同じ顔が、九十一回出てくる——ハンティントンの寄贈、1883年
ガラス、磁器、青銅、銅、金鍍金、ファイアンス。材料も形もばらばらなのに、描かれている人物は数人しかいない。集めた軸が「誰の顔か」だと、館の分類はきれいに横切られる。四百点規模の偏りを読みたい。七十点に横顔の分類が付いている理由も考えたい。

同じ顔が、九十一回出てくる
メトロポリタン美術館の記録を、出所の行で絞ってみる。
ウィリアム・H・ハンティントンによる寄贈、一八八三年。
この一行を持つ作品が、当サイトの公開分だけで九十一点ある。
番号はすべて八三・二で始まる。
枝番は一から四七三まで散らばる。
つまり、もとの寄贈は四百点を超えていた可能性が高い。
種別を数えると、こうなる。
メダルが六十点。
メダリオンが十二点。
絵画が九点。
皿が七点。
小像が三点。
そして、描かれている人物を数えると、こうなる。
ジョージ・ワシントンが二十一点。
ベンジャミン・フランクリンが十八点。
ラファイエット侯爵が九点。
トマス・ジェファソンが二点。
さらに、横顔という分類が七十点に付いている。
一人の寄贈者が、特定の数人の顔を、四百点ぶん集めていた。
今回は、その九点を見たい。

白黒の画像である。
黒い木の額に収まっている。
その中に、胸から上の肖像。
白髪を左右で膨らませ、後ろでまとめる。
黒い上着に、白い襟と胸当て。
顔は正面をやや外し、こちらを見ていない。
背景は暗い。
画面の下に、筆記体の文字が書かれている。
人名らしい。
技法の欄は、ガラスに彩色とある。
板でも布でもない。
ガラスの裏側から絵具を置く技法である。
一度置いた色は、上から直せない。
順序が逆になるので、明るい部分から先に描く。
年の欄が、没年を越えている
この一点の年の欄を、見ておきたい。
一七七六年から一八三〇年。
五十四年の幅がある。
一方、作者とされる画家の没年は一八二八年である。
年の幅が、没年を二年越えている。
つまり、この幅は制作の時期を示していない。
原画が描かれうる時期の幅か、あるいは類例の年代の幅だろう。
こうした広い年の幅は、作者の帰属が確定していないときに使われる。
この画家の肖像を写した作、という扱いなのかもしれない。
館は、そこまでは書かない。
作者の欄に、名前がそのまま入っている。
メダルという分野
メダルについて、少し説明しておきたい。
貨幣ではない。
支払いには使わない。
出来事や人物を記念するために作られる金属の板である。
作り方は二通りある。
一つは、鋳造である。
型に金属を流し込む。
もう一つは、打刻である。
金属の円板を、彫った型で強く押す。
打刻のほうが、細かい線が出る。
そして、同じ型から何千枚も作れる。
十九世紀のヨーロッパとアメリカでは、メダルは盛んに作られた。
博覧会、記念式典、団体の表彰。
機会があれば、メダルが作られた。
だから、数が多い。
そして、値も安い。
集める対象としては、入りやすい分野である。
この寄贈が四百点規模になったのも、メダルが中心だったからだろう。
同じ大きさのものが、箱に整然と並ぶ。
保管も、絵画よりはるかに楽である。
材料の欄を、読み比べる
九点の材料を、もう一度並べたい。
青銅が四点。
銅が一点。
金鍍金の青銅が一点。
ガラスに彩色が一点。
ガラスと磁器が一点。
ファイアンスが一点。
金属が六点、それ以外が三点である。
金属のなかでも、青銅と銅と金鍍金に分かれる。
青銅は、銅と錫の合金である。
硬く、細かい型が出る。
銅は柔らかく、鋳造に向く。
金鍍金は、表面に金の薄い層を付けたものである。
小さく高価に見せたいときに使う。
四・一センチのメダルに金鍍金を施すのは、贈答の品だったからだろう。
材料の選び方が、そのものの用途を示している。
一つの顔が、材料を変えて繰り返す

白黒の画像である。
楕円のガラスの板。
その表面が、細かい菱形に刻まれている。
光を受けて、粒のように輝く。
その中央に、白い横顔が浮かぶ。
左を向いている。
髪は後ろで束ねられ、垂れている。
上着の襟と、胸の飾りが見える。
白い部分は、磁器を嵌め込んだものだろう。
技法の欄に、ガラスと磁器とある。
二つの材料を組み合わせている。
画像の下端に、番号らしい文字が写っている。
第四回で見た、器に書かれた番号と同じである。

円形の金属板である。
上端に、吊るすための輪が付く。
中央に、横顔が右を向いて浮き彫りにされる。
髪は肩まで垂れ、額は広い。
眼鏡はかけていない。
上着の襟が二重になり、釦が並ぶ。
顔のまわりに、彫られた文字が円く回る。
筆記体に近い書体である。
館の記録は、題を《メダリオン》とだけ書く。
誰の肖像かは、題には入っていない。
しかし、分類の札には人物名が付いている。
十八世紀のアメリカを代表する人物の一人である。
毛皮の帽子

四角い木の枠に、円形の板が嵌まっている。
枠の縁には、細かい刻みが並ぶ。
上端に、吊り輪。
円の中に、横顔が左を向く。
頭に、丸い帽子をかぶっている。
毛のある素材らしく、縁がふさふさしている。
髪は帽子の下から出て、肩へ垂れる。
顔は年配で、頬がやや落ちる。
上着は簡素で、飾りがない。
枠の右下に、赤い数字が書かれている。
館の番号である。
ここでも、年が合わない
この一点にも、食い違いがある。
作者の没年は、一七八六年と記録されている。
一方、作品の年は一八七〇年から一九〇〇年。
八十年以上あとである。
これは、後の時代の鋳造だろう。
メダリオンは、型があれば何度でも作れる。
原型を彫った人の名は残る。
しかし、実際に作られたのは、はるか後のこともある。
館の記録は、作者の欄に原型を作った人を書く。
年の欄には、この一点が作られた時期を書く。
二つの欄が、別々のことを指している。
食い違いに見えるが、実は書き分けである。
前の一点の年の幅も、同じ事情かもしれない。
複製が容易な種類のものは、こうなる。
第十五回で扱った、複製と反復の問題がここにも現れる。

小さな円形のメダルである。
径四・一センチ。
親指と人差し指で挟める大きさである。
中央に、横顔が左を向く。
髪は肩まで長く、うねっている。
額は広く、頭頂は薄い。
首もとに、襟が立つ。
顔のまわりに、大文字の名前が彫られている。
右側に姓、左側に名。
下端に、小さく制作者の署名らしいものがある。
陶器の皿にも、同じ顔

色の付いた画像である。
白い皿の中央に、肖像が描かれている。
胸から上で、正面をやや外して立つ。
白髪、黒い上着、そして胸に青い帯。
肩に金の飾り。
軍装のようである。
縁には、透かしの穴が開く。
穴と穴のあいだに、紅色と緑の花綱が描かれる。
小さな薔薇と葉が交互に並ぶ。
金の点も散らされている。
径二十二・九センチ。
食器の大きさである。
肖像が、皿の絵になっている。
顔が、日用品に載る
九点の材料を並べたい。
ガラス、ガラスと磁器、青銅、銅、金鍍金の青銅、ファイアンス、青銅、青銅、青銅。
そして種別は、飾り板、メダリオン、メダリオン、メダリオン、メダル、皿、メダル、メダル、メダル。
同じ顔が、異なる材料と形で繰り返されている。
壁に掛けるもの。
手に持つもの。
食卓に出すもの。
用途はばらばらである。
十八世紀の終わりから十九世紀にかけて、著名な人物の肖像は商品だった。
版画、メダル、陶器、ガラス。
作れる材料すべてで作られた。
集めるほうから見れば、これは扱いやすい対象である。
数が多く、値が安く、小さい。
四百点を一人で集めることも、不可能ではない。
吊り輪が付いているもの
九点のうち、二点に吊り輪が付いている。
金属の輪が、上端に取り付けられている。
つまり、壁に掛けて見せるものである。
引き出しに仕舞うのではない。
一方、径五センチのメダルには輪がない。
こちらは、箱に並べて保管する。
見せ方が、形に表れている。
そして、四角い枠に嵌められた一点は、額装に近い。
同じ円形の板でも、扱いが三通りに分かれる。
掛けるもの、仕舞うもの、額に入れるもの。
集めた人の家では、この三つが別々の場所にあっただろう。
館に入ると、その区別は消える。
すべてが同じ棚に、番号順に並ぶ。
第十七回で扱った「一点という単位」の話と、これは裏返しの関係にある。
館は、単位を決め直すだけでなく、置き場所も決め直す。
白黒と、色
九点のうち、三点が白黒の画像である。
飾り板、ガラスと磁器のメダリオン、そして青銅のメダリオン。
残りの六点は、色付きで撮影されている。
同じ寄贈のなかで、撮り直された点とそうでない点がある。
第二回でも同じことを書いた。
判断の基準は、記録には残っていない。
ただ、白黒の三点には共通点がある。
いずれも、番号らしい文字が画像に写り込んでいる。
つまり、古い撮影である。
作品の記録と、管理の記録を兼ねていた時代のものだろう。
色付きの六点には、番号は写っていない。
撮影の作法が変わったことが、そのまま画像の差になっている。
見ている画像がいつ撮られたかは、こういうところから推し量れる。
三つの顔が、重なる

円形のメダルである。
中央に、三人の横顔が重なって並ぶ。
いずれも右を向いている。
いちばん手前が、髪を後ろで束ねた人物。
その後ろに、二人が半ば隠れて続く。
三人の輪郭が、少しずつずれて重なる。
顔のまわりに、大文字の文が円く回る。
英雄たちへ、そして人民の友へ、という趣旨の言葉である。
下端に、制作者の署名。
複数の人物を一枚に収めるとき、この重ね方がよく使われる。
正面から並べると、幅が要る。
横顔なら、重ねられる。
顔の輪郭だけで人物を見分ける仕組みである。
横顔ばかりである理由
九十一点のうち、七十点に横顔の分類が付いている。
なぜ横顔なのか。
理由の一つは、彫りやすさである。
浮き彫りは、面の高さで形を作る。
正面の顔は、鼻と目と頬の高さを同時に扱わなければならない。
横顔なら、輪郭の一本の線で似せられる。
額から鼻、口、顎まで。
この線が合っていれば、その人に見える。
もう一つは、貨幣の伝統である。
古代から、貨幣には支配者の横顔が刻まれてきた。
メダルは、その形式を受け継いでいる。
だから、横顔になる。
つまり、この寄贈の七十点は、技法と伝統の両方に規定された形である。
集めた人の好みだけでは決まらない。

円形のメダルである。
中央に、横顔が左を向く。
その顔を、細かい葉の輪が取り囲む。
輪の上に、翼を広げた鳥。
鷲である。
輪の内側にも、文字が円く並ぶ。
下部にも、人名らしい文字。
顔の部分は、まわりの装飾より高く浮き上がる。
輪郭がはっきりしている。
背景は平らな面のままである。
装飾と肖像の高さの差が、見る位置を決めている。

九点のなかで、いちばん大きいメダルである。
径八・九センチ。
手のひらに載る。
中央に、横顔が右を向く。
髪は後ろで束ねられ、房になって垂れる。
首もとに、白い布らしい隆起。
上着の襟が立つ。
文字は入っていない。
顔の輪郭だけが、平らな地から浮き上がる。
縁は、細く盛り上がった輪になる。
装飾を排して、顔だけにしている。
前の一点と比べると、方針が正反対である。
番号が、一と二である
この一点の番号は、八三・二の二である。
そして、三つ前に見たメダルは、八三・二の一である。
つまり、この寄贈の最初の二点が、どちらもメダルだった。
登録は、たいてい箱の順に行われる。
同じ種類のものが、まとめて入っていたのだろう。
一方、絵画は一〇七番、皿は一四八番、メダリオンは一五九番から。
種別ごとに、番号の区画が分かれている。
寄贈者が、種類ごとに分けて渡したか。
館が、整理してから登録したか。
どちらかは分からない。
しかし、番号の並びには秩序がある。
四百点を一度に受け入れるなら、整理は不可欠である。
大きさが、ばらばらである
九点の寸法を並べたい。
二十・三センチ掛ける十三・七センチ。
十・二センチ掛ける八・三センチ。
径十・八センチ。
十三・三センチ掛ける十三センチ。
径四・一センチ。
径二十二・九センチ。
径五・一センチ。
径五・一センチ。
径八・九センチ。
いちばん小さいのが四・一センチ。
いちばん大きいのが二十二・九センチ。
五倍以上の開きがある。
しかし、いずれも手に持てる大きさである。
四百点を集めても、部屋一つに収まる。
大きな彫刻や絵画では、こうはいかない。
集めやすさは、大きさで決まる部分が大きい。
そして、館に入ってからも、この大きさが効いてくる。
小さいものは、展示に出にくい。
一点ずつでは見応えがないからである。
まとめて並べるしかない。
つまり、四百点は四百点として見せるほかない。
集めた人の集め方が、展示の仕方まで規定してしまう。
同じ人を、何度も見る
最後に、この寄贈を見るときの心構えを書いておきたい。
同じ顔が何十枚も並ぶと、見る側は飽きる。
一枚ずつの違いが、見えなくなる。
しかし、違いはある。
輪郭の線の位置。
髪の房の数。
襟の形。
装飾があるかないか。
文字が入るかどうか。
一枚ずつ違う判断がなされている。
そして、その判断は作られた時期と場所を反映する。
四百点を並べると、その変化が読める。
一枚では読めない。
集めるという行為の意味が、ここにある。
数がそろってはじめて見えるものがある。
一人の関心が、一区画を作る
この寄贈について、記録から言えることをまとめたい。
一八八三年に、一人の名で四百点規模の受け入れがあった。
内容は、特定の数人の肖像に集中している。
材料と形式は、きわめて多様である。
つまり、集めた基準は「誰の顔か」であって、「何でできているか」ではない。
美術館の分類は、ふつう材料と形式で分ける。
絵画、彫刻、陶磁、金工。
この寄贈は、その分類を横切っている。
一人の関心は、館の棚の並べ方に従わない。
だから、受け入れると、館の分類のあちこちに散る。
九点の種別が六通りに分かれているのは、そのためである。
寄贈者について、分かること
出所の行にある名前について、記録から読み取れることは少ない。
分かるのは、一八八三年に大量の寄贈があったこと。
そして、その内容が特定の人物の肖像に集中していること。
四百点を集めるには、年月と機会が要る。
制作地を見ると、フランス製が多い。
作者の欄には、パリで活動した人の名が並ぶ。
つまり、この人はフランスにいたか、フランスの市場で買っていた。
十九世紀のパリには、この種の品を扱う店があった。
革命と共和政の時代の記念品が、大量に出回っていたからである。
そのなかに、アメリカの人物の肖像も含まれていた。
なぜフランスでアメリカ人の顔が作られたのか。
十八世紀の終わりに、フランスとアメリカは同盟関係にあった。
その時期の記念品が、後の世代まで作り続けられた。
第四回で触れた後の鋳造の例も、この文脈に置くと理解できる。
もっとも、以上は品物の側から推し量ったことである。
館の記録には、寄贈者の経歴は一行も書かれていない。
顔を集めるということ
最後に、この寄贈の性質について考えたい。
美術品を集めるとき、ふつうは作者や様式や時代を軸にする。
この寄贈の軸は、描かれた人物である。
誰が作ったかは、二の次になる。
その結果、作者の名がばらばらになる。
フランスの彫刻家、イタリア生まれの制作者、アメリカの版刻師、フランスの陶工。
国も時代も違う。
共通するのは、同じ数人の顔を作ったという一点だけである。
こういう集め方は、美術史の枠から外れる。
しかし、記録としては強い。
ある人物の顔が、どういう材料で、どういう形で流通したか。
その一覧になっている。
美術館の所蔵は、こうした偏りの集まりでできている。
出所の行の一つの名前が、その偏りの単位である。
次の回では、もう一つの偏りを読みたい。
象牙に描かれた小さな肖像を、一人で数百点集めた例である。
そこでも、集めた人の名が一行に残っている。
そして、その一行が、館の一分野の骨格になっている。
顔を集める人と、小さな肖像を集める人。
やっていることは、驚くほど似ている。
違うのは、集めた対象の側の事情だけである。
集める人は、館の分類には従わない。
従わないからこそ、館の棚に厚みが生まれる。


