画家を知る

手前を暗く、奥を明るく——トマス・ドーティ

画面が三つの層に分かれる。手前は暗く、中景がつづき、奥が明るい。空気の層が距離を作る。北米で最初期の風景専門画家とされる人の六点から、遠さを描く仕組みを取り出す。左右の木は、枠として働く。帆の白い点が、距離を測る目印になる。

ハドソン川にて
《ハドソン川にて》メトロポリタン美術館蔵

川を見下ろす

一枚の風景から始めたい。

ハドソン川にて
トマス・ドーティ《ハドソン川にて》1830〜35年。油彩、カンヴァス。縦37.5センチ、横54.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・P・エイヴリーの寄贈、1891年。《ハドソン川にて》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

左手前に、崖と木立。

右に、大きな木の茂み。

中央に、広い水面。

そして、その上に小さな帆。

奥に、低い山が連なる。

空は、淡い灰青色である。

三つの層

画面を三つに分けたい。

暗い手前、明るい中景、そして淡い奥。

つまり、明暗が三段になる。

これが、当時の風景画の型である。

手前を、暗くする

画面の下部を見たい。

暗い茶色である。

そして、細部が沈む。

つまり、手前が暗い。

奥を、明るくする

一方、中央の水面は明るい。

そして、空も淡い。

つまり、奥が明るい。

空気の層

遠くのものは、色が淡くなる。

そして、輪郭が曖昧になる。

つまり、空気が距離を作る。

色で、距離を示す

近くは、暖かい色。

そして、遠くは、冷たい色。

つまり、色温度でも距離が示される。

明暗が、奥行きを作る

手前が暗く、奥が明るい。

その差が、距離を示す。

つまり、明暗が遠近を担う。

木の高さ

左右の木を見たい。

画面の上端まで届く。

そして、枝が内側へ伸びる。

つまり、上部も囲んでいる。

枠としての木

左右の木を見たい。

画面の縁に沿って立つ。

そして、上部で枝を伸ばす。

つまり、枠の役割をしている。

左の崖

左手前を見たい。

岩が、露わになっている。

そして、その上に草が生える。

つまり、崩れた斜面である。

開いた中央

木で左右を囲み、中央を開ける。

すると、そこに視線が集まる。

つまり、構図の基本である。

帆という点

水面を見たい。

小さな白い三角が、いくつも浮かぶ。

つまり、帆船である。

帆の数

帆を数えたい。

五つほどある。

そして、大きさがそれぞれ違う。

つまり、距離が違う。

大きさの基準

帆は、きわめて小さい。

そして、その小ささが水面の広さを示す。

つまり、寸法の基準である。

稜線の重なり

山を見たい。

いくつかの稜線が重なる。

そして、奥ほど淡い。

つまり、層が示される。

遠くの山

奥を見たい。

低い稜線が、横に伸びる。

そして、色が淡い。

つまり、空気の層が描かれている。

雲の薄さ

空を見たい。

雲が、薄く広がる。

そして、輪郭がない。

つまり、霞んでいる。

空の色

空を見たい。

淡い灰青である。

そして、雲がほとんどない。

つまり、穏やかな天気である。

小さな絵の値段

小さな絵は、材料も手間も少ない。

つまり、安く売れる。

そして、家に置きやすい。

小さな画面

寸法を見たい。

縦37.5センチ、横54.6センチ。

つまり、六点の中で最も小さい。

一八九一年の寄贈

来歴を見たい。

館の記録では、一八九一年の寄贈である。

つまり、六点の中で最も早く館へ入った。

二つの都市

生まれた都市と、没した都市が違う。

つまり、移り住んでいる。

そして、いずれも東部の大きな都市である。

作者について

館の記録を見たい。

フィラデルフィアで生まれ、ニューヨークで没した。

そして、一七九三年生まれ、一八五六年没。

つまり、六十三年の生涯である。

制作年の幅

年代を見たい。

一八三〇年から三五年とされる。

つまり、五年の幅である。

幅が、五年ある理由

年代を絞るには、根拠が要る。

署名の年、あるいは展覧会の記録である。

そして、なければ様式から推定する。

三十代の仕事

作者の年齢を計算したい。

三十七歳から四十二歳ごろになる。

つまり、活動の中ほどである。

川の垣間見
トマス・ドーティ《川の垣間見》1843〜50年ごろ。油彩、カンヴァス。縦76.8センチ、横63.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・P・エイヴリーの寄贈、1895年。《川の垣間見》メトロポリタン美術館蔵

縦長の風景

二点目は、縦長である。

縦76.8センチ、横63.5センチ。

つまり、縦が長い。

縦長の効果

縦長にすると、上下が強調される。

そして、木の高さが目立つ。

つまり、垂直の方向が主になる。

縦長を、選ぶ

風景画では、横長が多い。

そして、縦長は珍しい。

つまり、意図された選択である。

大きな木

画面の左を見たい。

太い木が、画面の上まで伸びる。

そして、枝が右へ広がる。

つまり、縦の高さを使っている。

中央の水面

木のあいだを見たい。

水面が、細く見える。

そして、その上に白い帆。

つまり、垣間見える構図である。

木のあいだの隙間

木と木のあいだを見たい。

細い隙間がある。

そして、そこから水面が見える。

つまり、視野が限られる。

題の意味

題を見たい。

川の垣間見とある。

つまり、遮られて一部だけ見える。

遮ることの効果

全部を見せないと、想像が働く。

そして、奥へ行きたくなる。

つまり、遮りが奥行きを作る。

手前の人物

画面の中ほどを見たい。

小さな赤い点がある。

つまり、人物である。

人物の小ささ

人物の高さを見たい。

画面の高さの二十分の一ほどである。

つまり、きわめて小さい。

赤という一点

人物の衣が赤い。

そして、画面で最も強い色である。

つまり、視線を引き寄せる。

二点目の色

色を見たい。

緑と茶が支配する。

そして、空の白が加わる。

つまり、抑えた色である。

手前の地面

画面の下部を見たい。

赤茶色の土である。

そして、細かい草が生える。

つまり、道か、あるいは荒れ地である。

水面の光

水面を見たい。

淡く光る。

そして、空の色を映す。

つまり、静かな水である。

奥の山

背景を見たい。

青い山が連なる。

そして、輪郭が淡い。

つまり、遠い。

木の幹

左の幹を見たい。

太く、樹皮が粗い。

そして、途中で枝が折れている。

つまり、古い木である。

空の雲

空を見たい。

白い雲が、大きく広がる。

そして、灰色の影がある。

つまり、厚みが示される。

一人の収集家

同じ人物が、二枚を寄贈している。

そして、この人物の名は他の記事にも現れた。

つまり、複数の作品を館へ渡している。

二点の寄贈者

一点目と二点目は、同じ人物の寄贈である。

そして、年は一八九一年と一八九五年。

つまり、四年の差で二枚が館へ入った。

大きな画面

三点目は、寸法が大きい。

春の風景
トマス・ドーティ《春の風景》1853〜56年ごろ。油彩、カンヴァス。縦111.8センチ、横157.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・F・シェルトンとF・H・マーコー夫人の寄贈、父を記念して、1917年。《春の風景》メトロポリタン美術館蔵

縦111.8センチ、横157.5センチ。

つまり、六点の中で最も大きい。

判型の比

寸法の比を見たい。

縦一に対して、横一・四である。

つまり、横に長い。

広い眺めを収める形である。

広い眺め

画面を見たい。

左に、木立。

中央から右へ、平地が広がる。

奥に、なだらかな丘。

手前に、暗い草地と水。

空は、淡い桃色と灰色。

空が、大きい

空の面積を見たい。

画面の半分近くを占める。

つまり、開けている。

雲の形

雲を見たい。

横に長く伸びる。

そして、輪郭がやわらかい。

つまり、高い雲である。

桃色の空

空の色を見たい。

淡い桃色が、雲に混ざる。

そして、灰色と重なる。

つまり、朝か夕方である。

左の木立

画面の左を見たい。

木が密に生える。

そして、暗い塊になる。

つまり、右の開けた平地と対比される。

小さな滝

画面の中ほどを見たい。

白い筋が、下へ落ちる。

つまり、小さな滝である。

水の音

滝があれば、音がある。

もっとも、絵に音はない。

そして、白い筋だけが残る。

滝の位置

滝の位置を見たい。

画面の中央よりやや右である。

そして、木立の陰にある。

つまり、目立たない場所に置かれている。

白い点

滝の白は、画面で最も明るい。

そして、周囲は暗い。

つまり、対比で目立つ。

遠くの丘

奥を見たい。

なだらかな丘が連なる。

そして、色が淡い。

つまり、距離が示される。

人と、家畜

奥を見たい。

小さな人影と、白い家畜が見える。

つまり、放牧の場面だろう。

緑の草地

中景を見たい。

明るい緑の草地が広がる。

そして、そこに光が当たる。

つまり、手前と奥のあいだが明るい。

手前の暗さ

画面の下部を見たい。

暗い茶と緑である。

そして、細部が沈む。

一点目と同じ方針である。

大きな絵の意味

一メートル半を超える絵は、大作である。

そして、展示を前提とするだろう。

つまり、力の入った一枚である。

最晩年の仕事

制作年を見たい。

一八五三年から五六年ごろとされる。

そして、作者は一八五六年に没している。

つまり、最後の時期の作である。

一九一七年という年

来歴の年を見たい。

一九一七年である。

つまり、作者の没後六十一年である。

記念としての寄贈

来歴を見たい。

父を記念する寄贈とされる。

そして、二人の名が並ぶ。

つまり、兄妹だろう。

川の景(マグワイア・スクラップブックより)
トマス・ドーティ《川の景(マグワイア・スクラップブックより)》1840年。黒鉛、オフホワイトの網目紙。縦15.2センチ、横19.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・C・マグワイアの寄贈、1926年。《川の景(マグワイア・スクラップブックより)》メトロポリタン美術館蔵

素描の一枚

四点目は、素描である。

技法欄を見たい。

黒鉛、紙とある。

つまり、鉛筆の絵である。

帖に、貼る

素描を帖に貼れば、まとめて保管できる。

そして、順に見られる。

つまり、収集の方法である。

帖から、外された紙

題を見たい。

ある帖より、とある。

つまり、貼り込み帖の一葉である。

貼り込み帖とは

貼り込み帖は、切り抜きや素描を貼る帖である。

そして、収集家が作る。

つまり、集めたものをまとめる道具である。

一九二六年の寄贈

来歴を見たい。

館の記録では、一九二六年の寄贈である。

そして、寄贈者の姓が題に含まれる。

寄贈者と、帖の名

題の帖の名と、寄贈者の姓が同じである。

つまり、その人が作った帖だろう。

そして、その一葉が館へ渡った。

紙の縁

画像を見たい。

紙の縁が、不揃いである。

つまり、切り取られた跡だろう。

帖から外したときの縁かもしれない。

描かれているもの

画面を見たい。

中央に、石の橋がある。

そして、弧が三つ並ぶ。

その下を、水が流れる。

左右に、木立が茂る。

奥に、山が見える。

橋の材料

橋を見たい。

石を積んだ形である。

そして、継ぎ目が線で示される。

つまり、石橋である。

三つの弧

橋の弧を数えたい。

三つある。

そして、中央が最も大きい。

つまり、対称の構造である。

橋という主題

橋を見たい。

石を積んだ弧である。

そして、水面に影を落とす。

つまり、人の作った構造物である。

濃さの差

線を見たい。

濃い部分と、薄い部分がある。

そして、その差で明暗を作る。

つまり、筆圧の変化である。

線で、描く

素描を見たい。

細い線が、密に重なる。

そして、その密度で明暗を作る。

つまり、黒鉛の基本的な使い方である。

水面の描き方

橋の下を見たい。

水面に、横の線が並ぶ。

そして、橋の影が映る。

つまり、線だけで水を示している。

葉の描き方

木の葉を見たい。

小さな丸が、いくつも集まる。

そして、一枚ずつは描かれない。

つまり、塊として示される。

左下の署名

画面の左下を見たい。

小さな文字と数字がある。

つまり、署名と年である。

一八四〇年という年

作者は、四十七歳ごろになる。

そして、六点の中では中ほどの時期にあたる。

年が、確定する

制作年は、一八四〇年である。

つまり、幅がない。

署名に年があるからだろう。

手のひらの大きさ

十五センチ掛ける十九センチ。

つまり、手のひらほどである。

持ち歩ける大きさである。

小さな紙

寸法を見たい。

縦15.2センチ、横19.2センチ。

つまり、六点の中で最も小さい。

灰色の余白

画像の周囲を見たい。

平らな灰色である。

つまり、撮影の台紙だろう。

作品の一部ではない。

秋の色

五点目は、色が鮮やかである。

秋のハドソン川の眺め
トマス・ドーティ《秋のハドソン川の眺め》1850年。油彩、カンヴァス。縦86.7センチ、横122.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。《秋のハドソン川の眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

左に、黄と緑の木立。

右に、赤い葉の木。

中央に、水面が広がる。

手前に、道と小屋。

奥に、低い山。

空は、淡い桃色と灰色。

判型の比

寸法を見たい。

縦86.7センチ、横122.6センチ。

つまり、横が縦の一・四倍ある。

赤い葉

右の木を見たい。

葉が、赤い。

そして、周囲の緑と対比される。

つまり、秋である。

題と、色

題には、秋とある。

そして、画面の色がそれを示す。

つまり、題と画面が一致する。

黄色い木

左の木を見たい。

葉が、黄色である。

つまり、こちらも秋の色である。

空の色

空を見たい。

淡い桃色と、灰色。

そして、雲が横に伸びる。

三点目と同じ調子である。

三つの色

赤、黄、そして緑。

つまり、木ごとに色が違う。

そして、その差が季節を示す。

屋根の色

小屋を見たい。

赤い屋根である。

そして、白い壁。

つまり、小さいが目立つ。

手前の小屋

画面の中ほどを見たい。

小さな建物がある。

そして、その脇に人影。

つまり、人の暮らしがある。

人と、動物

道の脇を見たい。

小さな人影と、動物がいる。

そして、いずれも小さい。

つまり、風景の中の点である。

道という線

手前を見たい。

道が、左から右へ伸びる。

そして、視線を導く。

奥の丘

背景を見たい。

低い丘が、横に伸びる。

そして、色が淡い。

つまり、遠い。

水面の広がり

中央の水面を見たい。

穏やかで、光を反射する。

そして、小さな帆が浮かぶ。

一点目と同じ要素である。

秋という主題

秋を描く風景画は、多い。

そして、色が豊かになる。

つまり、絵にしやすい季節である。

一八五〇年という年

制作年は、一八五〇年である。

つまり、二点目と重なる時期である。

そして、作者は五十七歳ごろになる。

空想の風景
トマス・ドーティ《空想の風景》1834年。油彩、カンヴァス。縦76.3センチ、横101.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。《空想の風景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

実景ではない

六点目の題を見たい。

空想の風景とある。

つまり、実際の場所ではない。

空想という題

題に「空想」とあるのは、珍しい。

つまり、館が実景でないと明示している。

そして、それも記録である。

想像で、作る

実景を写すのではなく、要素を組み合わせる。

そして、理想の眺めを作る。

つまり、構成された風景である。

描かれているもの

画面を見たい。

右に、岩山と塔。

そして、その上に建物。

中央に、水面と滝。

左に、大きな木立。

奥に、雪をかぶった尖った山。

空は、明るい黄色。

尖った山

奥の山を見たい。

鋭く尖り、白い。

つまり、雪のある高山である。

高さの誇張

山の高さを見たい。

木立と比べて、きわめて高い。

つまり、誇張されている。

実景との差

北米の東部に、こうした山はない。

つまり、想像の地形である。

建物の様式

建物を見たい。

石造りで、窓が小さい。

そして、塔が円い。

つまり、古い時代の建築である。

岩山の塔

右を見たい。

岩の上に、円い塔が立つ。

そして、その手前に建物。

つまり、古い城のような構えである。

型としての要素

塔、滝、高い山、そして大きな木。

つまり、理想の風景の部品である。

そして、それを組み合わせる。

欧州の風景を、思わせる

塔と、尖った山。

つまり、欧州の風景に近い。

もっとも、館の記録は説明していない。

光の入り方

画面の中央奥を見たい。

明るい黄色の光が広がる。

そして、そこへ視線が集まる。

空の黄色

空を見たい。

明るい黄色である。

そして、雲がその中に溶ける。

つまり、日の出か日没である。

逆光の構図

手前が暗く、奥が明るい。

つまり、一点目と同じ方針である。

一八三四年という年

制作年は、一八三四年である。

作者は、四十一歳ごろになる。

そして、一点目と近い時期である。

水の描き方

中央を見たい。

滝が落ち、その下に水面。

そして、白い泡が立つ。

つまり、動きがある。

六点の内訳

六点をまとめたい。

油彩が五点、素描が一点。

そして、実景が四点、空想が一点、素描が一点。

判型の分布

判型を見たい。

横長が四点、縦長が一点。

そして、素描は横長である。

寸法の幅

寸法を並べたい。

最小が15.2センチ、最大が157.5センチ。

つまり、十倍の差がある。

制作年の分布

年代を並べたい。

一八三〇から三五年、三四年、四〇年。

一八四三から五〇年ごろ、五〇年。

そして、五三から五六年ごろ。

つまり、二十六年に分布する。

構図の共通点

六点の構図を見たい。

手前が暗く、奥が明るい。

そして、左右に木がある。

つまり、同じ型である。

型としての風景

この型は、当時の風景画に広く使われた。

そして、欧州の絵からも受け継がれた。

つまり、共有された方法である。

型の中の差

もっとも、六点はすべて違う。

季節、時刻、そして判型。

つまり、型の中で変えている。

実景と、空想

四点は実景、一点は空想である。

そして、その両方を同じ画家が描く。

川という主題

六点のうち、四点に水面がある。

そして、三点が同じ川の名を含む。

つまり、繰り返される主題である。

記録としての風景

実景の絵には、記録の価値がある。

そして、いまは変わった場所もあるだろう。

つまり、絵が土地の姿を伝える。

空想の絵の価値

一方、空想の絵は記録ではない。

そして、当時の理想を示す。

つまり、何を美しいと考えたかが分かる。

空想と、記録のあいだ

もっとも、実景の絵にも構成がある。

木を動かし、光を変える。

つまり、写しただけではない。

二つの価値

記録と、理想。

つまり、風景画には二つの面がある。

六点は、その両方を含んでいる。

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