名画の楽しみ方

悼むための物に、名を刻む——菱形の紋章から大理石の記念碑まで九点

菱形の紋章、髪を収めたブローチ、記念のメダル、そして三メートルを超える碑。材料も大きさもばらばらだが、九点はいずれも名か頭文字か日付を持っている。それがなければ、ただの飾りになってしまう。名を残すための工夫を読みたい。

デリング家の喪の紋章
メアリー・デリング《デリング家の喪の紋章》メトロポリタン美術館蔵

悼むための物に、名が入る

作品を九点、記録の欄で並べてみる。

九点とも、誰かを記念するために作られた。

家の紋章が三点。

追悼のための細密画が二点。

記念のメダルが二点。

刺繍の絵が一点。

そして、大きな記念碑が一点。

材料も大きさもばらばらである。

しかし、いずれも名か、頭文字か、日付を持つ。

紋章という、図の言葉

紋章は、決まりに従って作られる。

色の使い方、区切り方、載せる図。

そのすべてに、意味がある。

だから、見る人は読める。

どの家か、どの家系と結びつくか。

つまり、これは図でありながら言葉である。

前の回で、図が文字の代わりになる話をした。

紋章は、その仕組みがいちばん整った例だろう。

規則があるから、誰でも読める。

菱形に、掲げる

九点のうち三点は、菱形の額に入る。

正方形を、角で立てた形である。

この形には、意味がある。

家の当主が亡くなったとき、家の前に掲げる。

そのための紋章を、この形にする。

つまり、喪を示す形式である。

館の題は、紋章、と短く書く。

そして、一点だけは喪の紋章と明記される。

デリング家の喪の紋章
メアリー・デリング《デリング家の喪の紋章》1731年。館の記録では、紙、雲母、真珠、木、硝子。縦55.9センチ、横55.9センチ。番号は38.121.1。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・デリング《デリング家の喪の紋章》メトロポリタン美術館蔵

菱形の額に入る。

外枠は、暗い赤の木である。

内側の地は、緑がかった灰色である。

中央に、盾の形がある。

盾の面に、細かい模様が並ぶ。

その周りを、渦を巻く飾りが囲む。

飾りは、紙を細く巻いて作られる。

盾の上に、羽根のような形が立つ。

金と褐色が、方々に光る。

厚みがあり、影が落ちる。

平らな絵ではなく、立体である。

立体の作品を、どう測るか

紙細工は、厚みがある。

館の寸法の欄は、縦と横だけを書く。

厚みは、書かれていない。

一方、記念碑の欄には奥行きがある。

つまり、立体と平面で書き方が変わる。

前の回で、寸法の欄の書き分けを見た。

家具や彫刻には、三つの数字が入る。

絵や布には、二つで足りる。

紙細工は、その境目にある。

紙を巻いて、作る

いま見た一点は、変わった作り方である。

細長く切った紙を、渦に巻く。

その渦を並べて、模様を作る。

雲母や真珠を、間に貼る。

つまり、紙細工である。

館の技法の欄が、材料を五つ並べる。

紙、雲母、真珠、木、硝子。

前の回で、材料の欄の細かさを見た。

ここでは、材料が作り方そのものを示す。

家の名が、題に入る

館の題には、家の名が入るものがある。

つまり、どの家の紋章かが分かっている。

盾の模様から判断したのだろう。

あるいは、伝来の記録があったのかもしれない。

もし分からなければ、紋章、とだけ書く。

九点のうち二点が、そうなっている。

どの家のものか、判断されていない。

前の回で、分からないものを書かない話をした。

同じ姿勢が、ここでも保たれている。

名は、書かれていない

紋章には、たいてい名がない。

盾の模様が、家を示すからだ。

模様を知っている人には、それで通じる。

つまり、文字の代わりに図が働く。

館の題も、家の名を書く。

しかし、それは記録の側の情報である。

物の上には、名が書かれていない。

前の回で、図が名の代わりになる話をした。

紋章は、その典型である。

同じ寸法の、二点

九点のうち二点は、寸法が同じである。

縦45.7センチ、横45.7センチ。

同じ大きさの絹地が使われている。

つまり、決まった寸法の課題だったのだろう。

前の回で、同じ寸法の布をまとめて使う話をした。

学校でも、同じことが行われる。

材料をまとめて仕入れ、生徒に配る。

そして、同じ課題を出す。

寸法の一致が、それを示している。

学校で、紋章を縫う

九点のうち二点は、絹に縫った紋章である。

どちらも、同じ大きさである。

縦45.7センチ、横45.7センチ。

そして、どちらも十代の少女の作である。

つまり、学校の課業として作られた。

前の回で、手本布の話をした。

紋章も、その課題の一つだった。

家の紋章を縫えば、家の飾りになる。

紋章
サラ・ダンカン《紋章》1790年ごろ。館の記録では、絹地に絹と金属の糸で刺繍。見え掛かりは縦45.7センチ、横45.7センチ。額装では縦61センチ、横61センチ。作者は1775年から1835年と記される。番号は2003.581。メトロポリタン美術館蔵。サラ・ダンカン《紋章》メトロポリタン美術館蔵

菱形の額に入る。

外枠は、金と黒である。

内側の地は、黒である。

中央に、盾の形がある。

盾は、四つに区切られる。

区画ごとに、別の模様が入る。

盾の上に、兜と冠が載る。

その左右に、金の飾りが渦を巻く。

飾りは、糸で厚く縫われる。

下のほうに、細い帯が垂れる。

帯には、文字が入るはずの場所がある。

額が、作品の一部になる

刺繍の作品は、額と一緒に作られることが多い。

黒い地に金の枠、といった組み合わせが決まっている。

つまり、額まで含めて一つの意匠である。

だから、館は額装の寸法も書く。

前の回で、額が後から付け替えられる話をした。

こちらでは、当初の額が残っている場合が多い。

作品と額が、離れずに来た。

寸法の欄が、そのことを示唆している。

見え掛かりと、額装の寸法

いま見た一点の寸法は、二種類ある。

見え掛かりの寸法と、額装の寸法である。

見え掛かりとは、額の内側に見えている部分だ。

つまり、実際に見える大きさである。

額を含めれば、もっと大きくなる。

差は、上下左右で七センチ余りある。

前の回で、額装込みの寸法の話をした。

同じ書き分けが、ここでも行われている。

紋章
メアリー・アン・トマス《紋章》1786年ごろ。館の記録では、絹地に絹糸の刺繍。縦45.7センチ、横45.7センチ。作者は1772年の生まれと記される。番号は36.28。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・アン・トマス《紋章》メトロポリタン美術館蔵

菱形の額に入る。

外枠は、暗い赤の木である。

内側の地は、黒である。

中央に、盾の形がある。

盾は、縦横に区切られる。

区画に、赤と白の模様が入る。

盾の上に、鳥の形が載る。

その左右に、赤と金の飾りが広がる。

飾りは、渦を巻いて外へ伸びる。

下に、細い帯が垂れる。

糸の光沢が、方々で光る。

生年だけが、分かる場合

九点の作者の欄を見ると、書き方が二通りある。

生年と没年の両方があるもの。

生年だけがあるもの。

没年が分からなければ、書けない。

家の記録が途切れたのだろう。

あるいは、遠くへ嫁いだのかもしれない。

前の回で、記録の欠けの話をした。

生没年の欄にも、同じ欠けが現れる。

数字がないことも、情報である。

十四歳の仕事

いま見た一点の作者は、1772年の生まれである。

作られたのは1786年ごろ。

つまり、十四歳ごろの仕事になる。

前の回でも、同じ計算をした。

生年と制作年の差が、齢になる。

九点のうち四点で、この計算ができる。

十四歳、十五歳、十六歳、十七歳ごろ。

いずれも、十代である。

布に、貼りつける

この一点の技法の欄には、貼り布とある。

つまり、別の布を切って貼っている。

そして、スパンコールも使われる。

小さな金属の円板である。

光を受けて、きらめく。

さらに、水彩で顔が描かれる。

つまり、五つの技法が一枚に集まっている。

前の回で、材料が混ざる話をした。

こういう作品は、材料の欄が長くなる。

名と年を、額の面に書く

九点のうち一点は、刺繍の絵である。

古代の物語の場面が縫われる。

そして、額の下の面に文字がある。

作り手の名と、年である。

つまり、布の外に署名がある。

前の回で、額に書く例を見た。

同じ方法が、ここでも使われている。

布に縫うより、書くほうが細かい字にできる。

家族に別れを告げるヘクトル
ルーシー・コイト・ハンティントン《家族に別れを告げるヘクトル》1810年。館の記録では、絹地に絹と金属の糸の刺繍、貼り布、スパンコール、水彩。縦79.1センチ、横73センチ。作者は1794年から1818年と記される。番号は1971.62。メトロポリタン美術館蔵。ルーシー・コイト・ハンティントン《家族に別れを告げるヘクトル》メトロポリタン美術館蔵

四角い額に入る。

外枠は、金と緑である。

中央に、建物の中の場面が縫われる。

左に、赤い布が垂れる。

窓の外に、木と川が見える。

橋が、川を渡る。

中央に、三人の人物が立つ。

一人は、赤い衣を着る。

一人は、長い衣で身をかがめる。

床は、赤と黄の縞である。

額の下の面に、文字と年が入る。

十六歳の仕事

この一点の作者は、1794年の生まれである。

作られたのは1810年。

つまり、十六歳のときになる。

そして、この人は1818年に亡くなっている。

二十四歳である。

館の作者の欄が、その短い生涯を示す。

前の回で、生没年の欄の話をした。

数字だけだが、そこに一生が収まっている。

柳と壺という、型

追悼の絵には、決まった図がある。

柳が枝を垂らす。

台の上に、蓋の付いた壺が載る。

その脇に、悼む人が立つ。

九点のうち三点が、この型に従っている。

前の回で、追悼画の型の話をした。

大きな絵でも、小さな細密画でも、同じ図が使われる。

大きさが変わっても、型は変わらない。

そして、壺の面が文字の場所になる。

壺に、悼む言葉を書く

九点のうち二点は、追悼の細密画である。

どちらも、白い壺が描かれる。

そして、壺の面に文字が書かれる。

一点には、悼む言葉が三行入る。

一点には、頭文字と亡くなった日が入る。

つまり、壺が墓標の代わりである。

前の回で、追悼画の碑文を見た。

同じ形式が、手のひらほどの画面にある。

ピーター・フィリップ・ウォルターへの追悼
サミュエル・フォルウェル《ピーター・フィリップ・ウォルターへの追悼》1800年から1805年。館の記録では、象牙に水彩、薔薇色の金の飾り入れ、裏に髪を収める。縦5.3センチ、横4.4センチ。番号は1989.228。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・フォルウェル《ピーター・フィリップ・ウォルターへの追悼》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな画面である。

白黒の写真で写される。

中央に、高い台が立つ。

台の上に、蓋の付いた壺が載る。

台の面に、文字が三行入る。

その左に、女性が座る。

黒い衣を着て、うつむく。

その右に、子供が立つ。

背後に、柳が枝を垂らす。

地面は、白く残る。

画面の縁は、楕円に切られる。

身につける、記念

首から下げる。

胸に付ける。

つまり、持ち歩くための記念である。

家に飾る追悼画とは、扱いが違う。

いつも身につけていれば、いつも思い出す。

そして、他人にも見える。

つまり、私的でありながら、公でもある。

前の回で、家の中の言葉と外の言葉を分けた。

この小さな品は、その境目にある。

裏に、髪を収める

いま見た一点の技法の欄には、変わった記述がある。

裏に、髪を収める部分がある、とある。

つまり、亡くなった人の髪を入れる。

そして、身につける。

これは、当時の習慣である。

形見を、身につけて持ち歩く。

館の記録は、その仕組みまで書く。

材料の欄が、使い方を伝えている。

追悼のブローチ
アンスティス・ストーン《追悼のブローチ》1795年ごろ。館の記録では、象牙に水彩と髪を用いた顔料、金の飾り入れをブローチに改めたもの。縦4.1センチ、横2.7センチ。作者は1778年から1807年と記される。番号は32.134.2。メトロポリタン美術館蔵。アンスティス・ストーン《追悼のブローチ》メトロポリタン美術館蔵

楕円の、たいへん小さな画面である。

金の細い枠に収まる。

中央に、白い台が立つ。

台の上に、蓋の付いた壺が載る。

台の面に、頭文字と日付が書かれる。

その左に、女性が立つ。

長い衣を着て、台に手を掛ける。

背後に、柳が枝を垂らす。

地面は、緑がかる。

空は、淡い色である。

枠の縁に、細かい刻みがある。

髪を、絵具に混ぜる

この一点の技法の欄も、変わっている。

髪を用いた顔料、とある。

つまり、髪を細かくして絵具に混ぜた。

そして、絵の一部を描いている。

形見を、絵の材料そのものにする。

前の回で、材料の選択の話をした。

ここでは、材料に意味が込められている。

館は、それを技法の欄に書く。

首飾りが、ブローチになる

いま見た一点は、もとは首から下げるものだった。

それが、後にブローチに作り替えられている。

館の記録が、そう書く。

つまり、使い方が変わった。

前の回で、用途の変わった物の話をした。

小さな装身具でも、同じことが起きる。

そして、館はその経緯を記録する。

いまの形だけを書けば、履歴が消える。

詩人を、二度記念する

九点のうち二点は、同じ人物を記念している。

一点はメダル、一点は大きな記念碑である。

作られた年は、二十五年ほど離れている。

つまり、繰り返し記念されている。

前の回で、同じ顔が繰り返し作られる話をした。

こちらでも、同じことが起きている。

大きさも材料も違うが、目的は同じだ。

名を残し、顔を残す。

記念のメダルにも、名がある

九点のうち二点は、メダルである。

一点は、作家を記念するもの。

一点は、戦いの百年を記念するもの。

どちらも、名と年が入る。

前の回で、メダルの縁の文字を見た。

同じ形式が、記念のメダルにも使われる。

つまり、悼むことと記念することは、形式が近い。

ある詩人を記念するメダル
イーディス・ウッドマン・バローズ《ある詩人を記念するメダル》1909年。館の記録では、青銅。直径17.8センチ。作者は1871年から1916年と記される。番号は09.116。メトロポリタン美術館蔵。イーディス・ウッドマン・バロウズ《ある詩人を記念するメダル》メトロポリタン美術館蔵

大きな青銅の円板である。

色は、赤みを帯びた褐色である。

中央に、男性の顔が正面向きに浮き出る。

髪は乱れ、額にかかる。

口髭をたくわえる。

目は、まっすぐ前を見る。

顔の周りに、大きな文字が回る。

上の縁に沿って、名が並ぶ。

下のほうに、小さな文字がある。

浮き彫りは、深い。

影が、はっきり落ちる。

百年を記念するメダル
ジョージ・ハンプデン・ラヴェット《百年を記念するメダル》1876年。館の記録では、白い金属。直径3.2センチ。作者は1824年から1894年と記される。番号は07.32。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ハンプデン・ラヴェット《百年を記念するメダル》メトロポリタン美術館蔵

小さな金属の円板である。

色は、暗い灰色である。

中央に、放射状の飾りがある。

その中に、四桁の年が浮き出る。

数字は、大きく太い。

飾りの周りを、文字が回る。

上に、戦いのあった場所の名。

下に、州の名が入る。

そのあいだに、日付が入る。

縁に、細かい刻みが並ぶ。

表面は、鈍く光る。

大きな記念碑にも、文字がある

最後の一点は、大理石の記念碑である。

高さは、三メートル近い。

つまり、九点の中で桁違いに大きい。

中央に、肖像の浮き彫りが嵌め込まれる。

その下に、長い碑文が刻まれる。

そして、左に女性の像が寄り添う。

前の回で、記念碑を描いた絵を見た。

こちらは、本物の記念碑である。

ある詩人の記念碑
リチャード・ヘンリー・パーク《ある詩人の記念碑》1882年から1884年。館の記録では、大理石と青銅。縦292.1センチ、横214.6センチ、奥行き101センチ。作者は1832年から1902年と記される。番号は84.9。メトロポリタン美術館蔵。リチャード・ヘンリー・パーク《ある詩人の記念碑》メトロポリタン美術館蔵

大きな記念碑である。

白黒の写真で写される。

正面は、建物の形をしている。

上に、三角の破風が載る。

左右に、細い柱が立つ。

中央に、丸い肖像が嵌め込まれる。

肖像の周りに、葉の輪が回る。

その下の面に、細かい文字が並ぶ。

左に、女性の像が立つ。

長い衣をまとい、うつむく。

台座は、階段状に広がる。

大きさが、文字の量を決める

九点の大きさを並べてみる。

いちばん小さいのは、縦4.1センチのブローチ。

いちばん大きいのは、高さ292.1センチの記念碑。

七十倍以上の差がある。

そして、文字の量も、それに応じて違う。

ブローチには、頭文字と日付だけ。

記念碑には、長い碑文が刻まれる。

面積が、書ける量を決めている。

前の回で、同じことを何度か見た。

悼むことと、飾ること

九点は、いずれも記念のための物だ。

しかし、飾りでもある。

紋章は、家の壁に掲げる。

ブローチは、胸に付ける。

メダルは、箱に収める。

記念碑は、公の場に立つ。

つまり、見せるための物でもある。

悼む気持ちと、見せる意図が同居している。

名と、日付と、頭文字

九点に共通するのは、識別のための文字である。

名。

頭文字。

日付。

家の紋章。

これらは、誰のことかを示す。

もしなければ、ただの飾りになる。

あるから、特定の人と結びつく。

前の回で、名が題を決める話をした。

こちらでは、名が物の意味を決めている。

九点の年を、並べておく

九点の年を、順に並べる。

1731年。1786年ごろ。1790年ごろ。1795年ごろ。

1800年から1805年。1810年。1876年。

1882年から1884年。1909年。

十八世紀が四点、十九世紀が三点、二十世紀が一点。

そして、いちばん古い一点が十八世紀の初めである。

前半は家の紋章と追悼の品。

後半は、公の記念のメダルと碑。

私的な記念から、公の記念へ移っている。

誰が、誰を悼むか

前半の六点は、家族が家族を悼む。

そして、家の中に置かれる。

後半の三点は、社会が人物を記念する。

そして、公の場に置かれる。

つまり、悼む主体が変わっている。

書かれる文字も、それに応じて変わる。

家の中なら、頭文字で足りる。

公の場なら、名を全部書く。

読む人の範囲が、文字の量を決めている。

材料が、時代を分ける

前半の品は、紙、絹、象牙、髪。

いずれも、家の中で扱える材料である。

後半の品は、青銅、白い金属、大理石。

いずれも、職人の工房で扱う材料だ。

つまり、作り手も変わっている。

家の娘から、専門の彫刻家へ。

館の作者の欄を見ると、その差が出ている。

前半は、生没年だけの短い記載。

後半は、生まれた町まで書かれる。

小さな物ほど、身近である

いちばん小さいブローチは、縦4.1センチである。

親指の先ほどしかない。

そこに、壺と柳と人物と文字が収まる。

拡大しなければ、文字は読めない。

それでも、書かれている。

読ませるためではなく、そこにあるために。

前の回で、読ませない文字の話を何度かした。

この小さな文字も、その一つだろう。

持ち主だけが、そこに何が書いてあるか知っている。

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