより上にあった。
つまり、やや見下ろす位置から見ていることになる。
館の記録は、消失点について何も書かない。
読めるのは、画像から線を延ばしたときだけである。
遠近法の絵は、横長になる
判型を並べておきたい。
九点のうち、横長が六点。
縦長が三点である。
線を一点に集める四点のうち、三点が横長だった。
理由は、奥行きの見え方にある。
一点に集まる線は、画面の左右から来る。
左の壁の線と、右の壁の線が奥で交わる。
その二本を入れるには、幅が要る。
縦長の画面では、左右の壁が近すぎる。
線が短くなり、収束が見えにくい。
劇場の内部を描いた一点は、幅が高さの一.六倍ある。
芝居絵の一点も、横長である。
断面図の一点は、幅が高さの一.六倍。
いずれも、左右に広い。
縦長の三点は、いずれも線を一点に集めていない。
板絵の一対と、インドの細密画である。
板絵では、床の市松が奥へ向かう。
だが、画面が細長いので効果は限られる。
つまり、判型と技法が結び付いている。
前に廊下や階段でも、同じ話をした。
遠近法は、伝わっていった
九点の年を並べると、一つの流れが見える。
いちばん古いのは、1458年の板絵である。
館の記述によれば、線遠近法が使われている。
次が1525年の板絵、1500年代の細密画と続く。
そして1736年のインドの細密画。
その翌々年、1739年の断面図。
1740年の日本の版画。
1790年代の日本の芝居絵。
1900年の油彩、そして1865年頃の写真である。
つまり、十五世紀から二十世紀まで散らばっている。
そして、日本の二点には注記があった。
遠近法の手引きが1734年に刷られ、その直後に版画が作られた。
インドの一点にも、注記がある。
前に扱った別の細密画で、館はヨーロッパから学んだ遠近法に触れていた。
今回の扇の一点でも、ヨーロッパから来た画家が参加している。
つまり、遠近法は移動している。
その移動の跡が、九点の年と地域に残っている。
記録は、消失点を書かない
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点の記録に、遠近法の欄はない。
書かれるのは、材と寸法と番号と出所である。
遠近法の話は、記述の欄に出てくる。
九点のうち、記述があるのは七点。
そのうち、遠近法に触れているのが五点である。
線遠近法、望遠鏡のような遠近、珍しい角度、手引きの刊行。
いずれも、学芸員が書いた解説である。
そして、その解説があるおかげで、こちらは書ける。
画面から線を延ばして消失点を探すことはできる。
だが、その方法がいつどこから来たかは、画面から分からない。
分かるのは、記録に書かれているからである。
前に何度も書いたが、今回はとくにその依存が強い。
九点のうち五点で、館の記述に頼っている。
頼ったところは、館の記録では、と明示した。
そして、頼らずに書けたこともある。
線を延ばして消失点を探すこと。
段の数を数えること。
判型と技法の対応を見ること。
いずれも、画像を見れば誰でもできる。
今回は、その二つを分けて書いた。
館の記録から引いたことと、画像から数えたこと。
二つを混ぜないのが、この連載の約束である。
遠近法という主題は、その約束を試すのに向いていた。
規則の名は記録にしかなく、規則の跡は画面にしかない。
その両方がそろって、はじめて一枚が読める。
そして今回数えたのは、消失点の位置と、遠近の作り方の種類だった。
線を一点に集めるのが四点。
段を重ねるのが二点。
見下ろしと正面を混ぜるのが一点。
見上げる角度で描くのが一点。
道で距離を作るのが一点。
五通りの方法が、九点に並んでいた。
同じ奥行きを、五通りの手で作っている。
そのうち、規則として名を持つのは一つだけである。
線を一点に集める方法である。
残る四つには、決まった名がない。
名がないから、記録にも書かれにくい。
書かれるのは、名のある方法だけである。
九点のうち、記述に遠近法の語が出てくる五点は、いずれもその方法に関わる。
名のない方法は、こちらが数えるしかない。
数えれば、四点あった。
名がなくても、方法としては働いている。
むしろ、名のない方法のほうが古い。
段を重ねる方法は、規則が定まる前から使われてきた。
名が付いたのは、後からである。
名が付くと、記録に残る。
残らなかった方法も、画面には残っている。
数えれば、そこにある。
名がないだけである。
名のない方法を数えるのも、この連載の仕事の一つである。
名がなければ、記録では探せない。
画像を見て、数えるしかない。
今回は、そうやって五通りの方法を数えた。
そのうち名があるのは一つ。
残る四つは、こちらで呼び名を付けて並べた。
段を重ねる、見下ろしと正面を混ぜる、見上げる、道を引く。
いずれも、正式な名ではない。
だが、数えるには名が要る。
名を付けたことは、はっきり書いておきたい。


