同じ波が、二枚ある——葛飾北斎《神奈川沖浪裏》シカゴ美術館
同じ版木から摺られた《神奈川沖浪裏》が、三年をおいて別々に館へ入った。寸法も技法も銘記も、記録の欄はまったく同じである。違うのは番号と来歴の行だけだ。十点の判型と摺りを並べ、二枚あることの意味を読みたい。

同じ番号が、二つある
シカゴ美術館の記録に、同じ題の作品が二点ある。
葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》である。
番号は1925.3245と1928.1086。
三年をおいて、別々に受け入れられた。
寸法の欄も、二点とも同じ数字が並ぶ。
縦25.4センチ、横37.6センチ。
技法の欄も同じである。色摺の木版、大判。
銘記の欄も同じだ。署名と、版元の名。
つまり、同じ版から摺られた二枚である。
絵画であれば、こういうことは起きない。
版画だから起きる。
一枚の版木から、何枚出るか
木版の色摺は、複数の版木を順に重ねて摺る。
輪郭の版、藍の版、薄墨の版。
色ごとに版木を彫り、順に紙へ当てる。
一度作った版木は、何百枚も摺ることができる。
摺るたびに版木は減り、線は太くなる。
絵具の調合も、その日の水加減で変わる。
だから同じ版から出た紙でも、一枚ずつ違う。
館の記録は、その違いを欄には書かない。
書かれるのは、寸法と技法と銘記だけである。
違いは、画像を見なければ分からない。

横長の紙の左に、大きな波が立ち上がる。
波頭は白く、指のように分かれて垂れる。
その下に、二艘の細長い舟が沈み込む。
舟には人が伏せ、櫂に取りつく。
右にも、もう一艘が波の谷にある。
中央の遠くに、雪をいただいた山が小さく見える。
山の稜線は白く、裾は青い。
空は上部が灰色で、下は淡い。
海の青は、濃淡が二段に分かれる。
濃い藍の面と、薄い藍の面。
その境目に、白い泡が置かれる。
上部の左には、題を記した枠がある。
その下に、署名の枠が続く。

同じ図柄が、もう一度現れる。
波の形も、舟の位置も、山の大きさも同じである。
しかし、色の出方が違う。
こちらのほうが、藍の面が濃く見える。
波の谷の暗い部分が、より深い。
空の灰色も、やや強い。
一方、前の一点は全体に淡く、紙の地が明るい。
摺りの回数か、絵具の濃さか、あるいは後の退色か。
館の記録は、その理由を書かない。
書かれているのは、二つが同じ寸法だという事実だけである。
来歴の欄だけが、二点を分ける
寸法も技法も銘記も同じなら、何が違うのか。
来歴の欄である。
一方は、ニューヨークの画商から1905年に買われている。
買ったのはシカゴの収集家で、その死後に姉妹へ渡った。
そして1925年に館へ寄贈された。
他方は、ドイツの収集家の手にあった。
1928年5月31日に、同じ家の一人へ売られている。
そして同じ年のうちに館へ渡った。
つまり二枚は、別々の道を通って同じ館に集まった。
出所の行は、二点とも同じ収集の名である。
行は同じ、来歴は違う。
揃物という単位
十点のうち六点は、題に揃物の名を含む。
五十三次のうちの一枚。六十九次のうちの一枚。
三十六景のうちの一枚。小宝合わせのうちの一枚。
つまり、単独で作られた絵ではない。
決まった数の組として企画され、順に売られた。
題の欄には、その組の名と、通し番号が入る。
館の記録は、それをそのまま写す。
長い題になるが、省略しない。
省略すれば、その一枚がどの組に属するか分からなくなる。
同じ組の別の紙が、別の館にあるかもしれない。
組の名があれば、探して並べることができる。
前の回の記事で見た多翼祭壇画の枝番と、目的は近い。
分かれてしまったものを、あとから束ね直すための手がかりである。
番号は、館に入った順
十点の番号を並べてみる。
1925.1803、1925.2331、1925.3245、1928.1086。
1930.59、1930.60、1930.61、1932.211、1932.1016、1961.210。
シカゴ美術館の番号は、年と通し番号の二つでできている。
1925年には、少なくとも三千二百点以上の受入があった。
通し番号3245という数字が、それを示す。
一方、1930年の三点は59、60、61と連番である。
同じ日にまとめて受け入れられたためだ。
番号の並びを見るだけで、まとまりが分かる。
制作の年は1744年から1834年ごろまで散らばる。
受入の年は1925年から1961年まで。
二つの年の並びは、まったく対応していない。
同じ収集の名を持つ、六点
十点のうち六点は、同じ出所の行を持つ。
ある収集家の名を冠したコレクションである。
番号を見ると、1925年、1928年、1930年、1932年に散らばる。
一度に受け入れられたのではない。
そのうち三点は、1930年1月に同じ画商から買われている。
来歴の欄に、同じ売り手の名と同じ日付が並ぶ。
三点まとめて動いたことになる。
そして三点は、同じ揃物の別々の図である。
同じ揃物の中の三枚を、まとめて買ったのだろう。

横長の紙に、川と舟が描かれる。
手前に、荷を積んだ舟が二艘並ぶ。
舟には帆柱が立ち、白い帆が張られる。
人が数人、舟の上で作業する。
赤い衣が二か所に見える。
水は淡い青で、細かい線が横に走る。
奥には、砂州のような細い陸がある。
さらに奥に、山が三重に重なる。
山の色は、手前が濃く、奥が薄い。
空は上部が青く、下は白い。
上の右には、題を記した枠がある。
左には、和歌らしい文字が縦に並ぶ。