画家を知る

森の中から、浅い流れを見る——ワージントン・ウィトリジ

縦長の画面である。上部を枝が覆い、天井のある空間になる。開けた眺めではなく、森の内側から描いている。六点の判型と光の入り方から、なぜこの画家が縦長を選んだのかを考えたい。奥の明るみだけが、森の外につながっている。岩壁の色にも注目したい。

鱒の淵
ワージントン・ウィトリジ《鱒の淵》メトロポリタン美術館蔵

森の中の、浅い流れ

一枚の風景から始めたい。

鱒の淵
ワージントン・ウィトリジ《鱒の淵》1870年。油彩、カンヴァス。縦91.4センチ、横68.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・A・ファウラー大佐の寄贈、1921年。ワージントン・ウィトリジ《鱒の淵》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

左右に、太い幹が立つ。

そして、上部は枝と葉で覆われる。

中央に、浅い水が流れる。

手前に、倒れた木。

奥に、明るい岩壁が見える。

縦長という判型

判型を見たい。

縦91.4センチ、横68.9センチ。

つまり、縦が長い。

風景画としては、珍しい形である。

なぜ、縦長か

木の高さを収めるためだろう。

そして、上へ伸びる幹を見せる。

つまり、主題が判型を決めている。

上部の枝

画面の上を見たい。

枝が交差し、空をほとんど隠す。

そして、隙間から光が漏れる。

つまり、天井のようになっている。

天井のある風景

空が見えない風景は、閉じている。

そして、外の広さが分からない。

つまり、内側の空間である。

森の中から、描く

視点を考えたい。

木立の外からではない。

つまり、森の中に立っている。

題の地名

題を見たい。

海岸の名と、町の名が入る。

つまり、場所が特定できる。

開けた眺めではない

遠くの山も、広い空もない。

そして、視界が木に遮られる。

つまり、閉じた空間である。

岩壁の色

奥の岩を見たい。

明るい黄土色である。

そして、周囲の暗い緑と対比される。

つまり、色の差で奥が示される。

奥の明るみ

画面の中央奥を見たい。

明るい岩壁がある。

そして、そこだけが光る。

暗い中の、光

周囲が暗く、奥が明るい。

つまり、視線が奥へ引かれる。

そして、そこに空間の抜けがある。

一九一三年の購入

来歴を見たい。

館の記録では、一九一三年に基金で購入された。

つまり、寄贈ではない。

水面の反射

手前の水を見たい。

岩と木を映す。

そして、わずかに波立つ。

つまり、浅い流れである。

倒れた木

手前を見たい。

太い幹が、水を横切る。

そして、皮が剥がれている。

つまり、倒れて時間が経っている。

下草の描写

地面を見たい。

シダらしき葉が茂る。

そして、落ち葉が積もる。

つまり、湿った森である。

手つかずの森

倒木が残るのは、人が入らないからである。

そして、下草も茂る。

つまり、管理されていない森である。

幹の質感

左の幹を見たい。

表面に、縦の割れ目がある。

そして、苔らしきものが付く。

つまり、細かく描かれている。

明暗の配分

画面の明暗を見たい。

四隅が暗く、中央が明るい。

つまり、光が中心に集まる。

そして、視線もそこへ向かう。

葉の描き方

上部の葉を見たい。

小さな筆触が、密に重なる。

そして、明暗が交互になる。

つまり、光の粒として置かれている。

緑の少なさ

緑を見たい。

思ったより少ない。

そして、茶と黄土が多い。

つまり、秋の色に近い。

色の幅

色を見たい。

茶、黄土、暗緑、そして淡い黄。

つまり、暖かい色が支配する。

一八七〇年という年

制作年は、一八七〇年である。

作者は一八二〇年生まれと記録される。

つまり、五十歳ごろの仕事である。

そして、一九一〇年に没している。

生まれた場所と、没した場所

館の記録には、地名がある。

オハイオ州で生まれ、ニュージャージー州で没した。

つまり、内陸から東部へ移っている。

九十年の生涯

生没年を見たい。

一八二〇年から一九一〇年。

つまり、九十年である。

題という情報

題を見たい。

鱒の淵とある。

つまり、魚のいる場所である。

そして、釣りに関わる名でもある。

一九二一年の寄贈

来歴を見たい。

館の記録では、一九二一年の寄贈である。

つまり、没後十一年で館へ渡った。

森の小川
ワージントン・ウィトリジ《森の小川》1885〜86年ごろ。油彩、カンヴァス。縦71.1センチ、横91.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。モーリス・J・コッターの寄贈、母を記念して、2003年。ワージントン・ウィトリジ《森の小川》メトロポリタン美術館蔵

横長の、同じ主題

二点目は、横長である。

そして、主題は一点目と近い。

森の中の、浅い流れである。

二点の寸法

寸法を比べたい。

一点目が91.4センチ掛ける68.9センチ。

二点目が71.1センチ掛ける91.4センチ。

つまり、縦横が入れ替わっている。

縦と横で、何が変わるか

一点目は、木の高さを見せる。

そして、二点目は、流れの広がりを見せる。

つまり、判型が主題の見せ方を決める。

中央の流れ

画面を見たい。

小川が、手前から奥へ伸びる。

そして、白く光る。

つまり、視線を奥へ導く。

白い花

草地を見たい。

小さな白い点が散る。

そして、緑の中で目立つ。

つまり、花である。

岸の草

流れの両側を見たい。

明るい緑の草が生える。

そして、小さな白い花が散る。

つまり、春か初夏である。

倒れた枝

右手前を見たい。

太い枝が、水に落ちている。

そして、その先が水面に触れる。

一点目と同じ要素である。

木の種類

幹を見たい。

白っぽく、滑らかである。

そして、横に筋が入る。

つまり、樺の類だろうか。

もっとも、館の記録に種名はない。

繰り返される要素

倒木、浅い流れ、そして木立。

つまり、同じ要素が繰り返される。

同じ主題を、描き続ける

同じ主題を何度も描く画家がいる。

そして、そのたびに構図を変える。

つまり、条件を変えた実験である。

額の意匠

額を見たい。

金色で、内側に細い線がある。

そして、幅が狭い。

つまり、簡素な形式である。

額ごと、撮る

画像を見たい。

金色の額が写っている。

そして、細い線の装飾がある。

つまり、額を含めて撮影されている。

二〇〇三年の寄贈

来歴を見たい。

館の記録では、二〇〇三年の寄贈である。

そして、母を記念する寄贈とされる。

十五年の差

一点目は一八七〇年、二点目は一八八五年ごろ。

つまり、十五年の差がある。

同じ主題を、長く描き続けている。

二〇〇三年という年

六点の中で、最も新しく館へ入った一枚である。

そして、最も早い一点とは九十八年の差がある。

つまり、一世紀かけて集まっている。

記念としての寄贈

記念の形で作品が館へ渡ることは多い。

そして、記録に故人の名が残る。

つまり、寄贈が記憶の形になる。

裏打ちの見える一枚

三点目の画像は、変わっている。

森の夕暮れ
ワージントン・ウィトリジ《森の夕暮れ》1876年。油彩、カンヴァス。縦107.5センチ、横91.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・H・クックの遺贈、1905年。ワージントン・ウィトリジ《森の夕暮れ》メトロポリタン美術館蔵

画面の上下に、金具が見える。

そして、四辺に画布の縁がある。

つまり、額に入れずに撮影されている。

画布の縁

縁を見たい。

木枠に巻いた部分が見える。

そして、留めた跡もある。

つまり、絵の具の載っていない帯である。

縁の状態

画布の縁を見たい。

繊維が見え、留めた跡がある。

そして、変色している。

つまり、木枠に触れていた部分である。

額から、外して撮る

額から外せば、画面の隅まで見える。

そして、支持体の状態も分かる。

つまり、情報が増える。

撮影の設え

作品を立てて撮るには、支えが要る。

そして、その支えが写り込む。

つまり、撮影の設えが見える。

額が、写らない

額に入れて撮れば、額が写る。

そして、外して撮れば、縁が写る。

つまり、どちらでも余分なものが入る。

支える金具

上下の金具を見たい。

画布を挟んで支えている。

つまり、撮影のための道具である。

整えないという判断

金具や縁を消すこともできるだろう。

しかし、そのまま公開されている。

つまり、記録として出している。

作業の跡

これも、作業の途中の姿である。

そして、そのまま公開されている。

つまり、隠していない。

一八七六年という年

制作年は、一八七六年である。

作者は、五十六歳ごろになる。

そして、六点の中では中ほどの時期にあたる。

緑の画面

画面の色を見たい。

一点目、二点目より緑が強い。

そして、黄緑の光が奥から差す。

緑の階調

緑を見たい。

暗い緑から、黄緑まで。

つまり、幅が広い。

そして、その階調が奥行きを作る。

夕暮れという題

題を見たい。

森の夕暮れとある。

つまり、時刻が主題である。

奥の光

画面の中央奥を見たい。

黄色い光が広がる。

そして、そこだけが明るい。

つまり、日が低い。

幹の暗さ

幹を見たい。

ほとんど黒に近い。

そして、輪郭だけが明るい。

つまり、光を背にしている。

逆光の効果

奥が明るく、手前が暗い。

つまり、逆光である。

そして、木の幹が影になる。

縦長の判型、再び

寸法を見たい。

縦107.5センチ、横91.7センチ。

つまり、縦が長い。

一点目と同じ方針である。

最も大きな縦長

寸法を見たい。

縦107.5センチである。

つまり、六点の中で最も縦が長い。

一九〇五年の遺贈

来歴を見たい。

館の記録では、一九〇五年の遺贈である。

つまり、六点の中で最も早く館へ入った。

生前に、評価される

存命中に美術館へ入るのは、評価の証である。

そして、遺贈者が買っていたということでもある。

つまり、市場で流通していた。

遺贈という形

遺贈は、亡くなった人の意志による。

そして、館が受け取る。

一九〇五年という年は、館の初期にあたる。

存命中の収蔵

作者は一九一〇年に没している。

そして、遺贈は一九〇五年。

つまり、作者の存命中に館へ入った。

野外の集会
ワージントン・ウィトリジ《野外の集会》1874年。油彩、カンヴァス。縦40.6センチ、横103.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。アメリア・B・ラザラス基金による購入、1913年。ワージントン・ウィトリジ《野外の集会》メトロポリタン美術館蔵

極端に横長

四点目は、判型が違う。

縦40.6センチ、横103.3センチ。

つまり、横が縦の二・五倍ある。

判型の理由

なぜ、これほど横長か。

大勢を横に並べるためだろう。

つまり、主題が判型を決めている。

帯のような画面

横に長い画面は、帯のようである。

そして、視線が左右に動く。

奥の明るさ

画面の中央奥を見たい。

明るい黄色の空が見える。

そして、木立の隙間から差す。

つまり、逆光である。

何が描かれているか

画面を見たい。

木立の下に、大勢の人がいる。

そして、その手前に水面。

奥に、明るい空が見える。

人の並び

人物の並びを見たい。

木立の下に、横一列に近い。

そして、奥へも続く。

つまり、集まっている。

大勢を、小さく描く

人物を数えたい。

数十人はいるだろう。

そして、いずれもきわめて小さい。

顔は、描かれない

人物を拡大しても、顔は分からない。

そして、衣の色だけが見える。

つまり、個人ではない。

人の高さ

人物の高さを見たい。

画面の高さの十分の一ほどである。

つまり、四センチ足らずである。

白い衣

人物の色を見たい。

白い点が多い。

つまり、明るい衣を着ている。

暗い木立の中で、それが目立つ。

集会という主題

題を見たい。

野外の集会とある。

つまり、人が集まる場面である。

二つの型

風景画には、二つの型がある。

人のいない風景と、人のいる風景である。

そして、この六点には両方がある。

風景の中の人

一点目から三点目には、人がいない。

そして、四点目には大勢いる。

つまり、性格が違う。

木立の高さ

木を見たい。

画面の上端まで届く。

そして、幹が細く長い。

つまり、高い木である。

木立が、主役か

もっとも、人物は小さい。

そして、木立が画面の大半を占める。

つまり、風景の中の出来事として描かれる。

空の抜け

画面の右上を見たい。

明るい空が、わずかに見える。

そして、そこだけが白い。

つまり、木立の切れ目である。

水面の反射

手前の水を見たい。

木立と人影を映す。

そして、静かである。

つまり、鏡のような面である。

大きな画面

五点目は、寸法が大きい。

キャッツキルの鱒の川
ワージントン・ウィトリジ《キャッツキルの鱒の川》1875年。油彩、カンヴァス。縦89.7センチ、横122.1センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ワージントン・ウィトリジ《キャッツキルの鱒の川》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

左右に、太い幹が立つ。

中央に、浅い流れ。

手前に、岩が並ぶ。

奥に、明るい空間。

上部は、枝と葉で覆われる。

大きさ

寸法を見たい。

縦89.7センチ、横122.1センチ。

つまり、六点の中で二番目に大きい。

一点目と、同じ主題

題を見たい。

鱒のいる川とある。

つまり、一点目と同じ主題である。

五年の差

制作年を見たい。

一点目が一八七〇年、五点目が一八七五年。

つまり、五年の差である。

縦から、横へ

一点目は縦長、五点目は横長である。

つまり、同じ主題を判型を変えて描いている。

上部の枝

画面の上を見たい。

枝が交差し、空を隠す。

そして、隙間から光が入る。

一点目と同じ構造である。

何が、変わるか

横長にすると、左右の広がりが出る。

そして、木立が並んで見える。

つまり、森の広さが示される。

手前の岩

画面の下部を見たい。

平らな岩が並ぶ。

そして、そのあいだを水が流れる。

つまり、浅瀬である。

水の流れ

岩のあいだを見たい。

白い筋が走る。

つまり、水が落ちている。

そして、その音が想像される。

岩の描き方

岩を見たい。

一つずつ、明暗が付く。

そして、面の境が線で示される。

つまり、形が追われている。

光の入り方

奥を見たい。

木のあいだから、明るい光が入る。

そして、その光が水面に届く。

つまり、木漏れ日である。

五年で、変わったか

一点目と五点目を比べたい。

色の調子は、近い。

そして、要素も同じである。

つまり、大きくは変わっていない。

色の調子

色を見たい。

茶と黄土が支配する。

そして、緑はわずかである。

つまり、一点目に近い調子である。

セカンド・ビーチ、ニューポート
ワージントン・ウィトリジ《セカンド・ビーチ、ニューポート》1878〜80年ごろ。油彩、カンヴァス。縦76.8センチ、横127.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ワージントン・ウィトリジ《セカンド・ビーチ、ニューポート》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

森ではない一枚

六点目は、これまでと違う。

森ではなく、海岸である。

開けた眺め

画面を見たい。

右に、砂浜と波。

左に、草の生えた砂丘。

中央奥に、大きな岩。

上半分は、空である。

そして、雲が広がる。

空が、半分

空の面積を見たい。

画面の半分近くを占める。

つまり、開けている。

閉じた森と、開けた海

一点目から五点目は、閉じた森である。

そして、六点目は、開けた海岸である。

つまり、正反対である。

雲の描き方

空を見たい。

白い雲が、いくつも浮かぶ。

そして、下部に灰色の影がある。

つまり、厚みが示される。

明るい色

色を見たい。

淡い青、白、そして砂の色。

つまり、明るい。

暗い森の五点とは、対照的である。

波の描き方

波を見たい。

白い帯が、いくつも並ぶ。

そして、砂浜に寄せる。

つまり、繰り返す波である。

砂の色

砂浜を見たい。

淡い黄土色である。

そして、波打ち際が濡れて暗い。

つまり、乾いた砂と濡れた砂を描き分けている。

小さな人影

砂浜を見たい。

小さな人物が、点在する。

そして、いずれも小さい。

つまり、寸法の基準である。

制作年の幅

年代を見たい。

一八七八年から八〇年ごろとされる。

つまり、二年の幅である。

岩という中心

中央奥の岩を見たい。

平らな頂きを持つ。

そして、周囲より暗い。

つまり、画面の中心である。

左の砂丘

画面の左を見たい。

草の生えた盛り上がりがある。

そして、その上に小さな人影。

つまり、高さの差が示される。

横に長い判型

寸法を見たい。

縦76.8センチ、横127.6センチ。

つまり、横が縦の一・七倍ある。

二つの館に、分かれる

六点の所蔵先を見たい。

四点がニューヨーク、二点がワシントン。

つまり、二つの館に分かれている。

比べられる状態

もっとも、公開画像で並べられる。

つまり、同じ画面で比較できる。

館が離れていても、比較は可能である。

六点の内訳

六点をまとめたい。

森の中が五点、海岸が一点。

つまり、森が中心である。

判型の分布

判型を見たい。

縦長が二点、横長が四点。

そして、極端に横長のものが一点。

判型と、主題

縦長は、木の高さを見せる。

横長は、広がりを見せる。

そして、極端な横長は、帯のような眺めを作る。

制作年の分布

年代を並べたい。

一八七〇年、七四年、七五年、七六年。

そして、七八から八〇年ごろ、八五から八六年ごろ。

つまり、十六年に分布する。

五十代から、六十代へ

作者の年齢を計算したい。

五十歳から、六十六歳ごろまでである。

つまり、活動の後半にあたる。

森という主題

同じ主題を、繰り返し描く。

そして、判型と時刻を変える。

つまり、条件を変えた実験である。

何を、変えるか

判型、光の向き、季節、そして人の有無。

つまり、変数が複数ある。

何を、変えないか

一方、変わらないものもある。

木立、浅い流れ、そして倒木。

つまり、要素は共通する。

繰り返しの意味

繰り返しは、怠りではない。

同じ対象を、違う条件で試す。

そして、そのたびに結果が違う。

一点だけの海

六点のうち、海岸は一点である。

つまり、例外にあたる。

もっとも、同じ画家の仕事である。

主題の幅

森だけを描いたわけではない。

そして、海岸も描いている。

つまり、関心が一つに限られない。

森を、内側から

最後に、この六点の性格に触れたい。

森の絵は、たいてい外から描かれる。

そして、木立が遠くに見える。

内側から、描く

一方、この五点は森の中にある。

そして、視界が木で遮られる。

つまり、立っている場所が違う。

見る人の位置

森の中に立てば、上を見上げる。

そして、奥の明るみを探す。

六点のうち五点が、その姿勢を要求する。

そこに、この画家の関心がある。

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