白は、刷らずに残す——広重・北斎・欧米の版画ほか九点
版画の白は、絵具ではない。紙をそのまま残した部分である。だから、白を作るには彫って落とすしかない。九点で、残された白の働きを読みたい。雪も、波も、光も、同じ紙の色である。紙の地の色そのものが、九点で少しずつ違う。

白は、塗らないほうが明るい
前の回で、水の白について書いた。
滝の白も、泡の白も、塗り残した部分だった。
今回は雪である。
雪も、同じ作り方をする。
紙や絹の白を残し、まわりを暗くする。
すると、残った部分がいちばん明るくなる。
絵具の白を塗るより明るい。
九点を並べて、白の作り方を見比べたい。
そして、白を塗って作っている例も見たい。

横長の版画である。
画面のほとんどが白い。
雪である。
丸みを帯びた白い塊が、いくつも重なる。
雪をかぶった土手と、屋根である。
輪郭は、細い線で引かれているだけである。
内側は、紙の色のままである。
その白の中に、色のあるものが点在する。
中央に、人が四、五人。
赤や青の衣を着ている。
笠をかぶり、荷を担ぐ。
左上に、松の木。
枝の上だけが白く、下が濃い緑である。
右手には、暗い赤茶色の木の幹。
上端に、灰色の帯。
白が九割を占める
この版画では、白い部分が画面の九割近い。
刷られているのは、輪郭の線と、わずかな色だけである。
版木の数も少なくてすむ。
黒の線版と、色版が数枚。
雪の部分には、版木を当てていない。
つまり、この絵は「刷らない」ことで作られている。
第六回で、木曽街道の雪の版画を読んだ。
同じ作り方である。
そして、白い面が広いほど、点在する色が目立つ。
赤い衣が五ミリでも、白の中では強く見える。
第一回で、小さな人影が視線の受け皿になると書いた。
雪の絵では、その効果がいちばん強く出る。
雪が積もる面と、積もらない面
雪の絵を見るときの、いちばん単純な読み方がある。
どこに雪が積もっているかを見ることである。
雪は、上を向いた面にだけ積もる。
垂直の壁には積もらない。
だから、雪の白い部分は、その面が上を向いていることを示す。
屋根の上、枝の上、土手の上、道の上。
いずれも上向きである。
そして、壁や幹の側面は、暗いままである。
つまり、雪の白と、下の暗さの境目が、面の向きの変わり目になる。
九点を見ると、この約束はほぼ守られている。
広重の版画では、土手の上と屋根の上が白い。
雪竹の掛軸では、葉の上側だけが白い。
コークックの冬景色では、屋根の上と道の上。
ダリーの農場では、納屋の屋根と枝の上。
一方、吹雪の一点だけは違う。
雪が舞っているので、面の区別がない。
積もった雪ではなく、降っている雪だからである。
積もる雪と、降る雪。
この二つは、描き方がまったく違う。
積もる雪は、面の向きを示す。
降る雪は、遠近を消す。
輪郭だけで、形を作る
雪をかぶった土手や屋根には、細部がない。
雪が全部を覆っているからである。
だから、輪郭だけで形を示すことになる。
そして、その輪郭が丸くなる。
角が雪で埋まるからである。
四角い屋根も、丸い塊になる。
木の枝も、太く丸くなる。
この版画でも、白い塊はいずれも丸い。
直線がほとんどない。
雪の絵は、丸い形が並ぶ絵になる。
前の回で、水が下にあるものを映すと書いた。
雪は、下にあるものを隠す。
そして、その形を変える。

夜の場面である。
画面の上半分が、濃い青の空。
その空に、白い雲が横に並ぶ。
細長い筋が、規則正しく重なる。
中央やや左に、白い円。
満月である。
下半分は、雪の野である。
白い面が広がり、うねる線で起伏が示される。
中央に、水の筋が細く流れる。
その両側に、細い木が数本立つ。
枝が上へ伸びる。
いずれも黒い。
さらに奥に、木立の列。
白を、塗って作る
技法の欄に、水彩とグワッシュとある。
グワッシュは、白を混ぜて不透明にした絵具である。
つまり、この一点では白を塗っている。
紙の白を残しているのではない。
理由は、空が暗いからである。
夜の空を濃い青で塗ると、その上に白い雲を描くには、白を塗るしかない。
紙の白は、青の下に隠れてしまう。
だから、上から白を置く。
雪の面も、同じである。
月も、白い絵具の点である。
塗り残す方法と、塗る方法。
どちらを選ぶかは、まわりの明るさで決まる。
明るい紙の上なら、残せばよい。
暗く塗った上なら、塗るしかない。
青い紙に、白を置く

九点のうち、これだけが雪を描いていない。
しかし、白の作り方としては、いちばん分かりやすい。
紙は青い。
その上に、二人の男が描かれている。
右の一人は、身をかがめ、右腕を高く上げる。
大きな布を引いている。
筋肉の線が、黒いチョークで引かれる。
そして、光の当たる部分に、白いチョークが置かれている。
肩、背中、腕。
盛り上がった部分だけが白い。
左の一人は、輪郭だけである。
白はほとんど使われていない。
三段階の明るさ
この方法では、明るさが三段階になる。
いちばん暗いのが、黒いチョークの部分。
中間が、青い紙の色。
いちばん明るいのが、白いチョークの部分。
第七回で、有色の紙を使う理由について書いた。
紙の色が中間になると、明暗を両方向に作れる。
この一点は、その方法の典型である。
そして、白を置く場所は、光の当たる面である。
彫刻でいえば、いちばん出っ張った部分になる。
つまり、白の位置が立体を作っている。
雪の絵でも、同じことが起きる。
雪が積もるのは、上を向いた面である。
だから、白い部分が上向きの面を示す。
白の位置が、形を語る。