画家を知る

正確さは、何を保証するのか——トマス・イーキンズの解剖と写真

イーキンズは、水面を鏡のように描き、遠近法を紙の上で解いた。解剖学の実習、落選した手術室の絵、道具としての写真、そして教職を追われるまで。正確さは何を保証するのか。数字と観察に支えられた絵の強さと危うさを考える。

一人乗り艇の覇者(マックス・シュミット)
トマス・エイキンズ《一人乗り艇の覇者(マックス・シュミット)》メトロポリタン美術館蔵

水面が、鏡になっている

一枚の絵から始めたい。

一人乗り艇の覇者(マックス・シュミット)
トマス・エイキンズ《一人乗り艇の覇者(マックス・シュミット)》1871年。油彩・画布。縦81.9センチ、横117.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。トマス・エイキンズ《一人乗り艇の覇者(マックス・シュミット)》メトロポリタン美術館蔵

秋の川である。

手前に、細長い競技用の小舟が一艘。黄色い船体が、水面に横たわっている。

漕ぎ手は櫂を止め、こちらへ顔を向けている。白いシャツ、赤い頭巾。

水面は、風がない。舟も、木も、橋も、すべてが鏡のように映り込んでいる。

奥には橋が二本。手前は鉄骨の橋、その向こうは石造りのアーチ橋である。

左岸には枯れかけた木立。右岸には低い土手と、まばらな樹木。

空は淡い青。細い雲が数本、水平に流れている。

中景に、もう一艘の小舟。漕ぎ手が背を向けている。

何もかもが、正確である

この画面で最初に驚くのは、正確さである。

橋の鉄骨は、部材の一本ずつが位置を持って描かれている。

石橋のアーチは、遠くへ行くほど狭く、低く見える。その縮み方が規則的だ。

舟は、船体の輪郭と、その水面の映り込みが、寸分の狂いなく対応している。

そして、二艘の舟の大きさの比。手前と中景の距離が、比率としてきちんと合っている。

偶然そう見えているのではない。計算されている

この記事の問い

エイキンズは、絵を描く前に大量の下ごしらえをした画家である。

遠近法の作図。解剖の実習。そして写真。

この記事では、その下ごしらえを追いかけたい。

計算し尽くして描かれた絵は、何を得て、何を失うのか。

そしてもうひとつ。彼は生涯、社会の規範と衝突し続けた画家でもある。

血の付いたメスを描いて美術展から落とされ、裸体の扱いをめぐって教職を失った。

正確であろうとすることが、なぜ衝突を生んだのか。この点にも触れたい。

作者はトマス・エイキンズ。1844年、フィラデルフィアの生まれ。

父は書家である。証書や賞状の文字を美しく書くことを職業にしていた人だ。

定規と製図の道具が家にあり、線を引く仕事が日常だった。

正確な手仕事の家に育っている。

二艘目の舟に、画家が乗っている

もう少しこの絵を見ておきたい。

中景の小舟には、もう一人の漕ぎ手がいる。背を向けて漕いでいる。

この人物は、エイキンズ自身だと説明されている。舟の船体に彼の署名が入っているためである。

つまりこの絵は、友人の肖像であると同時に、自分も画面に入れた二人乗りの記念写真のような性格を持つ。

手前のマックス・シュミットは、実在の競技選手である。この年、大会で優勝している。

題名の「覇者」はそのことを指している。

光が、真横から来ている

光の方向も見ておきたい。

影は左へ長く伸びている。太陽は右手、しかもかなり低い位置にある。

秋の午後である。木の葉は褐色に変わり、枯れかけている。

低い光は、水面に長い反射をつくる。舟の映り込みが縦に伸びるのはそのためだ。

もし真昼の光なら、この静けさは出ない。時刻の選択も、計算のうちだったと考えたい。

何を、描いていないか

この絵で描かれていないものにも触れておく。

水しぶきが無い。波紋も、ごくわずかしかない。

競技用の舟が動けば、必ず水が乱れる。それが描かれていない。

つまりこれは、漕いでいる場面ではなく、手を止めた瞬間である。

動きを止めた状態を選ぶことで、正確な作図が成立する。

ドガが動作の途中を選んだのとは、正反対の判断だ。別のコラムで扱っている。

遠近法を、紙の上で解く

まず、下ごしらえの実物を見てほしい。

〈チェスをする人々〉のための遠近法図
《〈チェスをする人々〉のための遠近法図》1875〜76年。厚紙に鉛筆とインク。縦61センチ、横48.3センチ。トマス・エイキンズ《〈チェスをする人々〉のための遠近法図》メトロポリタン美術館蔵

これは作品ではない。作品を描くための設計図である。

床の線が、画面中央の一点へ向かって集まっている。消失点である。

その線の上に、テーブルが立体として起こされている。脚の位置、天板の四隅。

左には、装飾的な脚のついた小卓。その上に瓶らしきもの。

右上には、椅子が二脚。背もたれの角度まで作図されている。

余白には、数字と細かい書き込みが並ぶ。寸法の計算である。

紙の色は褪せた黄土色で、周囲に汚れとしみがある。作業用の紙だからだ。

線の大半は鉛筆で、要所だけがインクでなぞられている。

床には格子が引かれている。奥行きを等分するための目盛りである。

この格子の上に物を置けば、位置と大きさが自動的に決まる。

作図というより、座標系を用意する作業に近い。

つまり彼は、部屋の中の家具の位置を、幾何学の問題として解いてから絵を描いた。

これは、珍しいことである

念のため書いておくと、こうした作図は多くの画家がやっていない。

風景画でも人物画でも、たいていは目分量で決める。ずれても、絵として成立すればよい。

セザンヌに至っては、視点をひとつに決めないことを選んだ。テーブルの縁が左右でつながらない絵を、署名して世に出している。別のコラムで扱っている。

エイキンズはその正反対にいる。

一枚の絵のために、床の格子を引き、消失点を決め、家具の高さを計算する。

彼はパリで学んだあと、フィラデルフィアの美術学校で教えるようになった。そこでは遠近法を必修として教えている。

パリで、何を学んだか

留学の話も入れておきたい。

1866年から69年まで、彼はパリの国立美術学校で学んだ。指導教員は、当時人気の高かった歴史画家である。

その画家は、東方の風俗を精緻に描くことで知られていた。細部の正確さを重んじる人である。

帰国前にはスペインへ寄り、マドリードでベラスケスを見ている。

暗い背景に人物を置き、光を絞って描く方法。これは帰国後の肖像画にはっきり出ている。

つまり彼の「正確さ」は、二つの源から来ている。フランスの作図の教育と、スペインの絵具の扱いである。