割れた卵と、伏せた目——ジャン=バティスト・グルーズ
床に転がる卵、それを直そうとする子ども。物語を語る風俗画で名を上げた画家の六点を見る。歴史画への挑戦と、量産された頭部の絵にも触れる。目の向きだけで感情の種類が決まる。型と知って見ても、効果は消えない絵である。

床に、卵が割れている
一枚の風俗画から始めたい。

薄暗い室内である。
左手前に、若い娘が床に座り込んでいる。
白い上衣に、青い前掛け。
頭には青い布を巻く。
目は伏せられ、口は結ばれている。
その傍らに、籠が倒れている。
籠から、卵が転がり出ている。
いくつかは割れ、中身が床に広がる。
娘の背後には、若い男が立つ。
赤い胴着に、紫の外套をかけている。
その隣に、年配の女性が立ち、男に手を伸ばす。
右端には、小さな子どもがしゃがむ。
子どもが、卵を直そうとする
右端の子どもに注目したい。
しゃがんで、床の卵に手を伸ばしている。
割れた卵を、つなぎ合わせようとしているように見える。
この動作が、絵の意味を決めている。
割れた卵は、元には戻らない。
子どもは、それを知らない。
つまり、取り返しのつかないことが起きた、と示している。
卵は、何の比喩か
割れた卵が何を指すかは、当時の見る人には明らかだった。
娘の純潔が失われたことを示す、と読まれる。
年配の女性が男を責めているのも、その筋に合う。
娘の伏し目も、同じ方向を指す。
つまり、この絵は物語を語っている。
風俗画でありながら、筋のある一場面である。
見る人は、前後の出来事を想像することになる。
教訓画という分野
こうした絵を、教訓的な風俗画と呼ぶことがある。
日常の場面を描きながら、道徳的な意味を持たせる。
十八世紀のフランスで、この分野が確立した。
グルーズは、その代表的な画家とされる。
背景には、当時の思想の動きがある。
高貴な主題よりも、市井の人の感情を重んじる考え方である。
涙を流すことが、美徳とされた時代でもあった。
だから、絵も観客を泣かせようとする。
描いた人について
ジャン=バティスト・グルーズは、一七二五年に生まれた。
フランス中部の町の出身である。
一八〇五年にパリで没した。
パリの美術学校で学び、イタリアへも渡った。
一七五〇年代の後半から、風俗画で評判を得る。
批評家に高く評価され、注文が殺到したと伝えられる。
しかし晩年は、流行から取り残された。
新しい古典主義の絵が、主流になったからである。
光を、どこに当てるか
この絵の光の配分を見たい。
娘の白い上衣が、最も明るい。
そこへ、左の窓からの光が当たる。
床に散った卵も、明るい。
一方、背後の男と女性は、暗い中に置かれる。
つまり、光が娘と卵だけを照らしている。
見る人の目は、まずそこへ行く。
物語の核心に、光が当たっている。
演劇の照明に近い考え方である。
舞台のような構図
構図も、演劇的である。
人物が、画面の手前に横一列に並ぶ。
奥行きは浅い。
背景の道具立ては、簡素である。
つまり、舞台の書き割りに近い。
当時の演劇では、市民の生活を扱う新しい劇が流行していた。
グルーズの絵は、その舞台と近い場所にある。
絵と演劇が、同じ観客を相手にしていた。
竪琴を弾く男
二枚目は、肖像である。

男が椅子に座り、体を左へ向ける。
白い絹の上着と膝下衣を着る。
袖口と胸元に、細かい襞飾りがある。
両手を、楽器の弦に向けて上げている。
楽器は、大きな竪琴である。
木の枠に弦が張られ、上へ伸びる。
背後の右には、書物と彫刻の頭部が置かれる。
背景は暗い。
顔は正面をやや外し、口元がゆるむ。
演奏の最中の一瞬である。
動きのある肖像
この肖像は、静止していない。
手が上がり、指が開いている。
顔の向きと、体の向きがずれている。
つまり、動作の途中で捉えられている。
肖像画では、これは珍しい扱いだった。
ふつうは、落ち着いた姿勢で描く。
動きを入れると、その瞬間だけの姿になる。
しかしグルーズは、動きを選んだ。
風俗画で培った感覚が、肖像にも出ている。
白を、どう描くか
この絵の見どころは、白い衣である。
上着も、膝下衣も、襞飾りも白い。
白いものを描くのは、難しい。
平らに塗れば、紙のように見える。
そこで、白の中に色を入れる。
影には青灰、光の当たる面には黄を含ませる。
絹の光沢は、細い白の線で示す。
この一枚では、その処理が丁寧である。
近くで見ると、白は白一色ではない。
持ち物が、人を説明する
背後の書物と彫刻にも意味がある。
書物は、学識を示す。
彫刻は、美術への関心を示す。
そして竪琴は、音楽を示す。
つまり、三つの分野への関心が並んでいる。
この人物は、実際に美術の収集で知られていた。
肖像は、その自己像を丁寧に描いている。
肖像画の背景に何を置くかは、注文主の意向で決まる。
そこに、その人が何者でありたいかが表れる。
批評家に、支持されるということ
グルーズの評判には、批評の力が働いていた。
十八世紀のパリでは、展覧会の批評が印刷物として広まっていた。
有力な批評家が絶賛すれば、注文が集まる。
グルーズは、その恩恵をよく受けた画家である。
日常の場面に道徳を持ち込む姿勢が、支持された。
一方で、批評家の関心が移れば、評価も動く。
同じ批評家が、後年には冷たくなったとも伝えられる。
画家の評判が、書き手に左右される時代が始まっていた。
これは、いまの美術の世界にも通じる構図である。
三つの分野
この時期のフランスでは、絵の分野に序列があった。
歴史画が最も高く、次いで肖像画。
風俗画と静物画は、その下に置かれた。
グルーズは、風俗画で名を上げた画家である。
しかし、上の分野へも進もうとした。
その試みが、次に見る作品につながる。
分野の序列は、画家の地位と収入に直結していた。
だから、上を目指すのは自然なことである。
神話の場面
三枚目は、主題が変わる。

横幅が二メートル近い。
六点の中で、最も大きい。
寝台の上に、裸の若い女性が横たわる。
上体をやや起こし、右腕を頭の後ろへ回す。
顔は横を向き、目を閉じているように見える。
その傍らに、年配の女性が身をかがめる。
奥には、幕が左右に開かれる。
幕の間から、暗い雲が湧き出す。
雲の中に、鷲のような形が見える。
寝台の白い布が、画面の中心で明るい。
神話画への挑戦
この絵は、神話を主題にしている。
つまり、歴史画の分野に属する。
風俗画の画家が、上の分野へ挑んだ作例である。
主題は、古代の物語に由来する。
主神が、姿を変えて女性のもとを訪れる話である。
雲と鷲は、その主神を示す。
姿を直接描かず、気配だけを描く。
この処理は、上手いと言える。
挑戦の結果
グルーズの歴史画への挑戦は、うまくいかなかったとされる。
美術の団体に提出した作品が、期待した評価を得なかった。
以後、彼は団体との関係を悪くしたと伝えられる。
風俗画で得た名声と、歴史画での評価は別だった。
分野の壁は、思ったより厚かったことになる。
もっとも、いまの目で見れば、その序列自体が古い。
風俗画の代表作のほうが、はるかによく知られている。
評価の基準は、時代とともに変わる。
裸体を、どう描くか
この絵の裸体について書いておきたい。
十八世紀の絵では、神話が裸体を描く口実になっていた。
日常の場面で裸を描くことは、認められにくい。
しかし、神話や寓意なら許される。
つまり、主題が形式の許可証になっている。
グルーズも、その仕組みを使っている。
同時に、この絵の裸体は理想化されていない部分もある。
腹の柔らかさ、腕の付け根の肉。
観察にもとづく描写が混じっている。
光と、白い布
この絵でも、白い布が光を集めている。
寝台に敷かれた布、垂れる布。
その白が、暗い幕と対比される。
裸体の肌は、その白より少し暖かい。
つまり、白と肌色の微妙な差で形を作っている。
背景を暗くすれば、この差が生きる。
風俗画で使った照明の考え方が、ここでも使われている。
主題は変わっても、方法は変わらない。
貴族の肖像
四枚目は、また肖像である。

男の上半身が描かれる。
顔はやや右を向き、口元に笑みがある。
白い鬘をかぶり、耳の上で巻く。
首には、白い襟巻きを巻く。
上着は薄い紫で、縁に濃い刺繍が入る。
その下の胴着は、金色の織物である。
胸元には、白いレースの襞飾りが重なる。
背景は暗く、何も描かれない。
顔と衣だけが、闇から浮かぶ。
織物の描写
この絵の見どころは、胴着である。
金糸の織物が、細かく描かれている。
模様は、花と葉を組み合わせた形である。
その一つずつに、光が当たる。
金の織物を描くには、黄と白と茶を細かく置く。
面ではなく、点の集まりで示す。
離れて見ると、確かに金糸に見える。
近づけば、絵具の粒である。
風俗画の作者とは思えない、緻密な仕事である。
顔の血色
グルーズの人物の顔には、特徴がある。
頬に、はっきりした赤みがある。
とくに女性像で顕著だが、この肖像でも見られる。
血色のよさが、健康や感情の高まりを示す。
同時に、やや作り物めいて見えることもある。
理想化と観察の間で、赤みの量が調整されている。
この配分は、画家の癖であり、時代の好みでもある。
誰を描いたか
この人物は、のちに王室の美術行政に関わったとされる。
つまり、美術の世界で力を持つ立場になる人物である。
一七六三年の時点では、まだ若い。
肖像が描かれた当時と、後年の立場は違う。
肖像画は、描かれた時点の姿を残す。
その人が後に何になるかは、絵には書かれていない。
いま私たちは、その後を知って見ている。
見る側の知識が、絵の見え方を変える。
鬘という装い
十八世紀の男性の肖像には、鬘が欠かせない。
白い粉をふった巻き毛の鬘である。
これは身分と職業を示す装いだった。
形にも流行があり、時期によって変わる。
耳の上の巻きの数、後ろの束ね方。
肖像の年代を推し量る手がかりになる。
一方で、鬘は顔の印象を均一にする。
誰もが同じ髪型になるからである。
だから、顔立ちの差を出すのが難しくなる。
眉、鼻、口元の描き分けに、負担がかかる。
顔だけの絵
五枚目からは、頭部だけの絵になる。

若い女性の頭部と肩が描かれる。
顔は正面をやや外し、目は上へ向く。
眉の間が、わずかに寄る。
唇は、少し開いている。
髪は巻いて、後ろへまとめる。
頭から肩へ、薄い白布がかかる。
首元には、黒い胴着と白い上衣が見える。
頬には、強い赤みがある。
背景は暗い緑灰で、平らである。
表情の絵
この種の絵を、頭部習作と呼ぶことがある。
特定の誰かの肖像ではない。
ある表情を描くための絵である。
上を見上げ、眉を寄せ、唇を開く。
これは、驚きや訴えを示す型である。
十八世紀には、表情を分類する考え方があった。
喜び、悲しみ、驚き、怒り。
それぞれに、顔の各部の動きが対応する。
画家は、その型を学んで描く。
習作か、作品か
こうした頭部の絵には、二つの性格がある。
大きな作品のための習作。
そして、それ自体が売られる商品。
グルーズの頭部の絵は、後者として広く流通した。
小さく、値段も手ごろで、飾りやすい。
同じような絵が、多数作られている。
つまり、量産される商品だった。
そのため、真作と工房作の区別が難しい作品も多い。
館の記録も、そこは慎重に扱っている。
六枚目の頭部

こちらは、板に描かれている。
女性が右を向き、横顔に近い角度である。
目は伏せられ、視線が下がる。
眉が寄り、口元が緩む。
髪は上でまとめ、藤色の布を巻く。
肩から胸にかけて、白い上衣がかかる。
その上衣が、胸元で大きく開いている。
黒い胴着が、その外側に見える。
背景は暗い茶で、平らである。
描写と、視線の問題
この絵の胸元の開きについて、書いておきたい。
十八世紀の頭部習作には、こうした表現がしばしばある。
衣が乱れ、感情が高ぶった状態を示す型である。
同時に、見る側の目を引く仕掛けでもある。
つまり、感情の表現と、鑑賞の対象化が重なっている。
当時から、この点は指摘されていた。
道徳を語る絵と、目を楽しませる絵。
その二つが、同じ画面で同居している。
当サイトとしては、その両面を書いておく。
板に描く
この一点だけ、支持体が板である。
他の五点は、いずれも画布である。
十八世紀のフランスでは、画布が主流だった。
板を使うのは、小さな作品に限られる。
板は表面が硬く、細かい描写に向く。
顔だけの絵には、都合がよい。
一方で、反りや割れの心配がある。
だから、大きな作品には使われない。
材料の選択にも、理由がある。
一八七一年という受け入れ年
この一点の受け入れ年に注目したい。
一八七一年、購入とある。
メトロポリタン美術館の設立が一八七〇年である。
つまり、開館の翌年に入っている。
館の最初期の収蔵品ということになる。
当時、館はまとまった数の絵画を購入した。
欧州の旧作を中心にした購入だった。
そこにグルーズが含まれている。
十九世紀後半には、この画家の評価が高かった。
評価の浮き沈み
グルーズの評価は、大きく揺れてきた。
生前、風俗画で高い評価を得た。
その後、古典主義の台頭で忘れられる。
十九世紀の後半、ふたたび人気が出る。
とくに、頭部の絵が好まれた。
二十世紀に入ると、感傷的だという批判が強まる。
いまは、十八世紀の社会と絵の関係を考える上で重要な画家とされる。
同じ絵が、時代ごとに違う評価を受ける。
感傷という言葉
グルーズの絵は、しばしば感傷的だと言われる。
涙、伏し目、開いた唇。
感情を、あからさまに示す。
現代の目には、過剰に映るかもしれない。
しかし、当時はそれが新しかった。
抑制された古典的な表現に対する、意識的な選択である。
感情を隠さないこと自体が、主張だった。
そう考えると、過剰さの意味が変わる。
批判する前に、何に対する反対だったかを見ておきたい。
同じ図の、複数の版
グルーズの頭部の絵には、似た構図のものが複数ある。
同じ姿勢、同じ布、似た表情。
需要があったので、繰り返し描かれた。
工房の弟子が写しを作ることもあったとされる。
そのため、現存作の帰属には幅が残る。
館の記録も、断定を避ける書き方をすることがある。
今回の二点は、いずれも館がこの画家の作として登録している。
当サイトは、その登録に従う。
工房作の可能性については、判断しない。
版画による普及
もう一つ、広まり方の話をしたい。
グルーズの主要な作品は、版画に写された。
版画になれば、安く、広く行き渡る。
《割れた卵》のような物語のある絵は、とくに版画向きである。
筋が分かれば、白黒でも楽しめる。
つまり、油彩を見た人より、版画を見た人のほうが多かった。
画家の名声は、版画によって作られた面がある。
いま美術館で油彩を見るのは、当時とは逆の順序である。
六点の年代
六点の年代を並べてみたい。
一七五六年、一七五九年、一七六三年。
一七六七〜六九年ごろ。
一七八〇年ごろ、一七八〇年代。
つまり、およそ三十年に散っている。
風俗画で名を上げた時期。
肖像で稼いだ時期。
歴史画に挑んだ時期。
そして、頭部の絵を量産した時期。
六点で、一人の画家の経歴をたどれる。
主題ごとの寸法
寸法も、主題と対応している。
歴史画が最も大きく、縦147センチ。
風俗画が次いで、縦73センチ。
肖像が中くらい。
頭部の絵が最も小さい。
これは、分野の序列とほぼ一致する。
高い分野の絵は、大きく描かれる。
大きければ、材料も時間もかかる。
つまり、値段も高くなる。
寸法は、絵の格をそのまま示していた。
顔を見る、ということ
六点のうち、四点は顔が主題である。
肖像が二点、頭部の絵が二点。
残る二点にも、顔の表情が要になっている。
つまり、この画家は顔の画家である。
物語も、道徳も、感情も、顔で語らせる。
背景を暗くし、光を顔に当てる。
その手つきは、六点すべてに共通する。
六点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
六点の目の向きを、順に追ってみてほしい。
伏せた目、上を向く目、こちらを見る目、閉じた目。
四つの向きが、六点に散っている。
そして、目の向きが感情の種類を決めている。
伏せれば恥じらい、上を向けば訴え。
閉じれば眠りか、意識の外。
この対応は、当時の型に沿っている。
型と知って見ても、効果は消えない。
そこが、この画家の腕である。
割れた卵から始まり、伏せた目で終わる。
六点は、そういう並びになっている。
顔から目を離さずに、順に送っていってほしい。
表情の型が、少しずつ入れ替わっていく。


