同じ姓が、三度出てくる——トマス・エイキンズの肖像
九点の題に、同じ家の三人が並ぶ。晩年のこの画家は、注文を待たず自分から頼んで座らせたと伝えられる。持ち物はなく、背景は暗く、誰も笑っていない。顔だけが残る肖像を見たい。同じ寸法の布を使い続けた点にも触れたい。

同じ姓が、三度出てくる
九点の題を並べると、同じ姓が三度現れる。
ハッソンという姓である。男性が一点、その妻が一点、そして同じ姓を持つ女性が一点。
三点目の題には、別の姓が括弧で添えられる。結婚後の姓だと考えられる。
つまり、一つの家の三人が、同じ画家に描かれている。
年は1899年、1904年、1905年ごろ。六年ほどのあいだに散らばる。
同じ家の人を、時期を置いて描いている。まとめて注文された仕事ではない。
九点全体の年を見ると、1899年から1908年ごろに収まる。
画家の晩年にあたる。この時期に肖像が集中している。
注文ではない肖像
この画家の晩年の肖像は、注文で描かれたものが少ないと伝えられる。
依頼を待つのではなく、自分から頼んで座ってもらう。
相手は、知人、隣人、同じ職業の人びとである。
描き上がっても、渡されず、画室に残ることが多かったという。
もっとも、館の記録には注文の有無が書かれていない。ここでは伝聞として扱う。
確かめられるのは、描かれた人の顔ぶれである。
家族が三人、聖職者が一人、軍人が一人、医師が一人。
そして、名前の分からない人物が一人いる。
顔ぶれの幅は広い。特定の階層に偏ってはいない。
同じ大きさが、三点
九点の寸法を並べると、三点が同じである。
縦61センチ、横約50.9センチ。差は数ミリしかない。
インチに直せば、二十四掛ける二十になる。当時の胸像の標準的な寸法である。
三点のうち二点は同じ館にあり、一点は別の館にある。
同じ規格の布を使い続けていたことが、数字から分かる。
規格の布は、あらかじめ張られた状態で売られていた。
買ってきてすぐ描ける。準備の手間が省ける。
同じ寸法が続くのは、そうした事情によると考えられる。
もっとも、記録には布の入手先までは書かれていない。

胸から上を描いた肖像である。
女性が正面をやや外して座る。顔はこちらへ向く。
髪は黒く、後ろでまとめられる。額の生え際が高い。
衣は黒で、光をほとんど返さない。袖に細かい襞が入る。
首元には白い襟が立つ。九点のなかで最も明るい部分である。
顔は青白く、頬に赤みがない。
目のまわりに影が落ちる。まぶたが重い。
背景は暗い赤褐色で、右上がわずかに明るい。
装飾は何もない。宝飾も、持ち物も描かれない。
衣の黒は、一色ではない。青みの黒と、褐色の黒が混ざる。
黒を黒だけで塗ると、平らな面になる。色を混ぜると、布の厚みが出る。
この一点では、袖の襞に沿って明るい線が入る。布の張りが示される。
何も持たせない
九点の人物のうち、持ち物のある人物はごく少ない。
手が描かれるのは五点、そのうち物を持つのは二点である。
肖像で持ち物を省くと、人物の職業や暮らしが分からなくなる。
そのかわり、顔と表情に注意が集まる。
九点の多くは、そちらを選んでいる。
持ち物を省くのは、簡略にするためではない。
道具を描けば、その人はその道具の人になる。医師なら医療の道具、船乗りなら海の道具である。
省けば、その人は誰でもない一人の人になる。
顔だけで人を見せるのは、難しい選択である。

男が右を向いて座る。上半身が入る。
顔には濃い髭がある。口のまわりと顎を覆う。
髪は乱れ、額の上で分かれる。
上着は暗い緑褐色で、襟が広い。
内側に白い襟が見える。首元に黒い蝶形の結びがある。
顔には光が斜めから当たる。鼻の右側が明るい。
目は下を見る。視線がこちらに合わない。
背景は褐色で、上部が明るく下が暗い。
輪郭はぼやけ、背景に溶ける部分がある。
光の当て方
九点の人物は、たいてい斜め前から光を受ける。
顔の片側が明るく、反対側が影になる。
背景は暗く、輪郭が沈む。人物が浮かび上がる。
これは画室の窓を使った照明である。屋外の光ではない。
同じ照明が九点に共通している。同じ部屋で描かれた可能性が高い。
大きな二点だけは、事情が違うかもしれない。
聖職者の一点には、背景に板壁と額が描かれる。特定の部屋である。
医師の一点にも、机と椅子が入る。書斎らしい場所である。
胸像の七点には、そうした手がかりがない。

対になる一点である。女性が正面を向く。
髪は褐色で、頭の上でふくらませてまとめる。
衣は淡い黄で、縦の縞が入る。胸元に小さな飾りが留められる。
首元は詰まり、白い布が立つ。
顔は正面を向き、こちらを見る。目に力がある。
口は結ばれ、口角が下がる。
頬から顎にかけて、影が濃い。
背景は暗い褐色で、左上に明るい部分がある。
対の相手と比べると、寸法は一ミリ違うだけである。
縞という細部
いま見た一点の衣には、細い縞が入る。
縞は、描くのに手間がかかる。曲面に沿って線が曲がる。
体の向きに合わせて、縞の間隔が変わる。間隔を間違えると、布が平らに見える。
この一点では、肩から胸にかけて縞が扇状に開く。
細かい観察が入っている。省いていない。
対として描く
夫と妻を同じ大きさで描けば、対になる。
ただし、この二点は制作年が六年離れている。
同じ日に描かれた対ではない。あとから片方を描き足した形である。
それでも寸法をそろえているのは、対にする意図があったからだろう。
館の題も、括弧で夫の名を添えている。

九点の胸像のなかで、最も大きい一点である。
女性が右を向いて座る。顔はこちらへ回る。
肩に黒いレースの布を掛ける。縁に細かい模様が入る。
内側の衣は黄緑がかった色で、光を受ける。
耳には金色の輪の飾りがある。
顔は褐色を帯び、目が大きい。眉が濃い。
右手が下部に見える。腕を組むように置かれる。
背景は暗く、右下に赤い点のようなものがある。
画面の四辺には、絵具の塗り残しが見える。布の縁である。
名前の書き方
九点の題を見ると、女性の題には括弧が付くものがある。
本人の名のあとに、夫の名が添えられる。何某夫人、という形である。
九点のうち二点がその形式である。
一点は、姓だけで、名が書かれていない。夫人、とだけ付く。
名の残り方には、当時の呼び方がそのまま出ている。
縁が塗られていない
いま見た一点では、画面の縁に地の色が残る。
張った布の端まで塗り切っていない。
額に入れれば見えなくなる部分である。だから省いても構わない。
こうした未仕上げの縁は、画家の作業の跡である。
公開画像がそこまで写しているので、見ることができる。

九点で最も小さい部類の肖像である。
女性が正面を向く。肩から上が入る。
髪は暗い褐色で、頭の上に大きくふくらむ。
衣は白で、袖がふくらむ。襟元がゆるく開く。
肩に淡い紫の布が掛かる。
顔は正面を向き、目がこちらを見る。
眉は太く、まっすぐである。口は小さい。
背景は灰緑色で、平らに塗られる。九点のなかで最も明るい背景である。
左上に、小さな文字が書き込まれる。頭文字だと思われる。
明るい背景の一点
いま見た一点だけ、背景が灰緑色である。
ほかの八点は、暗い褐色か黒に近い。
明るい背景にすると、顔の影が弱くなる。輪郭もはっきり出る。
暗い背景では、顔の片側が背景に溶ける。
同じ画家が、両方を試している。九点はその幅を含んでいる。
頭文字の署名
九点のうち、署名らしい文字が見えるのは一点だけである。
姓名の頭を並べた形で、画面の左上に置かれる。
肖像に大きく署名を入れると、絵の邪魔になる。
だから小さく、目立たない位置に置く。
九点のほかの八点では、画像から署名を見つけられなかった。

九点のなかで、明らかに仕上がっていない一点である。
背景は薄い桃色で、下地がそのまま見える。
筆の跡が縦に走る。塗り重ねていない。
中央に、女性が椅子に座る。全身が小さく入る。
衣は黒で、裾が床まで届く。
頭に赤と青の布を巻く。九点のなかで最も鮮やかな色である。
膝の上で両手を合わせる。手元に小さな明るい形がある。
顔は小さく、目鼻がほとんど描かれない。
椅子は木の脚が細く、輪郭だけで示される。
小さな画面
この一点は、縦46.3センチ、横36.2センチである。
九点のなかで最も小さい。胸像の三点より一回り小さい。
小さな布には、全身を小さく描ける。人物の周りに余白が生まれる。
胸像では、顔が画面を占める。余白はほとんどない。
大きさが、人物と空間の関係を決めている。
途中で止まった画面
この一点は、下描きの段階に近い。
輪郭が置かれ、大きな色面が入り、そこで止まっている。
顔の描き込みがないので、誰であるかは分からない。
題も、役割を示す言葉だけである。名前が書かれていない。
未完のまま残ったことが、そのまま題に出ている。

九点で最も大きい一点である。縦は1.8メートルを超える。
人物が椅子に座る。全身が入る。
衣は白と淡い青で、裾が床に広がる。
胸には十字の形の飾りが下がる。鎖が首から掛かる。
頭に小さな帽子を載せる。
左手は椅子の肘に置かれる。右手は膝の上にある。
椅子は木製で、背が高い。
背景は暗い板壁で、右上に額のようなものが掛かる。
床は緑がかった色で、平らである。
座る姿勢
九点のうち、立っている人物は一人もいない。
すべて座っている。椅子か、腰掛けである。
座れば、長い時間同じ姿勢を保てる。描く側にも都合がよい。
同時に、立ち姿より落ち着いた印象になる。動きが止まる。
九点がそろって静かに見えるのは、姿勢の選び方にもよる。
大きさと、立場
九点のうち二点は、全身を大きく描いている。
一点は聖職者、一点は医師である。どちらも社会的な立場のある人物である。
残る七点は、胸像か小品である。
大きな画面は、費用も場所も要る。誰にでも作られるものではない。
大きさが、描かれた人の立場と対応している。

膝から上を描いた肖像である。
男が正面を向いて座る。
頭は禿げ上がり、左右に白い髪が残る。
顎には長く白い髭がある。胸まで届く。
制服は濃紺で、金色の釦が二列に並ぶ。
胸には星形の記章が付く。袖口にも金の線が入る。
腰のあたりに、金色の帯留めのようなものが見える。
両手を体の前で組む。指が太い。
背景は暗く、平らである。
手を、どう置くか
九点のうち五点に、手が描かれる。
膝の上、椅子の肘、体の前。いずれも動いていない。
指の描き方は、顔ほど細かくない。輪郭と影でまとめられる。
それでも、関節の張りや皮膚のたるみは示される。
年齢は、顔だけでなく手にも出る。
制服という情報
九点のうち、制服や職業の装いが描かれるのは二点である。
一点は聖職者の衣、一点は海軍の制服である。
装いが立場を示すので、持ち物は要らない。
残る七点は、日常の服である。立場を示す手がかりが少ない。
だから、それらの肖像では顔だけが情報になる。

九点の最後も、全身を描いた大きな画面である。
年配の男が椅子に座る。脚を組む。
上着は暗い褐色で、前が開く。内側に胴着が見える。
髪は白く、顎に短い白い髭がある。
右手は椅子の肘に置かれる。左手は膝の上にある。
椅子の脇に、机の角が見える。上に何か置かれている。
背景は暗く、上部がほとんど黒い。
床は褐色で、影が広がる。
顔だけが明るく、そこに光が集まる。
額の記録
九点のうち六点には、額の寸法が記録されている。
奥行きは2センチから8.3センチまで幅がある。
大きな画面ほど額が厚いとは限らない。最も厚いのは、最も小さい一点である。
額は、あとから付け替えられるものである。制作当時のものとは限らない。
数字がそろわないのは、そのためだろう。
暗い画面
九点の背景は、いずれも暗い。
明るい背景は、二点だけである。未完の一点と、灰緑の一点である。
暗い背景は、描くのが早い。一色を平らに置けば済む。
同時に、人物の顔が浮かび上がる。効果としても合理的である。
ただし、写真に写しにくい。細部がつぶれる。
誰を描くかを、選ぶ
注文で描くなら、相手は向こうから来る。
自分から頼むなら、相手は自分で選ぶ。
九点の顔ぶれを見ると、そこに好みが表れている。
若く華やかな人はいない。年齢を重ねた顔が多い。
顔に時間の跡がある人が選ばれている、と読むこともできる。
表情の傾向
九点の人物を見比べると、表情に共通する傾向がある。
笑っている人物は一人もいない。口はいずれも結ばれる。
視線も、まっすぐこちらを見るものと、下を見るものに分かれる。
華やかさや愛想は描かれない。
肖像としては厳しい部類である。買い手が喜ぶ絵とは言いにくい。
買い手が喜ばない絵
注文の肖像では、依頼した人が満足しなければ困る。
若く、明るく、健康に描くのがふつうである。
九点の肖像は、その方向を取っていない。皺も、影も、疲れも描かれる。
だから、渡されずに画室に残ったという話にも説得力がある。
もっとも、記録がない以上、そこは断定できない。
描かれた年の並び
九点の年を並べると、後半に集中している。
1899年が二点、1901年から1902年が一点、1904年が一点。
1905年が三点、1906年が一点、1908年ごろが一点である。
1905年の三点は、聖職者、軍人、そして家族の一人である。
同じ年に、性格の違う三点を描いていることになる。
家族が三人
冒頭に触れたハッソン家の三点に戻りたい。
夫、妻、そして同じ姓の女性である。
近しい人を繰り返し描くのは、頼みやすいからである。
同時に、断られない相手でもある。長い時間、座ってもらえる。
九点のうち三点が同じ家であることは、その事情を示している。
遺贈と寄贈
九点は、二つの館に分かれて所蔵されている。
七点がワシントンの館、一点がシカゴの館、一点がニューヨークの館にある。
ワシントンの七点は、額の寸法まで記録されている。書き方が統一されている。
一点だけ、額の寸法がない。所蔵の経緯が違うのかもしれない。
館ごとの記録の癖は、こうした細部に出てくる。
自分で寄贈した絵
この画家が、自分の作品を館へ寄贈した例もある。
その一点については、画家が、自分で寄贈した一点——トマス・エイキンズで扱った。
売れない絵を抱えた画家が、自分で行き先を決める。そういうこともある。
九点の多くも、生前には売られなかったと考えられる。
残ったからこそ、いま並べて見ることができる。
記録の薄い一点
九点のうち一点は、寄贈や受入の情報が取得できなかった。
館の公開情報の側の事情である。当サイトの記録にも入っていない。
そのため、図版の説明にも寄贈者を書いていない。
書けないものは書かない。空欄を推測で埋めない。
記録の濃淡は、作品の重要さとは関係がない。
顔を見るということ
最後に、九点をもう一度並べてみたい。
背景は暗く、持ち物はなく、表情は硬い。
残っているのは顔だけである。皺の位置、目の下の影、口の結び方。
それが、この画家の肖像の中身である。
見る側は、誰であるかを知らなくても、その顔と向き合うことになる。




