一領が、番号の中で分解される——ヘンリー8世の甲冑ほか
19.131.1のaからr、tからw。一領の甲冑に、これだけの枝番が与えられる。小文字は胴、背、肩、腕と部品を数える。番号の長さが部品の数を映し、一つ飛んだ文字が欠けを示す。数え方を読みたい。全高と重さが、並んで書かれる。

一領の甲冑が、番号の中で分解される
甲冑を九点、記録の欄で並べてみる。
まず目に入るのは、番号の長さである。
19.131.1のaからr、tからw、そして.2のaからfとl。
一つの品に、これだけの番号が与えられている。
小文字は、部品の一つ一つを指す。
胴、背、肩、腕、手、腿、脛、兜。
分けられるものは、すべて分けて数える。
そのうえで、全体を一件として扱う。
分解して数え、まとめて呼ぶ。
甲冑の記録は、その二重の作りになっている。
小文字が、一つ飛んでいる
いま見た番号を、もう一度読んでみる。
小文字はaから始まり、rまで続く。
そのあと、tからwまでが続く。
sがない。
一字だけ、飛ばされている。
理由は書かれていない。
いったん付けた番号を取り消した跡かもしれない。
別の館へ移した部品があるのかもしれない。
どちらとも決められない。
決められないが、飛んでいるという事実は残る。
記録の欠けは、こういう形で表に出る。

金色に輝く一領が、正面を向いて立つ。
面のほぼ全体に、金の帯が縦横に走る。
帯のあいだの地は、鋼の灰色である。
帯の中には、細かい模様が彫られる。
胸は丸く張り出し、腰へ向かって細くなる。
腰から下に、短い裾板が広がる。
腿と脛を覆う板が、脚の形に沿う。
肘と膝には、丸い当てが付く。
兜は面をすべて覆い、細い隙間だけが開く。
台は赤い木で、足がその上に載る。
作者の欄に、甲冑師がいない一点
九点の作者の欄を並べると、役割の組み合わせが四通りある。
甲冑師が一人だけの点。
甲冑師が二人並ぶ点。
甲冑師と、装飾を担う人が並ぶ点。
そして、意匠を担う人が二人だけの点。
四つ目の形が、いちばん珍しい。
作った人の名がなく、図案を描いた人の名だけがある。
館は、作り手を特定できなかったのだろう。
一方で、図案の出どころは分かっていた。
分かるほうだけを書く。
その結果、作者の欄が意匠の人で埋まる。

灰色の鋼に、金の模様が細かく入る。
模様は帯ではなく、面の全体に散る。
人の姿や、獣、葉が入り混じる。
胸の中央に、縦の稜が一本立つ。
腰には、赤い布が巻かれている。
その下に、短い裾板が重なる。
腿の板は膨らみ、丸みを帯びる。
脛から下は、黒い形が続く。
兜は前庇が前に張り出す形である。
九点でいちばん背が高い一領だ。
意匠と製作が、別の欄に分かれない
九点の記録には、意匠を担った人の名が入る点が二つある。
一方は、意匠の人と甲冑師が並ぶ。
他方は、意匠の人が二人だけ並ぶ。
どちらの場合も、名は同じ作者の欄に入る。
意匠の欄が別に立つわけではない。
区別されるのは、隣の役割の欄だけである。
一つの欄に、性質の違う仕事が同居している。
絵を描いた人と、鋼を打った人が、横に並ぶ。
前の回の記事で、下絵を描く人と織る工房を見た。
あちらも、同じ欄に二種類の仕事が並んでいた。
作者の欄は、責任の所在を示す欄である。
手を動かした度合いを示す欄ではない。
そう読み替えないと、この並びは理解できない。
修復した人が、作者の欄の先頭に来る
もう一点、作者の欄が変わっている点がある。
二人の名が並び、どちらも甲冑師と記される。
ところが、二人の生きた時代が三百年離れている。
一人目は二十世紀の人。
二人目は十六世紀の人である。
年の欄には、こうある。
1595年から1596年ごろ、1915年に修復され完成した。
つまり一人目は、修復を担当した人だ。
館の記録は、その人を先に書いている。
作った人より、直した人が先に来る。
順序に意味があるのかは、書かれていない。
しかし、隠す気がないことは確かである。

明るい鋼の地が、そのまま見える。
金の装飾は、細い縦の帯だけである。
胸は丸く張り、面が磨かれる。
肩には、大きな当てが左右に重なる。
腕は肘で曲がり、両手を前で組む。
腰から下に、板が横に重なって広がる。
板の縁が、階段のように並ぶ。
膝から下は、黒い脚が伸びる。
兜は小ぶりで、前が開いている。
台は円く、白い。
受け入れた年と、完成した年
いま見た一領には、二つの年が関わる。
館が受け入れたのは1911年である。
修復して完成したのは1915年。
つまり、欠けたまま受け入れ、あとで補っている。
四年かけて、揃った形にした。
出所の行の年と、年の欄の年が食い違う。
食い違いではなく、別のことを書いているのだ。
出所の行は、いつ館のものになったかを書く。
年の欄は、いつ作られ、いつ手が入ったかを書く。
二つの欄を突き合わせると、館での四年が見えてくる。
一つの欄だけでは、決して見えない。
部品の数が、番号の末尾に出る
九点の番号の末尾を並べてみる。
aからyまで続くもの。
aからnまで続くもの。
aとbの二つだけのもの。
小文字がまったく付かないもの。
そして、bから始まるものがある。
aがない。
胴と腰の板だけが残り、ほかは失われたのだろう。
あるいは、aは別の場所にあるのかもしれない。
いずれにせよ、番号は最初の形を覚えている。
残ったものだけに番号を振り直すことは、しない。
欠けを欠けのまま残すのが、記録の作法である。

胴だけが、支柱の上に載る。
首と腕の穴が、大きく開く。
胸は下へ向かって膨らむ。
膨らみの頂点が、腹のあたりにある。
胸の上部に、横長の帯が二本入る。
帯の中に、細かい図が彫られる。
人の姿らしいものが並ぶ。
腰から下に、板が三段ほど重なる。
板の左右は、腿を覆って前へ回る。
鋼の地は明るく、装飾は帯だけである。
装飾する人の名が、先に書かれる
九点のうち、蝕刻をする人が作者の欄に入る点が二つある。
一点では、蝕刻の人が二番目。
もう一点では、蝕刻の人が一番目に来る。
同じ役割でも、書かれる順が違う。
順序に規則があるのかは、分からない。
ただ、後者は手袋だけの一件である。
手袋の表面は、ほぼ全面が蝕刻で埋まる。
その品においては、彫った仕事のほうが目立つ。
館がそう判断したのかもしれない。
これも推測にとどめておく。

手袋が二つ、並べて置かれる。
手首を覆う筒が、大きく開く。
筒の縁は、外へ反り返る。
その面に、金の帯が縦に走る。
帯のあいだに、細い模様が彫られる。
指の部分は、細い板を重ねて作られる。
板は関節ごとに分かれ、動くようになっている。
左の一つは、手を開いた形。
右の一つは、指を握った形である。
同じ対でありながら、置き方を変えて撮られている。
一領を、どこまで数えるか
九点のうち、全体の高さが書かれているのは五点である。
書かれていない四点は、部分だけが残るものだ。
胴だけ、手袋だけ、上半身だけ。
そういう品には、身長にあたる数字がない。
かわりに、部品ごとの寸法が並ぶ。
ある一点では、寸法の欄がとくに長い。
裏地の長さ、袴の高さ、と部品ごとに書かれる。
一領を数える単位が、その品によって違う。
揃っていれば全高を書く。
欠けていれば、残った部分を書く。
記録は、あるものだけを測っている。

胴と両腕、そして兜だけが残る。
腰から下は、白い台の上に置かれる。
面の全体が、高い浮彫で覆われる。
葉と巻き髭が、隙間なく走る。
そのあいだに、小さな人物が現れる。
胸の中央に、縦の稜が一本通る。
肩の当ては、大きく前へ張り出す。
兜は面を覆い、横に細い隙間が開く。
隙間の上下に、小さな穴が並ぶ。
腕の板は、肘で二重に重なる。
年の欄に、二つの世紀が入る
九点のうち一点は、年の欄がこうなっている。
十六世紀と十八世紀。
二つの世紀が、並んで書かれる。
作者の欄にも、二人の甲冑師の名がある。
つまり、時代の違う部品が一領に組まれている。
古い部品を残し、足りない部分を後から作る。
甲冑では、珍しいことではない。
代々使うものだから、修理と補充が重なる。
館の記録は、そのまま二つの世紀を書く。
どちらか一方に決めない。
決めれば、片方の情報が消えてしまう。

一領が、黒い台の上に立つ。
兜の前に、大きな金の飾りが左右に開く。
角のような形が、上へ跳ね上がる。
その下に、面頬が付く。
口の左右に、白い髭が垂れる。
胴は黒く、中央に金の板が張られる。
肩から下がる板は、赤と黄の紐で綴られる。
腕には、鎖と小さな板が並ぶ。
腰から下に、草摺が五枚ほど垂れる。
脛当ては黄色い布に包まれる。
同じ名が、三つの世紀に置かれる
いま見た一領の作者の一人は、別の記録にも出てくる。
同じ名が、九点の中でもう一点に現れる。
そちらの年の欄は、十九世紀前半からなかばである。
さらに、この記事に入れなかった別の兜にも同じ名がある。
そちらは十七世紀とされる。
同じ名が、三つの世紀にまたがっていることになる。
一人の人物が三百年生きたわけではない。
代々、同じ名を継いだのだろう。
しかし、館の記録はその区別を書かない。
作者の欄には、名だけが置かれる。
前の回の記事で、代を継ぐ金工の家を見た。
あちらは、代ごとに別の名を名乗っていた。
こちらは、同じ名を継いでいる。
継ぎ方が違えば、記録の見え方も変わる。
文化の欄に、二つの地名が入る
九点のうち一点は、文化の欄が変わっている。
日本とヨーロッパ、と二つ書かれている。
日本の甲冑でありながら、ヨーロッパの部品を含む。
十六世紀以降、輸入された鋼の兜を作り替える例があった。
館は、その混成をそのまま欄に書く。
どちらか一方に寄せない。
作者の欄には、日本の甲冑師の名だけが入る。
ヨーロッパ側で作った人の名は、分からない。
分かる側だけを書き、分からない側は空ける。
そして文化の欄に、両方を並べる。
欄ごとに、書けることが違う。

館の公開画像には、兜の部分だけが写る。
鉢は高く、先が尖った円錐に近い。
面は黒く、なめらかである。
その表に、金の細い線で図が入る。
鉢の下に、細い縁が一周する。
左右の吹き返しは、金色に輝く。
外へ大きく反り、縁が波打つ。
しころは四段ほどで、赤い小札を綴る。
綴じ紐は橙で、段ごとに揃う。
前に細い金の飾りが立つ。
題に、人の名が入る
九点のうち五点は、題に持ち主の名が入る。
イングランド王、フランス王、スペイン王。
そして、二人の貴族の名。
作った人の名ではなく、着た人の名が題になる。
絵画では、こういう題の付け方はまれである。
肖像画であれば、描かれた人の名が入る。
しかし甲冑では、描かれてもいない人の名が題になる。
その品の意味が、持ち主と結びついているからだ。
誰のために作られたか。
それが、その甲冑の性格を決める。
題の欄には、生没年まで添えられる点もある。
人物を特定するための情報である。
一方、日本の二領には、持ち主の名がない。
題は、具足という品名だけである。
分からないから書かない。
同じ館の中で、書ける情報の量が地域によって違う。
全高と重さが、並んで書かれる
九点のうち五点に、全高と重さの両方がある。
高さは171センチから188センチ。
重さは11キロから28キロ。
もっとも重い一領は、28.45キロある。
これを着て歩いたことになる。
もっとも、全部を同時に着けたとは限らない。
一式の甲冑には、用途別の部品が含まれる。
馬に乗るとき、徒歩で戦うとき、競技のとき。
場面ごとに、部品を差し替える。
重さの欄が示すのは、いま揃っている部品の合計である。
着用時の重さとは、別のものだ。
記録の数字を、そのまま体感に置き換えることはできない。

灰色の鋼に、金の帯が縦に走る。
帯は細く、面を等分に区切る。
帯の中に、小さな花形が繰り返される。
胸は丸く張り、腰で締まる。
腰から下に、短い袴状の部分が広がる。
その下に赤い布がのぞく。
膝から下は、黒い脚が伸びる。
肩の当ては小さく、丸い。
兜は面を覆い、前に細い隙間が開く。
右手は腰に当て、左手は前に出る。
番号の枝が、二十五まで続く
いま見た一領の番号は、aからyまで続く。
小文字が二十五、並んでいることになる。
一つの品を、二十五の部品として登録している。
これが、九点でいちばん多い。
もっとも少ないのは、小文字が付かない二点である。
同じ「甲冑」という言葉でも、数え方の幅が広い。
部品が分けられるかどうかで、番号の形が変わる。
そして、部品が多いほど、関わった人も多いはずだ。
しかし作者の欄には、一人か二人しか入らない。
番号は部品を数え、作者の欄は数えない。
二つの欄が、別々の原理で動いている。
番号の頭が、受入の年を示す
九点の番号の頭を並べてみる。
11、14、17、19、29、32、38、39。
いずれも、受け入れた年の下二桁である。
1911年、1914年、1917年、1919年。
1929年、1932年、1938年、1939年。
三十年足らずのあいだに、九点が集まっている。
この時期、館は甲冑の収集に力を入れていた。
前の回の記事で、寄贈者の名が繰り返し出る例を見た。
甲冑でも、同じ現象が起きている。
一人の収集家の名が、複数の点に現れる。
九点のうち二点が、同じ寄贈者から来ている。
どちらも1913年の寄贈だが、番号は14で始まる。
寄贈の年と、番号の年が一年ずれている。
受け入れの手続きが翌年になったのだろう。
館の記録は、その事情を書かない。
書かないが、二つの数字の差は残る。
番号が14で始まる点は、もう一つある。
こちらは1914年の別の人の寄贈である。
同じ年の番号に、二つの経路が混ざっている。
甲冑師の名が、工房の名になる
九点の作者の欄には、二種類の書き方がある。
個人の名と、工房の名である。
工房の名が入るのは、九点のうち一点だけである。
イングランドの王立工房の名が、そこに置かれる。
ところが、別の二点も同じ工房の作とされている。
そちらには、工房を率いた人の個人名が入る。
同じ場所から出た三領が、二通りに書かれていることになる。
個人が特定できれば個人の名を、できなければ工房の名を。
館は、分かる粒度で書くという方針を取っている。
粒度が揃わないのは、資料の残り方が違うからだ。
揃えようとすれば、分かることを捨てるか、分からないことを補うかになる。
どちらも、記録としては悪手である。
一領に、何人が関わったか
九点の作者の欄に出てくる名は、延べ十五。
重複を除けば、十三である。
一方、番号の小文字を合計すると、九十を超える。
部品の数と、名の数が釣り合わない。
板を一枚打つのに、何人の手が要るか。
鋼を作る人、板に延ばす人、形を打ち出す人。
穴を開ける人、革を裁つ人、紐を通す人。
工房には、そのすべてがいた。
記録に残るのは、工房の名か、主の名である。
グリニッジ王立工房、という書き方がその形だ。
個人の名ではなく、場所の名が作者の欄に入る。
そこで働いた人の数は、記録の外にある。
九点を並べて言えるのは、そこまでである。
数えられないものを、数えたふりで書かない。
それが、記録を読むときの最低限の作法だと思う。
甲冑は、着る人が動くための道具である。
動くためには、部品に分かれていなければならない。
分かれているから、番号も分かれる。
番号の小文字は、装飾ではない。
その品が、動くものだったことの記録である。
九点を並べて、いちばん確かに言えるのはそこだ。
最後に、九点の技法の欄をもう一度見ておく。
鋼と革が、ヨーロッパの五点に共通する。

