暗い背景に、家族を並べる——ジョシュア・ジョンソン
記録に残る最初期のアフリカ系の職業肖像画家とされる人が、港町ボルティモアで描いた八点。正面を向く顔、薄い影、家具の縁の金色の鋲。繰り返される型から、一人の職人が見えてくる。顔ではなく手を追うと、繰り返される癖から一人の画家の輪郭が浮かんでくる。

三人の子どもと、一匹の犬
一枚の家族の絵から始めたい。

三人の子どもが、横一列に並んで立っている。
三人とも、同じ緑の服を着ている。
襟は白く、縁に細かい飾りがある。
靴と靴下は黒である。
いちばん背の高い子が右端に立ち、籠を持つ。
籠には花が盛られている。
真ん中と左の子は、赤い小さな花を持っている。
右下には、黒い犬が一匹いる。
犬は口に何かをくわえている。
背景は灰色の壁で、右奥に窓がある。
窓の外に、細い木と青い空が見える。
床は赤茶で、人物の足元まで平らに続く。
三人が、同じ顔をしている
この絵で最初に気づくのは、顔の似方である。
三人とも、輪郭がほぼ同じである。
丸い頬、大きな目、小さな口。
髪の色と長さだけが違う。
兄弟だから似ている、とも言える。
しかし、それだけではない。
画家が、子どもの顔の型をひとつ持っている。
その型を、少しずつ変えて使っている。
肖像としては、似せ方が弱いとも言える。
一方で、絵としては強い。
同じ顔が三つ並ぶと、模様のように見える。
描いた人について
作者はジョシュア・ジョンソンである。
シカゴ美術館の記録は、生年を一七六三年ごろ、没年を一八二五年以降としている。
活動した町は、メリーランド州ボルティモアである。
この画家は、米国の美術史で特別な位置にある。
記録に残る、最初期のアフリカ系の職業肖像画家とされているからである。
母は奴隷の身分にあり、父は白人だったと伝えられる。
のちに自由の身となり、画家として仕事を始めた。
十八世紀の終わりに、町の名簿に肖像画家として名が載る。
新聞に広告を出した記録も残っている。
その広告で、独学であると述べたと伝えられる。
記録の限界について
ただし、この画家については分からないことも多い。
生涯を通じた記録が、まとまって残っていない。
作品に署名が少なく、帰属の判断が難しい。
現在ジョンソン作とされる絵の多くは、様式による判断にもとづく。
つまり、描き方の特徴から結びつけられている。
二十世紀に入ってからの研究で、この画家の存在が明らかになった。
それ以前は、無名の画家の作とされていた絵も多い。
当サイトとしては、館の記録を基準にする。
館がジョンソン作として登録している作品を扱う。
推測で範囲を広げることはしない。
家族を、横に並べる
二枚目は、五人が並ぶ絵である。

横長の画面に、五人が並ぶ。
左に母、その隣に娘が二人。
右寄りに父が椅子に座り、その隣に息子が立つ。
母は白い衣で、椅子に腰かける。
娘たちも白い衣で、腰の高い形である。
父は濃い青の上着に、黄色の胴着を着る。
息子は緑の上着である。
背景は暗く、家具の輪郭だけが見える。
五人は、ほぼ同じ高さに顔が並ぶ。
座っている人と立っている人の頭が、そろっている。
不自然だが、見やすい。
顔の高さをそろえる、という選択
なぜ、顔の高さをそろえるのか。
家族の絵では、全員の顔が見えなければならない。
注文主は、そのために金を払っている。
奥に引っ込む人がいると、不満が出る。
だから、顔を横一列に置く。
遠近法としては正しくない。
しかし、注文の要求には合っている。
この判断は、当時の地方の肖像画家に共通する。
正確さより、機能を選ぶ。
肖像画の目的が、鑑賞ではなく記録だからである。
手の描き方
ジョンソンの絵では、手が特徴的である。
指が細く、長い。
関節の膨らみが小さい。
手のひらは平らで、厚みが感じられない。
そして、たいてい何かを持っている。
花、果物、書物、籠。
手が空だと、据わりが悪いからである。
指の描き方は、絵ごとにほぼ同じである。
顔と同じく、型がある。
この一貫性が、帰属の手がかりになってきた。
二人の子ども
三枚目を見たい。

男の子と女の子が、並んで立つ。
男の子は濃い色の服で、襟が白く広がる。
右手を椅子の背に置き、赤い実のついた枝を持つ。
女の子は白い衣で、赤い靴をはく。
左手に籠を提げ、右手に赤い実を持つ。
背景は暗い緑で、何も描かれない。
床の線もほとんど見えない。
二人は、暗がりの中に立っている。
この暗い背景は、ジョンソンの絵によく出る。
人物だけを浮かび上がらせる効果がある。
赤い実という小道具
二人とも、赤い実を持っている。
苺のように見える。
ジョンソンの子どもの肖像には、この実がよく登場する。
花、果物、小鳥も同じである。
小道具には、いくつかの役目がある。
まず、手を埋める。
次に、暗い画面に明るい色を置く。
そして、子どもらしさを示す。
意味を深読みすることもできる。
しかし、まずは構図上の必要として見るのがよい。
画布の大きさと、値段
寸法にも触れておきたい。
今回の八点は、縦61センチから110センチほどである。
家族の群像は、横が136センチある。
肖像画の値段は、大きさと人数で決まった。
一人だけの半身像が安く、群像が高い。
当時の広告には、寸法ごとの価格が載ることもあった。
つまり、絵の大きさは注文主の予算を映している。
八点を並べると、注文の幅が見える。
小さな半身像から、家族五人の群像まで。
一人の画家が、その全部を引き受けていた。
町の肖像画家という仕事
ボルティモアは、当時の米国で有数の港町だった。
商人と職人が集まり、人口が増えていた。
新しく財を得た家が、肖像を注文する。
その需要が、画家を養う。
同じ構図の絵が多いのは、効率のためでもある。
型を決めておけば、短い期間で仕上げられる。
注文主も、見本を見て選べる。
肖像画は、こうして商品になっていく。
同じ仕組みは、他の町にもあった。
当サイトの
町から町へ、肖像を描いて回るでも扱った話である。
母と娘
四枚目は、母子の絵である。

母が長椅子に座り、娘が右に立つ。
母は濃い赤茶の衣で、襟に白いレースがある。
髪には細い飾りが巻かれている。
娘は白い衣で、胸に赤い花を留めている。
手には赤い花の束を持つ。
長椅子は緑色で、背もたれの縁に金色の点が並ぶ。
この点は、鋲である。
布を張るための金具が、そのまま模様になっている。
右上には、暗い幕と房飾りが下がる。
背景は茶色で、平らに塗られている。
真鍮の鋲という徴
この鋲の並びは、ジョンソンの絵の目印とされてきた。
家具の縁に、金色の点が等間隔に並ぶ。
一つずつ、丁寧に描かれている。
同じ描き方が、複数の作品に現れる。
だから、帰属を判断する手がかりになった。
美術史の研究では、こうした細部が決め手になる。
顔の描き方より、家具の鋲のほうが分かりやすい。
顔は注文主に似せるので、絵ごとに変わる。
家具は画家の習慣で描かれるので、変わらない。
無意識に繰り返される部分に、その人の手が出る。
三人の女性
五枚目は、母と二人の娘である。

三人とも、白い衣を着ている。
母は左で長椅子に座り、膝の上に赤い実を持つ。
真ん中の娘は立ち、母の肩に手を置く。
右の娘は、籠を提げている。
籠には果物が盛られている。
長椅子の縁には、やはり金色の鋲が並ぶ。
三人の衣が白いので、画面が明るい。
背景の茶色と、白い衣の対比が強い。
顔は三人とも正面を向く。
視線もこちらへ向いている。
白い衣が示すもの
三人の白い衣について、少し書きたい。
この時代の女性の衣は、腰の位置が高い。
胸のすぐ下で切り替え、そこから裾までまっすぐ落ちる。
素材は薄い綿や麻で、色は白が多い。
古代の彫刻の衣を意識した流行である。
つまり、当時の最新の装いだった。
肖像に描かれるのは、たいてい一番よい服である。
流行の服を着て、記録に残す。
服の形は、絵の年代を推し量る手がかりにもなる。
八点の衣を見比べると、年代の近さが分かる。
少女の一枚
六枚目は、一人の少女である。

少女が椅子に座り、こちらを見ている。
白い衣に、肩の両側へ青いリボンが結ばれる。
首には細い鎖と、丸い飾りがある。
右手を机の上に置く。
机には、薄い紙と、緑の葉のついた花が載る。
左手には、小さな本のようなものを持つ。
椅子の背は赤茶で、細い線で示される。
背景は暗く、上に行くほど濃くなる。
顔は明るく、額と鼻先に光が当たる。
小さな画面だが、要素が多い。
目の描き方
ジョンソンの人物の目には、共通した作りがある。
上まぶたの線が濃く、太い。
下まぶたの線は薄い。
黒目は大きく、中央に置かれる。
白目の左右が、ほぼ同じ幅になる。
そのため、視線がまっすぐこちらへ来る。
横を見ている人物が、ほとんどいない。
正面から見られている感じが強い。
これは、肖像として好まれる作りである。
見る人と目が合うほうが、記憶に残る。
陰影を、あまり使わない
顔の描き方をもう少し見たい。
頬から顎にかけて、影が薄い。
鼻の脇にも、強い影がない。
その代わり、輪郭の線がはっきりしている。
つまり、線で形を作っている。
明暗で立体を作る描き方とは、方向が違う。
これは技術の不足と言われることもある。
しかし、結果として画面が平らになり、模様のように見える。
平らな絵には、独特の強さがある。
当サイトでも
民衆の絵の見方で、近い話をした。
独学ということ
伝えられるところでは、ジョンソンは独学だったという。
新聞広告に、そう記したとされる。
当時の画家は、徒弟として工房で学ぶのがふつうだった。
その道を通らずに職業画家になるのは、容易ではない。
もっとも、まったく学ばなかったとは限らない。
同じ町には、複数の肖像画家がいた。
その作品を見る機会はあっただろう。
作風の近さを指摘する研究もある。
当方としては、影響の有無は未確定と扱う。
広告の文言と、作品の様式だけが手元にある。
子どもの絵が多い理由
八点のうち、子どもが写る絵は五点ある。
半分以上が子どもを含んでいる。
これは偶然ではない。
当時、子どもの死亡率は高かった。
肖像は、姿を残す唯一の手段だった。
写真はまだない。
だから、親は子の肖像を注文する。
元気なうちに描かせておく。
なかには、亡くなった子を描いた例もある。
肖像画は、記念であり、備えでもあった。
明るい絵の背後に、そういう事情がある。
誰が注文したのか
八点の注文主は、いずれも地元の家である。
商人、船主、医師といった層である。
黒人の画家に、白人の家が肖像を注文した。
奴隷制が続いていた州での出来事である。
このことは、当時の社会の複雑さを示している。
差別の制度と、職業上の取引が同時にあった。
画家は自由の身であり、代金を受け取っていた。
しかし、社会の中での立場は限られていた。
作品の質と、その人の置かれた条件は別である。
八点を見るときに、その両方を思い出したい。
座る女性
七枚目は、一人の女性の肖像である。

女性が椅子に座り、正面を向く。
深い赤の衣で、胸元と袖口に白い縁飾りがある。
胸から肩へ、白い帯が斜めに渡る。
髪は上でまとめ、白い飾りを載せる。
右手を膝の上に置き、開いた本に触れている。
本には、細かい文字と縦の罫が見える。
左手には、緑の葉のついた枝を持つ。
背景の左には、窓のような明るい区画がある。
そこに木と空が描かれる。
窓の外の風景は、簡略である。
窓を描く理由
肖像に窓を描くのは、古い習慣である。
背景が真っ暗だと、画面が重くなる。
窓を開ければ、明るい面ができる。
そこに風景を入れれば、奥行きも出る。
窓は、絵の中で二つの働きをする。
明るさの調整と、空間の広がりである。
ジョンソンの絵では、この窓が簡略に描かれる。
木は数本、空は水色、地面は緑。
細部は追わない。
主役はあくまで人物だからである。
本と葉
この女性は、本と葉を持っている。
本は教養や信仰を示す持ち物とされる。
葉や花は、季節や徳を示すことがある。
ただし、深読みには慎重でありたい。
先に書いたとおり、手を埋めるための小道具でもある。
同じ画家の別の絵にも、同じ組み合わせが出る。
つまり、この人だけの意味とは限らない。
画家の手持ちの型である可能性が高い。
意味を読む前に、繰り返しを確認する。
繰り返されているものは、たいてい型である。
黒い上着の男
八枚目は、男性の肖像である。

男が椅子に座り、やや左を向く。
黒い上着に、白い襟巻きを高く巻く。
髪は赤みがかった茶色で、額の上へ立てている。
右手に羽根の筆のようなものを持つ。
左手は、開いた紙に添えられている。
椅子は黄色で、背の一部が見える。
背景は暗い緑で、上のほうがわずかに明るい。
黒い上着が、画面の大半を占める。
その中で、白い襟と手だけが明るい。
明暗の配分が、はっきりしている。
黒い服を、平らに塗る
この絵の黒い上着は、ほとんど平らである。
襞の影も、光の反射も少ない。
肩から腕への輪郭線で、形が示される。
黒を面として置き、輪郭で切る。
この単純さが、かえって強い印象を作る。
同じ時代の都会の画家なら、もっと質感を描いただろう。
布の光沢、生地の重み、皺の落ち方。
ジョンソンは、そこへ手をかけていない。
かけなかったのか、かけられなかったのか。
判断はできないが、結果は明快である。
筆記具という持ち物
この男性は、筆記具と紙を持っている。
書く人であることを示す持ち物である。
商人であれば帳簿、法律家であれば書類。
いずれにせよ、机の仕事に就く人物とみられる。
手の道具は、職業の徴として使われた。
女性の肖像では、本や花が多い。
男性では、筆記具や書類が多い。
持ち物の選び方に、当時の役割分担が出ている。
絵は、そういう社会の形も一緒に写している。
肖像を見るときは、そこも読める。
床と壁の描き方
背景の作りを、もう一度見ておきたい。
八点のうち、床が描かれているのは二点だけである。
残りは、暗い面が下まで続く。
壁と床の境目がない。
つまり、人物が立つ場所が示されていない。
これは省略というより、選択である。
背景を描き込めば、手間も費用も増える。
注文主が求めているのは、人物である。
だから、そこへ手をかける。
八点の背景は、その割り切りの跡である。
八点に共通するもの
八点を並べて、共通点を数えてみたい。
正面を向く顔。
はっきりした輪郭線。
薄い影。
暗く平らな背景。
手に持たれた小道具。
家具の縁の金色の鋲。
この六つが、繰り返し現れる。
一枚だけ見ると、素朴な絵に見えるかもしれない。
八枚並べると、一貫した方法が見えてくる。
方法があるということは、腕があるということである。
二十世紀に、名前が戻る
ジョンソンの名は、長く忘れられていた。
作品は残っていたが、作者不明とされていた。
一九三〇年代以降の調査で、名簿と広告が見つかる。
そこから、画家の存在が確かめられた。
以後、様式の一致する作品が結びつけられていった。
いま美術館に並ぶ作品は、その研究の結果である。
名前が戻ると、絵の見え方も変わる。
無名の民衆画家の絵から、一人の画家の仕事になる。
同じ絵なのに、位置づけが変わる。
美術史とは、そういう作業の積み重ねでもある。
記録の残り方
最後に、記録について書いておきたい。
この画家の生涯は、断片的にしか分からない。
生年も「一七六三年ごろ」であり、没年は「一八二五年以降」である。
同時代の白人の画家なら、もっと詳しい記録が残っている。
書簡、日記、弟子の証言、新聞の批評。
その差は、当時の社会の記録の仕方に由来する。
誰の生涯が記録に値するとされたか。
その判断が、記録の厚みを決めている。
いま残っている絵は、その不均衡の中を生き延びたものである。
八点を見るときは、そこも合わせて見ておきたい。
八点を、順に見る
見方の提案をして、終わりたい。
八点の手だけを、順に追ってみてほしい。
何を持っているか。
どこに置かれているか。
指がどう曲がっているか。
顔は注文主ごとに違うが、手はほぼ同じである。
その同じ手が、八枚に繰り返し現れる。
そこに、この画家の癖がいちばん濃く出ている。
顔ではなく、手を見る。
そういう見方をすると、一人の職人の輪郭が浮かんでくる。


