作品を知る

作者の欄に、名前がない絵——ガービッシュ夫妻の寄贈208点

アメリカ、十九世紀。ある姓のリムナー。おそらく誰それ。頭文字だけ。七十点以上で個人名が分かっていない。寝台用の布、綿ビロード、ガラス。手近な材料に描かれた絵の、記録の書き方を読みたい。画面に五者の名が書き込まれた汽船の絵から始めたい。

汽船「セント・ローレンス」号
ジェームズ・バード《汽船「セント・ローレンス」号》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の欄に、名前がない絵

出所の行に、二人の名が並んでいる。

エドガー・ウィリアムおよびバーニス・クライスラー・ガービッシュによる寄贈。

夫と妻である。

そして、ここにも年がない。

当サイトで公開している分だけで、二百八点がこの行を持つ。

番号の年を数えると、一九五三年が七十四点。

一九八〇年が三十四点。

一九五五年が二十二点。

そのほか、一九五六年から一九七八年まで散らばる。

三十年近くにわたって、同じ一行が使われている。

そして、この二百八点の作者の欄が、変わっている。

いちばん多いのが、アメリカ、十九世紀。

六十二点である。

人名ではない。

同じ形で十八世紀とあるものが七点。

リムナー、という語を含む呼び名が十四点。

つまり、七十点以上で、作者の個人名が分かっていない。

今回は、その書き方を九点で読みたい。

汽船「セント・ローレンス」号
ジェームズ・バード《汽船「セント・ローレンス」号》1850年。館の記録では、布に油彩。73.3×121.9センチ。額を含めて83.8×132.7×6.3センチ。番号は1953.5.2。出所の行は「エドガー・ウィリアムおよびバーニス・クライスラー・ガービッシュによる寄贈」。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジェームズ・バード《汽船「セント・ローレンス」号》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

四隅が、緑の絵具で塗りつぶされている。

そのため、絵の部分が楕円に見える。

中央に、細長い汽船が横向きに浮かぶ。

船体は白く、水面すれすれに長い。

甲板の上に、二階建ての構造。

中央に、黒い煙突が一本。

その手前に、外輪の覆い。

前後の柱に、旗が三本掲げられている。

赤い旗、青い旗、そして星条旗。

海は緑で、細かい波が立つ。

空は淡く、雲が刷かれる。

夫妻の名で、渡す

出所の行に、二人の名が並んでいる。

夫と妻である。

そして、妻の名には、旧姓らしい語が挟まっている。

第七回で読んだ行にも、複数の寄贈者が並んでいた。

第十九回では、三人が並んでいた。

夫妻の名で渡す形は、二十世紀のアメリカでは一般的である。

財産が共有されているからでもある。

そして、収集そのものも共同で行われることが多い。

一方が見つけ、もう一方が判断する。

どちらがどうだったかは、記録には書かれない。

分かるのは、二人の名が並んでいることだけである。

第二十三回で読んだ行にも、夫妻の名で書かれたものが六十一点あった。

同じ書き方である。

そして、この二百八点は、三十年近くにわたって入り続けている。

一九五三年に七十四点。

一九八〇年に三十四点。

つまり、集めながら渡していた。

全部を集めてから渡したのではない。

館との関係が、長く続いていたことが分かる。

出所の行に年がないのは、そのためである。

一回では終わらない受け入れだからである。

画面に、五者の名前がある

この一点の銘記の欄が、きわめて長い。

画面の左下に、船の名と、造った会社の名。

機関を作った会社の名。

画面の右下に、建具の仕事をした会社の名。

そして、絵を描いた人の名が二つ。

塗装は誰それ。

絵と下図は誰それ。

さらに、日付。

つまり、この一枚の絵に、五者の名前が書き込まれている。

船を造った会社。

機関を作った会社。

建具を作った会社。

そして、画家が二人。

第十五回で扱った「一点に何人が関わったか」の問題である。

ここでは、それが画面に書かれている。

館の記録の作者の欄には、そのうち一人の名しか入らない。

絵と下図を担当したほうである。

もう一人の塗装担当は、銘記の欄にしか残らない。

船の絵という商品

この種の絵について、少し書いておきたい。

十九世紀のアメリカで、船の肖像画には需要があった。

船主が、自分の船を絵に描かせる。

事務所に掛け、あるいは版画にして配る。

だから、船の形が正確に描かれる。

甲板の高さ、煙突の位置、外輪の大きさ。

一方、海と空は簡素である。

主役は船だからである。

そして、画面に造船所の名を書き込むのは、広告に近い。

誰が造ったかが、絵の価値の一部になっている。

リムナーという呼び名

ピンクの服の少女
ビアズリーのリムナー《ピンクの服の少女》1790年ごろ。館の記録では、布に油彩。101.8×72.1センチ。額を含めて112.7×83.2×4.2センチ。番号は1953.5.24。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。《ピンクの服の少女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

少女が一人、全身で立つ。

淡い桃色の衣を着ている。

袖は肘までで、白い襞飾りが付く。

胸元にも、白い襞。

腰に、白い帯。

裾は床まで届く。

右手に、小さな赤い花を持つ。

左腕に、白い布を掛ける。

顔は正面を向き、目が大きい。

髪は肩まで垂れる。

背景の右に、赤い垂れ幕。

その隙間に、窓と緑の風景が見える。

床は暗い茶色。

体の描き方に、特徴がある。

肩と腕の輪郭が、はっきりした線で描かれる。

影がほとんどない。

作品の名が、画家の名になる

作者の欄を見たい。

ある姓に、リムナーという語を付けた呼び名である。

リムナーとは、古い英語で絵を描く人を指す語である。

とくに、各地を回って肖像を描く画家に使われた。

そして、その前に付いているのは、代表作に描かれた人物の姓である。

つまり、この画家は、ある一家の肖像を描いた人、と呼ばれている。

名前が分からないので、仕事のほうから呼び名を作った。

第十七回で扱った「散逸した写本の画家」と、同じ仕組みである。

第二十四回で読んだ「ある画家の下宿人」も、そうだった。

作品の側から、画家の名を作る。

そして、その名で複数の作品をまとめる。

同じ手つきの絵が見つかれば、同じ呼び名を与える。

推定が、括弧に入る

エリザベス・デニソン
デニソンのリムナー、おそらくジョーゼフ・スチュワード《エリザベス・デニソン》1790年ごろ。館の記録では、布に油彩。85.4×67.6センチ。額を含めて102.2×90.5×4.4センチ。番号は1953.5.35。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。《エリザベス・デニソン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらも、リムナーの呼び名である。

しかし、括弧が付いている。

おそらく誰それ、と人名が書かれている。

つまり、呼び名と、推定される実名が併記されている。

研究が進み、候補が見つかった段階である。

しかし、確定はしていない。

だから、おそらく、という語が入る。

第十七回でも書いたが、記録は確からしさに応じて語を変える。

断定できるなら、人名だけを書く。

できないなら、呼び名を残したまま、括弧で候補を添える。

画面には、若い女性が座る。

赤い衣で、袖が肘までである。

胸元に白い襞飾り。

首に、細い鎖。

その先に、小さな飾りが下がる。

髪は高く結い上げられ、上に黒い羽根飾り。

顔の両脇に、巻いた髪が垂れる。

右手に、小さな本を持つ。

背景の右に、白い柱と手すり。

布ではないものに描く

亜麻打ちの寄り合い
リントン・パーク《亜麻打ちの寄り合い》1885年。館の記録では、寝台用の縞織布に油彩。80×128.3センチ。額を含めて90.5×139.1×4.4センチ。番号は1953.5.26。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。リントン・パーク《亜麻打ちの寄り合い》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

技法の欄が変わっている。

寝台用の縞織布に油彩、とある。

画布ではない。

寝具の側に使う、丈夫な綿の織物である。

安く手に入る布に描いている。

画面には、大勢の人がいる。

数えると、五十人を超える。

右手に、丸太を組んだ小屋。

左手にも、板張りの小屋。

そのあいだの空き地に、人が集まる。

多くは立って作業している。

手に棒のようなものを持ち、振り下ろす。

亜麻の茎を打って、繊維を取り出す作業である。

女性は、赤や青の衣を着る。

子どもも混じる。

奥に、藁を積んだ山と、木立。

空は青く、雲が浮かぶ。

一人ずつの顔は小さいが、姿勢が描き分けられている。

地域と、世紀

赤い矢羽根椅子の女
アメリカ、十九世紀の作者不詳《赤い矢羽根椅子の女》1836年から40年。館の記録では、布に油彩。80×70.5センチ。額を含めて91.1×81.9×2.9センチ。番号は1953.5.37。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《赤い矢羽根椅子の女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の欄に、地域と世紀だけが書かれている。

前の回で読んだ十五世紀フェッラーラ派と、同じ形式である。

画面には、年配の女性が座る。

黒い衣で、襟が広い。

肩に、白い襞飾りの付いた布を掛ける。

首もとに、青いリボンが結ばれる。

頭に、白い縁なし帽をかぶる。

縁に襞が寄り、顎の下で結ばれていない。

顔は正面を向く。

目は青く、口は結ばれる。

頬に赤みがある。

膝の上で、両手を組む。

左手に、小さな本を持つ。

そして、背後に椅子の背が見える。

赤く塗られ、細い部材が並ぶ。

その形から、題が付けられている。

頭文字だけの作者

エイブラハム・クラークとその子どもたち
J・H《エイブラハム・クラークとその子どもたち》1822年。館の記録では、板に油彩。64.8×81.3センチ。額を含めて80.6×94.9×6.9センチ。番号は1953.5.40。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。《エイブラハム・クラークとその子どもたち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の欄に、二文字だけが入っている。

頭文字である。

そして、銘記の欄に、その根拠が書かれている。

裏面に、日付と、組み合わせた二文字。

つまり、絵の裏に頭文字の署名がある。

それを、そのまま作者の名にしている。

フルネームは分からない。

第十七回でも、頭文字だけの作者を扱った。

同じ処理である。

画面には、屋外の場面が描かれる。

中央に、太い木の幹。

その右に、子どもが五人。

いずれも黒い服を着ている。

年長の二人は立ち、年少の三人は前に並ぶ。

中央の一人が、白い服の幼児を抱く。

そして、右端に、大人の男が座る。

黒い服で、丈の高い帽子をかぶる。

顔は横を向く。

背景は緑の木立と、岩。

家族の集合肖像である。

型紙で描く

果物の鉢
ウィリアム・スターンズ《果物の鉢》1830年から40年ごろ。館の記録では、綿ビロードに水彩。型紙絵と記される。47.3×52.7センチ。額を含めて53.9×59.3×3.1センチ。番号は1953.5.34。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ウィリアム・スターンズ《果物の鉢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

技法の欄に、型紙絵とある。

型紙を切り、その上から色を置く技法である。

輪郭が、型紙の縁でくっきり決まる。

そして、地は綿のビロードである。

布の毛が、色を柔らかく吸う。

画面には、脚付きの鉢が置かれる。

青と灰で塗られ、縦の溝が入る。

その上に、果物が山盛りになる。

橙色の桃、黄色の梨、緑と青の葡萄。

中央に、パイナップルらしい形。

まわりに、緑の葉が広がる。

地の色は淡い黄土色。

そして、画面の下に、文字が二か所ある。

左に、描いたのは、という語。

右に、人名。

館の記録は、この二つが判で押されたものらしい、と書いている。

つまり、手書きの署名ではない。

同じ判を、何枚もの絵に押していた可能性がある。

学校で教えられた技法

型紙絵について、少し書いておきたい。

十九世紀の初めから半ばにかけて、アメリカの女子の学校で教えられた。

型紙を使うので、描く訓練がなくても形が取れる。

そして、ビロードという素材が、仕上がりを豊かに見せる。

第十回で読んだ寄贈にも、学校で作られた作品が二点含まれていた。

あちらは、学園の名が作者の欄に入っていた。

こちらは、人名が入っている。

しかも、判で押された署名である。

同じ型紙と同じ判を使えば、誰が描いても似た絵になる。

作者という概念が、揺らぐ領域である。

折り込まれた縁を、伸ばしたら

花と果物
アメリカ、十九世紀の作者不詳《花と果物》1870年ごろ。館の記録では、布に油彩。画面75.5×56センチ。折り込まれた縁を伸ばした場合76×57.4センチ。額を含めて87×67.9×4.1センチ。番号は1953.5.101。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《花と果物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法の欄に、また変わった記述がある。

折り込まれた縁を伸ばした場合の寸法。

布に描いた絵は、木枠に張って留める。

そのとき、布の縁が枠の側面へ折り込まれる。

その部分にも、絵具が塗られていることがある。

つまり、画面はいま見えているより少し大きい。

館は、その差まで測っている。

七十五・五センチと、七十六センチ。

五ミリの差である。

幅は、五十六センチと五十七・四センチ。

一・四センチの差。

第二十四回で読んだ板絵では、枠に隠れていた範囲が記録されていた。

布の絵では、折り込まれた縁が記録される。

材料が違えば、隠れる部分の性質も違う。

しかし、記録の関心は同じである。

いま見えている面と、実際にある面の差。

画面には、暗い背景の前に、白い花瓶が置かれる。

そこから、花が大きく広がる。

橙色のチューリップ、白い花、青い朝顔。

上に向かって、細長い赤い穂が伸びる。

花瓶の下は、大理石らしい台。

縁に、細かい模様が入る。

台の上に、果物が並ぶ。

黄色い梨、橙色の実、緑の葡萄。

輪郭がはっきりし、影が少ない。

型紙絵に近い描き方である。

蝋を、ガラスに置く

ウィリアム・ヘンリー・ヴァイニング
ジョージ・M・ミラー《ウィリアム・ヘンリー・ヴァイニング》1810年ごろ。館の記録では、ガラスに彩色した蝋。9.8×5.4センチ。ガラスの台を含めて15.7×13センチ。額を含めて22.5×20×5.1センチ。番号は1953.5.106。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ジョージ・M・ミラー《ウィリアム・ヘンリー・ヴァイニング》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

技法の欄に、ガラスに彩色した蝋とある。

蝋で人物の形を作り、ガラスの上に置く。

浮き彫りに近い作りである。

画面は小さい。

九・八掛ける五・四センチ。

黒い背景に、金の楕円の枠。

その中に、男性の横顔が浮かぶ。

右を向いている。

髪は黒く、頬に髭がある。

首もとに、白い襟が立つ。

上着は暗い色で、金の釦が並ぶ。

輪郭が高く盛り上がっている。

第九回で読んだメダリオンと、見え方が近い。

しかし、材料はまったく違う。

金属ではなく、蝋である。

寸法の欄が三段になっている。

蝋の部分、ガラスの台、そして額。

支持体が、ばらばらである

九点の技法の欄を並べたい。

布に油彩が四点。

寝台用の縞織布に油彩が一点。

板に油彩が一点。

綿ビロードに水彩が一点。

ガラスに彩色した蝋が一点。

そして、もう一点も布に油彩である。

つまり、五通りの支持体が使われている。

第一回で読んだ九点は、板と布の二通りだった。

第二十四回の九点も、板と布である。

こちらは、寝具の布、ビロード、ガラスが混じる。

理由は、作り手の立場にある。

画布は、専門の店で買うものである。

高い。

一方、寝具の布は家にある。

ビロードも、衣料の材料として手に入る。

ガラスは、額屋にある。

つまり、手近な材料が使われている。

そして、その選択が、そのまま絵の見え方を決めている。

縞織布の目は、絵具の下から浮き出る。

ビロードの毛は、色を柔らかくする。

ガラスは、蝋の下から光を返す。

材料の欄を読むと、その絵がどういう場所で作られたかが見えてくる。

素朴という言い方

この種の絵を指す言葉には、いくつかある。

素朴派。

民衆美術。

独学の画家。

いずれも、正規の美術教育を受けていない作り手を指す。

そして、いずれも外から与えられた呼び方である。

描いた本人が、自分をそう呼んだわけではない。

彼らは、注文に応じて仕事をしていた。

肖像を描く。

看板を描く。

船を描く。

それが職業だった。

一方、都市の美術学校で学んだ画家たちは、別の枠にいた。

その二つを分ける線が、後の時代に引かれた。

館の記録は、その分類の語を使っていない。

作者の欄に、名前か、呼び名か、範囲を書くだけである。

分類の判断は、記録の外にある。

しかし、二百八点をまとめて見れば、共通する特徴は見えてくる。

正面性の強い構図。

影の少ない描き方。

輪郭のはっきりした線。

そして、細部への異様な熱心さ。

衣の襞、椅子の部材、船の煙突。

見たものを、見たまま並べようとする姿勢である。

二百八点の作者たち

最後に、この収集の性格をまとめたい。

二百八点のうち、七十点以上で作者の個人名が分かっていない。

そして、名前のある作者も、大半は美術史でよく知られた人ではない。

各地を回って肖像を描いた画家。

看板や船を描いた職人。

学校で型紙絵を習った人。

つまり、これは職業の画家の作品を集めた収集ではない。

日常のなかで作られた絵を集めたものである。

そして、そういう絵を集めるとき、作者の名は問題にならない。

問題になるのは、絵そのものの面白さである。

第九回で読んだ収集は、描かれた人物を軸にしていた。

第十六回は、描かれた場所だった。

こちらは、描いた人の立場を軸にしている。

美術館の分類とは、また違う軸である。

名前のない作者の、四つの書き方

九点の作者の欄を、整理したい。

人名が四点。

呼び名が一点。

呼び名と推定される人名が一点。

地域と世紀が二点。

頭文字が一点。

つまり、四通りの書き方がある。

人名。

呼び名。

範囲。

頭文字。

いずれも、記録として使える形である。

検索でき、まとめられ、後から更新できる。

呼び名に括弧で候補が付くのは、更新の途中である。

いつか人名に置き換わるかもしれない。

置き換わらないかもしれない。

館の記録は、その途中の状態をそのまま公開している。

出所の行が来歴を書くように、作者の欄は研究の状態を書いている。

次の回では、また別の寄贈を読みたい。

ある画家の家族が、手もとに残っていたものを渡した例である。

そこでは、渡した人と描いた人が、同じ家に属している。

出所の行の姓と、作者の欄の姓が同じになる。

第三回で読んだ一八七七年の寄贈と、同じ形である。

ただし、今回の例では、集めた人と描いた人が別である。

家に残っていたものが、まとめて動いた。

そのとき、何が渡され、何が残ったのか。

九点の内容から、その選択を読み取りたい。

渡されたのは、完成した絵ではなかった。

写生帖の頁である。

しかも、描いたのは画家本人ではない。

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