独学の肖像画——アミ・フィリップスと巡回画家
19世紀アメリカの巡回画家は、寸法も姿勢も型で揃えていた。学校に行かず、町から町へ移って注文を受ける商売。写真の登場で消えた仕事の跡を、九点の肖像から読み取る。額と絵が同じ町で作られていたことも手がかりになる。

同じ大きさの肖像が、並んでいる
一枚の肖像から始めたい。

女性が椅子に座っている。
白い服。胸のすぐ下に切り替えがあり、袖は肩から膨らむ。
首元には白いレースの襞飾りが二重に広がる。
頭には白い帽子。縁が細かく波打ち、右側に房飾りが下がる。
膝の上から右へ、赤い肩掛けが流れている。
縁には青と緑の模様が織り込まれている。
背景は暗い褐色で、右に椅子の背が少し見える。
顔の描き方に注目してほしい。
輪郭がはっきりしている。頬から顎の線が一本の曲線で通っている。
影は薄く、鼻の脇と首の下だけに入る。
肌は平らに塗られ、明暗の段が少ない。
手の指は細長く、関節の凹凸がほとんど描かれていない。
こうした手は、この画家の作品に繰り返し現れる。
指を長く伸ばし、爪の形を小さく示し、関節を省く。
一度覚えた形を、注文ごとに使い回している。
手を描くのは難しい。だから型を決めて、迷わずに済ませる。
似せる必要があるのは顔だけである。
手と服は、型で処理して時間を節約する。
数日で一点を仕上げる商売では、この配分が要になる。
顔に時間をかけ、他を型で済ませる判断は、都市の画家にも共通している。
服の描写は、丁寧である
顔と対照的に、服は細かく描かれている。
レースの襞飾りは、白い絵具の点と線で編み目まで示されている。
赤い肩掛けの縁飾りには、青と緑の唐草模様が入る。
帽子の縁の波打ちも、一つずつ形を変えて描かれている。
つまり画家は、装飾に時間をかけている。
肌の陰影を省き、レースを描き込む。この配分が特徴である。
理由は想像がつく。注文主が見せたいのは、顔だけではない。
新しい服、上等な肩掛け、流行の帽子。財と趣味の証しである。
肖像は、持ち物の記録でもあった。
この描き方は、独学の結果である
こうした肖像を描いたのは、都市の画家ではない。
町から町へ移動して仕事をした画家である。
18世紀から19世紀のアメリカでは、地方に画家が常駐しなかった。
だから画家が巡回する。宿を取り、注文を集め、数日で一点を仕上げる。
そして次の町へ移る。
美術学校で学んだ経験を持たない者が多かった。
版画の複製や、他の画家の作品を見て技術を身につけた。
だから解剖学的な正確さや、複雑な陰影の技法は使わない。
代わりに、輪郭と色面で形を作る。
この方法は、油彩の性質にも合っている。
薄く塗り重ねる技法は乾燥に時間がかかる。
不透明な絵具を一度で置けば、その日のうちに次の層へ進める。
移動しながら描くなら、乾きの速さは重要な条件である。
つまり平面的な描き方は、美学の選択であると同時に工程の選択でもある。
美術史では「素朴」と呼ばれてきたが、実務から見れば合理的な方法である。
寸法が、そろっている
寸法を並べてみたい。
この一点は82×66センチ。
同じ画家の別の作品は79×63.4センチ、81.3×66センチである。
いずれも30×25インチ前後に収まっている。
つまり画布の寸法が決まっている。
移動するなら、荷物は少ないほうがよい。
規格の画布を丸めて持ち運び、現地で枠に張る。
額も既製の寸法があれば、その場で調達できる。
寸法の統一は、移動する商売の条件から来ている。
肖像画の寸法が値段の等級だった話は
別のコラムで扱った。
巡回画家の場合、規格はさらに実務的な理由を持っている。
日数の話もしておきたい。
数日で一点という速さは、下地の準備を省くことでも作られる。
あらかじめ地塗りをした画布を用意しておけば、着いた日から描ける。
宿に道具を置き、家々を回って注文を取る。
一つの町で数点まとめて受け、順に仕上げる。
商売としては、行商に近い形である。
問い——学校に行かない画家は、何を身につけたのか
ここから本稿の問いに入りたい。
当サイトには、こうした画家の作品が三十点あまり公開されている。
アミ・フィリップスが15点、エラスタス・ソールズベリー・フィールドが17点。
いずれも19世紀のニューイングランドとニューヨーク州で働いた画家である。
学校で学ばず、都市の画壇にも属さない。
その条件で、彼らは何を身につけ、何を売ったのか。
以下、作品を並べて確かめていきたい。
先に結論を書いておく。
彼らが身につけたのは、規格と型と装飾の描写だった。
そして顔だけを個別に似せる配分である。
その仕組みは、後の肖像写真にそのまま引き継がれている。
黒い服と、白いレース

若い女性が椅子に座っている。
黒い服。袖が大きく膨らみ、肩の線が横へ張っている。
首元には白いレースの襟。細かい穴の模様が描き込まれている。
頭には縁飾りのある帽子。灰色のリボンが顎の下で結ばれている。
左手に赤い装丁の本を持ち、右手を膝に置いている。
椅子の背には金色の唐草模様が見える。
背景は暗く、平らに塗られている。
黒と白の対比が強い。中間の色がほとんど無い。
黒い服は輪郭の内側を一様に塗り、襞の陰影はごく薄い。
その上に白いレースが乗るので、模様がはっきり浮かぶ。
つまり装飾を見せるために、服を平らにしている。