二色か三色で、摺る——鳥居清満
紅と緑、そして墨。使える色が三つしかない時代の版画である。色ごとに版を彫るから、増やせば費用が増す。細判、柱絵、横大判という三つの判型を八枚で見ながら、多色摺へ移る途中の姿を確かめたい。完成形より、途中のほうが仕組みが見える。

天秤棒を担ぐ二人
一枚の細長い版画から始めたい。

二人の人物が、並んで立つ。
奥の一人は、天秤棒を肩に担ぐ。
棒の両端には、桶のようなものが下がる。
手前の一人は、腰をかがめる。
そして、足元にも桶が置かれる。
画面の上部には、文字が三行ある。
役者の名が記されているのだろう。
下端には、四角い枠の印がある。
商いの姿
この二人は、何をしているのか。
天秤棒と桶である。
つまり、水か、あるいは何かを売り歩く姿だろう。
館の記録は、役者の名しか示さない。
役柄の説明はない。
だから、演目の内容までは分からない。
見えているのは、荷を担ぐ姿である。
二人を、縦に重ねる
構図を見ておきたい。
細長い紙に、二人を入れる。
そこで、一人を奥、一人を手前に置く。
そして、上下にずらす。
つまり、重ねることで幅を節約する。
横に並べれば、はみ出してしまう。
判型の制約が、配置を決めている。
芝居の一場面
役者絵は、舞台の場面を写す。
役者が、その役の衣裳で立つ。
そして、その姿を紙に留める。
つまり、芝居の広告でもあり、記念でもある。
見た人が買い、見ていない人も買う。
紙の値段は、芝居の木戸銭よりずっと安い。
荷の描き方
足元の桶を見たい。
木の板を輪で締めた形である。
そして、縦の線で板の継ぎ目を示す。
輪は、太い横線で描かれる。
つまり、最小限の線で構造が分かる。
道具を描くときの省略の仕方である。
二色か、三色か
この一枚の色に注目したい。
使われているのは、薄い紅と、緑である。
そして、墨の線。
つまり、三色ほどしかない。
紅摺絵という段階
色の数が少ないのには、理由がある。
版画の色は、色ごとに版を彫る。
つまり、五色なら五枚の版が要る。
版が増えれば、費用も手間も増える。
だから、初期には二、三色に抑えた。
この段階の版画は、紅摺絵と呼ばれる。
色を、面で置く
紅摺絵の色は、面で置かれる。
濃淡はほとんどない。
つまり、平らな色である。
そして、輪郭の墨線が色を囲む。
線が色を閉じ込める構造である。
この作りが、版画の見た目を決めている。
版の位置を、合わせる
色版を使うには、位置合わせが要る。
墨の線と、色の面がずれてはいけない。
そこで、版木に印を彫る。
紙をその印に当てて摺る。
見当と呼ばれる仕組みである。
色の数が増やせるようになったのは、この工夫による。
一七六七年という年
制作年は、一七六七年と記録される。
この二年前に、多色摺の版画が始まったとされる。
つまり、技術が切り替わる時期の一枚である。
にもかかわらず、色は少ない。
新しい技術が、すぐ全面的に置き換わるわけではない。
安価な版画は、少ない色のまま作られ続けた。

赤い衣の一人
二点目は、一人立ちである。
人物が、正面を向いて立つ。
衣は、鮮やかな赤い色である。
そして、丸い紋が三つ見える。
右手に、四角い箱のようなものを持つ。
箱には、屋根の形の飾りが付く。
左には、文字が四行に書かれる。
下端に、赤い印がある。
紋を、三つ置く
衣の紋に注目したい。
胸に一つ、両袖に一つずつ。
つまり、三か所である。
そして、いずれも丸い形をしている。
紋は、役者を示す記号である。
だから、隠れない位置に置かれる。
構図の都合より、識別が優先される。
赤の強さ
この一枚の赤は、強い。
一点目の薄い紅とは違う。
橙に近く、面積も大きい。
つまり、色の使い方が異なる。
同じ絵師でも、一枚ごとに配色を変える。
紙と、演目と、値段に応じてだろう。
縞という模様
衣の裾には、細い縞がある。
そして、太い帯状の模様も見える。
縞は、版画では描きやすい。
平行な線を彫るだけでよいからである。
一方、複雑な花模様は彫るのが難しい。
模様の選択にも、技術の事情がある。
年に付く疑問符
制作年の記録に、疑問符が付く。
一七六〇年ごろか、とされる。
つまり、確定していない。
役者の名と演目から推定したのだろう。
しかし、決め手がない。
当サイトも、記録のとおり疑問符付きで伝える。
持っているもの
右手の箱を、もう少し見たい。
上に小さな屋根が載る。
そして、格子のようなものがある。
祭りの飾りか、あるいは道具だろうか。
館の記録には説明がない。
だから、形の説明にとどめる。
推測で埋めることはしない。

白い衣の一人
三点目は、色が薄い。
人物が、横を向いて立つ。
衣は、ほとんど白に近い。
そして、わずかに黄色がかる。
裾に、細かい模様が散る。
上方には、梅の枝が伸びる。
背後には、縁台のようなものがある。
左には、役者の名が記される。
横顔という選択
三点目の人物は、横を向く。
正面ではない。
そして、視線はやや下がる。
つまり、静かな姿勢である。
一点目や五点目の動きとは対照的である。
役柄によって、姿勢が変わる。
月まで、記録される
この一枚の制作年は、細かい。
一七七一年の二月とある。
つまり、月まで分かっている。
演目の題が記録されているためだろう。
芝居は、月ごとに演目が変わる。
だから、演目が分かれば月が決まる。
版画が、興行の記録にもなっている。
白を、どう出すか
白い衣は、版画では難しい。
紙の色が、そのまま白になるからである。
つまり、白は摺らない。
摺らずに残す。
だから、周囲に色を置いて、白を浮かせる。
三点目でも、背景と裾に色があり、衣が白く見える。
引き算で作る白である。
梅の枝という背景
上方の梅の枝を見たい。
細い線で、枝が描かれる。
そして、小さな花が点で示される。
背景を埋めるためではない。
季節を示す記号である。
二月の興行だから、梅である。
画面の情報は、無駄なく置かれている。
三枚の寸法
ここまでの三枚は、寸法がほぼ同じである。
縦31.1センチ、横13から15センチ。
つまり、細判と呼ばれる形である。
この判型は、当時もっとも数が多かった。
安く、扱いやすく、揃いで買える。
役者絵の基本の寸法である。
極端に細い一枚
四点目は、判型が違う。

縦69.5センチ、横10.2センチである。
つまり、縦横の比が七対一に近い。
きわめて細い。
そこに、一人の人物を縦に収める。
人物は、後ろを向いて帯を結ぶ。
顔だけが、こちらを向く。
上方には、文字と小さな絵がある。
紙を、どう切るか
判型の話を、少し補いたい。
版画の紙は、大きな一枚から切り出す。
そして、切り方で判型が決まる。
細判は、大判を三つに切った形である。
柱絵は、さらに細く切る。
つまり、判型は紙の切り方の名でもある。
柱絵という判型
この細長い紙は、柱絵と呼ばれる。
家の柱に貼るためのものである。
だから、柱の幅に合わせて細い。
そして、上下に長い。
飾る場所が、紙の形を決めている。
当サイトの
太い線と、大きな模様でも、
同じ判型に触れた。
上方の小さな絵
四点目の上部には、文字と小さな絵がある。
黒い塊のような形が見える。
そして、その脇に文字が並ぶ。
狂歌か、俳句だろうか。
館の記録には、記載がない。
だから、読み取れる範囲で書いておく。
後ろ姿を、選ぶ
四点目の人物は、後ろを向く。
そして、帯を結んでいる。
つまり、動作の途中である。
正面ではなく、背面を選んだ理由は何か。
細長い画面では、正面より背面のほうが収まる。
帯の結び目が、画面の中ほどに来る。
そして、上下に衣が伸びる。
判型が、姿勢を決めている。
帯という見どころ
帯は、装いの中心である。
幅が広く、模様も凝る。
そして、結び方に流行がある。
背面を描けば、帯がよく見える。
つまり、この構図は帯を見せるためでもある。
衣裳を売る絵でもあったのだろう。

柱を、担ぐ
五点目は、力の場面である。
人物が、太い柱を肩で押し上げる。
柱は、画面を斜めに横切る。
そして、緑色に塗られている。
人物は、両足を踏ん張る。
背後には、建物の屋根が見える。
足元には、木の床がある。
緑という色
柱の緑に注目したい。
版画の緑は、藍と黄を重ねて作ることが多い。
つまり、二版を重ねる。
そのため、色がわずかにずれることがある。
五点目でも、縁に色の外れが見える。
摺りの精度が、そのまま画面に残る。
動作を、止める
この絵は、動きの絶頂を切り取る。
柱がまさに持ち上がる瞬間である。
体は前に傾き、腕が伸びる。
そして、顔に力が入る。
つまり、静止した絵で力を示す。
線の傾きが、その役割を担う。
柱の斜線、腕の斜線、脚の斜線。
屋根と床
背景を見ておきたい。
上方に、瓦の屋根がある。
そして、下方に木の床がある。
つまり、建物の内と外の境である。
物語の場所を、二つの線で示す。
背景を描き込まないための工夫である。
荒事という様式
歌舞伎には、力を誇張する演技がある。
見得を切り、大きく動く。
そして、顔に太い線の化粧をする。
五点目の顔にも、その線がある。
眉が吊り上がり、目のまわりが赤い。
役柄の性格を、化粧で示す。
一七五五年ごろ
制作年は、一七五五年ごろとされる。
作者は一七三五年生まれと記録される。
つまり、二十歳ごろの仕事になる。
かなり早い時期である。
もっとも、年代は推定である。
断定はできない。

牛に、乗る
六点目は、変わった構図である。
黒い牛が、画面の下半分を占める。
そして、その背に人物が横向きに座る。
人物は、手にした紙を読む。
衣は、赤と黄の大きな模様である。
上方には、梅の枝が伸びる。
下端には、文字を入れた枠がある。
牛の白い部分
牛の体には、白い部分がある。
腹と、脚の付け根である。
つまり、黒一色ではない。
摺り残しで、体の丸みを示す。
黒い面の中に白を残す。
版画らしい立体の作り方である。
黒い面
牛の体は、黒く塗りつぶされる。
つまり、大きな黒い面が画面に入る。
これは、版画では効果が大きい。
周囲の淡い色が、黒の対比で引き立つ。
そして、画面が引き締まる。
一色を大きく使う判断である。
何を読んでいるか
人物が手にする紙は、細長い。
そして、両手で広げている。
題によれば、恋文である。
つまり、物語の一場面である。
牛に乗って手紙を読む。
演目の筋を知らなくても、状況は伝わる。
下端の枠
画面の下には、文字を入れた枠がある。
版元の名や、町の名が入る。
つまり、出版した店の表示である。
版画には、こうした情報がよく残る。
誰が作り、どこで売ったか。
作品そのものが、記録を含んでいる。
動物を、描く
この時期の役者絵に、動物は少ない。
人物と衣裳が中心だからである。
その中で、牛は目を引く。
そして、牛の描き方は簡略である。
輪郭と、脚と、角。
細部は追わない。
主役は、あくまで上に乗る人物である。
横長の二枚
七点目と八点目は、横長である。

縦31.1センチ、横43.2センチである。
つまり、横が縦の一・四倍ある。
そこに、大勢の人物が並ぶ。
左には、階段に腰かける人々。
そして、右上に大きな鐘が吊るされる。
中央には、立つ人物と座る人物。
奥には、桜の木がある。
桜と、鐘
奥の桜にも触れておきたい。
枝が横に伸び、花が点で示される。
そして、その左に鐘がある。
桜は季節、鐘は演目。
二つの記号が、同じ画面に並ぶ。
情報の密度が高い絵である。
大勢を、小さく描く
一人立ちの絵とは、作り方が違う。
人物が十人ほど描かれる。
そして、一人ひとりは小さい。
顔は数ミリしかない。
つまり、個々の役者を見せる絵ではない。
場面そのものを見せる絵である。
鐘という道具
右上の鐘に注目したい。
大きく、円筒形である。
そして、太い綱で吊るされる。
道成寺の物語には、鐘が出てくる。
つまり、鐘は演目を示す記号である。
見る人は、鐘を見て演目が分かる。
衣裳の描き分け
十人ほどの人物を見比べたい。
衣の模様が、それぞれ違う。
縞、格子、花、そして無地。
つまり、模様で人物を区別している。
顔は小さく、描き分けられない。
だから、衣が識別の手がかりになる。
階段の使い方
左側の階段が、構図を作る。
人物が、段に沿って並ぶ。
そして、奥へ行くほど高くなる。
つまり、階段が奥行きを示す。
平らな画面に、段差で深さを与える。
背景を描かずに空間を作る工夫である。

子どもたちの行列
八点目も、横長である。
家の前を、行列が進む。
先頭に、傘を掲げる人物。
そして、その後ろに数人が続く。
いずれも、背が低い。
つまり、子どもである。
左右には、大人らしき人物が立つ。
奥には、梅の木と障子が見える。
傘という中心
先頭の傘に注目したい。
長い柄の先に、開いた傘がある。
そして、画面の中で最も高い位置にある。
つまり、視線が最初にそこへ行く。
行列の先頭を示す印である。
大名行列では、道具を掲げて進む。
その形を、子どもが真似ている。
遊びを、描く
題によれば、大名行列の真似をする遊びである。
つまり、芝居の場面ではない。
日常の光景である。
役者絵の絵師が、こうした絵も描く。
版元の注文に応じて、題材を変える。
一人の絵師が、複数の分野を手がけていた。
建物の描き方
背景の建物を見たい。
障子の桟が、細かい線で描かれる。
そして、床の板も線で示される。
つまり、直線が多い。
その直線が、人物の曲線と対比される。
画面に、硬さと柔らかさが同居する。
左右の大人
画面の左右には、背の高い人物がいる。
いずれも、衣が長い。
そして、行列を見ている。
つまり、見物する側である。
描かれているのは、遊びと、それを見る目である。
構図に、二つの層がある。
定規を、使う
建物の線は、まっすぐである。
版下を描くとき、定規を当てたのだろう。
そして、彫師がその線を彫る。
人物の線は筆で、建物の線は定規で。
二種類の線が、一枚に共存する。
版画の画面は、こうして作られる。
八枚を、並べる
最後に、八枚をまとめておきたい。
判型は、細判が五枚。
柱絵が一枚。
そして、横長が二枚。
つまり、同じ絵師が三つの判型を使い分けている。
収蔵の来歴
八枚の館への入り方も、まとめたい。
五枚が同じ個人の収集から一九一一年に。
二枚が一九一八年、一枚が一九一四年である。
つまり、十年たらずで揃っている。
日本の版画が欧米で集められた時期にあたる。
まとまって残ったから、比較ができる。
判型が、内容を決める
判型と内容の関係を、整理したい。
細判には、一人か二人が立つ。
柱絵には、一人が縦に伸びる。
横長には、大勢が並ぶ。
つまり、紙の形が描く内容を決めている。
絵師は、まず紙の形を受け取る。
そして、その中で何を描くかを決める。
色の数
色についても、まとめておきたい。
八枚とも、色数は多くない。
紅、緑、黄、そして墨。
四色を超える面は、ほとんど見当たらない。
多色摺が始まった後の作もある。
それでも、色は抑えられている。
誰が名を継ぐか
鳥居派には、名を継ぐ習慣がある。
初代、二代、三代と続く。
そして、同じ画風を守る。
だから、作品の帰属が難しくなることがある。
館の記録も、推定を含む場合がある。
当サイトは、記録の表記をそのまま伝える。
五十年の位置
この絵師は、一七三五年から一七八五年の人と記録される。
つまり、活動は十八世紀の後半である。
初期の役者絵からは、五十年ほど後になる。
そして、写楽や豊国からは三十年ほど前である。
版画が、少ない色から多色へ移る時期にあたる。
その途中の姿が、この八枚に残っている。
途中を、見る
美術の歴史は、名高い作品で語られやすい。
しかし、その間には長い途中がある。
八枚は、その途中の記録である。
色が二つか三つしかない画面。
紙の形に合わせた構図。
紋で人を示す方法。
いずれも、次の時代へ渡された条件である。
完成した姿より、途中のほうが仕組みが見える。


