絵は五十六センチ、巻物は八メートル——文徴明、沈周ほかの巻子
画面と全体で、寸法が十倍以上違う件がある。差の大半は、後の人が書き足した文字である。紙を継げば、巻物はいくらでも伸びる。一件という単位の中に、四百年ぶんの時間が巻き込まれている。画面と全体の差が、そのまま後の時間の長さである。二つの数字を並べて読みたい。

絵は五十六センチ、巻物は八メートル
メトロポリタン美術館の記録に、こういう寸法が並んでいる一件がある。
画面は、縦三一・六センチ、横五六・二センチ。
表装を含めた全体は、縦三五・六センチ、横八一九・六センチ。
八メートル二十センチ。
絵の部分は、五十六センチしかない。
残りの七メートル六十センチ以上は、絵ではない。
では、何なのか。
その大半は、後の人が書き足した文字である。
巻物の後ろに、次々と紙が継ぎ足されている。

公開されている画像には、絵の部分だけが写っている。
木が数本立ち、その間に低い建物がある。
垣根が四角く囲み、その中に人物が座っている。
奥に、岩と木立。
左上と右下に、赤い印。
この五十六センチが、絵である。
八メートルのうちの、七パーセントに満たない。
巻子は、絵のあとが長い
巻子は、右から左へ広げて見る。
肩幅ほどずつ広げ、見終わった部分を巻き取る。
そして、絵が終わっても巻物は続く。
続く部分には、文字が書かれている。
題跋と呼ばれるものである。
絵を見た人が、感想や由来を書き、名を記し、印を押す。
それが一人、二人と増えていく。
紙が足りなくなれば、新しい紙を継ぎ足す。
だから、古い名画ほど巻物が長くなる。
絵は変わらないが、後ろが伸びる。
九点の寸法を並べると、その事情が数字で見える。

こちらは、絵そのものが長い。
画面の横が、六メートル四十センチある。
そして全体は、十一メートル八センチ。
差は、四メートル六十八センチである。
絵が六メートル、その後ろに四メートル半の文字。
公開されている画像には、その一部だけが写っている。
淡い墨で、低い山と水辺が横に続いている。
木立が点々と並び、遠くに山影がある。
縦は二〇・六センチしかない。
手のひらより少し広いくらいの高さである。
その狭い帯が、六メートル続く。
高さは変わらず、長さだけが変わる
九点の縦の寸法を並べてみる。
二〇・六。三一・六。三七・一。三一・一。二六・四。二四・一。二四・六。二九・九。六八・八。
最後の一点をのぞけば、二〇センチから三七センチのあいだに収まっている。
これは、腕を伸ばして持てる高さである。
巻子は、両手で持って広げる。
高すぎると持ちにくい。
だから、高さはこの範囲に落ち着く。
一方、横の寸法はばらばらである。
五六・二。一四四・八。二四三・二。二七一・八。四三五・六。五三・八。六四〇・七。一九九四。
五十六センチから二十メートルまで、開きが大きい。
高さは決まっていて、長さは自由である。
これが、巻子という形式の性質である。

九点でいちばん長い。
画面だけで、十九メートル九十四センチある。
そして、縦も六八・八センチと、他の八点の倍以上ある。
これは、皇帝の行幸を記録するために作られた大作である。
題に「第六巻」とあるとおり、この巻はもとの組の一巻にすぎない。
全体では、十二巻あったと伝えられる。
つまり、一巻で二十メートルのものが、十二本ある。
公開されている画像には、そのごく一部が写っている。
川に沿って、町並みが続いている。
船が並び、橋が架かり、人が行き交う。
屋根の一つ一つ、人の一人一人が描き分けられている。
番号は一九八八・三五〇の、aからdまで。
四つの枝番が付いている。
二十メートルの巻物を、四つに分けて管理しているのだろう。
保存や展示の都合で、巻物を分けることがある。
分けても、一件であることは変わらない。
何メートルを、一度に見るか
巻子は、全部を一度に広げて見るものではない。
肩幅ほどずつ、右から左へ送っていく。
つまり、見る人が一度に見ているのは、六十センチ前後である。
二十メートルの巻物なら、三十回以上送ることになる。
その送る動作が、時間の流れを作る。
絵巻物の場面が次々に現れるのは、この動作のためである。

画面は四メートル三十五センチ。
全体は十二メートル四十八センチ。
差は八メートル以上ある。
絵の三倍近い長さの文字が、後ろに続いていることになる。
題材は、四世紀の詩人たちの集まりである。
曲がりくねった水路のそばに、人々が座っている。
その水に杯を浮かべ、流れてくるまでに詩を作る。
画像には、その様子が写っている。
岩に腰かけた人、木の下に座る人、筆を持つ人。
一人ずつ、姿勢が違う。
そして、それぞれのそばに小さな文字がある。
名前を書き添えているのだろう。
この主題は、後の時代に繰り返し描かれた。
だから、見た人が書き足したくなる。
題跋が八メートルに及ぶのは、そのためかもしれない。
絵の前にも、紙がある
巻物の後ろだけでなく、前にも紙が付く。
引首と呼ばれる部分である。
そこには、たいてい大きな文字で題が書かれる。

この一点の寸法の欄には、表装を含む数字しか書かれていない。
画面の寸法がない。
理由は、たぶん絵と文字が一続きだからである。
経文の巻物では、はじめに絵があり、そのあとに文字が続く。
どこまでが絵かを線で分けにくい。
画像には、巻頭の部分が写っている。
金と青と赤で、多くの人物が描かれている。
中央に、大きな仏の姿。
そのまわりを、菩薩や天が囲む。
右端に、細かい文字が縦に並んでいる。
そして左のほうは、黄色い紙になっている。
そこから経文が始まるのだろう。
年の欄には、一二五七年と書かれている。
作品そのものに年が記されている場合の書き方である。
全体は九メートル三十五センチ。
一章ぶんの経文と、その巻頭の絵で、この長さになる。
短い巻子もある

画面は五三・八センチ。
はじめに見た文徴明の一点と、ほぼ同じ大きさである。
そして全体は三メートル四十七センチ。
こちらは、後ろに続く文字が二メートル半ほどということになる。
画像には、水辺の景色が写っている。
左に、点を重ねた木立と土坡。
中央から右へ、水面が広がる。
小さな舟が一艘浮かび、人が乗っている。
上の余白に、四行ほどの書き込みと印。
写真の下に、白黒の目盛りが写り込んでいる。
撮影のときの基準になるものである。

画面は一メートル四十五センチ。
全体は八メートル五十四センチ。
差は七メートルを超える。
絵の五倍以上の長さの、文字が後ろにある。
画像には、霧に沈んだ山が写っている。
輪郭がぼやけ、墨がにじんでいる。
下に水面があり、上に峰が浮かぶ。
赤い印が、左右にいくつか押されている。
印の位置を見ると、絵の中にも押されている。
これは、後から押されたものだろう。
題跋は、誰が書くのか
後ろに続く文字を、もう少し具体的に見ておきたい。
書くのは、その巻物を見た人である。
持ち主の友人。招かれた客。そして次の持ち主。
書く内容は、いくつかの型がある。
絵の由来を述べるもの。
画家を讃えるもの。
自分がいつ、どこで見たかを記すもの。
詩を作って添えるもの。
いずれの場合も、名と年月を書き、印を押す。
だから題跋は、そのまま所有と鑑賞の記録になる。
誰が、いつ、この巻物を見たか。
前の回に見た出所の欄と、役割が近い。
違うのは、館が作った記録ではなく、作品そのものの一部だということである。
出所の欄は、館が調べて書く。
題跋は、当時の人が自分で書いた。
だから、後者のほうが直接的である。
ただし、読むのは難しい。
草書で書かれ、時代の言葉で書かれている。
館の記録も、題跋の内容までは載せていない。
寸法の差として、その存在が示されるだけである。
七メートル六十センチ。
その数字の中に、何十人ぶんかの文字がある。
絵と文字の割合が、逆転する
九点のうち、画面と全体の両方が分かるのは六点である。
その六点で、画面が全体に占める割合を出してみる。
沈周の一点は、五十八パーセント。
謝環の一点は、十九パーセント。
銭穀の一点は、三十五パーセント。
呉鎮の一点は、十六パーセント。
方従義の一点は、十七パーセント。
文徴明の一点は、七パーセント。
半分を超えるのは、沈周の一点だけである。
残りは、絵よりも後ろのほうが長い。
つまり、巻子という単位の大部分は、絵ではない。

画面は二メートル四十三センチ。
全体は十二メートル七十八センチ。
十メートル以上が、絵の外にある。
画像には、庭に集まった人々が写っている。
赤い衣、青い衣、黒い衣。
椅子に腰かける人、立っている人、机に向かう人。
右に、白い鶴が一羽。
背後に、木と岩と垣根。
高官たちの集まりを描いた絵である。
こういう絵には、参加した人の名や、その後の経緯が書き足される。
十メートルの文字は、そうして増えたものだろう。
公開画像には、どこが写るか
九点の公開画像は、いずれも巻物の一部である。
全長を一枚に写すことはできない。
二十メートルの巻物を一枚の画像にすれば、細部は消える。
だから、代表的な部分を切って写す。
どこを切るかは、撮る側の判断である。
謝環の一点では、人物の集まっている場面が選ばれている。
銭穀の一点でも、詩人たちが並ぶ部分である。
沈周の一点は、山と水が続く場所。
徐揚の一点は、町並みと運河の一節。
いずれも、その巻物の見どころにあたる部分だろう。
つまり、私たちが見ているのは、選ばれた一場面である。
前後がどうなっているかは、画像からは分からない。
寸法の欄を読めば、全長は分かる。
しかし、写っていない十九メートルの中身は分からない。
これは、前の回に見た画帖と同じ状況である。
十八葉のうち一葉しか写らない画帖。
二十メートルのうち六十センチしか写らない巻子。
一件で数える形式には、共通してこの問題がある。
数える単位が大きいほど、見える部分は小さくなる。
縦の寸法が、一つだけ大きい
九点のうち、徐揚の一点だけが縦六八・八センチである。
他の八点は、二〇センチから三七センチのあいだにある。
倍近い差がある。
この差には、理由がある。
普通の巻子は、個人が手に持って見る。
だから、腕の幅と、机の奥行きで大きさが決まる。
徐揚の一点は、宮廷の記録画である。
見る人も、見る場所も違う。
大きな机に広げ、複数の人で見ることもあっただろう。
そして、描き込む情報が多い。
町並みと、船と、群衆と、建物。
縦が二十センチしかなければ、人の顔は描けない。
六十八センチあれば、屋根瓦まで描ける。
形式の寸法は、用途で決まる。
用途が変われば、寸法も変わる。
そして寸法が変われば、描けるものも変わる。
九点の縦の数字を並べるだけで、その関係が見えてくる。
巻物は、増えていく
ここまでの数字が示しているのは、単純なことである。
巻子は、完成したあとも伸びる。
絵を描いた人は、五十六センチの絵を描いた。
その後の四百年で、七メートル半の文字が足された。
一点という単位の中身が、時間とともに増えている。
これは、他の形式では起きにくい。
掛軸なら、書き足す場所は上の余白しかない。
画帖なら、頁を足すことはできるが、限度がある。
巻子だけが、いくらでも伸ばせる。
紙を継げばよい。
そして、館が寸法を二段に分けて書くのは、この事情による。
画面の寸法は、描かれたときの大きさである。
全体の寸法は、いまの大きさである。
二つの数字の差が、後の時間を示している。
十枚の絵を、一巻に収める

この一点は、寸法が一組しか書かれていない。
縦二九・九センチ、横二七一・八センチ。
表装を含むかどうかは、明示されていない。
題は《十牛図》である。
牛を探し、見つけ、連れ帰るまでを十の段に分けた主題である。
つまり、この一巻には十の場面がある。
一つずつ広げて見ていくと、話が進む。
画像には、その一部が写っている。
薄い茶と金の地に、大きな円が描かれている。
その中に、うっすらと墨の形がある。
右に、流れるような仮名の文字。
技法の欄には「型摺の装飾を施した染紙」とある。
紙そのものが、金と銀で装飾されている。
書くための紙が、すでに作品である。
一巻に十段を収める形は、巻子の得意とするところである。
順に見せる形式だから、順序のある主題に向く。
継ぎ目は、どこにあるか
巻子は、複数の紙をつないで作られる。
一枚の紙で八メートルを作ることはできない。
だから、必ず継ぎ目がある。
継ぎ目は、裏から紙を当てて糊で留める。
丁寧に作れば、表からはほとんど見えない。
それでも、光の当たり方でわずかに分かることがある。
そして、継ぎ目の位置は、制作の順序を示すことがある。
絵の途中に継ぎ目があれば、はじめから長い巻物として計画されていた。
絵の終わりに継ぎ目があり、そこから紙質が変われば、後から足された部分である。
館の記録は、継ぎ目について書いていない。
公開されている画像からも、確かめられない。
分かるのは、寸法の差から推せる範囲までである。
画面が五十六センチで全体が八メートルなら、後ろに継ぎ足しがあると考えるほかない。
継ぎ足された紙の枚数までは分からない。
名画ほど、長くなる
題跋の長さは、その巻物がどれだけ人の目に触れたかを示している。
大事にされた絵ほど、多くの人が見る。
多くの人が見れば、書く人も増える。
書く人が増えれば、紙を継ぎ足す。
つまり、巻物の長さは評価の記録でもある。
文徴明の一点は、絵が五十六センチしかない。
それでも八メートルになっている。
四百年のあいだ、繰り返し人の目に触れたのだろう。
一方、沈周の一点は、絵そのものが六メートル以上ある。
題跋は四メートル半である。
絵の長さに比べれば、控えめとも言える。
もっとも、これは推測にすぎない。
館の記録には、題跋の数も書き手も書かれていない。
長さから読めるのは、そこまでである。
それでも、寸法の差という単純な数字が、時間の痕跡になっている。
巻いた状態の、太さ
もう一つ、記録に書かれていない数字がある。
巻いたときの太さである。
八メートルの紙を巻けば、それなりの太さになる。
二十メートルなら、なおさらである。
巻子は、しまうときには巻いた状態である。
箱に収め、棚に置く。
だから、太さは保管の条件を決める。
しかし、寸法の欄には出てこない。
館が測るのは、広げた状態の寸法である。
これは、作品としての寸法を書く欄だからだろう。
保管のための数字は、別の記録にあるはずである。
目録に出てくるのは、見るときの姿である。
巻いた姿は、記録の外にある。
一件の実物には、その両方があるのに。
一件の中に、何が入っているか
最後に、単位の話に戻りたい。
九点は、いずれも一件である。
そして一件の中には、こういうものが入っている。
絵。引首の題字。後ろに続く題跋。継ぎ足された紙。押された印。
そして、それらを支える裂と、両端の軸。
書いた人は、何十人にもなる。
年代も、数百年にわたる。
それでも、番号は一つである。
なぜかといえば、物理的に一続きだからである。
切り離せば別の件になるが、つながっているかぎり一件である。
これは、ここまで見てきたどの形式とも違う。
写生帖は、綴じられていても頁ごとに数えられた。
画帖は、一冊で数えるものと一葉で数えるものがあった。
巻子は、つながっているかぎり一件である。
そして、そのつながりは、いくらでも伸ばせる。
一点という単位が、これほど伸縮する形式は他にない。
一件という単位の中に、四百年ぶんの時間が巻き込まれている。


