歌川広重の代表作
ARTIST

歌川広重

Utagawa Hiroshige

生没年
1797–1858
国・地域
日本
時代・様式
浮世絵

《東海道五十三次》《名所江戸百景》で知られる浮世絵師。旅と季節、天候の変化を風景版画の主題にしました。

雨や雪を線と点で図式化し、手前の建物や樹木で画面を大胆に切り取ります。空や水面の階調には、摺師の技による「ぼかし」が生かされています。

生涯

江戸の定火消同心の家に生まれ、15歳ごろ歌川豊広に入門しました。1830年代に《東海道五十三次》が大きな成功を収め、以後も各地の名所を次々と連作化しました。時刻や天候の変化を詩情に変えた画面は、後の欧州の画家にも強い影響を与えました。

COLUMNS関連コラム

  • 画家を知る

    歌川広重の代表作と特徴——東海道五十三次と名所江戸百景はどう違うのか

    歌川広重の代表作と特徴を、公開中の五点でたどる。雪は紙の白、雨は版木に彫った直線、夜は藍のぼかし。天気と時刻を摺りで作り分けた絵師である。『東海道五十三次』と『名所江戸百景』の紙の向き、場所、時期の違いもあわせて確かめる。

  • 作品を知る

    歌川広重《大はしあたけの夕立》の解説——雨はどう描かれ、どこで見られるのか

    歌川広重《大はしあたけの夕立》の解説。館の記録では1857年の木版多色摺で、クリーヴランド美術館が所蔵する。雨の線はどう彫られ、題の「大はし」と「あたけ」はどこを指すのか。ゴッホが写した図でもある一枚を、館の記録とCC0の画像から読む。

  • 作品を知る

    同じ名前が、二通りに現れる——ラスロップの寄贈と、その死後の購入

    一九〇八年は「による寄贈」。一九一一年は「コレクション、購入、基金」。三年のあいだに、行の書き方が変わっている。生きているあいだは贈り、亡くなったあとは買われた。台紙に貼った広重の絵から読みたい。古い記録写真に写り込んだ館の札にも触れたい。

  • 美術史・技法

    新聞で作った財産が、版画になる——ピュリツァー遺贈による1918年の購入

    購入、ジョーゼフ・ピュリツァー遺贈、一九一八年。この一行を持つ日本の版画が二百十一点ある。番号は二四八から六四六まで。花鳥と役者絵、判型が三通り。戦争の年に東洋の版画が買われた事情を読みたい。番号の記号と寄贈者の頭文字は、偶然に一致している。

  • 美術史・技法

    三枚で、一つの絵になる——広重《阿波鳴門之風景》ほか三枚続九点

    同じ大きさの版画を三枚並べ、一つの画面を作る。海の色も波の線も、二本の継ぎ目を越えて続く。番号に枝番を振るものと振らないもの、寸法を三通りに書き分けるもの。記録の揺れごと読みたい。継ぎ目の本数を数えるだけで、そろっているかどうかが分かる。三枚で一件とする判断も読みたい。

  • 作品を知る

    揃物の名が、画面に刷られている——北斎《冨嶽三十六景》と広重《六十余州名所図会》

    題箋という小さな枠に、組の名と一枚の題が入っている。版木に彫られているので、一枚だけになっても消えない。三十六景が四十六枚になった事情も含めて、企画の数と実際の枚数のずれを読みたい。判型がそろい、題箋の位置だけが構図に応じて変わる。並べたときの見え方まで考えられている。

  • 美術史・技法

    一枚の版画に、四種類の文字——広重《名所江戸百景》ほか九点

    右上に揃いの名と一枚ごとの題、左に絵師の赤い札、隅に版元と検めの印。四つとも役目がまったく違う。そして全部が版木に彫られ、何百枚にも同じ形で摺られていく。分業の証拠としての文字を読みたい。摺られた文字は手書きではない。

  • 画家を知る

    同じ波が、二枚ある——葛飾北斎《神奈川沖浪裏》シカゴ美術館

    同じ版木から摺られた《神奈川沖浪裏》が、三年をおいて別々に館へ入った。寸法も技法も銘記も、記録の欄はまったく同じである。違うのは番号と来歴の行だけだ。十点の判型と摺りを並べ、二枚あることの意味を読みたい。

  • 作品を知る

    縦が、横の三倍ある——歌川広重の花鳥

    九点のうち五点は、縦が横の三倍近い細長い紙に摺られている。掛けて見るための判型である。狭い紙に枝を斜めに置き、文字を上に入れ、月を白く残す。形の制約が、何を可能にしたのかを見たい。残る四点の判型も、二つに分かれる。

  • 画家を知る

    同じ宿場が、三度出てくる——歌川広重の東海道

    庄野が二枚、金谷が二枚、戸塚が二枚ある。同じ宿場を、判型を変えて何度も作り直している。さらに、同じ図の一枚が二つの館にあり、寸法の数字が縦横で入れ替わる。九枚の重なりから街道の商売を見たい。受入の番号からも、束の来歴が読める。

  • 画家を知る

    叢書の名が、一枚にしかない——歌川広重の東海道

    同じ道の宿場を描いた九枚のうち、叢書の名が題に入るのは一枚だけである。残る八枚は、宿場の名だけで登録されている。仲間の一枚かどうかは、題からは読めない。寸法の書き方も三通りに分かれる。記録の側から、五十三の宿場を眺めたい。

  • 画家を知る

    店の名が、題になる——歌川広重

    江戸の料理屋を描いた九枚である。右上に同じ形の題箋があり、同じ叢書に見える。ところが館の記録で叢書の名が入るのは二枚だけで、錦絵という語が付くのも同じ二枚である。店の内と外、庭と通り。判型と記録の両面から見たい。

  • 展覧会・イベント

    絵のなかの橋——ファン・ゴッホ《春の釣り、クリシーの橋》とモネ《アルジャントゥイユの橋》

    ゴッホは1887年、パリ郊外アニエールで橋のある川を描いた。翌年にはアルルで《跳ね橋》を描いている。画面の奥を横切る一本の線は、絵のなかで何をしているのか。モネ、ピサロ、スーラ、シスレー、広重の水辺と並べて、橋という主題の働きを確かめてみたい。

  • 美術史・技法

    旅を売るという商売——歌川広重《東海道五十三次》

    東海道五十三次は、旅をしない人のために作られた。広重は同じ宿場を二度描き、寸法を変え、文字を添えて別の客に売った。日本橋から京へ、街道の絵がどう商品になったかを十点でたどる。五十三という数の意味にも触れておきたい。

  • 画家を知る

    雨は線で、雪は紙の白で——広重が天気を摺った方法

    雨は、本当は線に見えない。それでも私たちは広重の斜線を雨として読む。ぼかし、藍、見当、そして摺師の手つき。形のないものを木の板と紙に定着させた技術を追い、同じ版木から別の絵が生まれる理由を、当サイトにある二枚の《三島》で確かめる。

  • 美術史・技法

    浮世絵は、西洋の絵に何を渡したのか——《神奈川沖浪裏》からカサットの一枚まで

    ジャポニスムはよく語られるが、実際に渡ったものは何だったのか。北斎の波、広重の雨、ドガの舞台、ホイッスラーの夜、カサットの版画を並べ、画面の切り方・影の扱い・視点の高さ・顔の見せ方という具体で確かめる。渡らなかったものにも触れる。