港町の顔を、三十年描く——ジェレマイア・テウス
現在のスイスに生まれ、北米の港町で没した画家である。八点はすべて夫婦の肖像で、五枚が同じ規格の寸法に収まる。楕円の枠、暗い背景、白い襟。型の中で何が変えられるかを見る。町の富がどこから来たかにも触れる。

灰色の鬘の男
一枚の肖像から始めたい。

胸から上が描かれる。
男性が、やや左を向く。
灰色の鬘をかぶる。
そして、暗い色の上着を着る。
上着には、丸い釦が四つ並ぶ。
首元に、白い布が巻かれる。
背景は、暗い緑がかった茶である。
楕円の枠
背景をよく見たい。
人物の背後に、楕円の輪郭がある。
明るい部分と暗い部分の境である。
つまり、描かれた楕円の枠である。
四角い画面の中に、楕円を置く。
十八世紀の肖像で、よく使われた型である。
楕円が、何をするか
この楕円には、働きがある。
まず、人物を囲んで中心に置く。
次に、四隅を暗くして視線を集める。
そして、額に嵌まったような感じを作る。
つまり、絵の中に額がある。
顔の描き方
顔を細かく見たい。
頬に、わずかな赤みがある。
そして、目の下に影。
鼻筋に、明るい線が入る。
口は、真横に結ばれる。
つまり、表情はほとんどない。
目の描き方
目を見たい。
上瞼が重く、下がっている。
そして、瞳に小さな白い点がある。
その一点が、視線を生む。
点がなければ、目は死んだように見える。
鬘という装い
灰色の髪は、鬘だろう。
十八世紀の男性は、鬘をかぶった。
そして、白い粉を打つ。
つまり、地毛の色ではない。
年齢を示すものでもない。
上着の暗さ
上着は、ほとんど黒に近い。
そして、襞がほとんど見えない。
つまり、暗い面として置かれている。
顔と、白い襟だけが明るい。
明暗の差で、視線を顔へ導く。
釦の並び
上着の釦を見たい。
丸く、上着と同じ色である。
そして、縦に等間隔で並ぶ。
暗い面の中で、わずかに明るい。
その並びが、体の中心線を示す。
三十インチ掛ける二十四インチ
寸法を見たい。
館の記録は、インチでも示す。
三十インチ掛ける二十四インチである。
つまり、規格の画布である。
当時、この寸法で売られていた。
一七五七年という年
制作年は、一七五七年である。
作者は一七一六年生まれと記録される。
つまり、四十一歳ごろの仕事である。
そして、一七七四年に没している。
海を渡る職人
十八世紀、欧州から北米へ多くの人が渡った。
そして、その中に職人や画家がいた。
現地には、絵を描ける人が少ない。
だから、渡れば仕事がある。
移住は、機会でもあった。
生まれた場所
館の記録には、出生地がある。
現在のスイスにあたる町である。
そして、没した場所は北米の港町。
つまり、海を渡ってきた画家である。

対になる、もう一枚
二点目は、一点目と対をなす。
女性が、やや右を向く。
白い被り物をかぶる。
そして、白い衣を着ている。
肩から、青い布が掛かる。
胸元に、大きな飾り結び。
背景は、やはり暗く、楕円の枠がある。
寸法が、揃う
二枚の寸法を比べたい。
縦は、いずれも76.2センチ。
横は、62.2センチと62.9センチ。
つまり、七ミリの差である。
同じ規格の画布から作られている。
向きが、対になる
一点目は左を向き、二点目は右を向く。
つまり、並べると二人が向き合う。
対の肖像では、決まった作法である。
壁に並べて掛けることを前提にしている。
白い衣の描き方
女性の衣を見たい。
白い絹だろう。
そして、光沢がある。
明るい面と、灰色の襞が交互に並ぶ。
その差が、布の硬さを示す。
被り物
頭の白い布を見たい。
髪を包み、耳の下まで届く。
そして、縁に細かい襞がある。
つまり、既婚の女性の装いだろう。
もっとも、館の記録に説明はない。
青という色
肩の布は、深い青である。
そして、画面で最も強い色である。
白い衣と、暗い背景。
その間に、青が入る。
三つの調子で、画面が組まれる。
飾り結び
胸元に、大きな結びがある。
そして、そこから細い紐が垂れる。
つまり、装いの中心である。
視線が、顔から下りて、そこで止まる。
楕円の枠、再び
二点目にも、楕円の枠がある。
そして、一点目と同じ位置にある。
つまり、対の二枚で揃えてある。
並べたときに、形が合う。
縁飾り
袖と胸元に、細かい縁飾りがある。
白い糸で編まれたものだろう。
そして、透けている。
その透明を、細い線で示す。
手間のかかる部分である。
同じ年、同じ基金
二枚は、同じ年に描かれた。
そして、同じ年に館へ入っている。
一九二八年、同じ基金による購入である。
つまり、二枚が離れずに伝わった。
基金という買い方
館の記録には、購入の基金名が入る。
つまり、寄贈ではなく買っている。
美術館は、寄付された基金で作品を買う。
そして、その名を記録に残す。
誰の資金かが、公開されている。
対が、離れることもある
対の肖像は、散逸しやすい。
相続で、二人の子に分かれることがある。
そして、別々に売られる。
だから、揃って残るのは幸運である。

青い上着と、金の刺繍
三点目は、華やかである。
男性が、濃い青の上着を着る。
そして、前立てに金の刺繍がある。
釦のまわりに、渦を巻く模様。
内側の衣は、白に近い。
袖口に、白い縁飾りが覗く。
白い縁飾り
袖口を見たい。
白い縁飾りが、幾重にも重なる。
そして、手首を覆う。
つまり、上等な衣である。
金の刺繍と合わせて、装いが強調されている。
刺繍を、描く
金の刺繍を細かく見たい。
黄と白の細い筆触が、重なる。
そして、青い地の上で光る。
つまり、糸の一本ずつは描かない。
光の反射として捉えている。
背景の暗さ
背景を見たい。
一点目、二点目より暗い。
そして、楕円の枠が見えにくい。
つまり、型が緩んでいる。
十五年の差が、そこに出ているのかもしれない。
若い顔
顔を見たい。
頬が丸く、赤みが強い。
そして、目が大きい。
つまり、若い人物である。
一点目の男性とは、印象が違う。
制作年の幅
年代は、一七七二年から七四年ごろとされる。
つまり、二年の幅がある。
そして、作者の没年は一七七四年である。
最晩年の仕事にあたる。
三点目と四点目の関係
三点目と四点目は、同じ年に描かれた。
そして、同じ人の寄贈で館へ入った。
つまり、二枚が離れずに伝わっている。
一九六七年の寄贈である。
一七七四年という年
没年に、もう一度触れたい。
館の記録では、一七七四年に港町で没したとされる。
つまり、この絵が最後の時期のものになる。
年代が幅を持つのは、記録がないためだろう。
対になる、もう一枚
四点目は、三点目と対をなす。

女性が、卓に肘を置く。
衣は、灰色がかった水色。
そして、袖に白い縁飾り。
首には、真珠らしき珠が三重に巻かれる。
胸元に、細かい飾りが並ぶ。
背景は、暗い茶である。
寸法が、完全に揃う
三点目と四点目の寸法を見たい。
いずれも、縦76.2センチ、横63.5センチ。
つまり、まったく同じである。
一点目と二点目には七ミリの差があった。
こちらは、差がない。
水色という選択
衣の色を見たい。
灰色がかった水色である。
そして、光の当たる部分が白く光る。
つまり、絹だろう。
二点目の白い絹と、描き方が近い。
珠の描き方
首の珠を見たい。
丸く、白い。
そして、それぞれに小さな光の点がある。
つまり、一粒ずつに反射を描いている。
細かいが、効果は大きい。
胸元の飾り
胸元を見たい。
細かい飾りが、縦に並ぶ。
そして、そこに黒い点が散る。
宝石か、刺繍だろう。
館の記録に説明はない。
卓に置く肘
女性は、右肘を卓に置く。
そして、手を垂らす。
つまり、姿勢に崩れがある。
改まって座るだけではない。
手の描き方
手を見たい。
指が細く、長い。
そして、爪まで描かれる。
顔と手は、肖像で最も難しい部分である。
だから、そこに技量が出る。
十五年の差
一組目は一七五七年、二組目は一七七二年から七四年。
つまり、十五年ほどの差がある。
同じ画家が、同じ町で仕事を続けた。
その持続が、八枚から見える。
三組の対
ここまでで、二組の対を見た。
一七五七年の一組と、一七七二年からの一組。
つまり、夫婦の肖像を二枚一組で描く仕事である。
これが、この画家の主要な仕事だった。

三センチ半の肖像
五点目は、寸法が違う。
縦3.5センチ、横3.2センチである。
つまり、指先ほどの大きさである。
そこに、女性の胸像が描かれる。
背景は、淡い青灰色。
衣は、青と白。
大きさの落差
一点目の76.2センチと、五点目の3.5センチ。
つまり、二十倍以上の差がある。
同じ画家が、両方を手がけている。
大きな油彩と、小さな細密画。
技法も、道具も、まったく違う。
象牙に、水彩で
技法も違う。
油彩ではなく、水彩である。
そして、支持体は象牙の薄板。
つまり、細密画である。
象牙という材料
象牙について、触れておきたい。
薄く削ると、半透明になる。
そして、下から光が透ける。
その透過が、肌の色を明るくする。
もっとも、現在は取引が厳しく制限されている。
細密画の使い方
細密画は、どう使われたか。
首から下げ、あるいは箱に入れて持つ。
そして、離れている人を思うために見る。
つまり、私的な品である。
壁に掛ける肖像とは、目的が違う。
現在の規制
象牙の取引は、国際的に規制されている。
美術館にある古い品は、その対象ではない。
しかし、材料の来歴には目を向けたい。
当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。
金の枠
画像には、金色の枠が写る。
そして、縁に小さな穴が並ぶ。
つまり、装身具として仕立てられている。
首から下げるか、腕に留めるか。
描く道具
一センチの顔を描く道具に触れたい。
きわめて細い筆である。
そして、点を重ねて色を作る。
面で塗ると、大きさに合わない。
拡大すると、点の集まりが見える。
顔の大きさ
顔の実寸を計算したい。
画面が3.5センチである。
そして、顔はその三分の一ほど。
つまり、一センチほどである。
その中に、目と鼻と口を描く。
同じ人の、二つの肖像
五点目と六点目に注目したい。
五点目は、モット夫人。
そして、六点目はモット氏である。
つまり、夫婦の肖像である。
別々の道を、辿る
夫婦の肖像でも、離れることがある。
一方が売られ、他方が残る。
そして、別の館に入る。
五点目と六点目は、その例だろう。
もっとも、もとが対だったかは分からない。
技法も、館も違う
もっとも、この二枚は揃っていない。
一方は象牙の細密画、他方は油彩。
そして、所蔵する館も違う。
つまり、対として作られたものではない。

茶色の上着
六点目は、男性の肖像である。
上着は、黄土色がかった茶。
そして、内側に緑の衣がある。
首元に、白い布。
左手に、白い布を持つ。
背景は、緑がかった暗い色。
緑という色
内側の衣の緑に注目したい。
明るく、鮮やかである。
そして、茶色の上着と対比される。
補い合う色を隣に置く配置である。
上着の質感
上着の表面を見たい。
毛織物らしく、光沢が少ない。
そして、襞がやわらかい。
絹の衣とは、描き方が違う。
素材の差が、筆の使い方に出ている。
手に持つ布
左手に、白い布がある。
そして、指のあいだから垂れる。
手巾だろう。
肖像で、手に何かを持たせるのは常套である。
手の置き場が決まるからである。
顔の赤み
顔を見たい。
頬と鼻に、強い赤みがある。
そして、目のまわりは白い。
つまり、日に焼けた肌だろうか。
もっとも、絵の具の変化かもしれない。
だから、断定はしない。
背景の色の違い
六点目の背景は、緑がかる。
一点目は茶、七点目は青緑。
つまり、背景の色を変えている。
衣の色に合わせて選んだのだろう。
同じ寸法
六点目の寸法も、76.2センチ掛ける63.5センチである。
つまり、三点目、四点目と同じである。
八枚のうち、五枚がこの寸法だった。
規格が、仕事の基本になっている。
疑問符の付く二枚
七点目と八点目には、記録の問題がある。

男性が、青い上着を着る。
釦が、前に並ぶ。
そして、白い鬘をかぶる。
首元に、白い布。
背景は、青緑がかった暗い色。
右手を、上着の裾に入れる。
題に、疑問符が付く
館の記録では、題に疑問符が付く。
つまり、描かれた人物が確定していない。
伝承では、その名とされる。
しかし、裏づけがない。
なぜ、名が揺れるか
肖像の人物の名は、家に伝わる。
そして、代を経るうちに曖昧になる。
売られれば、さらに薄くなる。
だから、推定のまま登録されることがある。
白い鬘
鬘を見たい。
側面が丸く巻かれる。
そして、後ろで束ねられる。
一点目の鬘と、形が違う。
流行が、十年ほどで変わっている。
手を、懐に入れる
右手の位置を見たい。
上着の前を開き、そこに手を入れる。
つまり、当時の肖像で繰り返された姿勢である。
手を描く手間を省くためでもある。
そして、落ち着いた印象を作る。
青の階調
上着の青を見たい。
明るい部分と、暗い部分がある。
そして、その差で襞が示される。
背景も、青みを帯びる。
つまり、画面全体が青系で統一されている。

本を持つ女性
八点目は、女性である。
白い被り物をかぶる。
そして、青い衣に白い上着。
膝の上に、赤い装丁の本が置かれる。
右手を、顔の横に上げる。
背景の左に、風景が見える。
背景に、風景
この一枚だけ、背景に風景がある。
木立と、雲のある空。
つまり、窓か、絵の一部だろう。
他の七枚は、いずれも暗い背景である。
白い上着
肩から掛かる白い布を見たい。
薄く、透けている。
そして、胸の前で合わされる。
青い衣の上に、白が重なる。
その重なりが、画面に層を作る。
本という持ち物
膝の本を見たい。
赤い革の装丁で、金の線が入る。
つまり、上等な本である。
読み書きができることを示す。
そして、信心の書かもしれない。
風景の描き方
背景の風景を見たい。
木立と、雲。
そして、筆が粗い。
つまり、人物とは描き方が違う。
背景は、速く描かれている。
上げた手
右手を、顔の高さまで上げる。
そして、指を軽く曲げる。
つまり、動作の途中である。
八枚の中で、最も動きのある姿勢である。
二枚も、対
七点目と八点目も、対である。
寸法は、75.3と75.5センチ。
そして、62.3と62.6センチ。
つまり、ほぼ同じである。
三組の対と、二枚
八枚の構成をまとめたい。
対が三組で、六枚。
そして、モット夫妻の二枚。
つまり、すべてが夫婦の肖像である。
同じ日に、描くか
対の肖像は、同時に描かれるとは限らない。
一人ずつ、順に描くこともある。
そして、寸法だけを合わせる。
だから、わずかな差が出る。
一点目と二点目の七ミリの差も、それだろう。
夫婦の肖像という仕事
なぜ、対が多いのか。
家に掛けるためである。
そして、二枚あれば、代金も二倍になる。
画家にとっても、注文主にとっても合理的である。
港町という場所
作者が没した町について、触れておきたい。
北米の南部にある港町である。
そして、十八世紀には交易で栄えた。
米や藍が、そこから運び出された。
誰が描かれ、誰が描かれないか
肖像に描かれるのは、代金を払える人である。
つまり、町の一部の人々である。
働いていた多くの人は、絵に残らない。
美術館に並ぶ顔は、社会の一部でしかない。
富の背景
その富には、背景がある。
農園の労働は、奴隷とされた人々が担った。
肖像に描かれた人々の暮らしは、その上に成り立っている。
当サイトでは、この事実を省かずに書く。
絵の美しさと、社会の条件は別のことである。
移民の画家
作者は、欧州から渡ってきた。
そして、この町で三十年ほど仕事をした。
つまり、地域で唯一に近い肖像画家だった。
だから、注文が集まる。
一人の画家に、集まる
地域に画家が少なければ、注文が集まる。
そして、同じ手が町の顔を記録することになる。
八枚は、その記録の一部である。
同時代の人々が、同じ型で並ぶ。
同じ型を、繰り返す
八枚を並べると、共通点が多い。
胸から上、暗い背景、規格の寸法。
そして、楕円の枠。
つまり、型がある。
型があることの意味
型は、手抜きではない。
まず、注文主が何を得るか分かる。
次に、制作が速くなる。
そして、値段が定まる。
商いとして成立するための条件である。
型の中の差
もっとも、八枚はすべて違う。
衣の色、姿勢、持ち物、手の位置。
そして、顔の描き方。
型は同じでも、中身は変わる。
その差を見るのが、この八枚の楽しみである。
八枚の年代
年代をまとめたい。
一七五七年が二枚、一七五八年ごろが一枚。
一七六〇年ごろが一枚、一七六五年ごろが二枚。
そして、一七七二年から七四年ごろが二枚。
つまり、十七年ほどに分布する。
名の残る人、残らない人
最後に、記録に触れたい。
八枚のうち、六枚は名が確定している。
そして、二枚には疑問符が付く。
十八世紀の肖像としては、記録が良いほうである。
それでも、揺らぐものがある。
肖像は、人を残す仕組みでありながら、完全ではない。


