装いを、借りる——ジョシュア・レノルズの肖像
古代の衣、羊飼いの杖、東方の装い。九点の人物は、日常の服を着ていない。肖像でありながら、物語の側へ寄せられている。顔だけは変えられないという条件のもとで、何が起きるのかを見たい。布が枠に折り返された一点にも触れたい。

誰の服でもない服
九点のうち何点かで、描かれた人は当時の日常の服を着ていない。
古代の彫刻のような、体に沿って垂れる衣。
羊飼いが持つような、先の曲がった杖。
あるいは、東方の意匠を取り入れた装いである。
いずれも、その人が毎日着ていた服ではない。
画室に用意された衣装を着て、決められた姿勢で座る。
そういう形式の肖像が、十八世紀の後半に数多く作られた。
九点は、その形式の幅を見せている。
装いを借りるということ
十八世紀のイギリスの肖像画には、装いを借りる型があった。
古代の衣をまとえば、絵は肖像でありながら神話の場面に近づく。
羊飼いの杖を持てば、田園の詩の場面になる。
依頼する側も、そうした絵を求めた。ただの記録では物足りない。
九点は、その求めに応じた絵の集まりである。
年は1758年から1789年に及ぶ。三十年ほどの幅がある。
そのあいだに、装いの選び方も変わっていく。
初期は古代風の衣が多く、後期は当時の流行の服が増える。
九点を年順に並べると、その移り変わりが見える。
九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
全身を立った姿で描く大画面が二点、膝から上が四点、胸から上が三点である。
描かれた人は、女性が八人と男の子が一人。
年は1758年から1789年に及ぶ。
すべてカンヴァスに油彩で、技法の欄に差はない。
肖像と、物語のあいだ
装いを借りた肖像は、二つの性格を持つ。
一つは、その人が誰であるかを示す記録である。
もう一つは、物語や寓意の絵としての性格である。
両方を同時に成り立たせるのが、この型の難しさである。
顔は似せなければならない。しかし、場面は現実ではない。
この両立は、当時の批評でも議論されたと伝えられる。
似せることを優先すれば、絵は平凡になる。
物語を優先すれば、誰の肖像か分からなくなる。
九点の多くは、そのあいだで釣り合いを取っている。
題が、行為を書く
九点の題を見ると、一点だけ動作が入る。
三美神に捧げものをする、と書かれる。
残る八点の題は、人物の名で終わる。
つまり、物語の要素が題に出るのは一点だけである。
ほかの八点では、装いだけが物語の側に寄っている。
題を読んだだけでは、その事情は分からない。
名前しか書かれていなければ、ふつうの肖像に見える。
画像を見て初めて、衣装や道具に気づく。
記録と画像の両方が要る、という例である。

九点で最も大きい部類の一点である。縦は2.4メートルを超える。
中央に、桃色の衣の女性が立つ。全身が入る。
衣は体に沿って垂れ、腰に青い帯が締められる。
右手を高く上げ、丸い器を持つ。
その先には、石の台がある。台の上に花輪が掛かる。
左奥に、三人の裸の女性の像が立つ。石の色で表される。
右手前には、もう一人が座る。緑の衣で、こちらを見る。
背後には太い柱と、暗い建物の内部がある。
床は石で、手前に段がある。
衣の襞は、体の線に沿って流れる。腰から下で広がる。
古代の彫刻の衣を写した形である。実際の服とは仕立てが違う。
腕は肘まで露わになる。当時の日常の服では、こうはならない。
儀式の姿
この一点では、女性が像に向かって器を捧げている。
古代の宗教の場面を模した構図である。
もちろん、実際にそういう儀式が行われたわけではない。
依頼した人が、その役を演じている。仮装に近い。
大きな画面で、堂々と演じられている。
三美神は、美と喜びを司る三人の女神である。
その像に捧げものをする姿は、自らを美の側に置く仕草でもある。
依頼した人の立場を、遠回しに示す構図だと読める。

こちらも縦2.4メートルの大きな画面である。
女性が全身で立つ。体は正面をやや外す。
衣は白に近い生成りで、腰から下が広がる。
袖は薄く、腕の形が透ける。
胸元には、赤い石の飾りが下がる。
右手は石の欄干に置かれる。左手は下へ垂れる。
背後は暗い木立で、上部に空の明るい部分が見える。
足元には、白い布が地面に落ちる。
顔はこちらを見る。口元にわずかな笑みがある。
立ち姿の大画面
九点のうち二点は、全身を立った姿で描く。
縦は2.4メートルを超える。壁の高い位置まで届く。
こうした大画面は、屋敷の大広間に掛けるために作られる。
見上げる位置に掛かれば、人物は実物より大きく見える。
大きさそのものが、依頼した家の力を示している。
白い衣という選択
九点のうち四点で、女性は白に近い衣を着る。
白は、古代の彫刻の衣を思わせる色である。
同時に、暗い背景の中で最もよく目立つ。
実際の流行の服も、この時期には白や淡い色が増えていた。
現実と、演出が重なる場所に、白の衣がある。

膝から上を描いた画面である。
女性が体を左へ向ける。顔も左を向く。
衣は淡い青と白で、袖がふくらむ。
肩から、金色の縁飾りの付いた布が斜めに垂れる。
胸元に、桃色の花を挿す。手でその花に触れる。
右手は石の欄干に置かれる。
その欄干には、浮き彫りの人物像が刻まれる。
左奥には、先の曲がった杖が立てかけられる。羊飼いの杖である。
背後には木の幹と、暗い空がある。左に明るい風景が開ける。
羊飼いの杖
いま見た一点には、先の曲がった杖が立てかけられている。
羊飼いが使う道具である。田園の詩に出てくる印でもある。
貴族の女性が羊飼いの姿をする趣向は、当時のヨーロッパで流行した。
実際に羊を飼うわけではない。装いだけを借りる。
九点のなかで、この道具が出てくるのは一点だけである。
布が、折り返されている
この一点の寸法の欄には、注記がある。
上端に18.1センチの布が、木枠の裏へ折り返されている、と書かれる。
つまり、もとの画面は今より縦に長かった。
あとから枠を替え、上を折り込んだのだと考えられる。
見えている画面と、布の大きさが違う。記録がそれを教えている。
折り返しが意味すること
絵の大きさは、変えられることがある。
掛ける場所に合わなければ、枠を替えて縮める。切り落とすこともある。
折り返しなら、あとで戻せる。切り落とせば戻せない。
この一点は、折り返しで済まされている。
上部に何が描かれていたかは、いまは見えない。

九点で唯一、子ども二人を描いた一点である。
左に、少年が立つ。桃色の上下を着て、細い杖を持つ。
膝下は白い靴下で、靴に留め具が光る。
右には、少女が石の台に腰かける。
衣は白に近い灰色で、裾が広がる。
膝の上に、花を盛った籠を置く。
背後には大きな木があり、右に赤い布が垂れる。
左奥は明るい風景で、川と丘が見える。
二人は互いを見ず、どちらもこちらを向く。
二人の距離
この一点では、少年と少女が並ぶ。
しかし、二人は触れ合っていない。あいだに空きがある。
視線も交わらない。どちらもこちらを向く。
兄妹の関係を示す仕草はない。並んで立っているだけである。
見る側に向かって並ぶ形が、肖像の基本である。
子どもと、装い
子どもの肖像でも、装いは選ばれる。
少年は当時の正装で、少女は白い衣である。
花の籠は、田園の詩を思わせる道具である。
つまり、子どもも大人と同じように役を与えられている。
九点を通して、人物は何らかの役の中にいる。

九点で最も小さい部類の一点である。
少女が正面を向く。胸から上が入る。
衣は黒で、光沢がある。袖に青いリボンが結ばれる。
胸元と袖口に、白いレースが重なる。
首には白い珠の飾りが二重に巻かれる。
髪は上でまとめられ、青い飾りが挿される。
腕の中に、白い犬を抱く。毛が長く、ふさふさしている。
犬はこちらを見る。目と鼻が黒い。
背景は暗い褐色で、何も描かれない。
黒い衣の効果
この一点では、少女が黒い衣を着ている。
子どもの肖像で黒を使うのは、当時としては珍しい。
黒は肌の白さを際立たせる。顔と手が明るく浮かぶ。
同時に、白い犬とも対比される。
色の設計として、非常に明快な画面である。
犬という持ち物
九点のうち、動物が描かれるのはこの一点だけである。
犬は、子どもの肖像によく出てくる。
持ち主の暮らしを示すと同時に、画面に動きを与える。
白い毛は、黒い衣の上でよく目立つ。
配色としても、犬の位置は考え抜かれている。

九点で最も早い年の一点である。
女性が右を向く。頬に右手を当てる。
肘を何かに預けているように見える。
衣は淡い桃色と灰色で、体に沿って垂れる。
胸元は大きく開き、青いリボンが結ばれる。
肩から薄い布が垂れる。腕の形が透ける。
髪は赤みがあり、上でまとめられる。
背景は左が明るく、右が暗い。空と木立らしい形がある。
画面の左上に、文字が書き込まれる。人物の名と続柄だと思われる。
手を、顔に当てる
いま見た一点では、女性が頬に手を当てている。
もの思いにふける姿勢として、古くから使われてきた型である。
肖像で使えば、内面のある人物として見せられる。
九点のなかで、この姿勢を取るのはこの一点だけである。
ほかの八点は、手を膝や欄干に置く。
名が、画面に書かれる
九点のうち、画面に文字が入るのはこの一点だけである。
上部に、小さな文字が数行並ぶ。
誰であるかを示す銘だと考えられる。あとから書き加えられた可能性もある。
肖像は、時間がたつと誰か分からなくなる。
画面に名を書いておけば、その心配が減る。

女性が椅子に座る。膝から上が入る。
頭に大きな黒い帽子をかぶる。縁が広く、羽根飾りが付く。
髪は白く粉をかけられ、左右にふくらむ。
上着は黒で、胸の前で合わせる。
その下に白い衣があり、膝の上に広がる。
袖口には白い襞が重なる。
膝の上で両手を組む。指が細い。
背後の右には、赤い布が垂れる。左は暗い木立である。
黒と白と赤の三色で、画面が作られる。
三色でまとめる
この一点の色は、黒、白、赤の三つに絞られている。
肌の色を除けば、それ以外はほとんど使われない。
色を絞ると、形が強く出る。輪郭がはっきりする。
大きな帽子の黒い円が、画面の上部を占める。
その下に白い衣が広がる。単純で力のある配色である。
帽子という流行
九点のうち二点で、女性は大きな帽子をかぶる。
いずれも1780年代の作である。当時の流行の形である。
装いを借りた古代風の衣とは、性格が違う。
こちらは現実の流行をそのまま描いている。
同じ画家の中に、二つの方向が並んでいる。

九点で最も遅い年の一点である。
女性が屋外の柵に腰かける。膝から上が入る。
頭に大きな黒い帽子をかぶる。上に黒い飾りが立つ。
髪は白く、肩まで垂れる。
衣は白で、胸元に襞が重なる。腰に淡い青の帯がある。
膝の上に、黒い布と黄褐色の手袋を置く。
右手は膝の上、左手はその下にある。
背後には木立があり、左に空と雲が見える。
木の柵の横木が、右へ伸びる。
手袋と布
この一点では、膝の上に黒い布と手袋が置かれる。
外出の装いを解いたところ、という設定である。
こうした小物は、場面に時間を与える。ついさっき歩いてきた、と読める。
肖像は静止した絵だが、前後の時間を想像させることはできる。
小物の置き方が、その手がかりになる。
屋外に、座らせる
九点のうち五点は、背景に屋外の風景が入る。
木立、空、遠くの丘。人物はその前に置かれる。
実際に外で描いたわけではない。画室で人物を描き、背景をあとから足す。
屋外の背景は、田園の詩の雰囲気を与える。
装いと同じく、演出の一部である。

九点の最後は、東方の装いをした一点である。
女性が横向きに座り、体をこちらへ傾ける。
頭に桃色と白の布を巻く。上に花の飾りが付く。
髪は黒く、頬の脇に垂れる。
上衣は金色で、細かい縞と刺繍のような模様が入る。
袖は幅が広く、腕を覆う。
胸元は大きく開き、留め具が光る。
背後の右には、赤い布が垂れる。
顔は横を向き、目は伏せられる。
東方の装い
この装いは、当時のイギリスで流行した仮装の一種である。
実際の中東や東欧の衣装をそのまま写したものではない。
ヨーロッパで考えられた東方の姿、と言ったほうが近い。
描かれた人は、その姿を選んで座っている。
装いを借りるという型の、最も分かりやすい例である。
装いをどこまで写すか
東方の装いを描くとき、細部までは追われていない。
刺繍の模様は、筆の速い線でまとめられる。
布の質感は出ているが、模様の意味までは分からない。
つまり、雰囲気を伝えることが目的である。
正確な記録ではない。そこは区別して見る必要がある。
借りることの意味
装いを借りれば、肖像は絵として自由になる。
日常の服では、時代がすぐに分かる。流行は数年で古びる。
古代の衣なら、古びない。物語の中の姿になる。
依頼した側も、そのほうが長く飾れると考えたかもしれない。
九点の装いの選び方には、そういう計算も含まれている。
誰が装いを選ぶか
装いを選ぶのは、画家か、依頼した人か。
九点の記録には、その情報がない。
画室に衣装が用意されていたことは、当時の記述に見える。
依頼する側が希望を出すこともあっただろう。
決まっているのは、二人の話し合いで決まった、ということだけである。
顔だけは、変えない
装いは借りても、顔は変えられない。
似ていなければ、肖像として成り立たない。
九点の顔を見比べると、目鼻の描き方は丁寧である。
装いが自由になるほど、顔の正確さが要になる。
その対比が、この型の絵の骨格である。
背景の暗さ
九点の背景は、いずれも右か左が暗い。
その暗い側に、赤い布や木立が置かれる。
明るい側には、空や遠景が開ける。
明暗を左右に分ける構図は、当時の肖像の定石である。
人物の輪郭が、明るい側で切れ、暗い側で溶ける。
大きさの三つの群
九点の寸法を並べると、三つの群に分かれる。
縦240センチを超える大画面が二点。
縦127センチから181センチの中間が四点。
縦75センチ前後の小さなものが三点である。
全身を描くには大きな画面が要る。胸像なら小さくて済む。
女性が八点
九点の人物を数えると、女性が八人、男の子が一人である。
装いを借りる型は、女性の肖像に多く使われた。
男性の肖像では、制服や職業の装いが選ばれることが多い。
役職や立場が装いで示せるからである。
その差が、九点の顔ぶれにも出ている。
額の記録
九点のうち額の寸法が記録されているのは二点である。
いずれも同じ館の所蔵である。
奥行きが書かれるのは一点だけで、8.57センチとある。
館によって、記録する項目が違う。
同じ画家の作でも、記録の詳しさはそろわない。
三十年の変化
九点を年順に並べると、装いの傾向が動く。
1758年から1768年の四点は、古代風の衣や田園の道具が目立つ。
1780年代の四点では、当時の流行の服と帽子が主になる。
例外は、東方の装いの一点である。1782年以降とされる。
流行と演出が、時期によって入れ替わっている。
二つの館に分かれる
九点は、三つの館に分かれて所蔵されている。
四点がワシントンの館、四点がニューヨークの館、一点がシカゴの館にある。
記録の書き方も違う。額の寸法を書く館と、書かない館がある。
寸法の注記まで書く館もある。折り返しの布に触れた一点がそれである。
同じ画家の作でも、記録の粒度は所蔵先で決まる。
演じる肖像
最後に、九点をまとめて見ておきたい。
古代の衣、羊飼いの杖、花の籠、東方の装い、流行の帽子。
どれも、その人を別の何かに近づける道具である。
肖像でありながら、そのままの姿ではない。
見る側は、その二重性を承知したうえで顔を見ることになる。



