十八歳が描いた、川沿いの屋敷——トマス・K・ウォートン
川の対岸から屋敷を見る。同じ場所を、角度を変えて七枚。帆船を浮かべ、岩を手前に置く構図の作り方を追う。描いたのは十八歳の若者で、依頼主の名も記録に残っている。同じ場所を繰り返し描くことで、土地の形が立ち上がってくる。

川の対岸から、屋敷を見る
一枚の素描から始めたい。

横長の小さな紙である。
縦13センチ、横18.9センチ。
葉書ほどの大きさである。
画面の下半分に、川が広がる。
水面には、帆船が三艘浮かぶ。
いずれも、白い帆を上げる。
右手前には、大きな岩がある。
岩肌には、細かい線が刻まれる。
対岸には、丘が続く。
その中腹に、白い建物が小さく見える。
上には、薄い雲の空がある。
屋敷を、遠くから
この一枚では、屋敷が非常に小さい。
画面の中の一センチほどである。
つまり、主題は屋敷そのものではない。
屋敷の建つ土地と、その眺めである。
川の対岸から、丘の上の家を見る。
その距離が、屋敷の立地を示している。
こうした遠望は、屋敷を紹介する図の常道である。
まず全体、次に部分。
七点の並びも、その順に近い。
一つの場所を、七枚で
七点は、いずれも同じ屋敷を描いている。
そして、いずれも一八三二年ごろの作である。
さらに、受け入れの記録も同じである。
一九九四年、同じ寄贈金による購入。
つまり、一冊の画帖から出ている。
館の題にも、その画帖の名が記されている。
一つの屋敷を、七つの角度から記録した一群である。
帆船と、川
一枚目の水面に浮かぶ帆船に注目したい。
三艘とも、白い帆を上げている。
大きさは、一センチほどである。
この川は、当時の主要な交通路だった。
物資も人も、船で運ばれる。
つまり、帆船は日常の風景である。
そして、屋敷の立地の利点も示している。
川に面していることは、便利さの証しでもあった。
眺めのよさと、交通の便が一致している。
岩を、手前に置く
右手前の大きな岩にも触れておきたい。
画面の下端で、大きく描かれる。
そして、細かい線で岩肌が刻まれる。
つまり、近景として画面を締めている。
手前に暗く硬いものを置くと、奥が明るく見える。
そして、見る人の立ち位置が定まる。
岩の陰から、川と屋敷を眺めている。
風景画の常套手段である。
誰の屋敷か
館の題に、屋敷の所有者の名がある。
十九世紀初めの米国で、医師として知られた人物である。
そして、植物の研究でも名を残した。
ニューヨークに植物園を作ったと伝えられる。
その人物が、ハドソン川沿いに屋敷を構えた。
庭を整え、温室を建て、木を植える。
つまり、植物への関心が形になった場所である。
七点の主題も、その庭が中心である。
描いた人について
トマス・ケラ・ウォートンは、一八一四年に生まれた。
英国のハルの出身である。
一八六二年に、米国の南部で没した。
つまり、英国生まれの米国の画家である。
一八三二年には、十八歳ごろである。
七点は、その若い時期の仕事にあたる。
のちに建築の仕事に就いたとされる。
七点の建物の描写の正確さは、その素質を示すかもしれない。
十八歳の仕事
十八歳で、これだけの記録を任される。
当時としては、珍しくない。
徒弟として早く働き始め、十代で実務を担う。
そして、屋敷の記録は建築や測量に近い仕事である。
つまり、絵の腕だけでなく、正確さが求められる。
七点は、その要求に応えている。
建物の比率、庭の配置、木の位置。
いずれも、狂いが少ない。
東から、見る
二点目は、視点が変わる。

画面の中央に、広い芝地が広がる。
その奥に、白い屋敷が立つ。
柱のある正面が見える。
屋敷の左右には、木立が並ぶ。
手前には、丘の斜面がある。
斜面には、低木と草が茂る。
左手前には、大きな木が立つ。
右下には、小さな建物が見える。
空は薄く、雲が横に流れる。
方角を、題に書く
七点の題には、方角が記されている。
西岸から、東から、南から。
つまり、どこから見た眺めかが明記されている。
これは、記録としての姿勢である。
一枚だけでは、屋敷の全体は分からない。
複数の方角から描き、合わせて把握する。
建築の記録では、当然の手順である。
前回の記事で扱った遺跡の水彩とも、考え方が近い。
南から、見る
三点目も、屋敷の遠望である。

左手前に、大きな木が二本立つ。
幹はまっすぐ伸び、上で枝を広げる。
その葉は、細かい点で描かれる。
中央には、広い芝地が続く。
右奥に、柱のある白い建物が見える。
その手前には、小さな家がある。
芝地には、木が点々と立つ。
そして、人影らしきものが小さく見える。
空は、白いままである。
掻き落としという技法
この一枚の技法欄に、注記がある。
掻き落としを含む、とある。
これは、塗った上から削る技法である。
インクや絵具が乾いた後、鋭い道具で削る。
すると、下の紙の白が現れる。
つまり、細い白い線が引ける。
草の穂、水面の光、葉の縁。
そうした細部に使われる。
七点のうち、二点にこの技法が明記されている。
白い線を、作る方法
白い線を作る方法は、いくつかある。
塗り残す、白い絵具を置く、そして削る。
塗り残すのは、最初から計算が要る。
白い絵具は、下の色を覆う。
削るのは、後から追加できる。
つまり、仕上げの段階で光を足せる。
小さな画面では、この自由が効く。
細い草の一本を、後から加えられる。
芝地を、どう描くか
七点に共通して、広い芝地が描かれる。
そして、そのほとんどは白いままである。
わずかに、横の線と点が入る。
つまり、紙の白が芝の明るさになっている。
一方、木立は密に描かれる。
明るい面と、暗い面。
その対比が、庭の広さを示す。
英国風の庭園では、広い芝地が要である。
その広さを、余白で表している。
庭園という主題
この屋敷の庭は、英国風の庭園である。
木を点々と植え、広い芝地を残す。
そして、遠くの眺めを取り込む。
つまり、幾何学的に区画する庭とは違う。
自然に見えるように、人が作る。
十八世紀の英国で生まれた様式である。
そして、十九世紀の米国にも伝わった。
七点の絵は、その様式の記録でもある。
前回の庭と、比べる
前回の記事では、彫像の並ぶ庭を扱った。
刈り込んだ生垣と、幾何学的な配置の庭である。
この屋敷の庭は、それとは正反対である。
木は自然に立ち、芝地は曲線を描く。
同じ庭でも、様式がまったく違う。
そして、絵の作りも変わる。
幾何学的な庭では、直線が構図を作る。
自然風の庭では、木の塊が構図を作る。
木立を、塊で描く
七点の木の描き方を見比べたい。
幹は細い線で、葉は点と短い線の集まりで描かれる。
そして、葉の塊には輪郭が取られる。
つまり、茂りを一つの形として捉えている。
その形が、木の種類を示す。
丸い塊なら広葉樹、縦長ならポプラや杉。
離れて見れば、種類まで読み取れる。
小さな画面で、これを描き分けている。
人影を、置く
七点のうち、いくつかに人影が描かれている。
いずれも数ミリで、輪郭だけである。
しかし、この人影が芝地の広さを伝える。
人の背丈は、誰でも知っている。
だから、比較の基準になる。
そして、庭が使われていることも示す。
誰も歩いていない庭は、模型のように見える。
一人置くだけで、生きた場所になる。
日時計のある庭
四点目は、寸法が小さい。

七点の中で、最も小さい。
縦7.6センチ、横9センチ。
手のひらに収まる。
画面の中央に、木が三本立つ。
幹は細く、葉が丸く茂る。
その左に、別の木がある。
手前の芝地には、小さな柱が立つ。
上に円い盤が載る。
日時計だろう。
背景には、低い丘が薄く引かれる。
鉛筆だけの一枚
この一枚は、鉛筆だけである。
インクも、水彩も使われていない。
そして、紙も違う。
厚手の白い紙が使われている。
つまり、他の六点とは条件が違う。
下描きだったのかもしれない。
あるいは、別の目的のための一枚だろう。
館の記録には、その説明がない。
日時計という細部
芝地に立つ日時計に注目したい。
高さは、一センチもない。
しかし、庭の設備として重要である。
日時計は、庭の中心に置かれることが多い。
そして、時間を示す装置でもある。
つまり、庭の中に時計がある。
自然に見える庭に、人工の装置が置かれる。
その組み合わせが、当時の庭園の趣味である。
小さな紙に、広い庭を
七点の寸法は、いずれも二十センチに満たない。
最も小さいものは、縦7.6センチである。
その小さな紙に、広い庭を収める。
つまり、極端な縮小である。
屋敷は一センチ、木は二センチ、人は数ミリ。
すべてが小さくなる。
にもかかわらず、庭の広さが伝わる。
理由は、余白の使い方だろう。
芝地を白く残すことで、広がりが生まれる。
画帖という器
画帖は、綴じて手元に置くものである。
そして、頁を繰って見る。
一枚ずつ額に入れて掛けるものではない。
だから、寸法が小さい。
そして、同じ大きさで揃えられる。
七点の寸法が近いのは、その事情による。
小さな紙を繰りながら、庭を順に歩く。
そういう体験のために作られている。
記念の胸像
五点目は、丘の上である。

画面の中央に、小高い丘がある。
その上に、ポプラらしき木が数本立つ。
幹は細く、まっすぐ伸びる。
葉は、上のほうに集まる。
木立の間に、白い柱が立つ。
その上に、胸像が載る。
丘の下には、低い草と水辺がある。
左には、大きな木の幹が斜めに立つ。
背後には、山並みが薄く見える。
庭に、記念碑を置く
庭に胸像や記念碑を置くのは、当時の習慣である。
親しい人を記念する、あるいは尊敬する人物を讃える。
そして、散策の途中で立ち止まる場所になる。
つまり、庭に物語を与える装置である。
英国風の庭園では、こうした仕掛けがよく使われた。
廃墟を模した建物、洞窟、記念碑。
歩きながら、意味に出会う。
七点の中で、この一枚だけが記念碑を主題にしている。
ポプラという木
木立に注目したい。
幹が細く、上へまっすぐ伸びる。
そして、葉が上部に集まる。
これは、ポプラの形である。
館の題にも、その名が記される。
ポプラは、縦の線を作る木である。
だから、庭の中で目印になる。
そして、絵の中では垂直の線を提供する。
横に広がる風景に、縦の線が入る。
縦の線と、横の線
この一枚の構図を見たい。
木の幹が、縦の線を作る。
丘の稜線と、水辺が横の線を作る。
そして、左の大きな木が斜めの線を入れる。
つまり、三つの向きの線が組まれている。
縦と横だけでは、画面が硬くなる。
斜めが入ると、動きが生まれる。
小さな画面でも、この配慮がなされている。
温室を、描く
六点目は、建物が主題である。

画面の中央に、横長の建物が立つ。
屋根が傾き、その面が細かく区切られる。
硝子の板だろう。
つまり、温室である。
建物の壁は白く、窓が並ぶ。
手前には、芝地が広がる。
そこに、若木が数本植えられる。
左右には、大きな木が茂る。
空は、白いままである。
温室という建物
温室は、当時としては先端の設備である。
硝子と鉄で作り、内部を暖める。
そこで、寒い土地では育たない植物を育てる。
つまり、植物の研究には欠かせない。
屋敷の所有者が植物の研究者であったことと、符合する。
七点の中で、この一枚が最も実用的な建物を描いている。
庭の美しさではなく、設備の記録である。
硝子の屋根を、描く
温室の屋根に注目したい。
細い線が、規則正しく並ぶ。
硝子の板と、それを支える桟である。
これを描くには、直線を等間隔に引く必要がある。
一本でも曲がれば、目立つ。
そして、屋根の傾きに従って、線の間隔が変わる。
つまり、遠近の作図が要る。
十八歳の描き手が、これをこなしている。
橋のある小川
七点目は、水辺である。

画面の下半分に、水面が広がる。
水面は、ほとんど白い。
その上に、水鳥が二羽浮かぶ。
中央には、石造りの橋が架かる。
橋脚が三つ、水中に立つ。
その上を、平らな路面が渡る。
橋の向こうには、木立が茂る。
左手前には、大きな木の幹が立つ。
葉は、丸い塊として描かれる。
水面を、白く残す
水面の描き方を見たい。
ほとんど塗られていない。
紙の白が、そのまま水面になっている。
そこへ、水鳥の影だけが落ちる。
つまり、明るい水面である。
日が高く、水が空を映している状態だろう。
前回の記事でも、同じ方法に触れた。
水彩では、塗らないことが最も明るい。
橋という主題
庭園の中の橋は、実用と装飾を兼ねる。
小川を渡るために必要である。
同時に、庭の景色の一部になる。
石造りの橋なら、なおさらである。
つまり、この一枚も庭の設備の記録である。
温室、日時計、記念碑、そして橋。
七点のうち四点が、庭の構造物を扱っている。
自然の景色だけではない。
石橋の構造
橋の描き方を、もう少し見たい。
橋脚が三つ、水中に立つ。
その間に、緩やかな弧が架かる。
そして、路面は水平である。
つまり、構造がはっきり示されている。
石造りの橋は、弧の形が要である。
弧が荷重を橋脚へ逃がす。
その仕組みが、絵からも読み取れる。
のちに建築の仕事へ進む描き手らしい正確さである。
水鳥という点景
水面に浮かぶ二羽の鳥にも触れておきたい。
白い点として描かれる。
大きさは、数ミリである。
しかし、この二羽が水面を水面にしている。
何も浮かんでいなければ、白い面のままである。
鳥がいることで、そこが水だと分かる。
そして、静かな水面であることも伝わる。
小さな点景が、大きな面を説明している。
七点の技法
技法を整理したい。
ペンと筆による黒インク、または水彩が五点。
そのうち二点には、掻き落としが加わる。
鉛筆だけが一点。
水彩だけが一点。
つまり、複数の技法が混ざっている。
一冊の画帖の中で、頁ごとに技法が違う。
主題と目的に応じて、使い分けたのだろう。
「インクまたは水彩」という書き方
技法欄の書き方に注目したい。
黒インク、または水彩、とある。
つまり、どちらか特定できていない。
黒インクと、黒い水彩は、見分けが難しい。
顕微鏡や分析にかければ分かるかもしれない。
しかし、すべての作品に分析はできない。
だから、両方の可能性を書く。
館の記録は、こうした慎重さで書かれている。
分からないことを、書く
当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。
館の記録は、分かることと分からないことを分ける。
年代に幅を持たせる。
人名に疑問符を付ける。
技法に「または」を入れる。
いずれも、確定していないことを示す記号である。
そして、その慎重さが記録の信頼を支えている。
当サイトも、その線引きをそのまま引き継ぐ。
一冊の画帖として
七点は、一冊の画帖の頁である。
そして、一つの屋敷を主題にしている。
つまり、注文で作られた記録だろう。
屋敷の所有者が、自分の土地を描かせる。
そして、一冊にまとめて手元に置く。
あるいは、人に見せる。
十九世紀の裕福な家では、こうした画帖が作られた。
自分の土地の記録が、財産の一部になる。
屋敷の、その後
この屋敷は、いまも残っているのか。
当サイトでは、そこまで確認していない。
館の記録にも、記載はない。
一八三二年から、二百年近くが経っている。
建物が残っていることもあれば、失われていることもある。
いずれにせよ、七点は当時の姿を伝えている。
失われていれば、なおさら貴重である。
記録の絵は、そういう働きを持つ。
一九九四年の購入
七点は、一九九四年に館へ入っている。
寄贈金による購入である。
つまり、市場に出た画帖を館が買った。
比較的新しい受け入れである。
十九世紀の素描や画帖への関心は、二十世紀後半に高まった。
そして、館が体系的に集めるようになった。
七点も、その流れの中にある。
一冊としてまとまって残ったのは、幸運である。
七点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
七点を、視点の距離で並べてみてほしい。
川の対岸からの遠望。
丘の上からの俯瞰。
芝地の中からの眺め。
そして、温室と橋の近景。
つまり、遠くから近くへ、順に近づいている。
一つの屋敷を、距離を変えて七回描く。
その積み重ねが、場所の全体を伝える。
一枚では足りない。
七枚あって、はじめて屋敷が見えてくる。
記録とは、そういう作業である。
一つの場所を、何度も見る。
十八歳の描き手が、それをやり遂げている。


