青い紙に、地中海を描く——ウィリアム・スタンレー・ハセルタイン
空を塗らずに、紙の青をそのまま使う。ローマに住んだ米国の画家が残した油彩と水彩と素描、九点を見る。材料が変わると、同じ景色がどう変わるか。重い油彩と、軽い水彩。娘の手で館に渡った九点から、二つの重さを見比べる。

岩に、穴が開いている
一枚の風景画から始めたい。

横が140センチ近くある。
画面の左半分を、大きな岩が占める。
その岩に、二つの穴が開いている。
一つは大きく、門のような形をしている。
もう一つは、その手前に小さく開く。
穴の向こうに、青い海が見える。
岩の色は、黄土と灰色である。
表面には、細かい割れ目が刻まれる。
右には、海が広がる。
水面は淡い青緑で、ほとんど波がない。
遠くに、白い雲と薄い山影がある。
岩の表面を、どう描くか
この絵の見どころは、岩である。
割れ目の一本ずつが描かれている。
日の当たる面は明るい黄土。
陰の面は、灰と紫が混じる。
その境目は、はっきりしている。
つまり、面ごとに色を変えている。
丸くぼかすのではなく、面で捉える。
岩は、平面の集合として描かれている。
その把握の仕方が、この画家の特徴である。
描いた人について
ウィリアム・スタンレー・ハセルタインは、一八三五年に生まれた。
フィラデルフィアの出身である。
一九〇〇年にローマで没した。
つまり、人生の後半をイタリアで過ごした。
大学を出たのち、ドイツで絵を学んだと伝えられる。
その後イタリアへ渡り、ローマに住みついた。
米国の画家でありながら、活動の中心は欧州だった。
九点のうち、多くがイタリアで描かれている。
米国の画家が、ローマに住む
十九世紀、ローマには外国人画家が多く住んでいた。
古代の遺跡があり、光が強く、物価が安い。
そして、同じ国から来た画家の集まりがある。
米国の画家も、その一部を成していた。
彼らは、地元の風景を描いて本国へ送る。
本国の買い手は、行ったことのない地中海を買う。
つまり、輸出のための絵である。
この構図を頭に置くと、九点の主題選びが分かる。
小さな油彩
二点目は、小さい。

紙に描かれた油彩である。
のちに画布へ貼られている。
画面の下半分に、砂浜と舟がある。
舟は木製で、細長い。
三艘が並び、手前の一艘は白い布を掛けている。
その奥に、石造りの建物が並ぶ。
平屋根で、壁は黄土色である。
右には、岩が海へ突き出す。
その岩にも、穴が開いている。
先の一枚と、同じ場所の別の眺めかもしれない。
戸外の習作
紙に油彩で描くのは、戸外の写生の方法である。
持ち運びやすく、素早く描ける。
この一枚も、その場で描かれたと考えられる。
雲の形、光の向き、舟の位置。
いずれも、実際に見た記録である。
こうした小品を材料に、工房で大きな絵を作る。
一枚目の大きな油彩は、その結果だろう。
同じ場所の習作と完成作が、九点の中に並んでいる。
一八五八年の素描
三点目は、線の絵である。

色のない絵である。
中央に、大きな木が三本立つ。
枝は細かく分かれ、葉は点の集まりで示される。
木の根元には、岩が積み重なる。
岩の輪郭は、鋭い線で引かれる。
手前には、乾いた地面が広がる。
右奥には、なだらかな丘が横たわる。
空は、白い紙のままである。
雲も描かれていない。
線だけで、岩を描く
この素描では、岩が線だけで描かれている。
輪郭を引き、面の向きに沿って細い線を並べる。
線の間隔が狭いほど、暗く見える。
つまり、線の密度が明暗になる。
版画の技法に近い考え方である。
その上に、灰色の淡彩が薄く置かれる。
淡彩は、大きな面の明暗を整える役目である。
線と淡彩の役割が、明確に分かれている。
空を、白いまま残す
三点目の空は、紙のままである。
雲も、階調も描かれていない。
素描では、これがふつうである。
空を描き込むと、時間がかかる。
そして、線の絵では空が単調になりやすい。
だから、地上だけを描いて空は残す。
後で油彩にするとき、空はあらためて考える。
素描の役目は、形の記録である。
すべてを描く必要はない。
何を描かないかも、素描の判断のうちである。
岩と木という主題
この画家は、岩と木を繰り返し描いた。
とくに、海辺の岩と、乾いた土地の木。
いずれも、形がはっきりしている対象である。
輪郭を取りやすく、面の向きが読みやすい。
逆に、柔らかい対象は少ない。
霧、水面の反射、雲の内側。
こうしたものは、九点でも扱いが控えめである。
得意な対象を、繰り返し選んでいる。
一八五八年という年
三点目と、二点目の年に注目したい。
いずれも一八五八年ごろである。
画家は二十三歳ほどである。
つまり、渡欧してまもない時期の作である。
この時期に、イタリア各地を回って写生している。
その蓄積が、後年の作品の基礎になる。
九点のうち三点が、この年に集中している。
若い時期の記録が、まとまって残っているのは幸運である。
海の色
一点目の海の色を、もう一度見たい。
手前は淡い青緑、沖へ行くほど濃い青になる。
そして、水平線の近くで再び明るくなる。
これは、実際の海によく見られる見え方である。
浅い場所は砂が透け、深い場所は暗い。
遠くは、空の色を映して明るくなる。
つまり、色の帯が三段に分かれる。
海を描くとき、この帯を正しく置けるかが要になる。
一色で塗ると、途端に平らになる。
素描帖という蓄積
こうした素描は、帖にまとめられることが多い。
一冊に、何十枚も描きためる。
日付と地名を書き込む。
後年、必要になれば取り出して使う。
当サイトの
写生帖の中身でも、この習慣を扱った。
素描は、記憶の代わりである。
写真がまだ高価だった時代には、なおさら重要だった。
見た形を、線で残しておく。
木立の下の道
四点目も、素描である。

九点の中で、最も大きい紙である。
縦47センチ、横60.2センチ。
紙の色は、薄い黄土である。
画面の中央から右へ、大きな木が並ぶ。
幹はねじれ、太い。
枝は上へ広がり、葉が茂る。
木の間を、白い道が奥へ続く。
道の左右には、低い草地が広がる。
左奥には、細い木が数本。
紙の地の色が、光の当たる部分としてそのまま使われている。
紙の色を、使う
この素描の白い部分は、絵具ではない。
紙の地である。
線を引かない場所が、明るく見える。
つまり、明るさは残すことで作られる。
同じ考え方は、版画にもある。
彫らない部分が、白として残る。
素描と版画は、この点で共通している。
紙の色が薄い黄土なので、全体が暖かく見える。
白い紙とは、印象がまったく違う。
神殿の柱
五点目は、水彩である。

紙の色が、青灰である。
画面の中央に、古代の神殿が立つ。
柱が何本も並び、上に梁が渡る。
柱の一部は倒れ、断片が地面に転がる。
柱の色は、黄土と灰である。
手前の地面は、緑がかった草地。
空は、紙の青がそのまま生かされている。
そこへ、白い絵具で雲が置かれる。
左下に、日付と署名らしき文字が読める。
青い紙に描く
九点のうち四点は、青い紙に描かれている。
これは、この画家の特徴である。
青い紙を使うと、空を塗る必要がなくなる。
紙の色が、そのまま空になる。
そして、白い不透明水彩で雲を描く。
明るい部分は白、暗い部分は透明水彩。
紙の色を中間の調子として使う。
こうすると、少ない手数で明暗の幅が作れる。
戸外で描くには、たいへん合理的である。
不透明水彩という道具
技法欄にある不透明水彩は、白を含む絵具である。
透明水彩は、下の紙の色が透ける。
不透明水彩は、下を覆い隠す。
この二つを組み合わせると、表現の幅が広がる。
暗い部分は透明水彩で、紙の色を生かす。
明るい部分は不透明水彩で、紙より明るくする。
青い紙の上では、この使い分けが特に効く。
雲の白、柱の明るい面、水面の反射。
いずれも、白い絵具で置かれている。
遺跡を描く
この一枚の主題は、古代の神殿である。
シチリア島の遺跡とされる。
十九世紀には、遺跡の絵に需要があった。
旅行の記念であり、教養の証しでもある。
写真がまだ一般的でない時期には、絵がその役目を果たした。
同時に、遺跡そのものへの関心も高まっていた。
発掘が進み、古代への理解が変わっていく。
絵は、その関心の受け皿でもあった。
崩れた煉瓦の建物
六点目も、水彩である。

画面の中央に、崩れた煉瓦の建物がある。
壁の一部が残り、上部は欠けている。
窓の穴が、いくつも開く。
壁の上には、草と低木が生えている。
右には、別の塔のような残骸が立つ。
手前は、緑の茂みである。
空は、紙の青がそのまま見える。
白い雲が、右上に置かれる。
建物の煉瓦の色は、黄土と赤茶である。
廃墟と、植物
この一枚では、崩れた壁に植物が生えている。
石の隙間から、草と低木が伸びる。
廃墟の絵では、この組み合わせが定番である。
人工物が、自然に戻っていく過程を示す。
当サイトの
廃墟を描くでも、この主題を扱った。
十八世紀の廃墟画では、これが劇的に描かれた。
ハセルタインの扱いは、もっと乾いている。
見たままの状態を、記録するように描く。
記録と、絵の間
この画家の絵は、記録に近い。
岩の割れ目、煉瓦の並び、柱の位置。
いずれも、正確に写されている。
一方で、写真のようではない。
色は整理され、構図は選ばれている。
つまり、記録と絵の中間にある。
十九世紀後半の風景画には、この性格の作品が多い。
科学的な観察と、絵画的な効果。
その両方を、同時に満たそうとしている。
木炭を使う
六点目の技法欄には、木炭とある。
水彩に木炭を併用している。
木炭は、黒く、柔らかい線が引ける。
そして、指でこすればぼかせる。
煉瓦の暗い部分や、影の輪郭に向いている。
鉛筆より太く、速い。
戸外で描くには、扱いやすい道具である。
ただし、定着させないと擦れて落ちる。
だから、上から水彩を重ねて押さえることが多い。
技法の組み合わせには、こうした実際的な理由がある。
三種類の技法
九点の技法を整理しておきたい。
油彩が三点。
水彩が四点。
ペンと淡彩の素描が二点。
つまり、三つの技法を並行して使っている。
素描は形の把握、水彩は色の記録、油彩は完成作。
そう役割が分かれていたと考えられる。
もっとも、水彩も完成作として売られた。
技法の序列は、この画家では緩やかである。
草地の眺め
七点目は、色が鮮やかである。

画面の下半分に、草地が広がる。
草は、黄緑と緑の細かい筆で描かれる。
手前には、低い草と小石。
中景には、細い木が数本立つ。
奥には、傘の形をした松が並ぶ。
その向こうに、水面らしき明るい帯がある。
空は、紙の青がそのまま残る。
雲は、ほとんど描かれていない。
全体に、明るく、乾いた印象である。
草を、点で描く
手前の草の描き方を見たい。
短い筆を、方向を変えて何度も置いている。
黄緑、緑、白、そして紙の青。
その混ざり具合が、草の密度になる。
一本ずつは描かれていない。
しかし、遠くから見ると草原に見える。
こうした点の集積による描き方は、水彩に向いている。
絵具が速く乾き、重ねられるからである。
傘の形の松
奥に並ぶ松に触れておきたい。
幹がまっすぐ伸び、上で平らに広がる。
地中海地域に多い形である。
この木があるだけで、場所が分かる。
先の記事でも、同じ木の話を書いた。
風景画では、木の形が地域の徴になる。
北の風景なら、樅や樺。
南の風景なら、この松と糸杉。
木を見れば、どこかが分かる。
秋の川辺
八点目は、場所が変わる。

画面の中央から左へ、川が流れる。
水面は、青と白で描かれる。
手前には、緑の草地と低木。
左には、赤や橙に染まった木立がある。
右には、黄色い葉の木。
奥には、常緑の針葉樹が並ぶ。
空は、薄紫と灰色で、雲が広がる。
つまり、秋の景色である。
イタリアではなく、アルプス寄りの土地だろう。
色の数が増える
この一枚は、九点の中で最も色数が多い。
赤、橙、黄、緑、青、紫。
秋の紅葉を描くには、色が要る。
イタリアの乾いた風景とは、まったく違う。
同じ画家が、土地に応じて色を変えている。
そして、青い紙の効果もここでは違う。
暖色が多いので、紙の青が補色として働く。
赤や橙が、いっそう鮮やかに見える。
夕日の運河
九点目は、油彩である。

暗い水面が、手前に広がる。
中央奥に、丸屋根の教会が黒い影として立つ。
その背後の空が、橙と黄に燃えている。
雲は、暗い灰と紫で、渦を巻く。
左右には、帆を上げた舟が並ぶ。
帆は赤茶で、逆光に沈む。
水面には、空の光が長く映る。
その反射が、画面の中央を縦に走る。
九点の中で、最も劇的な一枚である。
逆光という選択
この絵は、太陽に向かって描かれている。
だから、手前のものはすべて影になる。
舟も、建物も、輪郭だけになる。
色は失われ、形だけが残る。
一方、空と水面は明るい。
明暗の差が、極端に大きい。
こうした逆光の構図は、十九世紀の風景画で好まれた。
劇的で、感情に訴えるからである。
先の水彩の乾いた記録性とは、対照的である。
額の中の暗さ
九点目の暗さについて、書いておきたい。
いまの画像では、手前の水面がほとんど黒に見える。
制作当初は、もう少し見えていた可能性がある。
油彩の暗部は、時間とともに沈む。
上塗りの保護層が黄変し、下の色を覆う。
とくに、影の中の細部が失われやすい。
舟の形や、水面の波が、当初は読めたかもしれない。
いま見えている暗さは、経年の結果を含んでいる。
そのことを踏まえて見たい。
二つの方向
九点を通して見ると、二つの方向が見える。
一つは、記録に近い方向。
岩、遺跡、草地を、正確に写す。
もう一つは、効果を狙う方向。
逆光、夕日、劇的な空。
この二つが、同じ画家の中に同居している。
しかも、時期で分かれていない。
一八七〇年代から八〇年代に、両方が並行している。
用途に応じて、描き方を選んでいた。
娘が、館へ寄贈した
九点のうち、六点は同じ姓の寄贈者による。
画家の娘とその家族である。
一九五四年と一九六七年に、まとめて館へ入っている。
つまり、画家の遺品が、遺族の手で公共の館へ渡った。
素描や水彩は、売られずに手元に残ることが多い。
だから、遺族の判断が、その後を決める。
散逸させず、まとまって寄贈された。
いま九点を並べて見られるのは、その判断のおかげである。
署名と日付
九点のうち、いくつかには署名と日付が入る。
画面の隅に、小さく書き込まれている。
五点目の左下にも、文字が読める。
日付があると、その日どこにいたかが分かる。
素描や水彩には、地名まで書き込むことが多い。
後で見返したとき、必要になるからである。
つまり、これらは記録の道具でもあった。
いま私たちが年代と場所を知れるのも、その習慣による。
隅の小さな文字が、資料としては大きい。
九点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
九点を、紙と画布に分けて見比べてほしい。
紙の作品は、色が明るく、線が生きている。
画布の作品は、色が深く、面が整っている。
そして、紙の作品には青が仕込まれている。
空を塗らずに、紙の色で済ませる。
その省略が、画面に軽さを与えている。
重い油彩と、軽い水彩。
同じ風景を、二つの重さで描いている。
材料を変えると、同じ景色がこれほど変わる。
そのことを確かめるのに、九点はよい組み合わせである。
まず紙の四点を並べ、次に画布の三点を見る。
その順で見ると、画家の手つきが分かれて見えてくる。


