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ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》の解説——鏡は何を映しているのか

ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》を解説します。ワシントンのナショナル・ギャラリーにある一点を館の記録と画面から読み、鏡が映す髑髏、髑髏の陰に隠れた炎、同じ主題を昼の光で描いたヴーエの一点までをたどります。

悔悛するマグダラのマリア
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》は、ワシントンのナショナル・ギャラリーにある一点である。暗い室内に、髑髏と鏡と炎が置かれる。明るいのは、鏡の中とその周りだけである。

悔悛するマグダラのマリア
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》1635年から1640年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。113×92.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛するマグダラのマリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面の右に、若い女が横向きで座る。長い栗色の髪が肩にかかり、生成りの衣の胸元が開く。右手で顎を支え、左手は卓の上の髑髏にかかる。髑髏は厚い本の上にのる。その向こうに、炎の先だけが見える。左には木の枠の鏡が立つ。

《悔悛するマグダラのマリア》はどこで見られるか

ワシントンのナショナル・ギャラリーにある。館の記録では、カンヴァスに油彩、縦113センチ、横92.7センチである。制作は1635年から1640年ごろとされる。作品ページは《悔悛するマグダラのマリア》から開ける。

館の記録の番号は1974.52.1で、1974年に館が購入した。購入の資金は、エイルサ・メロン・ブルースの基金である。

1993年、館は画家の生誕400年に合わせ、この絵を主役にした小さな展覧会を開いた。同じ年から翌年にかけて、この絵はロサンゼルス郡立美術館の「ラ・トゥールのマグダラたち」と題した展示にも出ている。

貸し出しはその後も続いている。館の展覧会記録では、2016年にマドリードのプラド美術館、2020年にミラノ王宮のラ・トゥール展へ出品された。画家の大きな回顧展があると、この絵が呼ばれることが多い。

展示はいつもあるとはかぎらない。館の都合で壁から下りることも、ほかの館へ貸し出されることもある。確実に見たいときは、行く前に館の展示情報をあたるほうがよい。

当サイトが図版に使えるのは、館が権利の制約なく公開した画像(CC0)だけである。同じ主題の名作でも、館が公開していなければここでは見せられない。当サイトは美術館の公式サイトではない。

この絵はどうしてワシントンにあるのか

フランスの個人の持ち主を何代か経て、1974年に館が買い取ったからである。館の来歴の記録で、その道筋をたどれる。

いちばん古い手がかりは、木枠の裏にある。パリで画材店と修復を営んだアロ父子の刷り込みの印が残り、その帳簿の1877年10月9日の記載が、最初の持ち主を伝える。

それによると、1877年にはコランクール侯爵家にあった。1911年までに、その姉妹のアンディニェ伯爵夫人へ受け継がれた。

その後パリの美術市場に出て、1936年までにアンドレ・ファビウスの手に入る。ファビウスの持ち物だった間も、この絵はたびたび展覧会に出ている。1951年にはミラノの「カラヴァッジョとカラヴァッジョ派」展と、ピッツバーグのカーネギー研究所のフランス絵画展に出た。1953年にはブリュッセル、1958年にはストックホルムの展覧会にも貸し出されている。1972年にパリのオランジュリー美術館で開かれたラ・トゥール展では、「ファビウスのマグダラ」の名で出品された。

広く知られるようになったのは、1937年である。この年、パリの「フランス美術の名品」展に出品された。同じ年に、研究者シャルル・ステルランが英国の美術誌に「ラ・トゥールの新しい一点」として論文を書いている。

1974年に館が買い取ると、フランスの新聞には「さよなら、マドレーヌ」と題した記事が出た。館の文献一覧に、その記事が載っている。マドレーヌはマグダラのマリアのフランス語での呼び名である。

ラ・トゥールはこの主題を何度描いたか

少なくとも四点が知られている。ワシントンのほか、パリのルーヴル美術館、ロサンゼルス郡立美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある。

1998年、メトロポリタン美術館はこの四点を一堂に集めた。ワシントンの館の展覧会記録に、「ろうそくの光の中の回心」と題した展示として残っている。

メトロポリタン美術館の一点は、館の記録で1640年ごろの作、縦133.4センチ、横102.2センチである。1978年にライツマン夫妻が贈った。ろうそくの炎と、鏡に映ったその炎が並ぶ。1961年にこの絵を紹介した論文の題から、「二つの炎のマグダラ」とも呼ばれる。

ロサンゼルスの一点は、館の題で「煙る炎のマグダラ」という。館の記録では1635年から37年ごろの作である。女は膝の上の髑髏に手を置き、ガラスの器の中で燃える炎を見つめる。

ロサンゼルスの館の解説は、髑髏と聖書と鞭が場の空気を作るとしつつ、絵の本当の主題は女が見つめる炎だと書く。その炎を、十字架の聖ヨハネが詩に書いた「愛の生ける炎」と結びつけている。ルーヴルの一点も、膝に髑髏をのせ、炎を見つめる構図である。

四点を並べると、鏡を使うのはワシントンとニューヨークの二点である。そのうち鏡に髑髏を映すのは、ワシントンの一点だけである。ワシントンの館は、1996年の展覧会でこの絵を「鏡の前のマグダラ」の題で出している。

四点のマグダラはどう見分けるか

呼び名と、炎の見え方で見分けられる。四点とも夜の室内で、女は横を向いて座り、髑髏がそばにある。違うのは、炎の置き方と鏡の有無である。

ワシントンの一点は、炎がほぼ隠れ、鏡に髑髏が映る。かつての持ち主の名から「ファビウスのマグダラ」、鏡から「鏡の前のマグダラ」と呼ばれてきた。寸法は113×92.7センチで、四点の中では小さいほうである。

ニューヨークの一点は、ろうそくの炎がそのまま見え、鏡にもう一つの炎が映る。「二つの炎のマグダラ」と呼ばれるのはこの絵である。133.4×102.2センチで、四点の中で最も大きい。

ロサンゼルスの一点は、ガラスの器の炎から煙が上がる。館の題は「煙る炎のマグダラ」で、寸法は117×91.76センチである。

ルーヴルの一点は、フランス語で「常夜灯のマグダラ」と呼ばれる。フランス国立美術館連合の写真記録では、寸法は128×94センチである。

四点は題がよく似ていて、図版だけ並ぶと取り違えやすい。どの館の絵かを確かめるには、鏡が描かれているか、炎がいくつ見えるかを見るのが早い。

鏡は何を映しているのか

髑髏と、その下の本を映している。館の記録の画像説明も、鏡が髑髏と本を映すと書く。

鏡の中の髑髏は、斜めの向きで明るく浮かぶ。手前の実物の髑髏は炎を背にしているので、黒い塊になる。同じものが、暗い実物と明るい像の二つで画面に出ている。

鏡はふつう、見る人の顔を映す道具である。ここでは女の顔は映らない。女は鏡のほうへ顔を向けているが、枠の中にあるのは髑髏である。

鏡の枠には金具がつき、角だけが光る。枠のわきには、取っ手のついた器が置かれる。鏡の中では、髑髏の下に細い紐のようなものも見える。

見るときは、まず鏡の中を見て、次に手前の髑髏へ目を戻すとよい。明るい像を先に見ると、黒い実物が同じ髑髏だと気づくまでに一瞬の間がある。その間に、見る側も女と同じく、鏡ごしに死を見ていることになる。

鏡は、絵の中にもう一枚の絵を作っている。枠で囲まれた面の中に、髑髏と本と紐が納まる。その小さな画面のほうが、外の部屋より明るい。

髑髏と鏡は何を示すのか

所蔵館の解説は、髑髏と鏡を「ヴァニタス」の印とする。ヴァニタスは、命のはかなさを思い出させる品々を指す。そのうえで、炎の光にも信仰の上の意味があると書く。

マグダラのマリアは、福音書でイエスの墓を訪れ、復活に立ち会った女性である。館の解説によれば、伝説では身を持ち崩した暮らしを送り、姉のマルタに勧められてイエスの教えを聞いた。のちに最も忠実な弟子の一人となり、罪を赦された。

館の解説は、1600年代のカトリック教会でマグダラが悔い改めた罪人の手本とされ、告解の秘跡の象徴になったと書く。題にある悔悛とは、過ちを悔いる姿を指す。

館の解説は続けて、ラ・トゥールの徹底した写実が、宗教の寓意を誰にでも近づきやすいものにしたと書く。髑髏は本物の骨の重さで、本は使い込んだ厚みで描かれる。教えを知らない人にも、置かれた物の手ざわりから場面が伝わる。

この話に沿えば、鏡は捨てた装いの道具になる。ただしこの絵の鏡が映すのは顔ではなく髑髏であり、先に見たように役目が入れ替わっている。

クリーヴランド美術館の記録も、隠者としての悔悛のマグダラは1600年代にたいへん好まれた型だと書く。同じ館は、後で挙げるヴーエの絵について、髑髏は命のはかなさと持ち物の無価値を示すと記す。

ただし、画面が語るのはそれだけではない。女は髑髏を直接見ていない。視線は鏡のほうへ向き、手だけが髑髏に置かれたまま動かない。

当サイトは、この絵の意味を一つに決めない。確かめられるのは、鏡と髑髏と火が一つの卓にまとめて置かれ、その三つが互いの見え方を変えていることである。

置かれ方にも手が入っている。髑髏は本の上にのり、卓の面より一段高い。女の手はその高さに合わせて上がる。三つの品は、見やすい高さにそろえて並べられている。

光はどこから来ているのか

一本のろうそくからである。館の画像説明は、光源をほとんど髑髏の陰に隠れたろうそくとする。見えるのは炎の先端だけである。

館の解説は、この光が女の顔と卓の品々に金色の照りを与え、信仰の上の意味も帯びると書く。だから手前は暗く、向こう側が明るい。光は女の袖と頬、本の上の面、鏡の中を照らす。髑髏に置いた左手は、光を背にして影絵のように浮かぶ。

画面の下三分の一には、ほとんど色が見えない。暗い面積のほうが広い絵である。

明るい部分は、画面の上半分に横一列に並ぶ。鏡、髑髏、本の上面、白い袖、頬の順である。縦113センチの画面に、その帯が一本だけ通る。

人物の形も単純である。肩から腕、腕から膝へ、太い塊が続く。顔の作りは細かく描かれるが、服のひだはほとんど省かれる。

館の解説は、形を単純にし、色を絞り、細部に目を配ることで、ラ・トゥールにしかない静けさが生まれると書く。形の量感と左右の釣り合いは、同じ時代のフランスの絵の特徴でもある、とも記す。

忘れられていた画家

ラ・トゥールは1593年にロレーヌ地方のヴィック=シュル=セイユで生まれ、1652年にリュネヴィルで没した。生地と没地は、メトロポリタン美術館の作家の記録による。

生前は名を知られていたが、死後は長く忘れられた。作品の多くは、作者が分からないまま残った。名が掘り起こされたのは20世紀に入ってからである。1915年から、ドイツの研究者ヘルマン・フォスが論文で作品と名前を結びつけていった。

それ以後、作品の帰属は一点ずつ見直されてきた。当サイトの二点のうち、クリーヴランドの《悔悛する聖ペテロ》は館の記録で1645年と年が一つに決まる。ワシントンの一点は、年代に五年の幅がある。

同じ画家の別の一点では、火の出どころが隠されていない。

悔悛する聖ペテロ
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛する聖ペテロ》1645年。館の記録では、カンヴァスに油彩。114×95センチ。番号は1951.454。クリーヴランド美術館蔵。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《悔悛する聖ペテロ》クリーヴランド美術館蔵

ここでは角灯の中に火が入る。火は床に近い位置から老人を照らす。館の記録では、ペテロはイエスが捕らえられた夜に、知らないと言った人物である。記録は、赤く縁どられた目と角灯の頼りない光が、眠れない夜を思わせると書く。わきの鶏は、その予告を指すと記録は説明する。

同じ館の記録は、ラ・トゥールがフランス北東部でほぼ孤立して仕事をしたと書く。カラヴァッジョに学んだほかの画家と違い、イタリアの画家との結びつきははっきりしない。夜の光を描く画家だが、その手法をどこで得たのかは分かっていない。

この絵の来歴も、館の記録で追える。ロンドン郊外のダリッジの学寮にあった可能性があり、その後イギリスの牧師チェイフィの家に伝わった。1951年に画商ノードラーを経て、同じ年にクリーヴランド美術館が買い取った。

両館の展覧会記録を見ると、この聖ペテロとワシントンのマグダラは同じ展覧会に出ている。1996年にワシントンで開かれた「ラ・トゥールとその世界」展である。

聖ペテロは日本にも来ている。クリーヴランドの記録では、2005年に東京の国立西洋美術館で開かれたラ・トゥール展に出品された。

同じ主題をほかの画家はどう描いたか

聖マグダラのマリア
シモン・ヴーエ《聖マグダラのマリア》1630年ごろ。館の記録では、板に油彩。130.8×103.5センチ。番号は1988.108。クリーヴランド美術館蔵。シモン・ヴーエ《聖マグダラのマリア》クリーヴランド美術館蔵

こちらは昼の光である。女は橙色の布をまとい、顔を上へ向ける。卓には蓋つきの壺と髑髏と開いた本が並ぶ。背景には木と空が見える。

館の記録では、ヴーエはローマで数年働いたのち、1627年にフランスへ呼び戻され、国王ルイ十三世の宮廷画家になった。この絵は帰国からまもなくの作である。記録は、大きな人物を一人だけ手前に置く構えをカラヴァッジョの影響とし、明るい色はフランスの好みに合わせたものと説明する。

この絵は1769年までにパリの侯爵家にあり、のちブルゴーニュの城館に伝わった。1978年と1987年にパリの競売に出て、1988年に館へ入っている。

品の並べ方も違う。ヴーエの絵では、壺と髑髏と本が人物の横に広がる。顔は上を向き、視線は画面の外へ抜ける。ラ・トゥールの絵では、品が一か所に寄せられ、視線はその中の鏡に向かう。

二点を並べると、同じ主題でも扱いが違うとわかる。ヴーエは外の光で描き、ラ・トゥールは一本の火で描く。ラ・トゥールの絵では、置かれたものの大半が闇に沈む。

どちらが正しい描き方か、という問いではない。見る側にできるのは、画面に何が入れられ、何が省かれたかを数えることである。髑髏はどちらにもあり、空はラ・トゥールの絵に無い。

光と闇の分け方はレンブラントの代表作と特徴でも扱った。室内に入る光のたどり方はフェルメール《水差しを持つ女》の解説で確かめられる。ほかの作品はジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品一覧から見られる。

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