画家を知る

同じ湖を、二度描く——ジョン・ウィリアム・カシリア

同じ年に、ほぼ同じ寸法で、同じ湖を描いた二枚がある。いまは別々の館にあり、並べて見る機会はない。二十年前の写生帖五葉には、同じ建物を三通りに描いた頁が並ぶ。線で決めた形が、色になるまでを追う。若いころに写した形が、二十年後の油彩に生きている。

レイク・ジョージ
ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージ》メトロポリタン美術館蔵

湖と、二本の木

一枚の風景画から始めたい。

レイク・ジョージ
ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージ》1857年。油彩、カンヴァス。縦51.6センチ、横75.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。マリア・デウィット・ジェサップの遺贈、夫モリス・K・ジェサップの収集より、1914年。ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージ》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

左手前に、木が二本立つ。

そして、その根元に岩と草。

中央から右へ、湖が広がる。

奥に、山が連なる。

水面に、小さな帆が二つ見える。

空は、淡い黄と白である。

左に重心を置く

構図を見たい。

左が暗く、密である。

そして、右へ行くほど明るく、空く。

つまり、左右で対照をなす。

視線は、左から右へ流れる。

葉の描き方

木の葉を見たい。

小さな筆触が、いくつも重なる。

そして、濃い緑と明るい緑が混ざる。

一枚ずつは描かない。

光の当たる面だけが、明るく浮かぶ。

木という枠

左の木を見たい。

幹が縦に立ち、葉が上へ広がる。

そして、画面の左上を覆う。

つまり、枠の役割をしている。

その枠の隙間から、湖が見える。

水面の描き方

湖を見たい。

ほとんど波がない。

そして、空の色を映す。

つまり、鏡のような面である。

静かな時刻を選んでいる。

山の形

山の輪郭を見たい。

丸みを帯びている。

そして、鋭い頂きはない。

つまり、古い山地である。

地形が、そのまま画面に出ている。

遠くの山

奥の山を見たい。

輪郭が淡く、色が薄い。

そして、空との境が曖昧である。

つまり、空気の層が描かれている。

遠いほど、色が失われる。

二艘の帆

水面に、白い点が二つある。

そして、細長い形をしている。

つまり、帆船である。

広い水面の中で、寸法の基準になる。

草の色

岸の草を見たい。

明るい黄緑である。

そして、そこだけが鮮やかである。

暗い木立と、淡い湖のあいだにある。

小さな面積だが、目を引く。

手前の岩

左下を見たい。

大きな岩が、いくつか置かれる。

そして、水際に沈む。

つまり、岸である。

手前を暗くすることで、奥が明るく見える。

空の色

空を見たい。

淡い黄と、白。

そして、青はほとんどない。

つまり、朝か夕方である。

湖面も、その色を受ける。

静かな時刻

この絵には、動きがない。

波も、風も、人もない。

そして、帆船は止まって見える。

つまり、静けさが主題である。

十九世紀の風景画に、よくある性格である。

一八五七年という年

制作年は、一八五七年である。

作者は一八一一年生まれと記録される。

つまり、四十六歳ごろの仕事である。

そして、一八九三年に没している。

受け入れの年のずれ

来歴を見たい。

遺贈は一九一四年、受け入れは一九一五年。

つまり、一年の差がある。

遺言の手続きに時間がかかるためだろう。

レイク・ジョージの眺め
ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージの眺め》1857年。油彩、カンヴァス。縦50.5センチ、横76センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージの眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ年、同じ湖

二点目は、一点目とよく似ている。

制作年は、いずれも一八五七年。

そして、題も同じ湖の名を含む。

つまり、同じ主題の二枚である。

寸法が、ほとんど同じ

寸法を比べたい。

一点目が縦51.6センチ、横75.9センチ。

二点目が縦50.5センチ、横76センチ。

つまり、一センチほどしか違わない。

同じ規格の画布だろう。

構図も、似ている

構図を比べたい。

いずれも、左に木があり、右に湖が広がる。

そして、奥に山が連なる。

つまり、基本の型が同じである。

手前の緑

二点目の手前を見たい。

草と低木が、密に生える。

そして、色が濃い。

一点目より、前景が厚い。

その分、奥が遠く見える。

何が違うか

もっとも、違いもある。

二点目のほうが、山が高く、近い。

そして、手前の緑が濃い。

さらに、右手前に木が立つ。

つまり、左右の両側に木がある。

対の絵か

二枚は、対として作られたのか。

寸法はほぼ同じ、年も同じである。

しかし、館の記録は対とは書かない。

だから、当サイトも断定しない。

同じ時期に、似た絵を複数描いたということだけが分かる。

二枚が、別の館にある

一方はニューヨーク、他方はワシントン。

つまり、二枚は離れている。

同じ年の、ほぼ同じ寸法の二枚である。

並べて見る機会は、めったにない。

同じ主題を、繰り返す

同じ場所を、何度も描く画家がいる。

そして、構図を少しずつ変える。

売れる主題なら、繰り返すのは合理的である。

一枚ずつ、注文に応じる。

湖という主題

同じ湖の名を持つ絵が、三枚ある。

つまり、九点のうち三枚が同じ湖である。

そして、いずれも油彩である。

主要な主題だったのだろう。

型があることの意味

型は、手抜きではない。

構図が定まれば、制作が速くなる。

そして、買う側も何を得るか分かる。

商いとして成立するための条件である。

レイク・ジョージ
ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージ》1851年以後。油彩、カンヴァス。縦64.8センチ、横114.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・ウィリアム・カシリア《レイク・ジョージ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横に長い一枚

三点目は、判型が違う。

縦64.8センチ、横114.9センチ。

つまり、横が縦の一・八倍ある。

一点目、二点目より、はるかに横長である。

手前の草地

画面の下部を見たい。

緑の草地が広がる。

そして、低木が点在する。

つまり、開けた土地である。

木で枠を作る一点目とは、作りが違う。

高い場所から

視点を見たい。

湖を見下ろしている。

そして、手前に草地が広がる。

つまり、高い場所からの眺めである。

一点目は、水際からの眺めだった。

右の木

右手前に、木が一本立つ。

そして、葉が明るい黄緑である。

つまり、枠の役目をしている。

構図の型は、ここでも生きている。

湖の中の島

水面を見たい。

いくつかの島が浮かぶ。

そして、そこに木が生える。

つまり、湖の形が分かる眺めである。

空の雲

空を見たい。

白い雲が、いくつも浮かぶ。

そして、青が見える。

一点目、二点目より、明るく澄んでいる。

大きな判型

横114.9センチという寸法に、もう一度触れたい。

つまり、九点の中で最も大きい。

そして、横に長い。

広い眺めを描くには、この形が要る。

制作年が、分からない

年代を見たい。

一八五一年以後とされる。

つまり、下限だけが分かっている。

上限は示されていない。

「以後」という表記

「以後」は、確定していないことを示す。

何かの記録が、その年を境にするのだろう。

館は、根拠までは記していない。

当サイトも、表記をそのまま伝える。

写生帖の五葉

四点目から、性格が変わる。

パイン・オーチャードから見た山上のホテル
ジョン・ウィリアム・カシリア《パイン・オーチャードから見た山上のホテル》写生帖より。制作年は1834年および1838年と記録される。黒鉛、網目紙。縦18.4センチ、横22.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。モリス・K・ジェサップ基金による購入、1998年。ジョン・ウィリアム・カシリア《パイン・オーチャードから見た山上のホテル》メトロポリタン美術館蔵

油彩ではなく、素描である。

そして、写生帖の一葉である。

紙に、黒鉛で描かれている。

二つの年が、記録される

年代の欄を見たい。

一八三四年、一八三八年とある。

つまり、二つの年が並ぶ。

一冊の写生帖

写生帖について、補いたい。

紙を綴じて、表紙を付けたものである。

そして、持ち歩いて使う。

小さいほど、携帯に便利である。

18.4センチ掛ける22.9センチは、手に持てる大きさである。

帖を、二度使う

なぜ、二つの年があるのか。

写生帖は、一度で使い切らない。

そして、数年後にまた開くことがある。

だから、一冊の中に年が混ざる。

館は、両方の年を記録している。

どちらの年か

もっとも、この一葉がどちらの年かは分からない。

館の記録は、帖全体の年を示している。

だから、当サイトも断定しない。

五枚の寸法

写生帖の五枚を見たい。

いずれも、18.4センチ掛ける22.9センチ。

つまり、同じ寸法である。

同じ帖から外された頁だからである。

木立の中の道

画面を見たい。

手前に、太い幹が数本立つ。

そして、そのあいだを道が奥へ伸びる。

道の先に、建物らしき影が見える。

右には、茂みが広がる。

幹の質感

手前の幹を見たい。

縦の線が、いくつも並ぶ。

そして、太さが変わる。

つまり、樹皮の割れ目である。

線の間隔で、質感を作っている。

線だけで、描く

黒鉛の線を見たい。

輪郭が、細い線で引かれる。

そして、葉は小さな丸の集まり。

つまり、面を塗っていない。

線だけで、木立を示している。

下部の書き込み

画面の下に、文字が見える。

そして、日付らしき数字もある。

つまり、その場で書き込んでいる。

写生帖は、記録の道具でもある。

ピアッツァより。キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)
ジョン・ウィリアム・カシリア《ピアッツァより。キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)》1834年、1838年。黒鉛、網目紙。縦18.4センチ、横22.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1998年購入。ジョン・ウィリアム・カシリア《ピアッツァより。キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

柱の並ぶ景

五点目は、変わった構図である。

画面の左から右へ、柱が並ぶ。

そして、上部に横木が渡る。

つまり、柱廊である。

その隙間から、外の景色が見える。

柱の数

柱を数えたい。

六本ほどが、画面を横切る。

そして、右へ行くほど間隔が狭まる。

つまり、奥へ続いている。

長い柱廊だったのだろう。

建物の内から、外を見る

題によれば、建物の露台からの眺めである。

つまり、屋内から外を見ている。

柱と柱のあいだが、窓になる。

手すりの線

柱の下を見たい。

低い手すりが、横に走る。

そして、その向こうに木立が見える。

つまり、露台の縁である。

高い場所にあることが分かる。

遠近法の練習

柱の並びを見たい。

手前が大きく、奥へ行くほど小さい。

そして、上下の線が一点へ集まる。

つまり、遠近法が使われている。

風景の写生でありながら、建築の練習でもある。

何も描かれない部分

画面の上半分を見たい。

ほとんど何も描かれていない。

そして、細い線が数本あるだけである。

つまり、空である。

写生では、空を省くことが多い。

外の景色

柱のあいだを見たい。

低い木立と、遠くの平地。

そして、線が薄い。

つまり、外は簡略に描かれている。

主題は、柱の並びである。

下部の文字

画面の下に、文字が並ぶ。

題と、場所の名だろう。

つまり、どこを描いたか記している。

キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)
ジョン・ウィリアム・カシリア《キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)》1834年、1838年。黒鉛、網目紙。縦18.4センチ、横22.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1998年購入。ジョン・ウィリアム・カシリア《キャッツキル・マウンテン・ハウス(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

建物の全体

六点目は、建物そのものを描く。

画面の中央に、横長の建物がある。

そして、正面に柱が並ぶ。

窓が、規則的に並ぶ。

左には、木が数本立つ。

手前は、崖である。

窓の並び

六点目の建物を見たい。

窓が、二段に並ぶ。

そして、規則正しい間隔である。

つまり、大きな宿だろう。

正面の柱も、その格を示す。

同じ建物を、三度

四点目、五点目、六点目を並べたい。

いずれも、同じ建物に関わる。

一つは、遠くから木立越しに。

一つは、内側の露台から。

そして、一つは正面から。

つまり、同じ対象を三通りに描いている。

三通りに、描く意味

なぜ、同じ建物を三度描くのか。

角度によって、見えるものが違うからである。

そして、どの角度が絵になるかを試す。

写生帖は、その試行の記録である。

左の木

建物の左に、木が数本立つ。

そして、細い線で描かれる。

建物の直線と、木の曲線。

その対比が、画面を作る。

崖という立地

手前の崖を見たい。

岩が、階段状に重なる。

そして、建物はその上にある。

つまり、高い場所に建っている。

眺めのよさが、建物の価値である。

線の薄さ

この一葉は、線が薄い。

そして、画像では消えかかる。

黒鉛の線は、写真に写りにくい。

実物では、もっと見えるのかもしれない。

だから、当サイトは断定を避ける。

岩場の景

七点目は、線が多い。

グレンズ・フォールズ(写生帖より)
ジョン・ウィリアム・カシリア《グレンズ・フォールズ(写生帖より)》1834年、1838年。黒鉛、網目紙。縦18.4センチ、横22.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1998年購入。ジョン・ウィリアム・カシリア《グレンズ・フォールズ(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

画面いっぱいに、岩が広がる。

そして、その岩が層になっている。

上部に、建物と橋らしき構造。

右に、針葉樹が立つ。

手前に、平らな岩の面。

手前の平らな面

画面の下部を見たい。

平らな岩の面がある。

そして、そこに線が走る。

つまり、割れ目である。

足場になる場所だろう。

岩の層

岩を見たい。

水平の線が、何本も重なる。

つまり、地層である。

そして、その線が画面を横切る。

何のための構造か

橋のような構造は、何か。

水を利用する施設かもしれない。

あるいは、単なる橋だろうか。

館の記録に、説明はない。

だから、形の説明にとどめる。

上部の構造

画面の上を見たい。

橋のような横木がある。

そして、その下に柱。

さらに、建物らしき箱形が並ぶ。

つまり、人の作った構造物である。

自然と、人工

この一葉には、二つのものがある。

岩という自然の形。

そして、橋と建物という人工の形。

つまり、両方が同じ画面にある。

題の地名

題には、滝を意味する地名がある。

つまり、水のある場所である。

もっとも、画面に水は描かれていない。

岩だけが写されている。

線の密度

この一葉は、線が密である。

そして、六点目は薄い。

同じ写生帖でも、頁によって差が大きい。

時間の差だろう。

針葉樹の描き方

右の木を見たい。

細い枝が、水平に伸びる。

そして、先が尖る。

つまり、針葉樹である。

数本の線で、樹種が分かる。

セント・アンドリュー、ジャマイカのパノラマ(写生帖より)
ジョン・ウィリアム・カシリア《セント・アンドリュー、ジャマイカのパノラマ(写生帖より)》1834年、1838年。黒鉛、網目紙。縦18.4センチ、横22.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1998年購入。ジョン・ウィリアム・カシリア《セント・アンドリュー、ジャマイカのパノラマ(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

ほとんど白い一葉

八点目は、線がきわめて少ない。

画面の中ほどに、細い線が横切る。

そして、下部に低い茂み。

右下に、草らしき形。

それ以外は、ほとんど白い。

薄い線を、どう見るか

黒鉛の薄い線は、写真に写りにくい。

そして、公開画像では消えかかる。

実物では、もっと見えるのかもしれない。

だから、当サイトは断定を避ける。

遠い土地

題には、地名が入る。

カリブ海の島の地名である。

つまり、北米大陸から離れている。

写生帖には、遠い土地の頁も混ざる。

帖に混ざるもの

一冊の写生帖には、いろいろな頁が混ざる。

建物、岩場、遠い島の眺め。

そして、ほとんど白い頁。

つまり、選ばれていない。

その日に見たものが、そのまま並ぶ。

旅の記録

写生帖は、旅の記録である。

そして、行った先で開く。

だから、頁ごとに場所が変わる。

同じ帖に、山地の景と島の景が並ぶ。

パノラマという語

題には、広い眺めを意味する語がある。

つまり、横に長い景色である。

そして、細い線がその輪郭を示す。

薄い線でも、地平の形は分かる。

中央の折り目

画面の中央に、縦の線が見える。

つまり、帖の綴じ目だろう。

見開きで撮影されているのかもしれない。

もっとも、館の記録に記載はない。

岩の習作
ジョン・ウィリアム・カシリア《岩の習作》1850〜60年ごろ。黒鉛、オフホワイトのブリストル紙。縦27.6センチ、横35.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。モリス・K・ジェサップ基金による購入、1978年。ジョン・ウィリアム・カシリア《岩の習作》メトロポリタン美術館蔵

岩だけの一枚

九点目は、岩だけを描く。

画面に、四か所の岩が配置される。

左上に、大きな角ばった岩。

右上に、丸みのある岩。

中央に、水辺の岩と草。

下部に、積み重なった岩。

岩の面

左上の岩を見たい。

平らな面が、三つ組み合う。

そして、稜線が鋭い。

つまり、割れた岩である。

面と面の境を、線で示している。

四つの絵が、一枚に

配置を見たい。

四つの岩の絵が、余白を挟んで並ぶ。

そして、互いにつながっていない。

つまり、一つの風景ではない。

別々に写した記録である。

陰の付け方

岩の陰を見たい。

細い線が、平行に並ぶ。

そして、暗い面ほど線が密である。

つまり、線の密度で明暗を作る。

黒鉛の基本的な使い方である。

岩を、繰り返し描く

なぜ、岩ばかり描くのか。

風景画では、手前に岩を置くことが多い。

そして、岩の形は複雑である。

だから、練習が要る。

一点目の岩

一点目の左下に、岩があった。

そして、水際に沈んでいた。

つまり、九点目の練習が、そこで使われている。

写生と、完成作がつながる。

水辺の岩

中央の絵を見たい。

岩の下に、水面がある。

そして、その周りに草が生える。

つまり、水辺の岩である。

一点目の湖の岸と、同じ状況である。

紙が、違う

技法欄を見たい。

ブリストル紙とある。

つまり、厚く、表面のなめらかな紙である。

写生帖の網目紙とは違う。

寸法も、大きい

寸法を見たい。

縦27.6センチ、横35.4センチ。

つまり、写生帖の一・五倍ほどである。

そして、帖ではなく一枚の紙である。

帖の外の素描

九点目は、写生帖の外にある。

そして、館へ入った年も違う。

写生帖の五枚が一九九八年、この一枚が一九七八年。

つまり、二十年の差がある。

九点の内訳

九点をまとめたい。

油彩が三枚、素描が六枚。

そして、素描のうち五枚が同じ写生帖からである。

購入の年

館へ入った年も並べたい。

一九一五年、一九七八年、一九九八年。

つまり、八十年以上かけて集まっている。

一人の画家の作品が、少しずつ揃う。

二つの時期

年代も並べたい。

写生帖は、一八三四年と三八年。

油彩は、一八五一年以後と一八五七年が二枚。

そして、岩の習作が一八五〇年代。

つまり、二十年ほどの隔たりがある。

版画の仕事

もっとも、館の記録は経歴を詳しく記さない。

分かるのは、生年と没年、そして没した町である。

だから、当サイトも記録の範囲で書く。

若い時期の写生

写生帖の年に注目したい。

作者は一八一一年生まれである。

つまり、二十三歳と二十七歳のころになる。

若い時期の記録である。

二十年後の油彩

一方、油彩は四十代の仕事である。

つまり、写生帖から二十年以上が経っている。

若いころに写した形が、後の絵に生きる。

何が、残ったか

写生帖の五枚には、建物が多い。

そして、油彩の三枚には建物がない。

つまり、主題は変わっている。

若いころは建築を、後には湖と山を描いた。

消えない習慣

もっとも、共通するものもある。

手前に木か岩を置き、奥へ視線を導く。

そして、遠くを淡くする。

その組み立ては、写生帖にも油彩にもある。

素描を、見る意味

美術館に並ぶのは、完成した油彩である。

しかし、その手前には長い工程がある。

外へ出て、鉛筆で写す。

薄い線の頁も、密な線の頁もある。

九点は、その工程の両端を同時に見せてくれる。

ほとんど白い一葉も、同じ帖の一部である。

SAME ARTIST同じ画家のコラム

  • 画家を知る

    一冊に、三つの土地——ジョン・ウィリアム・カシリア

    一冊の写生帖の頁に、遠く離れた三つの土地が並ぶ。寸法も枝番も来歴も同じで、違うのは題の地名だけである。薄い鉛筆の線が、旅の順をそのまま残す。帖という単位から、九点を読み直したい。年の欄も、九点とも同じである。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧
  • 画家を知る

    ホイッスラーの代表作と特徴——なぜ題に《ノクターン》と付けたのか

    ホイッスラーの代表作と特徴を、公開中の8点から読む。クリーヴランド美術館の記録では、《ノクターン》という題は後援者フレデリック・レイランドの提案だった。テムズ川の灰色から音楽の題、蝶の署名、版画家としての仕事までを順に見る。

  • 画家を知る

    葛飾北斎の代表作と特徴——なぜ同じ富士を46図も描いたのか

    葛飾北斎の代表作と特徴を、当サイトで公開中の8点から読む。シカゴ美術館の記録では、70歳で始めた『富嶽三十六景』は36図ではなく46図ある。ベロ藍の青、富士の置き方、滝と橋の連作、改名の跡までを、各館の記録とあわせて順に見ていく。

  • 画家を知る

    サージェントの代表作と特徴——なぜ絹とサテンばかりが光るのか

    サージェントの代表作と特徴を、当サイトで公開中の8点から読む。上流社会の等身大肖像で名を上げ、やがて注文を減らして風景と素描へ移った画家である。白いサテン、黒いレース、山の岩。筆の置き方がどう変わったかを、館の記録とあわせて順に見る。