美術史・技法

独学の肖像画——アミ・フィリップスと巡回画家

19世紀アメリカの巡回画家は、寸法も姿勢も型で揃えていた。学校に行かず、町から町へ移って注文を受ける商売。写真の登場で消えた仕事の跡を、九点の肖像から読み取る。額と絵が同じ町で作られていたことも手がかりになる。

白い服の婦人
エミ・フィリップス《白い服の婦人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ大きさの肖像が、並んでいる

一枚の肖像から始めたい。

白い服の婦人
アミ・フィリップス《白い服の婦人》1820年ごろ。油彩・画布。縦82センチ、横66センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エミ・フィリップス《白い服の婦人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が椅子に座っている。

白い服。胸のすぐ下に切り替えがあり、袖は肩から膨らむ。

首元には白いレースの襞飾りが二重に広がる。

頭には白い帽子。縁が細かく波打ち、右側に房飾りが下がる。

膝の上から右へ、赤い肩掛けが流れている。

縁には青と緑の模様が織り込まれている。

背景は暗い褐色で、右に椅子の背が少し見える。

顔の描き方に注目してほしい。

輪郭がはっきりしている。頬から顎の線が一本の曲線で通っている。

影は薄く、鼻の脇と首の下だけに入る。

肌は平らに塗られ、明暗の段が少ない。

手の指は細長く、関節の凹凸がほとんど描かれていない。

こうした手は、この画家の作品に繰り返し現れる。

指を長く伸ばし、爪の形を小さく示し、関節を省く。

一度覚えた形を、注文ごとに使い回している。

手を描くのは難しい。だから型を決めて、迷わずに済ませる。

似せる必要があるのは顔だけである。

手と服は、型で処理して時間を節約する。

数日で一点を仕上げる商売では、この配分が要になる。

顔に時間をかけ、他を型で済ませる判断は、都市の画家にも共通している。

服の描写は、丁寧である

顔と対照的に、服は細かく描かれている。

レースの襞飾りは、白い絵具の点と線で編み目まで示されている。

赤い肩掛けの縁飾りには、青と緑の唐草模様が入る。

帽子の縁の波打ちも、一つずつ形を変えて描かれている。

つまり画家は、装飾に時間をかけている。

肌の陰影を省き、レースを描き込む。この配分が特徴である。

理由は想像がつく。注文主が見せたいのは、顔だけではない。

新しい服、上等な肩掛け、流行の帽子。財と趣味の証しである。

肖像は、持ち物の記録でもあった。

この描き方は、独学の結果である

こうした肖像を描いたのは、都市の画家ではない。

町から町へ移動して仕事をした画家である。

18世紀から19世紀のアメリカでは、地方に画家が常駐しなかった。

だから画家が巡回する。宿を取り、注文を集め、数日で一点を仕上げる。

そして次の町へ移る。

美術学校で学んだ経験を持たない者が多かった。

版画の複製や、他の画家の作品を見て技術を身につけた。

だから解剖学的な正確さや、複雑な陰影の技法は使わない。

代わりに、輪郭と色面で形を作る。

この方法は、油彩の性質にも合っている。

薄く塗り重ねる技法は乾燥に時間がかかる。

不透明な絵具を一度で置けば、その日のうちに次の層へ進める。

移動しながら描くなら、乾きの速さは重要な条件である。

つまり平面的な描き方は、美学の選択であると同時に工程の選択でもある。

美術史では「素朴」と呼ばれてきたが、実務から見れば合理的な方法である。

寸法が、そろっている

寸法を並べてみたい。

この一点は82×66センチ。

同じ画家の別の作品は79×63.4センチ、81.3×66センチである。

いずれも30×25インチ前後に収まっている。

つまり画布の寸法が決まっている。

移動するなら、荷物は少ないほうがよい。

規格の画布を丸めて持ち運び、現地で枠に張る。

額も既製の寸法があれば、その場で調達できる。

寸法の統一は、移動する商売の条件から来ている。

肖像画の寸法が値段の等級だった話は
別のコラムで扱った。

巡回画家の場合、規格はさらに実務的な理由を持っている。

日数の話もしておきたい。

数日で一点という速さは、下地の準備を省くことでも作られる。

あらかじめ地塗りをした画布を用意しておけば、着いた日から描ける。

宿に道具を置き、家々を回って注文を取る。

一つの町で数点まとめて受け、順に仕上げる。

商売としては、行商に近い形である。

問い——学校に行かない画家は、何を身につけたのか

ここから本稿の問いに入りたい。

当サイトには、こうした画家の作品が三十点あまり公開されている。

アミ・フィリップスが15点、エラスタス・ソールズベリー・フィールドが17点。

いずれも19世紀のニューイングランドとニューヨーク州で働いた画家である。

学校で学ばず、都市の画壇にも属さない。

その条件で、彼らは何を身につけ、何を売ったのか。

以下、作品を並べて確かめていきたい。

先に結論を書いておく。

彼らが身につけたのは、規格と型と装飾の描写だった。

そして顔だけを個別に似せる配分である。

その仕組みは、後の肖像写真にそのまま引き継がれている。

黒い服と、白いレース

キャサリン・A・メイ
アミ・フィリップス《キャサリン・A・メイ》1830年ごろ。油彩・画布。縦79センチ、横63.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エミ・フィリップス《キャサリン・A・メイ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い女性が椅子に座っている。

黒い服。袖が大きく膨らみ、肩の線が横へ張っている。

首元には白いレースの襟。細かい穴の模様が描き込まれている。

頭には縁飾りのある帽子。灰色のリボンが顎の下で結ばれている。

左手に赤い装丁の本を持ち、右手を膝に置いている。

椅子の背には金色の唐草模様が見える。

背景は暗く、平らに塗られている。

黒と白の対比が強い。中間の色がほとんど無い。

黒い服は輪郭の内側を一様に塗り、襞の陰影はごく薄い。

その上に白いレースが乗るので、模様がはっきり浮かぶ。

つまり装飾を見せるために、服を平らにしている。