部屋にはめ込むための絵——フランソワ・ブーシェ
四隅を落とした横長、楕円、正方形。六点で五種類の画面の形がある。形を先に与えられた絵が、どう組み立てられたか。十八世紀の装飾画の作りを見ていく。雲と幼児と薄紅色。明るい色を選ぶのは、部屋を暗くしないための判断でもある。

雲の上で、絵を描く
一枚の寓意画から始めたい。

横長の画面である。
四隅は、丸く落とされている。
画面の下半分に、薄紅色の雲が広がる。
その上に、若い女性が半ば横たわる。
緑と白の衣が、体に巻きつく。
右手に、細い筆を持つ。
その筆の先が、大きな楕円の板に触れている。
板の上には、うっすらと人の姿が描かれている。
板の向こう側から、翼のある幼児が顔を出す。
その幼児は、緑の輪を掲げる。
右下には、別の幼児が二人いる。
手前の雲の上には、筆や絵具が転がる。
絵画を、女性の姿で示す
この絵の主題は、絵画そのものである。
絵を描く行為を、女性の姿で示している。
こうした表し方を、寓意と呼ぶ。
目に見えない概念を、人の姿に置き換える。
絵画、音楽、詩、天文。
いずれも、決まった姿と持ち物で示される。
絵画なら、筆と画板。
音楽なら、楽器と楽譜。
見る人は、持ち物で主題を判断する。
対になる一枚
二点目が、その対である。

こちらも横長で、四隅が丸い。
雲の上に、女性が横たわる。
赤と白の衣が、腰から下を覆う。
右手を上げ、体をひねる。
その傍らに、翼のある幼児が二人。
一人は、緑の輪を掲げる。
もう一人は、竪琴を抱える。
右下には、楽譜と白い鳩がいる。
左下には、金色の管楽器が転がる。
二枚の寸法
二枚の寸法を比べたい。
横は、いずれも130センチ。
縦は、101.5センチと103.5センチ。
二センチの差である。
つまり、ほぼ同じ大きさで作られている。
年は、一七六四年と一七六五年。
一年違いである。
四隅の丸みも共通する。
明らかに、一組として設計されている。
扉の上に、はめ込む
四隅が丸いのは、はめ込む場所があったからである。
扉の上の壁面、あるいは鏡の上。
そうした場所は、四角ではない。
木の枠が曲線を描いている。
そこへ絵を収めるには、画面の隅を落とす。
つまり、この二枚は建物の一部だった。
前回の記事でも、同じ話を書いた。
十八世紀のフランスの装飾画は、部屋と一体だった。
見上げる絵
この二枚は、高い位置に掛かる。
扉の上なら、目線よりかなり上である。
だから、下から見上げる構図になる。
雲の上に人物を置くのは、そのためでもある。
見上げた先に、空がある。
天井へ続くように見える。
人物の体も、下から見た角度で描かれる。
腹や顎の下が見え、足の裏が近い。
見る位置を、はじめから決めて描いている。
描いた人について
フランソワ・ブーシェは、一七〇三年にパリで生まれた。
一七七〇年に、同じくパリで没した。
美術の団体で高い地位に就き、王室の画家にもなった。
つまり、当時の頂点にいた画家である。
手がけた仕事の幅は広い。
油彩画、素描、版画。
そして、織物の下絵、舞台の装置、磁器の意匠。
装飾に関わるあらゆる分野で仕事をした。
色の作り方
この二枚の色を見てほしい。
薄紅、水色、黄緑、白。
いずれも、明るく、彩度が低い。
濃い色は、赤い布と金色の楽器だけである。
暗い部分が、ほとんどない。
これは、装飾画としての要請による。
部屋を明るく見せる必要があるからである。
暗い絵を高い位置に掛けると、天井が重くなる。
明るい色を選ぶのは、機能的な判断である。
肌の描き方
人物の肌にも、特徴がある。
白に、薄紅を混ぜた色である。
影の部分には、青緑が入る。
つまり、赤と青緑という補い合う色で肌を作っている。
この組み合わせは、当時の装飾画でよく使われた。
肌が磁器のように見える。
写実的ではないが、明るく、澄んで見える。
そして、周囲の水色や薄紅とよく合う。
画面全体が、一つの色調でまとまる。
翼のある幼児
二枚とも、翼のある幼児が登場する。
三人、あるいは二人。
こうした幼児像は、装飾画の定番である。
主役の脇を埋め、動きを作る。
主題を示す持ち物を持たせることもできる。
そして、可愛らしい。
高い位置に掛かる絵で、視線を集める役目も果たす。
雲、幼児、薄紅色。
この三つが揃うと、十八世紀のフランスの装飾画になる。
素描という土台
ブーシェは、素描を大量に残している。
赤や黒の白墨で、紙に描いた人物や手足の習作である。
同じ姿勢の腕が、何枚も残ることもある。
つまり、部品を描きためている。
雲の上に横たわる体、差し出す手、振り返る顔。
必要になれば、その中から選んで組み合わせる。
装飾画の量産には、この蓄積が欠かせない。
毎回、模特を呼んで描くわけにはいかない。
素描帖が、画家の在庫である。
版画になって広まる
ブーシェの絵の多くは、版画にも写された。
版画になれば、安く広く行き渡る。
地方の職人が、それを見て意匠に使うこともあった。
磁器の絵付け、扇の図、家具の彫刻。
つまり、一枚の油彩が、さまざまな品に転写されていく。
十八世紀の装飾の様式が広まった経路の一つである。
いま美術館で油彩を見ると、一点物のように感じる。
しかし当時は、複製の中心にある原図だった。
批判されもした画風
ブーシェの絵は、生前から批判もされた。
軽薄である、真実味がない、という批判である。
当時の批評家の一部が、繰り返し攻撃した。
その批判は、次の世代の絵画観につながっていく。
より厳格で、道徳的な絵が求められるようになる。
当サイトの
割れた卵と、涙の少女で扱った画家は、その流れにいる。
装飾の絵と、教訓の絵。
同じ時代に、二つの方向が並んでいた。
白い衣の女性
三点目は、肖像である。

縦が143.5センチある。
女性が、庭に立っている。
衣は白に近い銀色で、大きく広がる。
裾は床まで届き、幅は身幅の三倍ほどある。
胸元には、青いリボンの飾りが並ぶ。
首には、細かい飾りの首輪を巻く。
右手は、薔薇の入った壺に添えられる。
左手は、花を持つ。
背後には、緑の茂みと石の腰掛けがある。
腰掛けの上には、麦藁帽子と花が置かれる。
衣が、主題である
この肖像で、面積の大半を占めるのは衣である。
顔は、画面の上部に小さく載る。
つまり、衣を見せるための絵である。
絹の光沢、襞の落ち方、縁の飾り。
そこに、最も手がかけられている。
肖像画の目的が、人物の記録だけではないことが分かる。
装いを記録し、地位を示す。
そして、部屋を飾る。
三つの目的が、一枚に重なっている。
銀色を、どう塗るか
この衣の色は、白ではない。
灰色と、薄い黄と、青が混ざる。
光の当たる面は、白に近い。
襞の谷は、灰青に沈む。
その間に、無数の中間の調子がある。
絹は、光を斜めに反射する。
だから、面の向きが変わるたびに色が変わる。
その変化を、細かく追っている。
この一枚の見どころは、そこにある。
屋外に立たせる
背景は、庭である。
茂み、石の腰掛け、壺。
これらは、実際の庭とは限らない。
肖像画の道具立てとして用意された背景である。
屋外に置くと、衣が明るく見える。
そして、自然の中にいる姿は、当時好まれた。
作られた自然の中に、作られた装いで立つ。
この二重の作為が、十八世紀の肖像の特徴である。
手紙を渡す二人
四点目は、田園の場面である。

正方形に近い画面である。
草地に、若い女性が二人座る。
左の女性は、薄紫の衣で、地面に横たわるように寄りかかる。
右の女性は、白と赤の衣で、上体を起こす。
二人の間で、手紙のようなものが受け渡されている。
その手紙を、白い鳩がくわえているようにも見える。
足元には、花の入った籠がある。
周囲には、羊が数頭いる。
背後には、石の構築物と大きな木。
石の上には、獅子の像が横たわる。
田園の絵という型
羊と、若い女性と、木立。
この組み合わせを、田園の絵と呼ぶ。
古代の詩に由来する主題である。
都会の人が、理想化された農村を想像する。
実際の農作業は描かれない。
羊はいるが、世話をする人はいない。
つまり、労働のない農村である。
装飾画としては、都合のよい主題である。
見る人を、疲れさせない。
二人の女性を、どう配する
この一枚の構図を見たい。
左の女性は、体を横たえるように傾ける。
右の女性は、上体を起こす。
つまり、斜めの線と縦の線が組み合わされている。
二人の頭の位置が、高さで差をつけられている。
同じ高さに並べると、絵は止まってしまう。
そして、二人の視線が交わる。
その交点に、手紙がある。
視線と手が、同じ一点へ集まっている。
小さな画面での、明快な組み立てである。
誰のための絵か
この一枚には、注文の背景がある。
館の記録によれば、王の寵愛を受けた女性の注文とされる。
当時、その人物は美術の大きな支援者だった。
ブーシェは、その周辺で多くの仕事をした。
肖像、装飾画、織物の下絵。
つまり、一人の有力な支援者が、画家の仕事を支えていた。
支援者が変われば、画家の仕事も変わる。
美術の歴史は、こうした関係の連なりでもある。
首輪と、青いリボン
肖像の細部にも触れておきたい。
首に巻いた細い飾りと、胸元の青いリボンである。
いずれも、当時の流行の装いである。
首の飾りは、幅の狭い布に宝石や刺繍を付けたものだろう。
胸元のリボンは、大きいものから小さいものへ、縦に並ぶ。
段々に小さくなる並べ方も、決まった形式である。
こうした細部は、年代を測る手がかりになる。
流行は数年で変わるからである。
肖像の年代推定に、服飾の資料が使われるのは、そのためである。
手紙という主題
手紙を渡す場面は、絵の主題としてよく使われた。
恋の始まりを示す、分かりやすい合図だからである。
そして、二人の関係を一つの動作で示せる。
見る人は、続きを想像する。
物語を語らず、きっかけだけを示す。
そういう節度が、装飾画には向いている。
物語が濃すぎると、部屋の壁では重くなる。
麦藁帽子という小道具
肖像の腰掛けの上に、麦藁帽子が置かれていた。
田園風の装いを示す小道具である。
十八世紀の宮廷では、農村の暮らしを模した遊びが流行した。
田舎の衣装を着て、庭で過ごす。
麦藁帽子は、その象徴である。
もっとも、絵の中の衣は絹で、実際の農作業には向かない。
つまり、田園は装いの主題であって、生活ではない。
この距離感が、当時の趣味をよく示している。
同じ距離感が、羊のいる田園画にも流れている。
石の獅子
背後の石の獅子にも触れておきたい。
古代風の構築物の上に、横たわる獅子の像がある。
こうした彫刻を、風景の中に置くのは常套である。
古代の面影を示し、場所に格を与える。
同時に、画面の中で暗い塊として働く。
明るい人物と、暗い石。
その対比が、構図を締めている。
意味と機能が、ここでも重なっている。
水辺の裸体
五点目は、縦長である。

森の中の水辺である。
中央に、裸の女性が横たわる。
体は右へ傾き、青と白の布が体の下に敷かれる。
右手は、頭の脇へ上げる。
左手は、下の幼児に触れる。
翼のある幼児が三人いる。
一人は足元の水辺で、鳩と遊ぶ。
一人は花を持って上から覗く。
一人は、木の枝の陰にいる。
背景の空は、鮮やかな青である。
神話が、口実になる
先の記事でも書いたが、神話は裸体を描く口実になった。
日常の場面では認められない表現が、神話なら許される。
この絵も、その仕組みの中にある。
女神と幼児という組み合わせが、主題を保証する。
同時に、絵の目的は明らかに視覚的な快さである。
主題と目的が、必ずしも一致しない。
十八世紀の装飾画には、この二重性がつきまとう。
見る側も、それを了解していた。
幼児と、鳩
足元の幼児と鳩に注目したい。
鳩は、この女神に付き従う鳥とされる。
つまり、主題を示す徴である。
同時に、白い塊として画面の下部を明るくする。
幼児も同じ働きをする。
肌の色が明るく、動きがある。
主役の女性は横たわって静かなので、周囲に動きが要る。
その役目を、幼児と鳥が担っている。
意味の上でも、構図の上でも、必要な存在である。
青という色
この一枚の背景の青は、他の五点より強い。
木立の隙間から見える空が、鮮やかである。
装飾画では、こうした強い色は珍しい。
理由の一つは、掛ける場所だろう。
扉の上ではなく、壁の中ほどに掛かる絵かもしれない。
近くで見られる絵なら、色を強くできる。
もう一つは、主題の性格である。
水と空を描く以上、青は避けられない。
その青を、思い切って強くしている。
縦長の画面
この一枚は、縦長である。
横長の装飾画とは、構図の考え方が違う。
縦の画面では、上下に要素を積む。
下に水辺、中央に人物、上に木と空。
三層が積み重なる。
そして、人物は斜めに置かれる。
斜めの軸が、縦の画面に動きを与える。
まっすぐ立たせると、単調になるからである。
楕円の画面
六点目は、形が変わる。

楕円形の画面である。
草地に、若い男女が座る。
右の女性は、薄紫と白の衣を着る。
膝の上に、白い布を広げる。
左の男は、黄色い上着で、女性のほうへ手を伸ばす。
指先に、丸いものをつまんでいる。
葡萄の粒だろう。
二人の間に、白い犬がいる。
左には、羊が数頭。
奥には、木立と、遠くの丘が見える。
織物の下絵として
この主題は、織物の下絵に由来する。
十八世紀のフランスでは、大型の織物が室内の装飾に使われた。
その図案を、画家が描く。
ブーシェは、この仕事を数多く手がけた。
油彩で下絵を作り、それを織物に写す。
つまり、この絵は最終的な作品ではない可能性がある。
もっとも、下絵そのものも作品として売られた。
同じ図が、油彩と織物の両方で存在することになる。
題の疑問形
この作品の題は、疑問形である。
葡萄のことを考えているのだろうか、と問う。
つまり、二人が何を考えているかを、見る人に尋ねている。
答えは、絵の中にはない。
葡萄を差し出す動作が、別の意味を持つことを示唆する。
こうした題は、当時の版画によく付けられた。
絵を見た人が、題を読んで含みを理解する。
言葉と絵が、一組で働いている。
楕円という形
楕円の画面も、はめ込みのためである。
壁面の区画に、楕円の枠が作られる。
その中に、絵を収める。
楕円は、四角より柔らかく見える。
部屋の装飾では、この柔らかさが好まれた。
同時に、構図の制約にもなる。
四隅がないので、要素を隅に置けない。
すべてを中央寄りにまとめる必要がある。
この一枚も、人物が中央に集まっている。
白い犬と、羊
六点のうち三点に、羊が描かれている。
そして二点に、白い犬がいる。
いずれも、田園の主題に付随する動物である。
羊は柔らかく、白く、群れになる。
画面の下部を埋めるのに、都合がよい。
犬は一匹で、動きを作る。
つまり、構図の部品として使われている。
実際の牧羊の場面を描いているわけではない。
働く羊飼いは、一人も描かれていない。
六点の年代
六点の年代を並べてみたい。
一七四七年、一七五〇年、一七五一年。
一七六四年、一七六五年、そして一七六六年ごろ。
つまり、前半の三点と後半の三点に分かれる。
その間が、十三年ある。
前半は田園と神話、後半は寓意と肖像。
主題の重心が、少し移っている。
もっとも、六点だけでは断定できない。
この画家の作品は、非常に数が多い。
装飾画家の生産量
ブーシェの現存作は、数百点に及ぶとされる。
素描はさらに多い。
これだけの数を残すには、方法が要る。
まず、型を持つこと。
雲、幼児、羊、木立、薄紅の肌。
部品を組み合わせれば、新しい絵ができる。
次に、工房の助けを借りること。
背景や衣を弟子が描き、要所を本人が仕上げる。
量産と質を両立させる仕組みが、そこにあった。
額と、壁の関係
装飾画の額は、部屋の造作と一体だった。
壁の木の枠が、そのまま額になる。
金箔を貼り、彫刻を施す。
つまり、額だけを取り替えることができない。
絵を建物から外すとき、額は残る。
だから、いま美術館にある額は、後から付けたものが多い。
もとの枠がどんな形だったかは、画面の形から推測するしかない。
四隅の丸み、楕円の輪郭。
そこに、失われた部屋の痕跡がある。
六点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
六点の画面の形だけを、見比べてほしい。
四隅を落とした横長が二枚。
正方形に近いものが一枚。
縦長が二枚。
そして、楕円が一枚。
六点で、五種類の形がある。
これは偶然ではない。
はめ込む場所が、それぞれ違ったからである。
絵の形は、部屋が決めていた。
主題や構図より先に、まず形が与えられる。
その与えられた形の中で、どう組み立てるか。
装飾画を見る楽しみは、そこにある。


