作品を知る

白は、金属から来る——ガルビエーリ・デ・メナ・ターナーほか九点

鉛から鉛白、錫から白い釉、そして銀はそのまま白い。白い材料をめぐる九点を数えると、六点までは白が金属につながり、そのうち二点は空気の中で黒く変わっていた。館の記録は変色したことまで材料の欄に書き込んでいる。明るいはずの場所から先に暗くなる記録である。

皿
エイモス・トレッドウェイ《皿》メトロポリタン美術館蔵

灰色の皿が、光を鈍く返している

浅い皿である。

高さは3.8センチ、直径は33.7センチある。

底は平らで、広い。

縁は少し立ち上がり、外へ反る。

反りの部分に、細い段が一周する。

色は灰色である。

銀のように白くはない。

錫のように青くもない。

光は返るが、像は結ばない。

面はわずかに波打っている。

中央に、薄い曇りがある。

縁の一部には、細かい傷が集まる。

装飾は、どこにもない。

文様も、彫りも、色もない。

形だけでできた皿である。

裏には、作り手の刻印があるはずである。

表からは見えない。

館の記録も、刻印には触れていない。

書かれているのは、作り手の名と年の幅だけである。

皿
エイモス・トレッドウェイ《皿》1760年から1808年。館の記録では、ピューター。高さ3.8センチ、直径33.7センチ。番号は43.162.39。メトロポリタン美術館蔵。エイモス・トレッドウェイ《皿》メトロポリタン美術館蔵

館の記録では、材料はピューターの一語である。

ピューターは、錫を主とする合金である。

そこに、銅や鉛が少し混ぜられる。

鉛を多く入れると、やわらかくなり、色が暗くなる。

少なくすれば、明るく硬くなる。

この皿の灰色は、その配合の結果である。

配合は、作り手ごとに違う。

同じピューターでも、色が一つに定まらない。

そして年の欄は、1760年から1808年と幅がある。

四十八年のあいだのいつか、としか分からない。

白は、どこから来るのか

この一枚を出発点に、白い材料をめぐる九点を数えていく。

白は、絵にも器にも彫刻にも要る。

そして白の多くは、金属から来る。

鉛を酸で処理すれば、鉛白ができる。

錫を釉に混ぜれば、白く濁った面ができる。

石灰や白亜は、金属ではないが白い。

先に言ってしまうと、九点のうち、白い材料が使われているのは六点である。

二点では、白は金属そのものの色である。

一点では、白は紙の色である。

つまり九点で、白の出どころは四通りに分かれる。

足す白、覆う白、隠れる白、そして残す白である。

同じ白でも、置き方がまるで違う。

鉛の白が、時間で暗くなる

二点目は、素描である。

衣を剥がれるキリスト
ロレンツォ・ガルビエーリ《衣を剥がれるキリスト》制作年不詳。館の記録では、ペンと茶インク、筆と茶の淡彩、黒チョーク、鉛白による白上げ。一部変色。褐色の簀の目紙、灰色の織紙に貼付。35.8×45.3センチ。番号は1922.5451。シカゴ美術館蔵。ロレンツォ・ガルビエーリ《衣を剥がれるキリスト》シカゴ美術館蔵

横長の紙である。

35.8×45.3センチある。

紙の色は、黄褐色である。

画面の中央に、人物の群れがある。

中央の人物は、上半身が裸である。

腕を曲げ、体をひねる。

そのまわりに、数人が立つ。

一人は、布を引っ張る。

一人は、槍らしい棒を持つ。

奥には、階段と柱がある。

線は茶色のインクで引かれている。

その上に、茶の淡彩が広く塗られる。

影の濃いところは、二度三度と重ねられている。

淡彩の縁には、筆の止まった跡がある。

乾いてから重ねたことが分かる。

明るいところには、白が置かれている。

その白は、いま白くない。

灰色に、あるいは黒く沈んでいる。

館の記録は、材料をきわめて細かく書いている。

ペン、茶のインク、筆、茶の淡彩、黒チョーク。

そして鉛白による白上げ、一部変色とある。

紙は褐色の簀の目紙で、灰色の織紙に貼られている。

館の記録は、そう書いている。

つまり館は、変色していることを材料の欄に書き込んでいる。

鉛白は、空気中の硫黄と反応して黒くなる。

もっとも明るいはずの部分が、もっとも暗くなる。

九点のうち、白が反転しているのは、この一点である。

作者が置いたときには、紙より明るかったはずである。

いまは、紙より暗い。

明暗の関係が、逆になっている。

見る側は、その逆転を頭の中で戻して見ることになる。

白を刷らずに残す方法については、刷らない白で扱った。

錫の白が、器を覆う

三点目では、白は釉である。

球形の貯蔵壺
ドメネゴ・ダ・ヴェネツィア《球形の貯蔵壺》1560年から80年ごろ。館の記録では、錫釉陶器(マヨリカ)。平均25.4センチ。番号は1939.178。クリーヴランド美術館蔵。ドメネゴ・ダ・ヴェネツィア《球形の貯蔵壺》クリーヴランド美術館蔵

丸い壺である。

大きさは、平均25.4センチである。

胴はほぼ球で、口はすぼまる。

口の縁は外へ反り、輪になる。

底は小さく、平らである。

地は白い。

その上に、青と黄と褐色で文様が描かれる。

胴の正面に、円い枠がある。

枠の中に、人の顔がある。

顔は正面を向き、目を大きく開く。

髪は乱れ、頭に羽根らしいものが載る。

枠のまわりには、渦巻く葉の文様が広がる。

黄色い部分は、太い筆で塗られている。

青い部分は、細い線で描かれている。

線は途切れず、輪郭をなぞる。

塗り残しはほとんどない。

館の記録では、この時代、富と洗練を示そうとした人びとが、食事と飾りと貯蔵のために陶器を注文した。

それらはマヨリカと呼ばれる。

地中海の島の色鮮やかな陶器に似ていたためである。

そして館は、釉について書いている。

これらの器は錫釉で覆われており、その釉が不透明な白い面を作る。

その上に、色鮮やかな装飾を描くことができたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり白は、土の色ではない。

土は褐色である。

錫を混ぜた釉が、土を覆って隠す。

隠したうえで、その白の上に描く。

白い紙に描くのと、条件が同じになる。

焼き物でありながら、絵画に近い作り方である。

九点のうち、白が絵の地になっているのは、この二点である。

同じ白が、別の土地で使われる

四点目も、錫釉である。

瓶
デ・フリークセ・アー窯、サミュエル・ファン・エーンホールン《瓶》1678年から85年ごろ。館の記録では、錫釉陶器(デルフト陶)。31.4×15.2センチ。番号は1930.965。シカゴ美術館蔵。《瓶》シカゴ美術館蔵

首の長い瓶である。

高さ31.4センチ、幅15.2センチある。

胴は丸く、下がすぼまる。

そこから、細い首がまっすぐ立つ。

首の途中に、一段膨らみがある。

上には、小さな蓋が載る。

蓋の頭は、丸い玉である。

地は白い。

文様は、すべて青一色である。

胴の正面に、円い枠がある。

枠の中に、岩と木と小さな人物が描かれる。

枠のまわりは、細かい草花の文様で埋まる。

首にも、同じ細かい文様が回る。

線は細く、濃淡が付く。

濃いところは、筆を強く押した部分である。

薄いところは、輪郭の外側に多い。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は錫釉陶器で、この土地の名が添えられる。

つまり先の壺と、同じ技術である。

違うのは、色数である。

先の壺は青と黄と褐色を使った。

この瓶は青だけである。

白と青の二色だけで、面が構成されている。

二色しかないので、明暗は青の濃さで作られる。

先の壺では、黄と褐色が明暗を担っていた。

色数が減ると、一色の役目が増える。

九点のうち、白い釉が使われているのは、この二点である。

白亜と膠が、彫刻の下地になる

五点目では、白は下地である。

アルカンタラの聖ペトロ
ペドロ・デ・メナ《アルカンタラの聖ペトロ》1663年から70年ごろ。館の記録では、彩色木彫、象牙と硝子を用いる。全体は72.2×32×32センチ。番号は2009.81。クリーヴランド美術館蔵。ペドロ・デ・メナ《アルカンタラの聖ペトロ》クリーヴランド美術館蔵

立像である。

高さは72.2センチある。

痩せた修道士が立つ。

頭は剃られ、後頭部に細い髪が残る。

顔は骨が浮き、頬がこけている。

目は硝子で、光を反射する。

睫毛が一本ずつ植えられている。

首は細く、皮が垂れる。

体は、粗い布の衣に包まれる。

衣は褐色で、表面がざらついている。

肩から、大きな頭巾が垂れる。

右手に、開いた本を持つ。

本の縁は赤い。

左手は胸の前で開く。

頭の後ろには、細い金属の輪がある。

輪は細く、後から取り付けられている。

木彫の一部ではない。

館の記録では、この国のこの時代の彩色木彫は、主任の彫刻家のもとで職人たちが分担して作った。

まず彫刻家が、多くの木片を複雑な形に彫る。

絵の具がよく付くように、その木片を薄く石膏で覆う。

石膏は、白亜と、動物の膠を混ぜたものである。

下の細やかな彫りは、そのまま保たれる。

そして館は、顔の面について書いている。

この聖人の顔の粗い表面は、年齢と苦難を表している。

それは石膏を筆で荒らして作られた。

硝子の目は、おそらく輸入品で、顔の木片を取り付ける前に裏から差し込まれた。

最後に睫毛が加えられ、写実がさらに進められた。

画家は、粗い麻布の見えかたを独特のやり方で作り、黄色い筆触を面から立ち上げた。

肌の色は、より滑らかな筆で作られている。

館の記録は、そう説明している。

つまり白亜の層は、いま見えない。

彩色の下に、全面にある。

厚さは、ごく薄い。

厚ければ、彫りの細部が埋まってしまう。

そして顔の面だけは、筆で荒らされている。

つまり白亜は、下地でありながら、質感も作っている。

隠れているが、働いている。

九点のうち、白が完全に隠れているのは、この一点である。

鉛は、白ではなく重さになる

六点目では、鉛は色に使われていない。

プリンス・オブ・ウェールズ(のちのジョージ四世)のフリントロック式ピストル一対
ドゥルス・エッグ《プリンス・オブ・ウェールズのフリントロック式ピストル一対》1793年から94年の刻印。館の記録では、鋼、木、銀、金、角、鉛。全長35.6センチ、銃身22.5センチ、重さ949.7グラム。番号は35.81.1。メトロポリタン美術館蔵。ドゥルス・エッグ《プリンス・オブ・ウェールズ(のちのジョージ四世)のフリントロック式ピストル一対》メトロポリタン美術館蔵

短銃が二挺、並んでいる。

一挺の全長は35.6センチである。

銃身の長さは22.5センチ、重さは949.7グラムある。

銃身は八角形で、灰色に光る。

握りは赤褐色の木で、下へ曲がる。

握りの後端には、銀の金具が付く。

金具には、細かい彫りがある。

引き金の輪も銀である。

火打ち石を挟む部品が、右側に立つ。

その下に、皿の形の受けがある。

木と金属の境には、細い銀の線が入る。

二挺は、形も大きさもほとんど同じである。

ただし、口径だけがわずかに違う。

館の記録では、15.7ミリと16.2ミリである。

対として作られても、寸法は完全には一致しない。

館の記録では、材料は鋼、木、銀、金、角、鉛の六つである。

木は胡桃と紫檀の二種である。

つまり鉛は、六番目に挙げられている。

鉛は、握りの中や銃身の詰め物に使われる。

重さを調整するためである。

やわらかいので、狭い場所にも詰められる。

そして比重が大きいので、少ない体積で重くなる。

手に持つ道具では、その重さが釣り合いを決める。

九点のうち、鉛が材料として書かれているのは、この一点である。

そして白としては使われていない。

短銃の対については、対の短銃で扱った。

金と銀が、紙の上で光る

七点目では、白は銀である。

ルスタムの第七の難業 白い魔物を倒す(フィルダウスィー『王書』より)
アブド・アルヴァッハーブ《ルスタムの第七の難業、白い魔物を倒す》1522年から37年。館の記録では、紙にガムテンペラ、インク、金、銀。紙は47.5×32.2センチ、画は28.4×18.5センチ。番号は1988.96.a。クリーヴランド美術館蔵。アブド・アルヴァッハーブ《ルスタムの第七の難業 白い魔物を倒す(フィルダウスィー『王書』より)》クリーヴランド美術館蔵

一葉の写本である。

紙は47.5×32.2センチ、画は28.4×18.5センチである。

画面の上下と左右に、文字の欄がある。

文字は四角い枠に収まる。

中央に、絵がある。

絵の輪郭は、四角ではない。

岩の形に沿って、上へはみ出す。

画面の中央に、大きな白い体の魔物がいる。

体には、黒い斑がある。

その上に、人物が乗る。

人物は短剣を構える。

まわりの岩は、青と紫と橙で塗り分けられる。

岩の縁には、細い金の線が入る。

左下には、馬がいる。

馬は白く、鞍を置いている。

手綱は垂れ、地に届く。

右上の岩陰に、小さな顔が三つのぞく。

顔は小さく、目だけが見える。

館の記録も、その三つに触れている。

館の記録では、この英雄は魔物の長の肝の血を奪う。

王の失明を治すために必要だったからである。

そして館は、この写本の絵が、当時から色の鮮やかさと洗練で称えられたと書いている。

この本に関わった画家のうち七人は、のちに別の国へ移った。

そして新しい工房を率いたという。

そこで、より複雑な色の感覚を伝えたともいう。

横顔ではなく、斜めから見た顔を好んだともいう。

館の記録は、そう説明している。

材料の欄には、金と銀の両方がある。

銀は、いま黒く変わっていることが多い。

鉛白と同じ理屈である。

この一葉で、銀がどこに使われているかは分かりにくい。

岩の縁の線は、金である。

銀は、水面か鎧か、あるいは魔物の体かもしれない。

館の記録は、そこまで書いていない。

黒鉛が、下描きに残る

八点目では、白は使われていない。

ゴードン暴動を率いるバーナビー・ラッジ
チャールズ・グリーン《ゴードン暴動を率いるバーナビー・ラッジ》1884年。館の記録では、水彩、黒鉛の痕跡。紙は25.4×17.6センチ。番号は2013.238。クリーヴランド美術館蔵。チャールズ・グリーン《ゴードン暴動を率いるバーナビー・ラッジ》クリーヴランド美術館蔵

縦長の水彩である。

紙は25.4×17.6センチしかない。

画面いっぱいに、人が集まる。

中央の人物は、緑の上着を着る。

腕を上げ、口を開く。

その手に、青い旗の竿がある。

旗は上へ大きく広がる。

まわりの人物は、帽子をかぶる。

上着は青、赤、白と色が分かれる。

手には、棒や道具を持つ。

背後には、煉瓦の建物が並ぶ。

建物の窓は小さく、規則正しい。

地面は明るく、影が短い。

色は、どれも薄く置かれている。

紙の白が、下から透けている。

館の記録では、この画家は白黒の挿絵で最も成功した一人だった。

とくに、ある作家の小説にかかわる図で知られたという。

そして館は、この素描の主題について書いている。

その作家の歴史小説にもとづき、ある暴動を扱っている。

館の記録は、そう説明している。

材料の欄は、水彩と黒鉛の痕跡である。

黒鉛は、鉛ではない。

炭素である。

しかし名にも、鉛筆という語にも、鉛が入っている。

九点のうち、名前だけが鉛なのは、この一点である。

そして黒鉛は、痕跡としてしか残っていない。

下描きの線は、水彩に覆われている。

館の記録は、その見えない線まで書いている。

白は、紙の色である

最後の一点では、白は材料ですらない。

ホークハーストのヨーロッパアカマツ
ベンジャミン・ブレックネル・ターナー《ホークハーストのヨーロッパアカマツ》1853年。館の記録では、カロタイプからの鶏卵紙。画面は28.6×39.1センチ。番号は1988.239。クリーヴランド美術館蔵。ベンジャミン・ブレックネル・ターナー《ホークハーストのヨーロッパアカマツ》クリーヴランド美術館蔵

横長の写真である。

画面は28.6×39.1センチある。

全体が、褐色がかっている。

画面の中央から左に、大きな松が数本立つ。

幹は太く、上のほうで枝が広がる。

葉は暗く、塊として見える。

木の下には、低い柵が斜めに続く。

柵の板は、間隔をあけて並ぶ。

その先に、道がある。

道は右奥へ細くなる。

奥には、建物の屋根が見える。

空は明るく、雲の形は薄い。

木の輪郭のあたりで、空がわずかに滲む。

紙の繊維に、像が乗っているためである。

地面の草は、白く光る。

館の記録では、この画家は産業の変化にもかかわらず、この国の田園を安定した、調和のとれた、変わらないものとして描いた。

高い木立と家と農の建物を組み合わせている。

そして館は、構図について書いている。

この画家は斜めから撮ることを好んだ。

木と柵と小道の後退する線が作る強い斜めが、構図を活気づける。

手前から奥へ、順序よく目が進むという。

館の記録は、そう説明している。

材料は、紙と卵白と銀である。

紙に塩を含ませ、銀の粒を作る。

光の当たった場所ほど、粒が多く残る。

だから暗い部分ほど、銀が多い。

明るい部分は、銀が少ない部分である。

つまり白は、紙そのものの色である。

白い材料を足しているのではない。

引くことで、白が出る。

置く白と、残す白の違いである。

九点のうち、白を引いて作っているのは、この一点だけである。

数えてみると

九点を並べ直す。

白い材料が使われているのは、四点である。

鉛白の白上げ、錫釉が二点、そして白亜の下地。

白が金属そのものの色なのは、二点である。

ピューターの皿と、写本の銀。

白が紙の色なのは、一点である。

残る二点では、白は使われていない。

短銃と、水彩の素描である。

もう一つ数える。

九点のうち、白がいま白くないのは二点である。

鉛白の白上げと、写本の銀。

どちらも、空気の中で黒くなる。

さらに数える。

九点のうち、白が見えないのは二点である。

白亜の下地と、鉛の詰め物。

どちらも、記録がなければ存在が分からない。

見えない材料を数えられるのは、館の記録があるからである。

言えることと、言えないこと

言えるのは、白が「多くの場合、金属から作られる」ということである。

鉛から鉛白ができる。

錫から白い釉ができる。

銀は、そのまま白い。

そしてピューターは、錫と鉛の合金である。

九点のうち六点で、白と金属がつながっていた。

金属でない白は、白亜の下地だけである。

それも、貝や石を砕いたものである。

つまり白は、鉱物から来るか、金属から来るか、どちらかである。

植物から取れる白は、九点の中にない。

言えないのは、金属の白が安定しているという話である。

鉛白は黒くなる。

銀も黒くなる。

館の記録は、それを材料の欄に書き込んでいた。

いちばん明るいはずの部分から、先に暗くなる。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

ピューターの皿には、装飾がない。

色も文様もない。

見えるのは、灰色の面と形だけである。

その灰色は、錫と鉛の配合が決めている。

配合を変えれば、色が変わる。

それ以外に、色を決めるものがない。

材料の割合が、そのまま作品の色になっている。

九点のうち、材料と見た目が完全に一致するのは、この一枚だけである。

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