画家を知る

手のひらの宮廷肖像——コルネイユ・ド・リヨン

縦十八センチに満たない板に、宮廷の人々の顔がある。緑の背景、黒い衣、四分の三の角度。七点に共通する型と、目の置き方だけで生まれる差を見ていく。名前の失われた六点も含め、板を継ぎ足した跡や来歴の記録まで合わせて読む。

エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー
コルネイユ・ド・リヨン《エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー》メトロポリタン美術館蔵

縦十八センチの肖像

小さな板絵から始めたい。

エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー
コルネイユ・ド・リヨン《エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー》1535〜40年ごろ。油彩・板。縦17.8センチ、横14.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、1929年遺贈。コルネイユ・ド・リヨン《エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー》メトロポリタン美術館蔵

縦が18センチに満たない。

文庫本より小さい。

その中に、一人の女性の上半身が入っている。

背景は淡い緑で、一様に塗られている。

女性は正面をわずかに外し、こちらを見る。

頭には、金と白の飾りのついた被り物。

首には細い鎖が二重に下がる。

胸元は四角く開き、縁に金の花の飾りが並ぶ。

衣は黒で、袖には金の刺繍が入る。

胸の中央に、文字の形をした宝飾が下がる。

手は下端でわずかに見えるだけである。

小さいのに、細かい

この寸法で、これだけの細部が描かれている。

金の飾りは、一粒ずつ描き分けられている。

鎖の輪も、一つずつ見える。

袖の刺繍の文様も追える。

顔の描写は、さらに細かい。

まぶたの縁、鼻の稜線、唇の合わせ目。

いずれも、髪一本ほどの筆で置かれている。

拡大して見ると、絵具の粒が見える。

しかし、粒がぼやけていない。

この精度が、この画家の仕事の核である。

描いた人について

コルネイユ・ド・リヨンは、ネーデルラントの生まれとされる。

美術館の記録は、出身をハーグと記す。

一五三三年までには活動を始め、一五七五年にリヨンで没した。

つまり、生まれた土地と働いた土地が違う。

リヨンは、当時のフランスで有数の商業都市だった。

金融と絹の取引で栄えていた。

宮廷の人々も、しばしばこの町を通る。

そこに工房を構え、肖像を描き続けた。

名前の「リヨンの」は、その土地に由来する。

宮廷の人を描く

最初の一枚の人物は、名が分かっている。

エタンプ公爵夫人アンヌ・ド・ピスルー。

一五〇八年に生まれ、一五七六年に没した。

フランス王フランソワ一世の宮廷にいた人物である。

館の記録は、この題で登録している。

同定の根拠は、伝来と衣の徴によるとみられる。

小さな肖像は、しばしば人物が分からなくなる。

名が残っている例は、貴重である。

今回の七点のうち、名が分かるのは一点だけである。

残る六点は、無名の男性として記録されている。

名前を失う肖像

なぜ、名が失われるのか。

小さな肖像は、家から家へ動きやすい。

売られ、贈られ、相続される。

そのたびに、誰であるかの記憶が薄れる。

裏面や額に名が書かれていれば残る。

しかし、額は取り替えられる。

板の裏も、補強のために覆われることがある。

こうして、顔だけが残る。

美術館の題に「男性の肖像」とだけあるのは、そのためである。

顔は明瞭なのに、誰かが分からない。

黒衣の男

二枚目を見たい。

手袋を持つ男の肖像
コルネイユ・ド・リヨン《手袋を持つ男の肖像》1535年ごろ。油彩・板。縦21.3センチ、横16.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。セオドア・M・デイヴィス・コレクション、1915年遺贈。コルネイユ・ド・リヨン《手袋を持つ男の肖像》メトロポリタン美術館蔵

黒い帽子と黒い衣の男である。

背景は暗い緑で、上のほうが明るい。

顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。

髭は口元から顎へ、赤みを帯びて広がる。

肩は黒い外套で覆われる。

胸の下、画面の下端に手が見える。

白い袖口から指が出て、茶色の手袋を握る。

手袋の革の質感まで描かれている。

顔と手だけが明るく、あとは黒である。

黒を、どう描くか

この時代の男性の衣は、黒が主流である。

黒は、高価な色だった。

濃く均一に染めるには、手間と材料が要る。

だから黒い衣は、富の徴になる。

画家にとっては、難しい対象である。

黒を平らに塗れば、穴になる。

そこで、黒の中に色の差を作る。

外套の黒は青みを帯び、内側の黒は茶を帯びる。

襟の縁だけ、わずかに明るくする。

七点の黒を見比べると、その差の付け方が分かる。

丸い板

三枚目は、形が違う。

男の肖像
コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》1545年ごろ。油彩・板。直径9.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャックとベル・リンスキー・コレクション、1982年。コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》メトロポリタン美術館蔵

円形の板である。

直径は9.5センチ。

手のひらに載る大きさである。

背景は明るい緑で、中央に男の顔がある。

黒い帽子をかぶり、赤茶の髭を蓄える。

衣は黒で、円の下端で切れる。

表面には、細かい傷と欠けが見える。

板の縁も、一部が擦れている。

小さく、丸く、傷んでいる。

それでも、目の描写は生きている。

丸い肖像の用途

円形の小さな肖像には、用途が想像される。

蓋の内側に嵌める。

箱や書物の表紙に付ける。

首から下げる容器に収める。

いずれも、持ち歩く用途である。

つまり、壁に掛ける絵ではない。

手に取る絵である。

当サイトでは、
手のひらに、顔を持ち歩くで細密画を扱った。

この円形の板も、その系譜に近い。

板に油彩で描く点だけが違う。

板の材と、下地

七点は、いずれも板に描かれている。

一点は、材が胡桃と記録されている。

板絵では、地域によって使う木が違う。

イタリアではポプラ、北方では樫が多い。

胡桃も、フランス周辺で使われた材である。

板には、まず白い下地が塗られる。

膠と白亜を混ぜたものである。

それを磨いて、なめらかな面を作る。

その上に薄く油絵具を重ねる。

小さな絵ほど、下地の平滑さが効く。

緑の背景という約束

七点のうち六点は、背景が緑である。

明るい緑、暗い緑、灰がかった緑。

いずれも一様に塗られ、模様がない。

これは、この工房の型である。

緑は、肌の色と補い合う関係にある。

赤みのある肌の隣に緑を置くと、肌が引き立つ。

色の理屈としても、理にかなっている。

同じ背景を使い続けることには、別の利点もある。

顔だけに集中できる。

そして、量産できる。

顔を、横向きに置く

四枚目を見たい。

男の肖像
コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》1540〜50年ごろ。油彩・板。縦17.5センチ、横15.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、1929年遺贈。コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》メトロポリタン美術館蔵

男が右を向いている。

顔はほぼ四分の三の角度である。

目だけが、正面に近い方向を見る。

黒い帽子は、頭の後ろへ傾いている。

そのため、額が広く出ている。

髭は薄い茶で、頬から顎へ続く。

首元には、細い白い襟が見える。

衣は黒で、光をほとんど返さない。

背景は灰がかった緑で、上が明るい。

顔の左側に、淡い影が落ちる。

影の付け方

顔の立体は、影で作られている。

鼻の右側に、細い影が入る。

頬骨の下に、薄い影が広がる。

顎の下は、やや濃い。

いずれも、境目がぼかされている。

線で区切っていない。

小さな画面でこれをやるには、筆を細かく重ねる必要がある。

一度に塗って、境目を消す。

乾く前に、隣の色となじませる。

油絵具の性質を、うまく使っている。

手袋を持つ、もう一枚

五枚目も、手袋が描かれる。

手袋を持つ男の肖像
コルネイユ・ド・リヨン《手袋を持つ男の肖像》1540〜45年。油彩・板。縦17.5センチ、横16.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ブルーメンタール遺贈、1941年。コルネイユ・ド・リヨン《手袋を持つ男の肖像》メトロポリタン美術館蔵

男が正面をやや外して立つ。

黒い帽子は平たく、右へ傾く。

髭は口ひげと顎ひげに分かれる。

首には細かい襞のある白い襟。

衣は黒で、襟から胸へ細い列の留め具が並ぶ。

画面の右下に、灰色の手袋が見える。

指を握った形で、手に持たれている。

背景は明るい緑で、上端に暗い帯がある。

板の縁が、四辺とも見えている。

つまり、額に入れず、そのまま撮影されている。

手袋という持ち物

七点のうち、二点に手袋が描かれる。

これは偶然ではないだろう。

手袋は、身分と職業を示す持ち物だった。

革の手袋は高価で、宮廷の礼装の一部でもある。

同時に、構図上の役割もある。

胸から下の空白を埋める。

黒い衣ばかりでは、下端が単調になる。

そこへ、灰色や茶色の塊を置く。

小さな画面での、貴重な色の変化である。

意味と機能が、ここでも重なっている。

襟と、時代の目印

七点の襟を見比べてほしい。

首元に何も見えないもの。

細い白線が一本だけ見えるもの。

小さな襞のある襟が立つもの。

この違いは、年代の目印になる。

十六世紀の前半、襟はまだ小さい。

世紀の後半になると、大きく張り出す。

やがて、車輪のような襞襟になる。

七点の襟は、いずれも小さい。

つまり、いずれも世紀の半ばまでの作である。

館の推定年代とも合っている。

服飾は、絵の年代を測る物差しになる。

髭の形

髭にも、流行がある。

七点のうち、五点は顎まで髭を伸ばす。

口ひげと顎ひげがつながる形である。

一点は髭が薄く、若い顔立ちである。

女性の一点には、当然ながら髭がない。

十六世紀の前半、宮廷では髭が流行した。

肖像を見比べると、その広がりが分かる。

髭の形は、年代と地域の手がかりになる。

もっとも、個人差もある。

だから、目安として使うにとどまる。

小さな肖像の値段

こうした肖像は、いくらだったのか。

正確な記録は多くない。

ただ、大画面の肖像より安かったのは確かである。

材料が少なく、制作の時間も短い。

そのぶん、注文しやすい。

宮廷の周辺には、肖像を欲しがる人が大勢いた。

大きな絵を注文できない層にも、手が届く。

コルネイユ・ド・リヨンの工房は、この需要をつかんだ。

現存作が多いのは、その結果である。

数を作れる仕組みを持っていた。

工房と、複製

作品が多いことには、別の面もある。

同じ図の作品が、複数存在する例がある。

工房で写しが作られたためだと考えられている。

注文主が、家族や友人に配るために複製を求める。

そういう需要があった。

だから、どれが本人の手かの判断が難しくなる。

美術館の記録も、慎重な表現を使うことがある。

今回の七点は、いずれも館がこの画家の作として登録している。

当サイトは、その登録に従う。

工房作の可能性については、断定を避ける。

描く時間は、どれくらいか

小さな肖像は、短時間で描けたと考えられている。

同時代の記録に、数回の座りで仕上げたという記述がある。

ただし、これは伝聞である。

実際の手順は、こう推測できる。

まず、下地を塗った板を用意しておく。

人物を前にして、輪郭と顔の要点を描く。

そのあと、工房で衣と背景を仕上げる。

顔だけが対面の作業になる。

だから、注文主の拘束時間は短い。

忙しい宮廷の人には、この点が好まれただろう。

顔の角度は、ほぼ同じ

七点を並べると、角度が似ている。

いずれも、四分の三の角度である。

真横も、真正面もない。

これは、当時の肖像の標準である。

四分の三は、顔の造作がよく分かる角度だからである。

鼻の高さ、頬骨の張り、顎の形。

正面では分かりにくい部分が見える。

同時に、両目が見える。

似顔として、最も情報量が多い。

だから、この角度に落ち着く。

光は、左から

光の方向も、七点でほぼ共通する。

左上から差している。

顔の左側が明るく、右側に影が落ちる。

工房の窓の位置が、そのまま反映されているのだろう。

同じ場所で、同じ条件で描き続ける。

そうすると、光の方向が固定される。

これも、量産の条件のひとつである。

条件を変えなければ、判断が減る。

判断が減れば、速く描ける。

七点の一貫性は、その現れである。

羽根飾りのある帽子

六枚目は、装飾が目立つ。

黒い羽根飾りの帽子の男
コルネイユ・ド・リヨン《黒い羽根飾りの帽子の男》1535〜40年ごろ。油彩・板。縦17.8センチ、横14センチ。継ぎ足しを含めると縦21.6センチ、横15.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジュール・バッシュ・コレクション、1949年。コルネイユ・ド・リヨン《黒い羽根飾りの帽子の男》メトロポリタン美術館蔵

男が正面をやや外して立つ。

黒い帽子から、黒い羽根が右へ流れる。

羽根は細かく分かれ、先が曲がる。

髭は赤茶で、豊かに広がる。

衣は黒で、前に金色の留め具が並ぶ。

袖は白く、膨らんでいる。

黒と白の対比が、他の六点より強い。

背景は緑で、周囲に暗い枠が見える。

この枠が、次の話につながる。

板が、継ぎ足されている

館の記録に、注意すべき記述がある。

寸法が二通り書かれている。

もとの板が縦17.8センチ、横14センチ。

継ぎ足しを含めると、縦21.6センチ、横15.2センチ。

つまり、後から板が足されている。

画像で見える暗い枠が、その部分である。

なぜ足すのか。

額の寸法に合わせるためである。

あるいは、他の絵と大きさをそろえるためである。

小さな板絵では、こうした加工が珍しくない。

白い袖という例外

この一枚には、他にない要素がある。

白い袖である。

他の六点は、黒がほとんどを占める。

ここでは、両肩の下に白い膨らみが入る。

黒い胴着の下に、白い下着を着ている形である。

胴着の脇に切れ目を入れ、下着を引き出す。

当時の流行の装いである。

画面としては、黒の面積が減る。

そのぶん、明るく、にぎやかになる。

同じ画家の中でも、この一枚は華やかな部類に入る。

加工の跡を、どう扱うか

継ぎ足しは、作品の一部ではない。

しかし、作品の履歴の一部である。

館は、それを寸法の記載で示している。

もとの大きさと、いまの大きさ。

両方を書くことで、事情が伝わる。

見る側は、暗い枠を絵の背景と間違えずにすむ。

こうした記載は、地味だが重要である。

数字が二つ並んでいたら、理由を疑う。

そこに、作品が経てきた時間が畳まれている。

青い背景の一枚

七枚目は、背景の色が違う。

男の肖像
コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》1536〜40年ごろ。油彩・胡桃材の板。縦16.5センチ、横14.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。コルネイユ・ド・リヨン《男の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

背景が、はっきりした青である。

他の六点の緑とは、明らかに違う。

男は正面を向き、こちらを見る。

黒い帽子は幅が広く、つばが横へ張る。

顔は若く、髭は薄い。

衣は黒く、肩から胸へ丸く広がる。

首元は詰まっており、白い襟が見えない。

肌は白く、頬にわずかな赤みがある。

青と黒と肌の色。

三色だけで成り立っている。

青の値段

青い背景には、材料の話がある。

当時の青い顔料は、高価だった。

とくに、深い青は輸入品の鉱物から作られた。

安い代用も存在したが、色が濁る。

背景一面に青を使うのは、それなりの費用である。

だから、青い背景の肖像は数が少ない。

注文主の希望だった可能性がある。

あるいは、特別な用途のために作られたのかもしれない。

館の記録に説明はない。

分かるのは、七点のうちこの一点だけが青いという事実である。

胡桃の板

この一点は、材が胡桃と記録されている。

胡桃は、樫より柔らかく、加工しやすい。

木目は細かく、表面がなめらかになる。

小さな板を作るには、都合がよい。

一方で、虫害を受けやすいとも言われる。

板絵の保存では、材の性質が問題になる。

反り、割れ、虫の穴。

いずれも材によって起こり方が違う。

館が材を記録するのは、そのためでもある。

技法の記載は、保存の記録でもある。

七点の受け入れ年

七点の来歴を並べてみたい。

一九一五年、一九二九年が二点、一九四一年、一九四九年、一九八二年。

そして、館の記録に年のないものが一点。

つまり、七十年近くかけて集まっている。

いずれも、個人の収集家の名が付いている。

ハヴマイヤー、デイヴィス、ブルーメンタール、バッシュ、リンスキー。

二十世紀前半の米国の収集家たちである。

小さな板絵は、収集の対象として好まれた。

置き場所を取らず、質が高い。

その好みが、いまの美術館の陳列を作っている。

板絵の裏を見る

板絵には、裏がある。

裏面には、しばしば印や書き込みがある。

所有者の紋、番号、価格、人名。

これらは、来歴を追う手がかりになる。

美術館は、裏面も撮影して記録する。

ただし、公開画像には表面だけが出ることが多い。

裏に何が書かれているかは、目録を見なければ分からない。

小さな板絵ほど、裏の情報が大切になる。

表からは誰か分からなくても、裏に名が残ることがある。

いま無名とされている六点も、いつか名が戻るかもしれない。

収集家の好み

なぜ、この画家が好まれたのか。

理由の一つは、状態のよさである。

小さな板絵は、破損しにくい。

保管も容易である。

もう一つは、顔の質である。

宮廷の人物の顔が、間近に見られる。

十六世紀の人が、そこにいるように見える。

これは、大画面の肖像では得にくい感覚である。

小さいからこそ、近づいて見る。

近づけば、その人と向き合うことになる。

額に入れて飾る

小さな板絵は、どう飾られたのか。

いくつかの方法が考えられる。

小さな額に入れ、壁に並べる。

書斎の棚に立てかける。

箱に収め、必要なときだけ出す。

十六世紀の邸宅には、肖像を並べた部屋があった。

家系や交友を、顔の列で示す部屋である。

小さな肖像は、その部屋にちょうどよい。

大きさがそろっていれば、整然と並ぶ。

七点の寸法が近いのも、そうした事情と関わるかもしれない。

七点を、順に見る

最後に、見方を提案したい。

七点の目だけを、順に見比べてほしい。

どれも、こちらを見ている。

しかし、視線の強さが違う。

強く見返す目、伏し目がちの目、逸らした目。

黒目の位置を、わずかにずらすだけで変わる。

一ミリに満たない差である。

その差が、人柄の印象を決めている。

顔の輪郭も、衣の黒も、みな似ている。

違うのは、目の置き方だけである。

そこにこの画家の腕が集中している。

七点を並べ、目の高さで揃えて見てほしい。

同じ工房から出た顔が、七つ並ぶ。

似ているようで、一つも同じではない。

手のひらの板が、それだけの差を抱えている。

近づいて、しばらく見ていたくなる絵である。

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