磨いた表面と、残した筆跡——ジャン=レオン・ジェローム
筆の跡を消した大作と、跡を残した小品。石が肉になる場面から、虎、モスク、狩りの肖像まで六点を見る。東方主題をめぐる問題にも触れる。仕上げは技術の限界ではなく選択である。近づいて、表面そのものを見てほしい。

白い像が、色を持ちはじめる
一枚の絵から始めたい。

彫刻の仕事場である。
床には道具が散り、木の台が置かれる。
中央に、台に載った女性の像が立つ。
その像に、男が下から抱きつき、口づけしている。
男は青緑の上着を着て、足を踏ん張る。
像の下半身は、まだ白い。
腰から上は、肌の色に変わっている。
つまり、石が肉になりつつある。
背後の壁には、額に入った絵が掛かる。
右上には、翼のある幼児が浮かぶ。
床には、仮面や道具が転がる。
石が、人になる話
主題は、古代の物語である。
彫刻家が、自ら作った像に恋をする。
その願いが聞き入れられ、像に命が宿る。
美術の主題として、繰り返し描かれてきた。
作る者と、作られた物の関係を扱うからである。
画家がこの主題を選ぶとき、自分の仕事も重ねている。
作った物が、生きているように見えること。
それは、絵画そのものの目標でもある。
白から、肌の色へ
この絵の要は、色の移り変わりである。
像の足元は、白い石である。
膝から腰にかけて、わずかに色づく。
背中から肩は、はっきりと肌の色になる。
つまり、下から上へ、変化が進んでいる。
一枚の画面の中に、時間が流れている。
静止した絵で、変化の途中を示す。
そのために、色の段階を細かく作っている。
白と肌色の間に、無数の中間色が置かれている。
描いた人について
ジャン=レオン・ジェロームは、一八二四年に生まれた。
フランス東部の町の出身である。
一九〇四年にパリで没した。
美術学校で長く教え、多くの弟子を育てた。
生前の名声は、きわめて高かった。
絵は版画に写され、世界中で売られた。
彫刻も手がけている。
つまり、当時の美術の中心にいた人物である。
見る側の位置
この絵の視点にも触れておきたい。
像と男は、やや下から見上げる角度で描かれている。
床の道具は、上から見下ろす角度である。
つまり、視点が厳密には一定でない。
主役を大きく見せるために、角度が調整されている。
厳密な作図より、見え方が優先されている。
こうした調整は、多くの絵で行われる。
気づかれない程度に、都合よく歪める。
それも、絵を作る技術のうちである。
磨かれた表面
ジェロームの絵には、共通の特徴がある。
表面が、非常になめらかである。
筆の跡が、ほとんど見えない。
絵具を薄く塗り、乾かし、また塗る。
その繰り返しで、面を平らにする。
輪郭は硬く、細部まで描き込まれる。
写真のように見える、としばしば評された。
同時代の印象派の画家とは、方向が正反対である。
筆致を見せるか、消すか。
その選択が、絵の性格を決めている。
虎と、子どもたち
二点目は、動物である。

岩場に、虎が一頭横たわる。
顔は正面を向き、こちらを見る。
体は左へ長く伸びる。
その腹のあたりに、子虎が二頭いる。
一頭は横たわり、一頭は身を起こす。
手前には、水面がある。
その水に、別の子虎の顔が映る。
背景の上半分は、ほとんど黒である。
岩陰か、洞窟の内部だろう。
毛を、どう描くか
虎の毛の描き方を見たい。
一本ずつ描かれているわけではない。
しかし、そう見える。
黄土色の地に、細い黒の線を重ねる。
線の向きは、体の面に沿う。
背では横向き、脚では縦向き。
その向きの差が、体の丸みを示す。
縞模様も、体の曲面に沿って歪む。
平らに描けば、模様が貼り付いて見える。
歪ませることで、立体になる。
彫刻もつくる
ジェロームは、晩年に彫刻も手がけた。
石膏や大理石、彩色した像も残している。
一点目の主題が彫刻家であるのも、無関係ではないだろう。
彫刻を作る画家は、形の把握が立体的になる。
絵の中の人物も、回り込みが正確になる。
一点目の像の背中と腰の線には、その把握が出ている。
平面の絵と、立体の彫刻。
その両方を行き来する仕事の仕方だった。
動物を描くということ
ジェロームは、動物の絵を多く残した。
虎、獅子、馬、駱駝。
当時のパリには、動物園があった。
そこで観察できたと考えられる。
同時に、剥製や骨格の標本も参照されただろう。
十九世紀の動物画は、博物学と近い場所にある。
正確に描くことが、価値になった。
そして、その正確さが絵の売りになる。
暗い背景
この絵の背景は、ほとんど黒である。
岩の一部だけが、右に見える。
つまり、情報が少ない。
その代わり、虎の体が浮き上がる。
明るい黄土と、暗い背景。
その対比が、主役を決めている。
同じ手法は、肖像画でも使われる。
背景を暗くし、顔だけを明るくする。
主題に集中させる、単純で強い方法である。
水面の反射
手前の水面に、子虎の顔が映っている。
これは、画家の腕の見せ場である。
反射像は、実物より暗く、輪郭がぼける。
そして、水面の揺れで形が崩れる。
その崩れ方を、どこまで描くか。
崩しすぎれば、何か分からなくなる。
崩さなければ、水に見えない。
その加減が、難しい。
この絵では、輪郭をわずかにぼかす程度に抑えている。
幼児と、壁の絵
一点目の背景には、細部が仕込まれている。
壁に掛かった額入りの絵。
棚の上の小さな像。
床に転がる仮面と道具。
そして、右上に浮かぶ翼のある幼児。
いずれも、彫刻家の仕事場を示す品である。
同時に、主題の由来を説明する記号でもある。
翼のある幼児は、愛の神を示す。
その存在が、石に命が宿る理由を語っている。
説明を、絵の中に置いている。
二点の共通点
一点目と二点目は、主題がまったく違う。
しかし、共通する点がある。
暗い背景に、明るい主役を置く。
表面をなめらかに仕上げる。
細部を丁寧に描く。
この三つが、いずれにも当てはまる。
つまり、主題が変わっても方法は変わらない。
方法が確立している画家の、典型的な作りである。
柱の並ぶ室内
三点目は、建築が主役である。

広い室内である。
細い柱が、奥へ向かって何列も並ぶ。
上部には、赤と白の縞の入ったアーチが架かる。
天井からは、多数の照明が吊り下がる。
床は石畳で、絨毯が敷かれている。
その上に、人々が立ち、あるいは膝をつく。
いずれも祈りの姿勢である。
床には、鳩が数羽いる。
天井近くを、鳥が飛んでいる。
奥へ行くほど、光が薄れる。
遠近法の効果
この絵の柱の列を見たい。
手前の柱は太く、奥へ行くほど細くなる。
その収束が、深い奥行きを作る。
上部のアーチも、同じ点へ向かう。
つまり、厳密な作図がなされている。
こうした室内の絵は、遠近法の腕を見せる場になる。
同時に、実際の建築を記録する性格も持つ。
装飾の細部、柱の間隔、天井の構造。
いずれも、正確に描かれている。
東方主題という問題
ここで、書いておかなければならないことがある。
ジェロームは、いわゆる東方主題の絵で知られる。
北アフリカや西アジアを主題にした絵である。
実際に旅をし、写真や写生を持ち帰って描いた。
建築や衣装の細部は、正確なことが多い。
しかし、場面そのものは構成されている。
複数の場所の要素を、一枚に組み合わせる。
そして、欧州の観客が期待する情景を作る。
つまり、記録に見えて、記録ではない。
見る側と、見られる側
この構図には、非対称がある。
描くのは欧州の画家である。
見るのは、欧州の観客である。
描かれる人々は、その関係に加わっていない。
祈る人、市場の人、日常の場面。
いずれも、外から観察された姿である。
こうした絵が、当時の欧州で人気を博した。
異国の風俗を、居ながらにして見る。
そういう需要に応えていた。
批判と、評価の変化
二十世紀の後半、この種の絵に批判が向けられた。
異国を単純化し、固定した像を広めた、という批判である。
一方で、当時の建築や衣装の記録としての価値もある。
写真の少ない時代の資料として使われることもある。
当サイトとしては、両方を書く。
絵の技術と、その絵が果たした役割。
その二つは、別々に評価できる。
見る側の立場を意識しながら見る。
それが、いまこの種の絵を見るときの構えになる。
鳩と、飛ぶ鳥
三点目には、鳥が描かれている。
床に数羽、そして天井近くを飛ぶ姿がある。
こうした鳥は、画面に動きを加える。
人物が静止しているぶん、動くものが要る。
そして、空間の高さを示す働きもある。
天井近くを飛ぶ鳥がいれば、そこまでの高さが分かる。
床の鳩は、手前の広さを示す。
小さな要素だが、空間の把握に効いている。
省いても成立するが、あれば画面が生きる。
光の帯
三点目の床を見てほしい。
奥の柱の間から、光が斜めに差している。
石畳の一部が、明るい帯になる。
その帯が、絵の奥行きを強めている。
暗い室内に、明るい線を一本引く。
それだけで、光源の位置が分かる。
そして、人物の立つ場所が定まる。
室内画では、この光の帯が要になることが多い。
市場の一場面
四点目も、同じ系統である。

石造りの建物の前である。
左に、石積みの炉がある。
その前に、二人の男が立つ。
一人は赤い衣で、炉に手を伸ばす。
一人は白い頭巾を巻き、腰に手を当てる。
右には、籠を編んだ大きな容器がある。
その脇に、赤い帽子の人物が座る。
奥には、数人の人影が並ぶ。
上部の壁には、道具が掛かる。
床は土で、薪が散らばる。
光の入り方
この絵の光は、左上から入る。
炉の周りだけが明るい。
奥へ行くほど、暗くなる。
つまり、明暗の差で奥行きを作っている。
先の柱の絵とは、方法が違う。
あちらは線の収束、こちらは明暗。
同じ画家が、場面に応じて手を変えている。
室内の暗がりを描くには、明暗のほうが効く。
細部の正確さ
この絵の道具を見てほしい。
炉の形、籠の編み目、衣の巻き方。
いずれも、細かく描かれている。
現地で写生し、あるいは写真を撮って持ち帰る。
その資料をもとに、工房で組み立てる。
道具の一つひとつは正確でも、配置は作られている。
この作り方が、この画家の絵の性格を決めている。
正確な部品と、構成された全体。
人物の配置
四点目の人物の並べ方を見たい。
手前に二人、その右に一人、奥に数人。
手前の二人が最も明るく、大きい。
奥へ行くほど、暗く、小さくなる。
つまり、明暗と大小の両方で距離を作っている。
そして、手前の二人の視線が、炉のほうへ向く。
見る側の目も、そこへ導かれる。
人物の視線を使って、画面の焦点を作る。
古くからの、確実な方法である。
写真という道具
ジェロームは、写真を積極的に使ったとされる。
十九世紀の後半、写真は旅の記録の手段になった。
建築や風景を撮影し、持ち帰る。
それを見ながら、細部を描く。
つまり、画家の仕事に写真が組み込まれていた。
同時に、自分の絵を写真に撮って版画にし、複製を売った。
写真は、資料であり、商品の媒体でもあった。
技術と商売の両面で、写真が絵に関わっている。
川と、椰子の木
五点目は、風景である。

板に描かれた小さな絵である。
画面の中央に、川が流れる。
手前には、石造りの橋が架かる。
橋の上と周りに、人と驢馬がいる。
奥には、白い建物が並ぶ。
その間に、椰子の木が高く伸びる。
さらに奥には、細い塔が二本立つ。
右手前は、乾いた土の斜面である。
空は明るい青で、白い雲が薄く流れる。
板に描く小品
この一点は、板に描かれている。
大きさも、九点のうち小さい部類である。
つまり、戸外での制作か、それに近い性格の作品だろう。
板は、画布より硬く、持ち運びやすい。
小さければ、短時間で仕上げられる。
現地での写生か、あるいは写生をもとにした小品。
いずれにせよ、大作とは作りが違う。
筆致も、他の作品よりやや粗い。
大作と小品
同じ画家の中に、二つの仕上げがある。
大作は、表面を磨き上げる。
小品は、筆の跡を残す。
これは、用途の違いによる。
大作は展覧会に出し、版画にもなる。
小品は、資料であり、あるいは手軽な商品である。
だから、手のかけ方が違う。
九点を並べると、その差が分かる。
同じ画家でも、仕上げは一定ではない。
一人の男の肖像
六点目は、肖像である。

縦30.5センチの小さな板絵である。
男が一人、正面を向いて立つ。
黒い山高帽をかぶる。
赤茶色の長い上着を着て、前を開ける。
その下に白い衣、腰に帯を締める。
膝下は、格子柄の脚絆である。
右手に、細い棒を持つ。
足元には、大きな黒い犬が伏せる。
背後の霧の中に、もう一人の人影が立つ。
その人物は、銃らしきものを肩に担ぐ。
狩りの装い
この人物の装いは、狩りのものである。
厚い上着、脚絆、そして犬。
背後の人影は、従者だろう。
十九世紀の肖像では、こうした場面設定がよく使われた。
書斎で本を持つ肖像。
馬に乗る肖像。
そして、狩りの装いの肖像。
いずれも、その人の暮らしと立場を示す。
装いと持ち物が、身分を語る。
霧の中の背景
背景の描き方に注目したい。
奥は、白い霧に覆われている。
木の輪郭が、うっすらと見える。
背後の人影も、輪郭だけである。
つまり、奥へ行くほど輪郭が消える。
これは、空気の遠近を極端に使った表現である。
同時に、手前の人物を際立たせる。
暗い背景を使う代わりに、霧を使っている。
小さな肖像
この肖像は、縦30.5センチしかない。
等身大の肖像とは、性格が違う。
小さな肖像は、私的な性格が強い。
家の一室に飾る。
あるいは、贈り物にする。
制作の費用も、大作より低い。
つまり、注文の敷居が低い。
十九世紀には、こうした小さな肖像の需要があった。
写真と競合しながら、絵が残った領域である。
犬という同伴者
六点目の黒い犬にも触れておきたい。
主人の足元に、体を長く伸ばして伏せている。
毛は黒く、光の当たる部分だけが灰色になる。
黒い動物を描くのは、難しい。
黒く塗れば、影と区別がつかなくなる。
そこで、背や頭の輪郭だけに明るい線を入れる。
その線が、体の形を示す。
先に見た虎の毛とは、また別の解き方である。
対象の色に応じて、方法を変えている。
六点の年代
六点の年代を並べたい。
一八六四年、一八六八〜七〇年ごろ。
一八七四年までに、一八八四年ごろが二点。
そして、一八九〇年ごろ。
つまり、およそ三十年に散っている。
肖像、風景、東方主題、動物、神話。
主題も、五種類ある。
一人の画家が、これだけの幅で仕事をしていた。
十九世紀の職業画家としては、標準的な幅である。
評価の浮き沈み
ジェロームの評価は、大きく揺れてきた。
生前は、最高位の画家の一人だった。
しかし、二十世紀に入ると評価が急落する。
筆致を消した仕上げが、機械的だと批判された。
同時代の印象派が評価されるにつれ、対極に置かれた。
二十世紀の後半から、また見直しが進む。
技術の高さと、当時の社会との関係が、あらためて論じられた。
いま美術館に並ぶのは、その見直しの結果である。
展覧会と、版画
ジェロームの絵が広まった経路にも触れておきたい。
まず、パリの展覧会に出す。
そこで評判を得れば、版画にする。
版画は各国で売られ、絵の図柄が広まる。
つまり、油彩は原図であり、収入の柱は版画にもあった。
画商との契約で、この仕組みが回っていた。
十九世紀の画家の稼ぎ方として、これは典型である。
一枚の絵が、複製を通じて世界へ届く。
弟子たちへ
ジェロームは、長く美術学校で教えた。
その門下からは、多くの画家が出ている。
米国から学びに来た画家も多い。
当サイトで扱った画家の中にも、その系譜に連なる人がいる。
つまり、この画家の方法は、教育を通じて広まった。
デッサンを重んじ、細部を正確に描く。
その訓練が、各国へ持ち帰られた。
作品だけでなく、教え方も影響を残している。
六点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
六点の表面の仕上がりを、見比べてほしい。
大作は、筆の跡が見えない。
小品は、筆の跡が残る。
そして、細部の描き込みの量も違う。
同じ画家が、用途に応じて仕上げを変えている。
つまり、仕上げは技術の限界ではなく、選択である。
なめらかに仕上げることも、粗く残すことも、どちらもできる。
その選択が、絵の性格を決めている。
近づいて、表面を見る。
そこから、この画家の判断を読み取ってほしい。
磨くことも、残すことも、同じ人の手が選んでいる。
表面は、いつも判断の跡である。
六点を近くで見て、そのあと離れて見る。
距離を変えると、絵の作りが見えてくる。
この画家は、その両方の距離を計算していた。


