五枚が、同じ大きさで並ぶ——ジョゼフ・ブラックバーン
縦126.7、126.7、127.6、127.6、127.2センチ。六枚のうち五枚が、九ミリの幅に収まる。規格に近い布を続けて使ったのだろう。作者の生没年は記録になく、活動の期間だけが残る。植民地の肖像画六枚を、寸法という一点から読み直したい。

羊飼いの杖を持つ
一枚から始めたい。

女性が、立っている。
右手に、長い杖を持つ。
杖の先には、花が結ばれる。
そして、足元に白い羊がいる。
深い緑の衣を着る。
腰に、黄色い帯を巻く。
背景の右は、開けた景色である。
そして、左は暗い布で塞がれる。
衣の色
深い緑である。
そして、光の当たる面だけが明るい。
つまり、絹の艶が出ている。
杖の先の花
杖の上端を見たい。
花が、束ねて結ばれる。
そして、垂れ下がる。
つまり、飾りとして付けられている。
牧歌の場面では、よく使われる。
羊飼いという扮装
杖と羊は、羊飼いの印である。
もっとも、この人が羊を飼っていたわけではない。
当時の肖像には、扮装で描く形式があった。
つまり、役を借りて姿を作る。
館の記録は、そこまで説明しない。
だから、当サイトは断定しない。
目の描き方
瞳が、はっきり描かれる。
そして、光の点が入る。
つまり、生き生きと見せる工夫である。
羊の描き方
足元の羊を見たい。
顔がこちらを向く。
そして、体は白い。
もっとも、毛の質感は細かくない。
つまり、主役ではない。
顔と、衣
顔は、丁寧に描かれる。
そして、頬に赤みが差す。
衣は、光の当たる面が白く光る。
つまり、絹だろう。
帯の色
腰の帯は、黄色である。
そして、緑の衣とよく分かれる。
つまり、対比の色になっている。
背景の二分割
画面の左は、暗い布である。
そして、右は明るい景色になる。
つまり、上下ではなく左右で分ける。
この形は、当時の肖像に多い。
手の描き方
指が、細く長い。
そして、関節が目立たない。
つまり、実物より整えられている。
これは、当時の肖像によくある。
袖の白
袖口から、白い襞が出る。
つまり、下着の袖である。
そして、腕の細さを示す。
赤い結び目
胸元と腰に、赤い結び目がある。
そして、そこだけ色が強い。
つまり、視線が集まる。
首飾り
胸元を見たい。
小さな粒が連なる。
つまり、真珠の首飾りだろう。
もっとも、館の記録は書かない。
二枚目も、同じ年

こちらも、女性の立ち姿である。
青灰色の衣を着る。
胸元に、赤い結び目がある。
そして、袖口に白い襞がある。
左肘を、石の台に載せる。
石の台という道具
肘を載せる石の台がある。
そして、姿勢が安定する。
つまり、立ち姿を作るための小道具である。
一枚目には、この台がない。
寸法が、ほぼ同じ
一枚目は縦126.7センチ、横101.6センチ。
そして、二枚目は縦126.7センチ、横101.9センチ。
つまり、横が3ミリだけ違う。
規格という考え方
同じ寸法なら、額も揃えられる。
そして、掛け替えもできる。
つまり、後の扱いが楽になる。
布の幅
カンヴァスは、織った布である。
そして、織機の幅で寸法が決まる。
つまり、横幅には限りがある。
同じ寸法という意味
同じ大きさの布を、続けて使う。
つまり、決まった規格があったのだろう。
もっとも、館の記録はそう書かない。
だから、当サイトは推測に留める。
対の絵という習慣
夫婦や姉妹を、同じ寸法で描く。
そして、並べて掛ける。
つまり、二枚で一組になる。
向きの対応
一枚目の人は、やや右を向く。
そして、二枚目の人はやや左を向く。
つまり、向かい合わせに置ける。
対で、飾るための絵
同じ寸法なら、並べて掛けられる。
そして、部屋の中で対になる。
つまり、注文の時点で組が想定される。
遺贈者の名
遺贈者は、四枚目と同じ人である。
つまり、夫婦の二枚を一人が持っていた。
二枚の受入
来歴の欄を見たい。
二枚とも、同じ人の寄贈である。
そして、年はどちらも1916年。
一枚目の題
題は、人の名そのものである。
つまり、誰かが分かっている。
名の一致
姓が同じであることは、記録に残る事実である。
もっとも、血縁かどうかは書かれない。
だから、当サイトは断定しない。
寄贈者の名
寄贈者の姓は、シルヴェスターである。
そして、一枚目に描かれた人の姓も同じ。
つまり、家に伝わった絵だろう。
もっとも、館の記録は関係を書かない。
一人の寄贈者から二枚
二枚は、同じ人から同じ年に来た。
つまり、まとめて渡されている。
一九一六年という年
受入年は1916年である。
つまり、描かれてから百六十二年後になる。
家から、館へ
百六十年ほど、家に置かれた。
そして、館へ渡る。
つまり、私的な記念が公共の資料になる。
作者の記録
作者の欄を見たい。
1752年から1778年ごろまで活動、とある。
出自も、書かれない
生まれた土地も記録されない。
つまり、経歴の多くが空白である。
そして、館はそれを埋めない。
生没年が、ない
生まれた年も、没した年も書かれない。
つまり、分かっていない。
そして、活動の期間だけが残る。
記録の作り方
分かることだけを書き、分からないところは空ける。
つまり、埋めない。
およそ、という語
活動期の終わりには、およそ、と付く。
つまり、そこも確かではない。
そして、それも記録に残る。
活動期という書き方
作品の年から、活動の幅を割り出す。
つまり、記録は作品に支えられている。
六枚の年
この記事で扱う六枚を見たい。
1754年が二枚、1756年が一枚。
そして、1760年ごろが一枚、1762年から1763年ごろが二枚。
六枚という標本
六枚から言えるのは、傾向までである。
だから、当サイトは断定を避ける。
六枚が語る範囲
六枚は、活動期二十六年のうちの九年分である。
つまり、全体の一部にすぎない。
だから、これで画家を語り尽くせない。
十年ほどの幅
つまり、九年の中に収まる。
そして、活動期の前半にあたる。
二人を、続けて描く
同じ年に、夫と妻を描く。
そして、同じ寸法にする。
つまり、はじめから二枚で注文されている。
夫婦の、二枚
三枚目に移りたい。

白銀色の衣が、大きく広がる。
そして、腰から下が張り出す。
肩に、薄い布を掛ける。
左手に、果実らしきものを持つ。
背景の右は、木立である。
肩に掛けた布
肩から背へ、薄い布が回る。
そして、風をはらんだように広がる。
つまり、動きを付けるための工夫だろう。
張り出した腰
腰から下が、左右へ大きく広がる。
そして、布が硬そうに見える。
つまり、内側に骨組みを入れている。
衣の光
絹の面が、鋭く光る。
そして、影が濃い。
つまり、明暗の差が強い。
この描き方は、当時の英国風である。
もっとも、館の記録はそう書かない。
背景の岩
右奥に、岩と水が見える。
そして、その奥に木立が続く。
つまり、庭ではなく野の景色である。
果実を持つ手
左手を見たい。
丸い実らしきものを、指でつまむ。
もっとも、種類までは分からない。
だから、当サイトは断定しない。
四枚目は、夫

灰色の上着を着た男性である。
そして、卓に片手を置く。
その手に、紙を持つ。
もう一方の手には、白い布がある。
背景の左に、額に入った絵がある。
紙を持つ手
右手の紙を見たい。
折り目がある。
つまり、手紙か書付だろう。
もっとも、館の記録は書かない。
卓の上の布
卓には、深い緑の布が掛かる。
そして、その上に手が置かれる。
つまり、白い手が際立つ。
絵の中の、絵
背景の額を見たい。
海と空が描かれる。
そして、帆らしき形もある。
つまり、船の絵だろう。
灰色という色
上着も、下の衣も灰色である。
つまり、色数が少ない。
そして、顔と手だけが明るい。
上着の釦
上着の前を見たい。
丸い釦が、縦に並ぶ。
そして、袖口にも並ぶ。
つまり、当時の仕立てである。
何を示すか
商いの相手が海なら、船は仕事を示す。
もっとも、館の記録は説明していない。
だから、当サイトは断定しない。
二枚を、並べる
夫は左を向き、妻は右を向く。
つまり、向かい合わせに掛けられる。
三ミリという差
三ミリは、布を張るときの誤差の範囲だろう。
もっとも、館の記録はそう書かない。
だから、当サイトは推測に留める。
二枚の寸法
夫人は縦127.6センチ、横102.9センチ。
そして、夫は縦127.6センチ、横102.6センチ。
つまり、縦が同じで、横が3ミリ違う。
八年の差
1754年と、1762年から63年ごろ。
つまり、八年ほど離れている。
一枚目・二枚目との比較
1754年の二枚は、縦126.7センチだった。
そして、この二枚は縦127.6センチ。
つまり、九ミリの差である。
立ち姿という選択
四枚とも、立った姿である。
つまり、椅子に座らせていない。
そして、衣の全体が見える。
半身像という形式
膝から上を、等身に近い大きさで描く。
そして、手も持ち物も入る。
つまり、情報が多い形式である。
規格に、近い
四枚とも、およそ127センチ×102センチ。
つまり、同じ規格の布と考えてよい。
額の寸法
額は、絵に合わせて作る。
そして、寸法が揃えば額も揃う。
つまり、部屋の中で並びやすい。
なぜ、揃うか
布は、巻いた状態で売られる。
そして、決まった幅で裁つ。
つまり、規格は材料の側にもある。
もっとも、館の記録はそこまで書かない。
二枚の受入
夫婦の二枚は、同じ遺贈で来ている。
そして、年はどちらも1979年。
二百十六年
1763年ごろから1979年まで。
つまり、二百十六年である。
遺贈という形
遺贈は、亡くなった人の意思で館へ渡ることである。
つまり、生前の所有者が決めている。
二百年、離れない
作られてから二百十六年ほど。
その間、二枚は一緒に動いたことになる。
つまり、対として扱われ続けた。
もっとも、館の記録は経路を書かない。
六十三年の差
一方は1916年、他方は1979年である。
つまり、館に入る道筋が違う。
一枚目・二枚目との差
こちらは1916年の寄贈である。
そして、こちらは1979年の遺贈。
つまり、六十三年の差がある。
記録が切れる場所
家から家へ渡るあいだの記録は、残りにくい。
つまり、途中が空白になる。
二つの家の距離
一方はニューヨーク近郊、他方は別の地である。
もっとも、館の記録は所在の履歴を書かない。
だから、当サイトはたどらない。
別の家から
寄贈者の名も違う。
つまり、別々の家に伝わった。
集まるということ
別々の家から、同じ館へ来る。
そして、並べて見られるようになる。
つまり、館は再会の場所でもある。
四枚が、一つの館へ
それでも、四枚は同じ館に集まった。
つまり、時間をかけて再び並んだ。
名前が、分からない一枚
五枚目に移りたい。

こちらは、名が分かっていない。
題は、紳士の肖像である。
題という代わり
名がなければ、館は姿で題を付ける。
つまり、紳士の肖像となる。
二枚は、題だけ
六枚のうち二枚は、名がない。
つまり、三分の一である。
名が消える理由
絵は残り、名は伝わらないことがある。
家を離れ、売られ、記録が切れる。
つまり、絵だけが先へ進む。
誰か、分からない
館の記録に、人の名はない。
つまり、伝わっていない。
そして、館は推測で名を当てない。
分からないと、書く
当サイトも、それに倣う。
つまり、分からないところは分からないと書く。
水色の胴着
上着の下に、水色の胴着が見える。
そして、金の刺繍が入る。
つまり、最も手の込んだ部分である。
上着の色
こげ茶である。
そして、袖口が折り返される。
つまり、内側の布が見える。
渦を巻く飾り
背景の左を見たい。
石らしき塊に、渦の形が彫られる。
つまり、柱の飾りだろう。
もっとも、館の記録は書かない。
姿は、細かい
こげ茶の上着を着る。
そして、水色の胴着に金糸の刺繍がある。
左手に、黒い帽子を持つ。
背景の左に、渦を巻いた石の飾りがある。
金糸という材
刺繍の糸が、金色に光る。
つまり、金糸だろう。
もっとも、館の記録は糸に触れない。
帽子を、持つ
帽子は、かぶらずに手に持つ。
つまり、室内であることを示す。
そして、手の位置も決まる。
刺繍の細かさ
胴着の縁を見たい。
葉の形が、隙間なく続く。
つまり、高価な仕立てである。
背景の緑
右奥に、緑の布が下がる。
そして、左には景色が開く。
つまり、一枚目と同じ組み立てである。
六枚に共通する光
光は、いずれも左上から来る。
そして、右下に影が落ちる。
つまり、同じ設定で描いている。
顔の赤み
頬に、丸く赤みが入る。
そして、他の五枚にも同じ赤みがある。
つまり、この画家の癖だろう。
もっとも、館の記録はそう書かない。
寸法も、同じ規格
縦127.2センチ、横101.9センチ。
つまり、これまでの四枚とほぼ同じ。
横の差
横は101.6から102.9センチまで。
つまり、一センチ三ミリの幅に収まる。
九ミリという幅
五枚の縦の差は、最大で九ミリである。
つまり、ほぼ同じと言ってよい。
五枚が、同じ大きさ
126.7、126.7、127.6、127.6、127.2。
つまり、九ミリの幅に収まる。
六枚目だけ、小さい

縦77.5センチ、横63.6センチ。
つまり、他の五枚の半分ほどの面積である。
明るさの差
楕円の内側は明るく、外側は暗い。
つまり、光が中心に集まる。
楕円の効果
角がないぶん、視線が中心へ集まる。
そして、顔が浮き上がる。
楕円の枠
画面の中に、楕円の枠が描かれる。
そして、その内側だけが明るい。
つまり、丸窓から覗く形になる。
描かれた楕円
枠は、実際の額ではない。
絵の具で描かれている。
つまり、絵の中の仕掛けである。
持ち運べる大きさ
七十七センチなら、抱えて運べる。
つまり、移動を前提にできる。
もっとも、館の記録は用途を書かない。
小さいという選択
小さければ、布も手間も少ない。
つまり、値も下がっただろう。
もっとも、館の記録は値に触れない。
半身という形式
胸から上だけを描く。
そして、手も持ち物も入らない。
つまり、大きさに応じて情報が減る。
赤と紺の上着
紺の上着に、赤い折り返しがある。
そして、黄色い胴着が見える。
首元の布
首に、黒い布が巻かれる。
そして、その上に白い縁が出る。
つまり、襟である。
白い髪
髪は白く、丸く膨らむ。
つまり、当時の被り物だろう。
そして、他の男性像にも見られる。
肩の飾り
右肩に、房のような形が見える。
つまり、階級を示す飾りだろう。
もっとも、画像では細部が読めない。
軍服という手がかり
館の題は、軍人と記す。
もっとも、所属も階級も書かれない。
だから、当サイトは補わない。
六枚を、並べ直す
五枚は大きく、一枚は小さい。
そして、四枚には名があり、二枚は題だけである。
二つの形式
五枚は膝から上、一枚は胸から上である。
つまり、二つの形式が混じる。
六枚の年を、並べる
1754、1754、1756、1760ごろ、1762から63ごろ。
つまり、九年に収まる。
情報の量
大きい絵には、手と持ち物と背景が入る。
そして、小さい絵には顔だけが入る。
つまり、大きさが内容を決める。
大きさが、意味を持つ
大きい絵は、部屋に掛けて見せるためだろう。
そして、小さい絵は、より私的な用途だろう。
もっとも、館の記録はそう書かない。
二つの館
四枚がニューヨーク、二枚がワシントンにある。
つまり、別々の館に分かれている。
見えるものだけを書く
当サイトは、画像で確かめられることを書く。
そして、記録に書かれたことを添える。
それ以上は、推測として括る。
記録の力
作品が離れても、記録は残る。
そして、後から突き合わせられる。
数字という共通語
寸法は、どの館でも同じ単位で書かれる。
つまり、比較の土台になる。
それでも、比べられる
寸法と年が記録されていれば、並べて読める。
つまり、記録が離れた作品をつなぐ。
分かることと、分からないこと
分かるのは、寸法・年・材・来歴である。
そして、分からないのは、作者の生没年と二人の名である。
空白を、埋めない
当サイトは、空欄を推測で埋めない。
そして、空欄そのものを情報として書く。
当サイトの
港町の顔を、三十年描くでも、
同じ時代の植民地の肖像を扱った。


