名画の楽しみ方

作者の欄に、世紀と地域だけがある——十九世紀アメリカの肖像

人の名ではなく、十九世紀アメリカ。粒度の粗い作者の欄が九点並ぶ。銘記の欄に偽の署名とある一点、署名が取り除かれた一点もある。名がなくても記録は書けることを読みたい。対になった肖像が、二組含まれている。

若い男性の横顔
アメリカ、19世紀(作者不詳)《若い男性の横顔》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

作者の欄に、世紀と地域が入る

作者の分からない絵を九点、記録の欄で並べてみる。

作者の欄に入っているのは、こういう語である。

十九世紀アメリカ。

十八世紀アメリカ。

人の名ではない。

地域と、世紀だけである。

九点のうち七点が十九世紀、二点が十八世紀。

前の回の記事で、ヨーロッパの無名の絵を見た。

あちらは、都市の名と世紀が入っていた。

こちらは、大陸の名と世紀である。

粒度が、ずいぶん粗い。

粒度が粗いのは、なぜか

ヨーロッパの絵では、都市まで絞れることが多い。

工房の伝統が地域ごとに違い、様式で見分けられる。

北米では、そうはいかない。

画家は移動して回り、注文があれば描いた。

一つの町に留まらない。

だから、どこで描かれたかを絞りにくい。

作者の欄が、大陸の名で止まる。

館は、絞れないものを絞らない。

推定を重ねて都市名を書けば、誤りが残る。

前の回の記事で、分かる粒度で書くという原則を何度も見た。

粗い粒度は、情報の不足を正直に示している。

若い男性の横顔
19世紀アメリカ《若い男性の横顔》1810年から1820年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦30.4センチ、横25センチ。額装では縦34.3センチ、横28.5センチ、奥行き3.1センチ。番号は1953.5.9。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《若い男性の横顔》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

四角い板に、灰色の楕円が描かれる。

楕円の外は、黒く塗られる。

楕円の中に、男性が横顔で描かれる。

顔は左を向く。

髪は赤褐色で、額の上に垂れる。

耳のあたりで、もみあげが長く伸びる。

首もとに、白い布が幾重にも巻かれる。

布の下に、細かい襞のある襟が広がる。

上着は黒く、金の釦が三つ縦に並ぶ。

肩から下は、暗く沈む。

顔の輪郭だけが、はっきりと引かれる。

対になった二点

いま見た一点には、対がある。

同じ日に、同じ人から寄贈された。

番号も、点のあとの数字が一つ違いだ。

そして、寸法がまったく同じである。

縦30.4センチ、横25センチ。

一ミリも違わない。

同じ大きさの板を二枚用意して、描いたのだろう。

ところが、額の寸法だけが少し違う。

一方は奥行き3.1センチ、他方は3.8センチ。

七ミリの差だ。

額は、後から別々に作られたのかもしれない。

前の回の記事で、対の品の寸法差について何度も書いた。

揃っている部分と、揃っていない部分がある。

若い女性の横顔
19世紀アメリカ《若い女性の横顔》1810年から1820年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦30.4センチ、横25センチ。額装では縦34.3センチ、横28.9センチ、奥行き3.8センチ。番号は1953.5.10。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《若い女性の横顔》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

前の一点と、同じ作りである。

四角い板に、灰色の楕円が描かれる。

楕円の外は、黒い。

楕円の中に、女性が横顔で描かれる。

顔は左を向く。

前の一点と、向きが同じである。

頭に、白い薄い布の帽子をかぶる。

帽子の縁は、細かく襞が寄る。

水色の細い帯が、帽子を横切る。

首もとにも、白い襞の襟が広がる。

衣は黒く、袖に白い布が見える。

肩から下は、地に溶ける。

対でありながら、向きが同じ

いま見た二点は、どちらも左を向いている。

対の肖像では、たがいに向かい合うのがふつうだ。

夫が左、妻が右を向く。

並べて掛けたときに、視線が合う。

ところがこの二点は、同じ向きである。

並べれば、二人とも同じ方向を見る。

なぜか。

館の記録は、何も書かない。

対として作られたのではないのかもしれない。

あるいは、横顔の型がその向きしかなかったのか。

判断できない。

判断できないことを、判断したように書かない。

銘記の欄に、偽の署名とある

九点のうち二点の銘記の欄には、こう書かれている。

偽って署名され、年が入れられている。

つまり、書かれている名は、その絵の作者ではない。

後から誰かが、有名な画家の名を書き加えた。

値打ちを上げるためだろう。

館は、その署名を偽と判断した。

そして、判断したうえで、署名の内容をそのまま写している。

消してしまえば、なぜこの絵がその画家の作とされていたか分からなくなる。

前の回の記事で、かつての帰属という役割の欄を見た。

こちらは、銘記の欄で同じことをしている。

取り消された根拠を、残す。

女性の肖像
19世紀アメリカ《女性の肖像》1855年から1860年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。楕円で縦76.2センチ、横63.8センチ。銘記の欄には、偽って署名され1844年と入れられているとある。番号は1947.17.58。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《女性の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

楕円の画面に、女性が胸から上で描かれる。

顔は正面を向き、こちらを見る。

髪は中央で分けられ、両側で丸くまとめられる。

耳が隠れるほど、髪が横に張る。

首もとに、白い立ち襟がある。

襟の中央に、小さな飾りが留まる。

上着は黄褐色で、釦が縦に並ぶ。

袖は水色で、赤い模様が織り出される。

模様は渦を巻き、袖口へ向かって広がる。

背景は褐色で、木の葉らしい形が見える。

輪郭のまわりが、暗く沈む。

年が、署名の年と合わない

いま見た一点の年の欄は、1855年から1860年ごろとある。

ところが、書かれている年は1844年である。

十年以上のずれがある。

つまり館は、署名の年も信じていない。

衣の様式から、年代を判断したのだろう。

袖の形や襟の高さは、時代で変わる。

そこから十年の幅を出している。

館は、その根拠を書かない。

書かれるのは、二つの年だけである。

食い違う二つの年が、同じ記録の中に並ぶ。

前の回の記事で、偽の署名と館の判断が並ぶ例を見た。

同じ書き方が、ここでも使われている。

署名が、取り除かれた一点

もう一点の銘記の欄は、さらに踏み込んでいる。

もとは偽って署名され年が入れられていたが、いまは除去されている。

つまり、絵から署名が消されている。

修復のときに取ったのだろう。

いま見ても、そこには何もない。

しかし、記録には残っている。

かつてそこに何が書かれていたかまで、写されている。

物からは消え、記録には残る。

これは、記録の役割そのものである。

前の回の記事で、失われた銘記を記録が残す例を見た。

同じことが、ここでも起きている。

男性の肖像
19世紀アメリカ《男性の肖像》1810年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦76.5センチ、横61.6センチ。銘記の欄には、もとは偽って署名され1798年と入れられていたが、いまは除去されているとある。番号は1947.17.44。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《男性の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、腰から上で描かれる。

顔は正面を向き、やや右を見る。

髪は赤みのある褐色で、額の生え際が後退する。

頬が赤く、顎が丸い。

首もとに、白い布が巻かれ、前で結ばれる。

上着は暗い緑がかった灰色である。

前が開き、下に同色の胴着が見える。

右手に、細い黄色の杖を握る。

背景の左に、赤褐色の布が垂れる。

その手前に、黄色い柱のようなものが立つ。

面には、細かい亀裂が全体に走る。

裏面の年が、写真だけに残る

九点のうち一点の銘記の欄は、とくに長い。

まず、絵の中に描かれた船の名が写される。

つぎに、裏面に刻まれていた年が書かれる。

そして、こう続く。

いまは見えない、館の資料の中に写真がある。

つまり、裏に刻まれた年は、もう読めない。

しかし、読めたときに撮った写真が残っている。

その写真をもとに、記録に年を書いている。

物からは失われ、写真に残り、記録に写された。

三段階を経て、いまも読める。

館は、その経路まで欄に書いている。

書かなければ、どこから来た年か分からなくなる。

男性の肖像
19世紀アメリカ《男性の肖像》おそらく1829年。館の記録では、板に油彩。縦49.5センチ、横34.3センチ。銘記の欄には、裏面に刻まれた年が現在は見えないが写真が館の資料にあるとされる。番号は1953.5.22。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《男性の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、腰から上で描かれる。

椅子に座り、体をやや左へ向ける。

顔はこちらを見る。

肌は褐色で、頬に光が当たる。

髪は黒く、短く整えられる。

首もとに、白い襟と黒い布が見える。

上着は濃い緑で、金の釦が二列に並ぶ。

袖口にも、小さな釦がある。

右手を、椅子の背にかける。

背後の左に、窓が開く。

窓の外に、川と丘が見える。

川面に、煙を上げる船が浮かぶ。

題に、おそらくが入る

いま見た一点の題には、括弧が付く。

括弧の中に、人の名がある。

そして、その前に、おそらく、という語が置かれる。

つまり、誰を描いたかは推定である。

裏の年と、描かれた船と、伝わった経路。

いくつかの手がかりから、その人だろうと考えられている。

しかし、確定していない。

だから、題の中に留保の語が入る。

前の回の記事で、題の末尾に疑問符が付く例を見た。

こちらは、留保の語を括弧の中に置いている。

同じ働きを、別の形で果たしている。

年の欄に、それ以後とある

九点の年の欄を並べると、二点に変わった書き方がある。

ある年か、それ以後。

上限を書かず、下限だけを示している。

なぜか。

その年に起きた出来事が、絵に描かれているからだろう。

出来事より前には描けない。

しかし、いつまでかは分からない。

だから、下限だけを書く。

ふつうの年の欄は、幅を上下で挟む。

この書き方は、片側を開いたままにする。

前の回の記事で、その年以降と開いておく形について書いた。

同じ考え方が、ここでも使われている。

エイブラハム・リンカーンの肖像
19世紀アメリカ《エイブラハム・リンカーンの肖像》1864年かそれ以後。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦76.2センチ、横63.6センチ。額装では縦101.9センチ、横90.2センチ、奥行き8.9センチ。番号は1947.17.67。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《エイブラハム・リンカーンの肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、胸から上で描かれる。

顔は正面をやや外れ、右を向く。

頬がこけ、顴骨が高い。

目の下に、深い影がある。

顎の下に、黒い髭が広がる。

口ひげはない。

髪は黒く、乱れて額にかかる。

上着は黒く、襟が広く開く。

その下に、白い襟と黒い紐の結びが見える。

背景は褐色で、平らである。

顔の左半分に、光が当たる。

写された肖像

いま見た一点は、よく知られた人物の肖像である。

年の欄に、それ以後とあるのは、写真をもとにしているからだろう。

その人物の写真は、多く残っている。

写真をもとに油彩で描くことは、当時よく行われた。

しかし、館の記録はそう書かない。

技法の欄には、カンヴァスに油彩とあるだけだ。

もとになった写真の情報も、書かれていない。

前の回の記事で、元の肖像の作者が作者の欄に入る皿を見た。

あちらは、元の作者が明示されていた。

こちらは、明示されていない。

同じ館でも、分野によって書き方が違う。

対の肖像が、もう一組ある

九点のうち二点は、十八世紀の対の肖像である。

夫と妻を描いたものだろう。

題に、それぞれの名がある。

番号も、点のあとの数字が一つ違いだ。

年の欄も、どちらも1783年ごろ。

そして、寸法が少し違う。

縦101.7センチと102.2センチ。

五ミリの差である。

さらに、額の寸法があるのは一方だけだ。

他方は、額に入っていないのだろう。

対でありながら、いまの状態が揃っていない。

エライシャ・ドーン
18世紀アメリカ《エライシャ・ドーン》1783年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦101.7センチ、横84.2センチ。番号は1943.1.3。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、18世紀(作者不詳)《エライシャ・ドーン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、椅子に座って描かれる。

体を右へ向け、顔はこちらを見る。

髪は後ろへ撫でつけられ、耳の上でふくらむ。

首もとに、白い布が巻かれ、前で襞になる。

上着は黄褐色で、大きな釦が並ぶ。

その下に、明るい胴着が見える。

袖口から、白いレースが出る。

両手を、膝の上で組む。

右に、机の角が見える。

机の上に、紙が数枚ある。

背後は暗く、布が垂れる。

ジェイン・カトラー・ドーン
18世紀アメリカ《ジェイン・カトラー・ドーン》1783年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦102.2センチ、横83.5センチ。額装では縦119.4センチ、横101.6センチ、奥行き7.6センチ。番号は1943.1.4。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、18世紀(作者不詳)《ジェイン・カトラー・ドーン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、椅子に座って描かれる。

体を左へ向け、顔はこちらを見る。

前の一点と、向きが逆である。

つまり、二点は向かい合う。

髪は後ろでまとめられ、一房が肩に垂れる。

衣は白く、光沢がある。

袖口に、白いレースが重なる。

胸もとに、小さな釦が縦に並ぶ。

右手を、頬の下に添える。

左手は、膝の上に置かれる。

背後の右に、赤い布が見える。

肖像でない一点

九点のうち八点は、人の肖像である。

残る一点だけが、場面を描いている。

題は、馬に乗った曲芸師。

つまり、見世物の一場面だ。

作者の分からない絵は、肖像に偏る。

肖像は数が多く、そして署名されないことが多い。

注文した人は、誰が描いたかより、誰が描かれたかを重んじる。

だから、名が残らない。

一方、場面を描いた絵は、もともと数が少ない。

九点の比が、その事情を映している。

前の回の記事で、素朴な絵の収集について書いた。

そこでも、肖像が大半を占めていた。

馬上の曲芸師
19世紀アメリカ《馬上の曲芸師》1825年かそれ以後。館の記録では、板に油彩。縦40.3センチ、横47.6センチ。額装では縦54.1センチ、横62センチ、奥行き6センチ。番号は1953.5.18。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《馬上の曲芸師》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

中央に、馬が右から左へ駆ける。

四肢を大きく伸ばし、地から浮く。

体は褐色で、たてがみが黒い。

背に、赤い布が掛かる。

その上に、人が二人乗る。

下の一人は、両足を馬の背に置き、腕を広げる。

黄色い短い衣を着る。

その肩の上に、もう一人が立つ。

両手で、水色の細長い布を掲げる。

背後は、青緑の幕が張られる。

左に、金色の枠の窓と扉が見える。

床は白く、円い舞台の縁が弧を描く。

出所の行が、三つに分かれる

九点の出所の行を並べると、三つになる。

ある夫妻の寄贈が三件。

ある収集家の名を冠したコレクションが四件。

別の収集家のコレクションが二件。

前の回の記事で、この三つの名をいずれも扱った。

作者の分からない絵は、特定の収集家に集まりやすい。

名のある画家の作品より、安く手に入るからだろう。

そして、その人たちが集めたからこそ、いま残っている。

作者不明の絵は、捨てられやすい。

集める人がいなければ、記録も残らない。

出所の行の一文が、その事情を支えている。

額の寸法が、九点のうち八点にある

九点の寸法の欄を見ると、二段目がある件が多い。

額装した状態の大きさである。

しかも、奥行きまで書かれている。

縦、横、そして厚み。

絵そのものは平らでも、額があれば厚みが出る。

奥行きの数字は、3.1センチから11.4センチまで散らばる。

厚い額と、薄い額がある。

前の回の記事で、額の寸法について何度か書いた。

額は、その絵がいつ、どう飾られたかを示す。

作られた当時の額とは限らない。

館が付け替えた額かもしれない。

記録は、その区別を書かない。

数字だけを置いている。

題が、名か、種類か

九点の題を並べてみる。

人の名が入るものが四点。

男性の肖像、女性の肖像といった書き方が四点。

そして、場面の題が一点。

名が入る四点のうち、一点には括弧と留保の語が付く。

つまり、名が確かなのは三点だけである。

九点のうち三点でしか、描かれた人が分からない。

肖像でありながら、誰かが分からない。

作者も分からず、被写体も分からない。

分かるのは、年と、材料と、大きさだけである。

それでも、館はこれを収蔵し、記録している。

分からないものを、分からないまま保つ。

前の回の記事で、その態度を何度も見てきた。

名がなくても、記録は書ける

九点を並べ終えて、作者の欄に戻ってみたい。

十九世紀アメリカ、という五文字。

これは、名前ではない。

しかし、記録としては十分に働いている。

年が分かり、技法が分かり、寸法が分かる。

銘記があれば写され、来歴も追える。

作者の名だけがない。

そして、その欄を空にせず、分かる範囲で埋めている。

空にすれば、検索も分類もできなくなる。

大陸の名と世紀という粗い粒度でも、書いておく。

前の回の記事で、名がないときの書き方を何度も見てきた。

文化の名、工房の名、流派の名、そして人数。

作者の欄には、実に多くの代用品が入る。

九点の五文字も、その一つである。

最後に、九点の技法の欄を並べておく。

カンヴァスに油彩が五点、板に油彩が四点。

板に描かれた四点は、いずれも小さい。

縦三十センチから五十センチほどである。

カンヴァスの五点は、七十センチから百センチ。

支持体の種類が、大きさと対応している。

板は重く、大きくすれば扱いにくい。

カンヴァスは軽く、大きくできる。

材料の性質が、絵の大きさを決めている。

館の記録は、その関係を書かない。

九点の数字を並べれば、対応は見えてくる。

九点を閉じて、もう一度作者の欄を思い返す。

十九世紀アメリカ、という五文字が七点に並ぶ。

同じ五文字が並んでいると、同じ作者に見えてくる。

もちろん、そうではない。

七点は、七人の別々の人が描いた。

あるいは、もっと多いかもしれない。

同じ表記が、まったく別のものを指している。

これは、記録としては危うい。

それでも、空にするよりはよい。

空欄は、何も伝えないからだ。

五文字は、少なくとも二つのことを伝えている。

いつごろ、どこで描かれたか。

それだけでも、並べる手がかりになる。

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